この曲を初めて耳にした時、心にジーンときてしまい、思わず涙が出てきてしまいました。
主人にも聞かせたところ、彼も同じような反応を示し、「僕が先に亡くなったら、この曲を葬式の時にかけてくれないかな」と言ったので、私も「私の時もこの曲をかけてね」と答えました。
そう、私たちがこの世を旅立つ時の曲がこれで決まったわけです。
そんな日が、そう早くやって来ない事を神様に祈ります...。
この曲を初めて耳にした時、心にジーンときてしまい、思わず涙が出てきてしまいました。
主人にも聞かせたところ、彼も同じような反応を示し、「僕が先に亡くなったら、この曲を葬式の時にかけてくれないかな」と言ったので、私も「私の時もこの曲をかけてね」と答えました。
そう、私たちがこの世を旅立つ時の曲がこれで決まったわけです。
そんな日が、そう早くやって来ない事を神様に祈ります...。
詩篇61:1-4
神よ。私の叫びを聞き、
私の祈りを心に留めてください。
私の心が衰え果てるとき、
私は地の果てから、あなたに呼ばわります。
どうか、私の及びがたいほど高い岩の上に、
私を導いてください。
まことに、あなたは私の避け所、
敵に対して強いやぐらです。
私は、あなたの幕屋に、いつまでも住み、
御翼の陰に、身を避けたいのです。
by Oslo soul children
God's judgement...いわゆる神の裁きは神の家(クリスチャン=教会)から始まります。
ペテロⅠ4:17~19
17)なぜなら、さばきが神の家から始まる時が来ているからです。さばきが、まず私たちから始まるのだとしたら、神の福音に従わない人たちの終わりは、どうなることでしょう。
18)義人がかろうじて救われるのだとしたら、神を敬わない者や罪人たちは、いったいどうなるのでしょう。
19)ですから、神のみこころに従ってなお苦しみに会っている人々は、善を行うにあたって、真実であられる創造者に自分の魂をお任せしなさい。
そして、マタイ25章を読んでみると:
31)人の子が、その栄光を帯びて、すべての御使いたちを伴ってくるとき、人の子はその栄光の位に着きます。
32)そして、すべての国々の民が、その御前に集められます。彼は、羊飼いが羊と山羊とを分けるように、彼らをより分け、
33)羊を右に、山羊を左に置きます。
34)そうして、王は、その右にいる者たちに言います。『さあ、わたしの父に祝福された人たち。世の初めから、あなたがたのために供えられた御国を継ぎなさい。
35)あなたがたは、わたしが空腹であったとき、わたしに食べるものを与え、わたしが渇いていたとき、わたしに飲ませ、わたしが旅人であったとき、わたしに宿を貸し、
36)わたしが裸のとき、わたしに着る物を与え、わたしが病気をしたとき、わたしを見舞い、わたしが牢にいたとき、わたしをたずねてくれたからです。』
37)すると、その正しい人たちは、答えて言います。『主よ。いつ、私たちは、あなたが空腹なのを見て、食べる物を差し上げ、渇いておられるのを見て、飲ませてあげましたか。
38)いつ、あなたが旅をしておられるときに、泊まらせてあげ、裸なのを見て、着る物を差し上げましたか。
39)また、いつ、私たちは、あなたのご病気やあなたが牢におられるのを見て、おたずねしましたか。』
40)すると、王は彼らに答えて言います。『まことに、あなたがたに告げます。あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、しかも最も小さい者たちのひとりにしたのは、わたしにしたのです。』
41)それから、王はまた、その左にいる者たちに言います。『のろわれた者ども。わたしから離れて、悪魔とその使いたちのために用意された永遠の火にはいれ。
42)おまえたちは、わたしが空腹であったとき、食べるものをくれず、渇いていたときにも飲ませず、
43)わたしが旅人であったときにも泊まらせず、裸であったときにも着る物をくれず、病気のときや牢にいたときにもたずねてくれなかった。』
44)そのとき、彼らも答えて言います。『主よ。いつ、私たちは、あなたが空腹であり、渇き、旅をし、裸であり、病気をし、牢におられるのを見て、お世話をしなかったのでしょうか。』
45)すると、王は彼らに答えて言います。『まことに、おまえたちに告げます。おまえたちが、この最も小さい者たちのひとりにしなかったのは、わたしにしなかったのです。』
46)こうして、この人たちは永遠の刑罰にはいり、正しい人たちは永遠のいのちにはいるのです。
さて、これを全体的にとらえると、ここに出てくる羊と山羊は二通りのクリスチャンの事を指しているのが見て取れます。
