先週だったと思うのですが、夜勤に入るまえに見た夕陽がとても大きく見え綺麗でした。
なんとか、どこかに車を止めて撮影できないかと思って走って、なんとか場所を見つけて撮影。
しかし、少し、遅かったか。
結構、沈んでいます。
もう少し前なら大きく撮影できたのか。
まあ、目で見える太陽や星には錯覚やらあるらしいので、大きく見えただけだったのかも。
でも綺麗な夕陽でした。
私の心の一枚はもっと、大きな夕陽だったんですけどね。
また、いつか挑戦したいですね。
先週だったと思うのですが、夜勤に入るまえに見た夕陽がとても大きく見え綺麗でした。
なんとか、どこかに車を止めて撮影できないかと思って走って、なんとか場所を見つけて撮影。
しかし、少し、遅かったか。
結構、沈んでいます。
もう少し前なら大きく撮影できたのか。
まあ、目で見える太陽や星には錯覚やらあるらしいので、大きく見えただけだったのかも。
でも綺麗な夕陽でした。
私の心の一枚はもっと、大きな夕陽だったんですけどね。
また、いつか挑戦したいですね。
いやぁ、驚くような天気です。
まさか、冬場にもほとんど見なかった霙が降りましたよ。
四月も半ばだというのにね。
テレビで北極震動とエルニーニョがどうのと言ってるけど、かんべんしてくれ。
表では、雨が降ってますが、明日の朝、まかり間違えると雪になるとか。
なんて、天気なんですかね。
江戸時代だったら歴史に残る飢饉の先触れとかになりそうな気候じゃないですか。
この時期まで桜の花が残ってるのも珍しいしね。
ほとんど散ったとはいえまだ花が残ってるものもありますよ。
これは、先週撮影した庭の桜です。
まだ若いので、あまり、多くの花を付けませんけどね。
『ブゥン・・・』
メリーゴーランドといえば、煌びやかに回り、笑顔と光溢れるものなのだが。
このメリーゴーランドは静かに佇む。
『ブゥン・・・』
辺りを見回せば、管理人らしき男が一人いる。
しかし、このメリーゴーランドは黙して語らずだ。
メリーゴーランドで思い出すのは、ブラックなコントだ。
シティーボーイズの『愚者の代弁者、うかり東へ』というライブでのコントだ。
『義昭ちゃんとメリーゴーランド』
病気の義昭ちゃんのために作られたメリーゴーランド。
義昭ちゃんが亡くなっても、メリーゴーランドは残り、不気味な雰囲気さえただよう。
住民はそろそろ撤去したいが、そんなことは義昭ちゃんの父親に言えない。
メリーゴーランドは風が吹くと悲しそうで苦しそうな声を上げる。
『ブゥン・・・』
空気を読まない男が現れ、メリーゴーランドの話を父親と知らずにぶつけるのだが・・・
『メーリ、メリ、ゴーランド、ゴーランド、ゴーランド・・・』
男は歌い出す。
なんとも設定からブラックなのだが、これを笑いへと昇華する。
人によっては悪趣味だと言うだろうとは思う。
私は、面白いとも思うし、悪趣味だとも思う。そのバランスが良いのだろう。
そんな、義昭ちゃんのメリーゴーランドからすれば、まだましなメリーゴーランドだが、もの悲しさはリアルな分こちらの方が大きいのかも知れない。
メリーゴーランドという大きな遊具の一部である彼ら馬たちなのだが、どことなく、違う気がする。
遊具の一部でありながら、馬という形を与えられている事が、馬であるという意味を持たせ、遊具という枠に収まろうとしていないように思えるのだ。
もちろん、そんなことを思うのは私が軽く病んでいるからかもしれない。
廃れた、アウトレットセンターあとに残るゲームコーナー。
ゲームコーナーとメリーゴーランド、面白自転車コーナーだけが残る。
桜が綺麗なので、この時期はまだ良いのかもしれない。
冬に来ていたらもっと、寂しいところなのだろう。
伊集院光の「のはなし」が文庫本として再版されました。
ここ一年ぐらい、伊集院光の深夜ラジオ「深夜の馬鹿力」を録音して聞いている事もあって以前から興味があった「のはなし」。
文庫本化ということで、買って読んでみる事に。
