映画を観ているみたいに小説が読める イメージ読書術 -11ページ目

映画を観ているみたいに小説が読める イメージ読書術

小説の世界に没入して
“映画を観ているみたいに” リアルなイメージが浮かび
感動が胸に迫り、鮮やかな記憶が残る。
オリジナルの手法「カットイメージ」を紹介します。
小説を読むのが大好きな人、苦手だけど読んでみたい人
どちらにもオススメです。

 前回、私の瞑想は「自律訓練法」から入ると書きましたが、その前に、瞑想の姿勢を紹介します。

 

 見た目は座禅に近いですが、脚は組みません。

 体が硬いのです。

 二つ折りにした座布団の上にお尻を載せ、脚は前後に平行に置きます。

 

 手は掌を上にして膝の近くに置きますが、右手にはストップウォッチをもって、時間を計っています。

 左手は、人差し指、中指、親指を合わせた形を作ります。

 これは「シルバマインドコントロール」というメソッドで使っている「三本指のテクニック」というのを読みかじって使っているのですが、“印を結ぶ”というのと同じですが、いつもその形をすることで、、いつでも3本指を合わせるだけで瞑想状態に入れる、という条件反射を作るのが目的です。

 

 この形で目を閉じ、骨盤を前後左右に動かしながら、腰骨が垂直に立つ位置を見つけます。

 ほんとうは垂直かどうかわかりません。その上に立つ背骨は一つひとつ積み重なって、自然なアーチを描いているからです。

 腰から背中を前後左右に揺らしながら、下から一つずつ背骨を積み上げて、スッキリと立つ位置を見つけていきます。

 重心が首から腰までまっすぐ貫いて、どの方向にも偏らず、安定すれば大丈夫。

 首も前後左右に回しながら最適な位置を見つけて顎を引きます。

 最後に、息を吸いながら肩を持ち上げて肩甲骨を寄せ、息を吐きながら肩を下ろすと、前かがみが解消され、長時間座っても疲れない瞑想の姿勢ができます。

 

 

 ここから、腹式呼吸で息を吸込み、ゆっくりと吐いていきます。

 このときに、「自律訓練法」の公式(暗示ことば)を連続して、「手足が重くあたたか~い、呼吸がらくだ~、太陽神経叢があたたか~い」と唱えながら、その感覚を味わっていきます。

 そして吐き切ったら、息を吸い、それにつられた空気の流れが下からすうっと上がってきて、額をなでるイメージをしながら、「額が涼し~い」と唱えると、一息で、「自律訓練法」の基本練習が完了し、瞑想状態に入っていくことができます。

 

 ちなみに、「太陽神経叢」とは、みぞおちにあたりにある、内臓の神経の束だそうです。

 本によっては、「胃のあたりがあたたかい」と言い換えてありますが、あたたかな陽光をイメージさせる「太陽神経叢」という語感のよさは、捨てがたいと思います。

 また、ほんとうは「心臓が静かに打っている」を加えて6つの公式なのですが、始めた当初、心臓の鼓動を意識するのは気持ちが悪い感じがしたので、外した形で長年やってきました。

 でも、今では、さらに導入が進んだ段階で、心臓の穏やかな動きも感じるようにしています。

 

 ここまでできたら、オリジナルで考案した「イメージ指圧」に移ります。

 それは次回のブログで。

 

 私流イメージ瞑想のやり方を、具体的に少しずつ紹介していきます。

 いっぺんに知りたい方は、こちらをご覧ください。

 教育エジソン「瞑想・イメージ・自己啓発」のページ

 

 また、イメージ瞑想から生まれた読書術についてはこちら

『映画を観ているみたいに小説が読める 超簡単!イメージ読書術』

 

“映画を観ているみたいに”小説が読め、集中力、記憶力も高まる読書法「カットイメージ・リーディング」。

 5月のセミナースケジュールをお伝えします。

 

 より多くの方に気軽に体験していただけるよう、エッセンスを凝縮して、従来は2時間半だったセミナー時間を短縮しました。

 初心者でも受講していただけるセミナーは2タイプ

 ZOOMによるオンラインセミナーです。

 

