何とかなるさ...の世界!? -190ページ目

何とかなるさ...の世界!?

いろいろごちゃ混ぜで書いてます。

あなたは、カトリックあるいは、プロテスタントのバプテスト派、ルーテル派、ペンテコステ派、それともカリスマ派?もしかして、超教派でしょうか。日本基督教団に聖公会もあったけ...。うーん、他にもまだまだありすぎて、一体どの教会を選べばいいんだろう?


悲しいかな、今日のキリスト教会を見渡すと、実に多くの諸教派に分かれているのが現状です。神様が私達に与えてくださった御霊の一致の下で、神様の御心通りに働いている真の教会は、本当は極僅かなのかもしれません。


コリントⅠ3:3~9

3)あなたがたは、まだ肉に属しているからです。あなたがたの間にねたみや争いがあることからすれば、あなたがたは肉に属しているのではありませんか。


4)ある人が、「私はパウロにつく。」と言えば、別の人は、「私はアポロに。」と言う。そういうことでは、あなたがたは、ただの人たちではありませんか。


5)アポロとは何でしょう。パウロとは何でしょう。あなたがたが信仰に入るために用いられたしもべであって、主がおのおのに授けられたとおりのことをしたのです。


6)私(パウロ)が植えて、アポロが水を注ぎました。しかし、成長させたのはです。


7)それで、たいせつなのは、植えるものでも水を注ぐ者でもありません。成長させてくださる神なのです。


8)植える者と水を注ぐ者は一つですが、それぞれ自分自身の働きに従って自分自身の報酬を受けるのです。


9)私(使徒)たちは神の協力者であり、あなたがた(キリスト者)は神の畑、神の建物(教会)です。


確かに、イエス・キリストを救い主として受け入れると言う点では、どこの教会教派も一致はしていますが、果たして、一体どれだけの教会が神様の御心に叶った歩み方をしているでしょうか?


神様にあっては、教会の派閥などどうでもいいことなのです。神様が本当に望んでおられるのは、教会を形成するキリスト者一人一人の御霊が完全に一致した生ける神の教会なのです。


ペテロ2:4、5

4)主のもとに来なさい。主は、人には捨てられたが、神の目には選ばれた、尊い、生ける石です。


5)あなたがたも生ける石として、霊の家に築き上げられなさい。そして、聖なる祭司として、イエス・キリストを通して神に喜ばれる霊のいけにえをささげなさい。


テモテⅠ3:15

それは、たとい私がおそくなったばあいでも、神の家でどのように行動すべきかを、あなたが知っておくためです。神の家とは生ける神の教会のことであり、その教会は、真理の柱また土台です。


asterisk_01霊の家=神の家=生ける神の教会


私達キリスト者が目指すべき教会とは、それぞれの内に与えられた御霊(キリストの心)を一致させて、神様の御心に従って歩むキリストの体(教会)になることではないでしょうか。






御霊について...御霊はキリストの心であり、その御霊が私達キリスト者を成長させてくださいます。


コリントⅠ2:11~16

11)いったい、人の心のことは、その人のうちにある霊のほかに、だれが知っているでしょう。同じように、神のみこころのことは、神の御霊のほかにはだれも知りません。


12)ところで、私たちは、この世の霊をうけたのではなく、神の御霊を受けました。それは、恵みによって神から私たちに賜ったものを、私たちが知るためです。


13)この賜物について話すには、人の知恵に教えられたことばを用いず、御霊に教えられたことばを用います。


14)生まれながらの人間は、神の御霊に属することを受け入れません。それらは彼には愚かなことだからです。また、それを悟ることができません。なぜなら、御霊のことは御霊によってわきまえるものだからです。


15)御霊を受けている人は、すべてのことをわきまえますが、自分はだれによってもわきまえられません。


16)いったい、「だれが主のみこころを知り、主を導くことができたか。」ところが、私たちには、キリストの心があるのです。



また教会について...


コリントⅠ3:9~23

9)私たち(パウロを含む使徒たち)は神の協力者であり、あなたがた(キリスト者)は神の畑、神の建物(教会)です。


10)与えられた神の恵みによって、私(パウロ)は賢い建築家のように、土台を据えました。そして、ほかの人(キリスト者)がその上に家(教会)を建てています。しかし、どのように建てるかについてはそれぞれが注意しなければなりません。


11)というのは、だれも、すでに据えられている土台のほかに、ほかの物を据えることはできないからです。その土台とはキリストです。


12)もし、だれか(キリスト者)がこの土台の上に、金、銀、宝石、木、草、わらなどで(教会)を建てるなら、


13)各人(教会)の働きは明瞭になります。その日(やがて来る御怒りの日)がそれを明らかにするのです。というのは、その日は火とともに現れ、この火がその力で各人(教会)の真価をためすからです。


14)もしだれかの建てた建物(教会)が残れば、その人(教会)は報いを受けます。


15)もしだれかの建てた建物(教会)が焼ければ、その人(教会)は損害を受けますが、自分自身は、火の中をくぐるようにして助かります。



16)あなたがた(キリスト者)は神の神殿(教会)であり、神の御霊があなたがたに宿っておられることを知らないのですか。


17)もし、だれかが神の神殿(教会)をこわすなら、神がその人(教会)を滅ぼされます。神の神殿(教会)は聖なるものだからです。あなたがた(キリスト者)がその神殿(教会)です。