羊は、神の道に従順に従い続けた人々で、山羊とは、クリスチャンではあったものの神に従わず、自分の肉の思いを貫き通した人々...。
またこのマタイの25章の初めの部分の別の例えでは、10人の花嫁の内、5人は愚かで他の5人は賢かったとあるように、賢い5人は羊であり、愚かな5人の花嫁は山羊に置き換えられることが出来ます。
そして、こうもあります。
マタイ7:21~23
21)わたしに向かって、『主よ、主よ。』という者がみな天の御国にはいるのではなく、天におられるわたしのちちのみこころを行う者がはいるのです。
22)その日には、おおぜいの者がわたしに言うでしょう。『主よ、主よ。私たちはあなたの名によって預言をし、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によって奇跡をたくさん行ったではありませんか。』
23)しかし、その時、わたしは彼らにこう宣告します。『わたしはあなたがたを全然知らない。不法をなす者ども。わたしから離れて行け。』
...と。
by Moon Ate the Dark
8 Year Old Girl's Visions of the Rapture...1/2

こちらのブログ
で日本語の訳が見られます。
[Heaven(聖なる都、新しいエルサレム)]
(ヨハネの黙示録21:9~27)
9)また、最後の七つの災害の満ちているあの七つの鉢を持っていた七人の御使いのひとりがきた。 彼は私に話して、こう言った。 「ここに来なさい。 私はあなたに、子羊の妻である花嫁を見せましょう。」
10)そして、御使いは御霊によって私を大きな高い山に連れて行って、聖なる都エルサレムが神のみもとを出て、天から下って来るのを見せた。
11)都には神の栄光があった。 その輝きは高価な宝石に似ており、透き通った碧玉のようであった。
12)都には大きな高い城壁と十二の門があって、それらの門には十二人の御使いがおり、イスラエルの十二部族の名が書いてあった。
13)東に三つの門、北に三つの門、南に三つの門、西に三つの門があった。
14)また、都の城壁には十二の土台石があり、それには、子羊の十二使徒の十二の名が書いてあった。
15)また、私と話していた者は都とその門とその城壁とを測る金の測りざおを持っていた。
16)都は四角で、その長さと幅は同じである。 彼がそのさおで都を測ると、一万二千スタディオンあった。 長さも幅も高さも同じである。
17)また、彼がその城壁を測ると、人間の尺度で百四十四ペーキュスあった。 これが御使いたちの尺度でもあった。
18)その城壁は碧玉で造られ、都は混じりけのないガラスに似た純金でできていた。
19)都の城壁の土台石はあらゆる宝石で飾られていた。 第一の土台石は碧玉、第二はサファイヤ、第三は玉髄、第四は緑玉、
20)第五は赤縞めのう、第六は赤めのう、第七は貴かんらん石、第八は緑柱石、第九は黄玉、第十は緑玉髄、第十一は青玉、第十二は紫水晶であった。
21)また、十二の門は十二の真珠であった。 どの門もそれぞれ一つの真珠から出来ていた。 都の大通りは、透き通ったガラスのような純金であった。
22)私は、この都の中に神殿を見なかった。 それは、万物の支配者である、神であられる主と、子羊とが都の神殿だからである。
23)都には、これを照らす太陽も月もいらない。 というのは、神の栄光が都を照らし、子羊が都のあかりだからである。
24)諸国の民が、都の光によって歩み、地の王たちはその栄光を携えて都に来る。
25)都の門は一日中決して閉じることがない。 そこには夜がないからである。
26)こうして、人々は諸国の民の栄光と誉れとを、そこに携えてくる。
27)しかし、全て汚れた者や、憎むべきことと偽りとを行う者は、決して都に入れない。 子羊の命の書に名が書いてある者だけが、はいることができる。
[Wedding of the Lamb(子羊の婚宴)]
(マタイ26:26~29)
また、彼らが食事をしているとき、イエスはパンを取り、祝福して後、これを裂き、弟子たちに与えて言われた。 「取って食べなさい。これはわたしのからだです。」 また杯を取り、感謝をささげて後、こう言って彼らにお与えになった。 「みな、この杯から飲みなさい。 これは、私の契約の血です。 罪を赦すために多くの人のために流されるものです。 ただ、言っておきます。 わたしの父の御国で、あなた方と新しく飲むその日までは、わたしはもはや、ぶどうの実で作った物を飲むことはありません。」
8 Year Old Girl's Vision of the Rapture...
2/2![]()
天国も地獄も確かに実在します。こちらのウェブサイトの記事、特に画像 を見て気分を害してしまったらあしからずです。