カットイメージ入門60分セミナー

  ①カットイメージとは

  ②「観てから読むか読んでから観るか」体験

  ③「カットイメージで小説を読む」ミニ体験

  ※再受講はできません(毎回同じ内容です)。

カットイメージ初級90分セミナー

  ①カットイメージとは

  ②「観てから読むか読んでから観るか」体験

  ③「カットイメージで小説を読む」本格体験

  ※再受講が可能です(教材でA~Dの4タイプを

   ご用意。再受講でも新鮮な体験ができます)。

 

〈スケジュール〉

 2021年
 5月1日(土) 10:00~11:00  カットイメージ入門60分セミナー
 5月3日(月)憲法記念日 10:00~11:00 カットイメージ入門60分セミナー 
 5月5日(水)子どもの日 10:00~11:30 カットイメージ初級90分セミナー(A)
 5月8日(土) 10:00~11:30 カットイメージ初級90分セミナー(B)

 

申込みは、教育エジソン「セミナー/研修会」のページをご覧ください。 

 辻村深月『ツナグ』(新潮文庫)は、死者に一度だけ会わせてくれるという使者“ツナグ”をめぐる5つの連作短編小説。

 

ツナグ(新潮文庫)

 

 映画は、2012年公開(平川雄一朗監督)。

 

 

ツナグ


 今回は小説を先に読み、途中まで読んだら映画を観始め、小説を読んだところまで観たら、また小説に戻る、という計画である。


 主演が松坂桃李くんであるのは映画のカバーを見て知っていたが、小説を読み始めると、もっと線が細く、透明感のある俳優(例えば当時の三浦春馬くん)の方が“ツナグ”のイメージでは? と感じた。
 桃李くんは好きだが、身近にいそうな好青年タイプなので。

 そう思いつつ順に『アイドルの心得』、『長男の心得』、『親友の心得』と読み進める。

 いずれも、ツナグに死者との再会を依頼する人の語りなので、文章の調子がそれぞれに違う。
 少なくともここまでは、独立したストーリーで読みやすい。

 ただ、『アイドルの心得』、『長男の心得』では、死というテーマのわりに人物の描き方が単純で、少し物足りないと感じた。

 だが、3作目『親友の心得』では、女子高校生の親友同士の行き違いが、やはりありふれたものに見えたが、最後まで読むと、そこには重い結末が待っていた――。


 しかもツナグ役の青年の素顔も見え始めたので、ここから連作短編がつながっていくと感じ、読むのを中断して映画を観ることにした。


ツナグ
 

 映画はいきなり『親友の心得』の場面から始まり、そこに『長男の心得』のストーリーが絡んできた。
 連作短編の形を崩して、全体をひとつのストーリーに仕立てているようだ。
 だから、複数のストーリーが並行して切れ目なく進む。

 小説ではまだ出ていない祖母(樹木希林)や、別れた女性への思いを引きずっているらしい青年(佐藤隆太)も登場し、「あ、これはまだ読んでいないストーリーが出てきているな」と少し焦る。
 ようやく『親友の心得』の話の結末まで来たところで、映画を中断した。
 2時間の映画のうち、既に1時間20分だった。

 小説を読んで重く心に残った『親友の心得』のストーリーが、やはり映画の中心になっている。
 そうした中で、“ツナグ”を務める歩美(あゆみ)くんは、死者と会うことの是非を思い悩む。

 残りの2編は本全体の半分を占め、内容的にも圧巻だった。
 『待ち人の心得』の誠実で不器用な青年は、佐藤隆太のイメージで自然に読めた。

 切ないが、明るい読後感が残る。
 

 そしてそれまでの物語がつながり、“ツナグ”をめぐる真相が明らかになる『使者の心得』へ。

 読み終えてみると、現実にはあり得ないファンタジーの中に“ツナグ”の歩美くんが戸惑いつつ成長していく物語だとわかる。
 だから、桃李くんこそハマり役だったのだ。
 映画も最後まで観終えて、そう思った。

 樹木希林や仲代達也もイメージ通りだし、仕掛けの込んだ連作短編をひとつのストーリーにまとめあげた映画の脚本もよくできている。

 この作品、観てから読むか、読んでから観るかといったら、「読んでから観る」のがぜったいにおススメだ。
 ただ、読む前に予告編を観ておこう。

 登場人物のイメージができ、ストーリーへの期待も高まる。

 

拙著 『映画を観ているみたいに小説が読める 超簡単!イメージ読書術』もご覧ください。

 

 