18)だれも自分を欺いてはいけません。もしあなたがたの中で、自分は今の世の知者だと思う者がいたら、知者になるために愚かになりなさい。


19)なぜなら、この世の知恵は、神の御前では愚かだからです。こう書いてあります。「神は、知者どもを彼らの悪賢さの中で捕らえる。」


20)また、次のようにも書いてあります。「主は、知者の論議を無益だと知っておられる。」


21)ですから、だれも人間を誇ってはいけません。すべては、あなたがた(キリスト者)のものです。


22)パウロであれ、ケパであれ、また世界であれ、いのちであれ、死であれ、また現在のものであれ、未来のものであれ、すべてあなたがた(キリスト者)のものです。


23)そして、あなたがた(キリスト者)はキリストのものであり、キリストは神のものです。




iTunes 10Wonderful Chill Out Music iTunes 10




すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。 マタイ11章28節

ドイツBreak Every Chain ドイツ

by Jesus Culture


イエスの御名には力と権威があります。


マルコ16:17、18

17)信じる人々には次のようなしるしが伴います。すなわち、わたしの名によって悪霊を追い出し、新しいことばを語り、


18)蛇をもつかみ、たとい毒を飲んでも決して害を受けず、また、病人に手を置けば病人は癒されます。


ピリピ人への手紙2:8~11

8)キリストは人としての性質をもって現れ、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われたのです。


9)それゆえ、神はキリストを高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。


10)それは、イエスの御名によって、天にあるもの、地にあるもの、地の下にあるものすべてが、ひざをかがめ、


11)すべての口が、「イエス・キリストは主である。」と告白して、父なる神がほめたたえられるためです。



コロサイ人への手紙3:17

あなたがたのすることは、ことばによると行いによるとを問わず、すべて主イエスの名によってなし、主によって父なる神に感謝しなさい。





御霊による歩みと自分自身を知る事、これらはとても大事な事です。



ガラテヤ人への手紙5:16~26...ガラテヤの教会


16)私は言います。御霊によって歩みなさい。そうすれば、決しての欲望を満足させるようなことはありません。


17)なぜなら、の願うことは御霊に逆らい、御霊に逆らうからです。この二つは互いに対立していて、そのためあなたがたは、自分のしたいと思うことをすることができないのです。


18)しかし、御霊によって導かれるなら、あなたがたは律法の下にはいません。


19)の行いは明白であって、次のようなものです。不品行、汚れ、好色、


20)偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、憤り、党派心、分裂、分派、


21)ねたみ、酩酊、遊興、そういった類のものです。前にもあらかじめ言ったように、私は今もあなたがたにあらかじめ言っておきます。こんなことをしている者たちが神の国を相続することはありません。


22)しかし、御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、


23)柔和、自制です。このようなものを禁ずる律法はありません。


24)キリスト・イエスにつく者は、自分のを、様々の情欲や欲望とともに、十字架につけてしまったのです。



25)もし私たちが御霊によって生きるのなら、御霊に導かれて、進もうではありませんか。


26)互いにいどみ合ったり、そねみ合ったりして、虚栄に走ることのないようにしましょう。



ガラテヤ人への手紙6:1~16


1)兄弟たちよ。もしだれかがあやまちに陥ったなら、御霊の人であるあなたがたは、柔和な心でその人を正してあげなさい。また、自分自身も誘惑に陥らないように気をつけなさい。


2)互いの重荷を負い合い、そのようにしてキリストの律法を全うしなさい。


3)だれでも、りっぱでもない自分を何かりっぱでもあるかのように思うなら、自分を欺いているのです。


4)おのおの自分の行いをよく調べてみなさい。そうすれば、誇れると思ったことも、ただ自分だけの誇りで、ほかの人に対して誇れることではないでしょう。


5)人にはおのおの、負うべき自分自身の重荷があるのです。



6)みことばを教えられる人は、教える人とすべての良いものを分け合いなさい。


7)思い違いをしてはいけません。神は侮られるような方ではありません。人は種を蒔けば、その刈り取りもすることになります。


8)自分ののために蒔く者は、から滅びを刈り取り、御霊のために蒔く者は、御霊から永遠のいのちを刈り取るのです。


9)善を行うのに飽いてはいけません。失望せずにいれば、時期が来て、刈り取ることになります。


10)ですから、私たちは、機会のあるたびに、すべての人に対して、特に信仰の家族の人たちに善を行いましょう。



11)ご覧のとおり、私は今こんなに大きな字で、自分のこの手であなたがたに書いています。


12)あなたがたに割礼を強制する人たちは、において外見を良くしたい人たちです。彼らはただ、キリストの十字架のために迫害を受けたくないだけなのです。


13)なぜなら、割礼を受けた人たちは、自分自身が律法を守っていません。それなのに彼らがあなたに割礼を受けさせようとするのは、あなたがたのを誇りたいためなのです。


14)しかし私には、私たちの主イエス・キリストの十字架以外に誇りとするものが決してあってはなりません。この十字架によって、世界は私に対して十字架につけられたのです。


15)割礼を受けているか受けていないかは、大事なことではありません。大事なのは新しい創造です。


16)どうか、この基準に従って進む人々、すなわち神のイスラエルの上に、平安とあわれみがありますように。