2009年 謹賀新年

皆様、昨年は大変お世話になりました。
ブログを開いていただいているような、お友達の皆様とはなかなか会えておりませんが、お元気でお過ごしですか?
お時間のあるときに、連絡やお声をおかけいただけると幸いです。
今年もどうぞよろしくお願いいたします
2008年を振り返ると、迷いの年でした。
仕事もようやく慣れて、幸いマンネリ化もせず、目標立てて仕事してきましたが、
同時に生まれた悩みは、「これでよかったの?」
自分のポジションについて大きく考えた年でした。
①数々に美しい海に心奪われた
②家族について強く考えるようになった。
③海外での体験や外国人との接点により、英語の話せる楽しさを知れた。
たかだか言葉だけど、少しできるだけで、大きく世界は広がり、日本のよさもわかる。
④自分の無駄(食、お金、時間など)を再確認
が去年の思い出。
今年は、「決断の年」にしたいと思います。
流れに任せてきた自分の人生を、きちんと選択して生きていきたいなと思います
篤姫
新装版 天璋院篤姫(上) (講談社文庫)
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ブームに乗っかって、読んでしまいました。
物心ついて以来の歴史好き。
高校のころは、理系なのに、日本史というかなりレアな選択で
(理系の人は地理が多い)
日本史の時間がかなりわくわくしていました。
日本の歴史の中で、女性のものを書かれたものは極めて少なく、残される書物は歴史のものを書かれていることから、女性が歴史に名前を残しているといえば、卑弥呼、北條政子とかぐらいになってしまうのかな。小説を残した春日局、紫式部とかも。
やはり書を残さずに名前は残せないのだなと。
篤姫は、幕末の混乱時代を立派に影の力で支え上げ、徳川最後の時代を毅然と生きた女性です。初めて、日本を整え、中央集権国家にまとめあげた徳川家も、力をつけた薩摩、長州をはじめとする開国派に倒されてしまいます。
篤姫は、この薩摩の分家の生まれで、本家の島津斉彬の養女となり、ついには、大奥のトップである将軍家定の御台所(正室)として迎えられます。
篤姫は、
① 薩摩の分家から、本家の養女となり、あれよあれよと、ラッキーと篤姫の人徳により大奥のトップまで上り詰めるシンデレラストーリー的な部分
② 大奥に入ったものの、だんなは病弱。。。夢見る結婚生活とはかけ離れた、女性としての歓びを得られると思った矛盾だらけの結婚生活
③ 家定の死後、裏の政治家として、助言を行い、天皇家からの御台所を受けることとなり、その和宮とのバチバチな部分
④ 徳川家が倒れ、新しい時代となる
の大きく四つで構成されていて、人の上に建つもの(リーダー)として、いかに振舞うべきかを考えつくして発言するあたりすごく感銘を受けました。
今は、ブームなので、鹿児島はここぞとばかりに、キャンペーンやったりしてるけど、実は和宮との確執は非常に大きく、皇室が下界にお嫁にいくということで、本当にややこしかったようで、和宮サイドの本を読むと、「いじわるばあさん」みたいに書いてるみたい。
京都の人は、いまだに篤姫というと、
「和宮さんをいじめはった人」
という意識ならしく、立場もあるので、お互いの言い分もあるのだろうなあ。
いろんな立場の気持ちにたつということは本当に大変であるけれども、
お互いの意見が一致しないと一言にいっても、
いろいろなバックグラウンドがあってそうなっているわけであり、
簡単に相手を悪くいったり、疑いを持ってはいかんのだなあとなんか実感させられる本でした。
歴史小説は、いろんな人の立場から書いてておもしろいのです。
教科書は、どうしても時代の主流の人がうまくいくように書いてるので、そういう教育を受けているけど、時代にはさまざまな人がいるので、いろんな立場の考え方や生き方があったはず。
ちょいちょい読んで、自分の肥やしにしていきたいもんです。