 2020年10月公開の映画『望み』(堤幸彦監督 堤真一、石田ゆり子主演)を45分ほど観て、原作の雫井脩介『望み』(角川文庫)を読み始めた。

 読み進めるうちに、謎解きのミステリーではなく、家族の心の葛藤を描く小説だと気づく。

 

望み (角川文庫)

 

 P300まで読んで映画に戻り、続きを観ると、小説で丁寧に描写されている父と母それぞれの心情が、堤真一と石田ゆり子の抑制の効いた演技で、見事に表現されている。

望み

 

 

 ……そこまでが前回のブログ。


 小説で読んだあたり、残り42分で再び映画を中断し、小説に戻る。

 終盤の90ページ。

 結末を急ぐことなく、カットイメージを意識して、じっくりと読み味わった。

 すると……、

 

 読んでよかった。素直にそう思える小説だった。

 やはりミステリーではない。

 ラストシーンで、静かな感動が胸を浸し、それが読後も続いている。

 と同時に、考えさせられる小説であることは間違いない。

 

 私たちは日々、悲惨な犯罪報道に接して被害者家族に同情を寄せるが、加害者家族の立場を想像するのは難しい。

 その問題を突きつけてくる小説であり、映画である。

 前に、殺人犯の兄を持つ弟の苦悩を描いた、東野圭吾『手紙』を取り上げたが、併せて読むことで、見方、考え方が深まると思う。

 

 いつもながら小説を読み終わると満足してしまうが、まだ映画が残っている。

 ラストの40分。Amazon Prime Videoで続きを観た。

 

 

望み

 

 

 

 ここでも母親と父親の対照的な行動が迫真の演技で、一気に真相へと進む。

 そして、ラストへ……。

 

 観終わって、やはり石田ゆり子と堤真一の表情・態度のひとつひとつが心に残った。

 脚本は原作のストーリーに忠実に、重要な場面を洩らさずつなげて、うまくまとめてある。

 しかし、終盤の母親が記者に思いを語る場面で、重要なはずのことばが割愛されて、原作の提起した問題はあいまいになってしまった感がある。

 映画には映画の意図があっていいと思うが、そこは、私としては残念なところである。

 

 ……どういうことか?

 そこは、ぜひ、映画と原作を比べて、ご自分で確かめてほしい。

 

 私のように“観ながら読む”のでなければ、予告編を観てイメージをつくってから原作を読み、最後に映画を観るのがお勧めのコースである。

 それでこそ、小説の提起する問題を受け止めつつ、脚本のうまさや俳優陣のすごさも実感できると思う。

 

 

 映画を観ながら小説を読む。

 今回は、雫井脩介『望み』(2019角川文庫)。

 

 

 映画は2020年10月劇場公開(堤幸彦監督)だが、早くもAmazon Prime Videoで観ることができた。

 

 

 設計事務所を持つ建築家の石川一登(堤真一)は、隣に建つ自宅をモデルルームとして顧客を案内する。

 リビングでは、元編集者の妻(石田ゆり子)が自宅で校正の仕事をしている。

 息子の規士(ただし)は高校1年生、娘の雅は高校受験を目指す中学3年生である。

 アイランドキッチンや吹き抜けリビングのモダンな暮らしは、絵に描いたような幸せな家族に見える。

 しかし、息子が無断外泊で帰ってこないと思った矢先、息子の遊び仲間の少年が殺害され、家族の生活は一変する。

 連絡のとれない息子は加害者なのか、被害者なのか。それすらわからない中で、マスコミの取材やSNSの無責任な書き込みが、家族を追い詰めていく。

 

 1時間45分余りのうち、45分ほどを観て、ほぼ設定は出尽くしたと思い、いったん中断。

 原作小説を読み始めた。

 文庫本で390ページ。

 読み始めると、設計士の一登は「短く刈ったあごひげをなでながら」とある。映画で堤真一はあごひげを生やしていないので、別のキャラクターで思い浮かべる。

 その後、読み進める中では、その人物像になったり、堤真一になったりした。

 母親のイメージは、石田ゆり子をベースに自分なりのアレンジを加えた。

 