「のはなし にぶんのいち~イヌの巻~」と「のはなし にぶんのいち~キジの巻」をまとめて買って来ました。
文庫化に伴い「謎の写真コレクション」も新に収録されています。
この写真を選びタイトルをつける話をラジオで聞いていたこともあり、写真を見ながら、なるほど、この事かと思う事も多々あり。
テレビで最近、インテリ芸人としてクイズ番組などに出ている伊集院光とは違うちょっと、病んでるかもしれない空気を出した文章が面白い。
子供の頃に友人達と集めた牛乳ビンの蓋の話。
蓋に熱狂する様を振り返っているのだが、面白い。子供世界で通貨として流通するのだが、これは解る。
そんな伊集院光の過去の話から最近の出来事や考え方を垣間見る事ができる。
以前に、堺雅人のエッセイも読んだ時にも思ったが、この人の考え方を垣間見るというのが面白い。
読書の楽しみの一つだろう。
話を戻すが、この本、面白い。伊集院光が好きだったり、興味がある人にはお勧めだ。
写真のコーナーも良い。デジカメのおかげで、なんでもシャッターを切ると聞いてはいたものの着目点が面白い。
発想の違いという奴なのでしょうね。
ああ、そうそう、一言で、「くだらない」と言われる可能性は高いです。
文庫なので、手にとってちらりと見て読んでからの方が無難です。
映画「第9地区」を見てきました。
これから、内容について書こうと思いますが、ネタバレを含むので注意してください。
ある日、南アフリカのヨハネスブルグ上空に一隻の宇宙船が飛来する。
何ら行動を起こさない宇宙船に、業を煮やした人類は外壁を破って強行突入することにする。
そして、発見したのは飢餓で栄養失調に苦しむ地球外生命体だった。
ヨハネスブルグ郊外に作られたエイリアン用の難民キャンプは150万ものエイリアンで溢れかえり、20年もするとスラム街を形成していた。
エイリアン達のほとんどが、ハチで言うところの働きハチにあたり、知性が低く、上位種族に従うという特質を持っているようだった。
指揮官を失ったエイリアンに秩序はなく、結果、難民キャンプは第9地区という名称の元に隔離される事になる。
そして、もっと、都市部から離れた隔離施設である「第10地区」へのエイリアンの移動が行われることになる。
この映画は、この大規模な移動を指揮することになった男の身に起きた出来事を記録映像や関係者、知識人などのコメントを編集したドキュメンタリ風の映像作品になっている。
企業の理論や、人の中に根付いてる差別意識などが、露骨に描かれていている。
人類は、エイリアンをその容姿とゴミを漁る様子から、侮蔑の意味で「エビ」と呼ぶようになる。
その差別意識を持つ多くの人類と、エイリアンを養護する人権団体なども描かれ、リアリティを感じる作るになっている。
この映画を見ると、外見の容姿に醜さ以上に人の内面の醜さに嫌気が差してくる。
そう言った人類と、僅かに、立ち位置が、本当に僅かに立ち位置がずれた主人公の苦悩が色々と考えさせられる作品に仕上げている。
といっても、元々差別意識の強い人や、あの容姿などに嫌悪感を覚える人は、エビを隔離し、管理しようとする思考に共感するかも知れない。
実際解らないでもない。
最低限の秩序や法を守るならまだしも、それが出来ないようでは、治安は悪化するだろう。
描かれているエイリアンが町に住み着くのは問題があるだろうしね。
この現実の問題である対立や実害をどう乗り越えて共存という理想へ進むのかという答えは、この映画にはない。
この映画の世界の抱えた問題は深刻で、未来は見えていない。
何となく見てしまえば、それまでの映画だが、すこし考えて見てみると良いのかも知れない。
だって、宇宙船は南アフリカのヨハネスブルグに降り立つのだからね。
ふと、白人とネイティブアメリカンの関係を印象づける「Avatar」や戦争中に日本軍の捕虜となった経験から書かれた「猿の惑星」などを思い出す。
異文化を否定ではなく、理解から始まる物語というのが現実的ではないが、架空の話だけに良いのかもしれない。