今日は恩師の門下生で集まった合唱団のコンサートでした。
団員から招待状を手渡しするという、恩師に何かしらご縁のある方々がお客様でした。
コロナの時に練習が途切れましたが、再開しました。恩師が、何度か入退院を繰り返している間に、元気付けようと録音をして届けたりもしていました。
なんとか先生に聞いていただけたら。
門下生が活動していることを、何より喜んでくださる先生なので、演奏会に向けて頑張ることで先生を励ましたい。
先生の体調に何度か波がある中、日取りを決めて練習して今日を迎えました。
とは言うものの、私は途中から、練習日とのスケジュールが合わず、抜けている状態でした。
残念ながら先生は、去年の3月18日に亡くなってしまいました。ほぼ1年前。一周忌のタイミングに今日の演奏会となりました。
この先、合唱団としての活動の継続が難しいということもあり、今回が最後の演奏会になるとわかっていたので、何か私に可能な形でお手伝いが出来たらと思っていました。
そうしたら、現在残っている演奏会のプログラムを寄せ集め、門下生の発表会の集合写真や、音楽劇を毎年のようにしていた時期のスナップ写真なども団員で持ち寄り、それらをロビーに展示するので、その担当を、と役目を貰いました。プラス、招待状とプログラムの印刷担当。
私にとって、最後の演奏会に参加出来る、ベストな担当を貰えました。
集められた、プログラムや写真をレイアウトしてまとめ、私の恩師への感謝の気持ちを込めて作業をしました。
というのも、集められたプログラムや写真を見ていて、日々の生活に追われて、忘れていた事を沢山思い出しました。連弾やアンサンブルなど、演奏の機会をいただき、また、音楽劇では伴奏担当や、役を貰って演技をしたりしました。
合唱団の活動以外にも、団員の方の伴奏をさせていただいたり、ご縁をいただいたことも思い出しました。
色々忘れていましたが、役を貰って演技をした経験は、今でも時々思い出す時があります。演出家の方を呼んで指導していただいた時、客観的に見ること、動き、台詞の、ほんの僅かなポイントを意識することで、魔法のように表現したいことが伝わるという驚きを何度か経験しました。伝えたいことの本質をとらえて、余分なものを削ぎ落とし、自然に見せるための指導は、何も知らない私にとって目から鱗が落ちる連続でした。
恩師はいつも、門下生たちの家族のことも気に掛けてくれていました。独身の時は、両親のこと。結婚してからは、家庭や子どものこと。
「元気にしてる?」「旦那さんにはご飯用意してきたん?」
練習には子連れで行くこともあり、同じような団員の子どもどうしで、練習中の時を過ごしたりしていました。そうやって、恩師をはじめ団の雰囲気がそれを受け止めてくれる場所でした。
そして活躍することを願い、応援してくれていました。私が、音楽を続けていて、チャンスが貰えるならと、清水の舞台から飛び降りるつもりで挑戦した、二台ピアノのコンチェルト。恩師に報告したら「また他からもお呼びがかかるに」と仰った時、私は最初で最後だと思っていたので、キョトンとしていましたが、恩師は教え子の活躍をいつも願ってたんだなぁと。
面白かったのは、恩師の娘さんが今日話された内容でした。娘さんも団員と交流があり、恩師と同じくそれぞれの団員の家族を気に留めてくれる方です。あぁ、恩師の大切にしていたことを受け継いでいるんだなぁと感じることしきりでした。
今日のプログラムの中の、特に音楽劇が良かったことから、娘さんが「他からもお呼びがかかるに」と話され、あぁ、恩師と同じだなぁと。
今日の演奏会は、団員に聞くところによると、それぞれに忙しく、練習日に集まりもまばらでどうなるかと心配な時もあったと。
でも今日、お客様も感極まったほどの演奏が出来たのは、技術力もありますが、目的を同じくして、それぞれが真剣に向き合ったことかもしれないな。と思いました。
打ち上げで知りましたが、先生にピアノを教わったのは2年でも、ずっと繋がっていて、再び合唱で集まって、何十年ものお付き合いという門下生がちらほら。人生の悩みを先生に聞いて貰ったという方が沢山。
恩師は、丁寧に縁を繋いで、それぞれの活躍を願い、それを受け継いだ門下生がまた、縁をひろげたり保ったりしてきたんだなぁと。
歌わず、弾かずでしたが、今回、今の私に出きることで参加出来たことは幸せでした。
音楽を通して、沢山の事を学ばせていただいています。先生がどこかから見ていてくれていると思います。
展示の様子。
リハーサルが終わっても、ギリギリまで調整をしているピアニストの音が、絶妙にBGMの様に入っています。