 読み進むが、物語はなかなか進展しない。

 父親と母親それぞれの心情がかなり詳しく描写されている。

 初めはそれを煩わしいと感じたが、読み続けるにつれて、これは謎解きのミステリーではなく、家族の心の葛藤を描くことが主眼の小説ではないかと気づいた。

 そうしてみると、どこにでもありそうな家族が、いつでもこうなりうるという、日常幻想のもろさが浮かび上がる。

 思春期の子育て経験がある読者には、他人事でなく感じれられるのではないか。

 父親と母親、それぞれの思考、感情、行動の違い、そのギャップも、ありがちなこととして共感できる。

 

 P300まで来たら新たな展開の兆しがあったので、読み進むのをやめ、映画に戻った。

 映画を中断したところは、小説では、P223。

 さらに80ページ近く読み進んだわけだが、映画に戻ってみると、その部分は20分ほど。

 かなり細部が省略されている。

 

 また、小説であれだけ丁寧に書き込まれている、父親、母親それぞれの内面の葛藤は、脚本では描けない。

 しかし、それを表現するのが俳優の力である。ベテランの堤真一と石田ゆり子はさすがだ。

 もちろん原作を読み込んで役作りをしているだろう。夫婦の行き違う会話が、ただの言い合いになっていない。

 お互いに我が子を信じ、家族を思えばこそなのに、「どうしてわかってくれないのか」というつらさが、抑えた演技からひしひしと伝わってくる。

 小説と比べると、家を取り巻くマスコミ陣の多さや、門柱・車へのひどいラクガキなど、映画ならではの画的な誇張が目につく反面、二人の演技が強く印象に残った。

 

 そして、残り42分で再び映画を中断し、小説に戻る。

 続きは、②へ

 

 

 

 このブログは、“映画を観ているみたいに小説が読める”「カットイメージ・リーディング」の魅力をお伝えすることが目的ですが、カットイメージのアイデアのもとになっているのは、私のイメージ瞑想体験です。

 そう思って、新たなカテゴリーとして瞑想についても書き始めたところ、多くの閲覧、フォローをいただきました。

 そこで今後は、私の瞑想、イメージ体験についても、ここで書いていくこととします。

 

 私の瞑想のベースになっているのは、「自律訓練法」です。

 今では「マインドフルネス」を初めとして、さまざまな科学的瞑想法が知られていますが、私が自分の性格や儂力に悩み、自己改善の方法を求めた求めた中学生時代には、「自律訓練法」がほとんど唯一と言っていいものでした。

 

 そのへんの詳しい経緯は、私のホームページ教育エジソン「瞑想、イメージ、自己啓発」をご覧ください。

 

 さて、自律訓練法は、ドイツの精神医学者シュルツが開発し、共同研究者である成瀬悟策が日本に紹介したものです。

 

 

 当時は、「自己催眠」という言い方が一般的でした。

 

 やり方としては、静かに目を閉じるなどして、「公式」と呼ばれる体感イメージのことばを心の中で唱えます。

 

 ①腕が重い (やがて脚が重いなど全身に広げる)

 ②腕が温かい (やがて脚が温かいなど全身に広げる)

 ③心臓が静かに打っている

 ④呼吸が楽だ

 ⑤太陽神経叢(たいようしんけいそう)が温かい

  (みぞおちのあたり、内臓の神経が収束した部分のイメージ)

 ⑥額が涼しい

 

 これらを順にマスターし、できるようになったら次へ進みます。

 

 中学から高校時代、この練習を断続的に続けていたものの、なかなか明確な実感はつかめませんでした(以後の経緯は、上記のページで)。

 

 今では(というより、瞑想を本格的に習慣化した20代のころから)、腹式呼吸で深く息を吸い、ゆっくり吐く、その一息で、これらのことばを連続して唱え、その状態に入ってしまいます。

 入っていなくても、入ったものとして、次の段階へ進んでいくのです。

 それが、瞑想導入のひとつのコツです。

 

 そのあと、私が自ら考案した「イメージ指圧」へと進んでいくのですが、それについてはまた次回とします。

 今回、20数年ぶりに深い瞑想習慣を取り戻した。

 その秘訣は、雑念を手放すために「セドナメソッド」を用いたこと。

 

 そもそも本気で瞑想習慣を取り戻したいと思ったのは、加藤史子『人生を整える「瞑想」の習慣』(2018 日本実業出版社)という本を読んだからだ。

 

 

 加藤さんは、ストレスを消し、集中力を高めるさまざまな方法を、著書、講演、動画配信などで広めているメンタルトレーナー。

 この本では、瞑想から得られるメリット、手軽にできる瞑想法、さまざまな日常生活の場面で瞑想を活かすヒントなどをまとめている。

 これを読んで、あらためて瞑想をしっかりやりたい気持ちが募ったので、コーチングのテーマにしたのである。

 

 その中で紹介されている「セドナメソッド」を、今回私は、瞑想の中で出てきた雑念を手放す方法として用いた。 

 その効果は抜群だった。

 今回、深い瞑想習慣を取り戻せたのは、まさに「セドナメソッド」のおかげである。

 

 本来は、私たちを縛るさまざまな感情を手放すことで、自己をとらわれから解放していく方法だが、加藤さんの本には、その手順が次のように説明されている。

 

 ①くつろいで目を閉じ、内面に注意を向けていく。

 ②「この感情を認めることはできますか?」と自分に問う。

 ③「この感情を少しの間でもいいので手放すことはできますか?」と問うて、自分の中から出てくる答えを受け止める(YesでもNoでも)。

 ④「この感情を手放しますか?」(YesでもNoでも)

 ⑤「いつ」(答えが「今」でなくてもOK)

 ⑥心が穏やかになっていくまで、このプロセスをくり返す。

 

 私は、瞑想の中で雑念に気づくたびに、このプロセスを実行した。

 すると、「手放しますか?」→はい、「いつ?」→今すぐ という答えがすぐ心に浮かび、雑念を離れて瞑想の流れに戻ることができた。 

 本質的な原理に基づき、ほんとうに役立つ方法論は、やはりシンプルなものだと実感する。

 

 この方法の原著は、ヘイル・ドゥオスキン『新版 人生を変える一番シンプルな方法 ―セドナメソッド― 』(2014 主婦の友社)。

 この方法を続けることで、苦しみから解放され、健康と幸福を手に入れた人たちの事例が数多く紹介されている。

 

 

 

 

 私はかつて、自律訓練法を応用した自己流の瞑想を毎朝30分、9年ほど続けていた(瞑想・自己啓発)。

 しかし、子どもが生まれたことなど生活の変化でその習慣は失われた。

 その後もさまざまな形で瞑想する努力は続けてきたが、かつての毎朝の習慣と深い瞑想体験は、二度と戻ってこなかった。

 

 それが、この1月末から毎朝30分の瞑想習慣を取り戻し、今も継続している。

 写真は、私が20年以上、起床就寝時刻などを毎日記録している表の一部だが、2月は瞑想記録の欄がぎっしり埋まっている。前月まではこの欄がガラガラだったのに。

 

瞑想の記録

 

 しかもその体験内容は深く、日々発見があり、豊かになっていく。

 

 なぜそうできたのか。  

 

 理由はいくつかある。

 ①毎月、電話コーチングを受けているコーチと、瞑想習慣を取り戻すための実行プランを相談し、毎朝報告すると約束したこと。

 

 ②座る時刻を一定に決めて、それを目標に早く起床し、朝の洗面、家事分担をサクサク片づけるようにしたこと。

 

 今までは家事分担をダラダラとやり、机に向かってやりたいことをダラダラやり、そのあとで瞑想をしようと思っても時間が無くなっていたのだ。

 瞑想することを第一目標に据えれば、実行できるとわかった。

 

 しかし、かつては瞑想の形はとってもなかなか深く入れない、ということも多かった。

 いつの間にか、雑念を追って、時間が過ぎている。

 今回は、雑念を離れるため試しにやってみた「セドナメソッド」が、ひじょうに有効だった。

「セドナメソッド」とは何か。それは、次のブログで紹介しよう。

 

映画を観ているみたいに小説が読める 超簡単!イメージ読書術

 

 

 

 東野圭吾『麒麟の翼』。

 映画を観ながら小説を読む――。

 途中までで映画を中断し、原作小説を読み始めた。

 

 どんどんイメージの世界にのめりこんで、映画を越えてあっという間に残り100ページ。

 いよいよ、隠された真実に迫り始める予感。

 そこでぐっとこらえて、小説を中断し、映画に戻る。

 

 もう小説で読んだ部分だから、次はどうなるだろうと焦る気持ちはなく、一度見た映画を再度見ている気分。

 と同時に、小説のストーリーがどう脚色されているのか、興味深く楽しんでいる。

 

 そして、小説で読んだ残りの山場を前にして、再度、映画を中断した。

 そこから小説に戻って、今度は最後まで読んだ。

 そこまで小説と映画で二度、イメージの世界にとっぷりと浸かっているので、物語の味わいがものすごく深い。

 

 ミステリーは終盤で謎解きの結末を急ぐと、読み飛ばしてしまいがちである。

 しかし、それでは東野圭吾の描く人間ドラマの感動を逃してしまう。

 こんなときこそと「カットイメージ」を意識して、心の中の映画世界をじっくりと味わいながら、読み進めた。

 

 そして最後まで読み切ると、やはり、期待を裏切らない、結末の意外性と隠された人間の真実が感動を呼ぶ物語だった。

 この感動が味わえれば、もう映画を観終わったような気分。

「もう映画は観なくてもいいかな」という気持ちになるくらい、物語を堪能することができた。

 

 いやしかし、と気を取り直して、映画の残りを観始めた。

 すると、被害者の息子(松坂桃李)とともに、中学・高校生役で山崎賢人や菅田将暉が出てくる。

 今は中堅どころの若手俳優陣が、まだ幼げで初々しい。

 そんな興味もありながら、映画の脚色を楽しんでいく。

 すると……。

 

 映画の結末で、新垣結衣演じる女性の人生に、小説にはなかった、もうひとひねりの展開があって、それがまた胸に迫った。

 この感動も、映画と小説を交互に深く味わっていったからこそ、であろう。

  

 ふり返ってみると、臨場感あふれる物語世界が細部までくっきりと記憶に残り、鮮やかなイメージで蘇る。

 

 小説を読んだり、映画を観たりして、“おもしろかったけど、すぐ内容を忘れてしまう”――。

 そんな悩みを持つ人には、イメージ力を高め、記憶力を活性化する、効果的なトレーニングになるのではないか。

 しかも、訓練の義務感はなく、文句なく楽しい。

 

 映画を観ながら小説を読む――。

 これは思ったよりハマりそうだ。

 さらに実験を続けたい。

 

拙著『映画を観ているみたいに小説が読める 超簡単!イメージ読書術』もご覧ください。

 

 

 映画を観ながら小説を読む――。

 朝井リョウ『何者』で実験して味をしめた。

 

 今度はぜひミステリーで試してみたいと、東野圭吾『麒麟の翼』を選んだ。

 映画は土井裕泰監督で、2012年に公開されている。

 

 

 映画『祈りの幕が下りる時』(2018)を先に観たので、日本橋署の加賀恭一郎刑事(阿部寛)と警視庁捜査一課の松宮脩平刑事(溝端淳平)のコンビが日本橋界隈を歩く映像には既視感がある(『新参者』というシリーズらしい)。 

 

 全体2時間あまりのうち、最初の40分を観て、事件の謎は出そろった。

 とくに、被害者(中井貴一)が毎週末に日本橋で続けていた行動が、何か罪滅ぼしのようで、不可思議である。

 何かとても重い過去が物語の背後に隠されている予感がある。

 

 そして、新垣結衣演ずる被疑者(三浦貴大)の恋人が、つらい運命をどう乗り越えていくのか、これから物語の中でどんな役割を果たすのか、なども気になる。

 その期待感を持ったまま、映画は約40分で一度中断し、原作本を読み始めた。

 

 原作は、文庫本(講談社文庫)で約370ページ。

 日本橋の風景も、登場人物たちも、映画で観た豊富な視覚的記憶を材料にして、すんなりとイメージの世界に入ることができる。

 まさに“映画を観ているみたいに”、読むことが楽しい。

 

 どんどん物語の中にのめり込んで、映画を中断したところをいつのまにか越えてしまっても、そこに切れ目はなく、心の中では映画の続きを見ている気分。

 

 映画で観たのは文庫本では160ページあたりまでだが、あっという間に270ページくらいまで読み進んだ。

 残り100ページで、いよいよ隠された真実に近づいていく、と感じたところで、ぐっと堪えて踏みとどまった。

 そのまま先を読みたかったが、“映画を観ながら読む”のが今回の実験である。

 そこで、Amazon Prime Video に戻って、映画の続きを見始めた。

 

 続きは②へ

 

拙著『映画を観ているみたいに小説が読める 超簡単!イメージ読書術』もご覧ください。