何とかなるさ...の世界!? -189ページ目

何とかなるさ...の世界!?

いろいろごちゃ混ぜで書いてます。

♪A Letter From St. Jude ♪

by The Wiyos



ユダの手紙  ※こちら を参照


1)イエス・キリストのしもべであり、ヤコブの兄弟であるユダから、父なる神にあって愛され、イエス・キリストのために守られている、召された方々へ。


2)どうか、あわれみと平安と愛が、あなたがたの上に、ますます豊かにされますように。


3)愛する人々。私はあなたがたに、私たちがともに受けている救いについて手紙を書こうとして、あらゆる努力をしていましたが、聖徒にひとたび伝えられた信仰のために戦うよう、あなたがたに勧める手紙を書く必要が生じました。


4)というのは、ある人々が、ひそかに忍び込んで来たからです。彼らは、このようなさばきに会うと昔から前もってしるされている人々で、不敬虔な者であり、私たちの神の恵みを放縦に変えて、私たちの唯一の支配者であり主であるイエス・キリストを否定する人たちです。



5)あなたがたは、すべてのことをすっかり知っているにしても、私はあなたがたに思い出させたいことがあるのです。それは主が、民をエジプトの地から救い出し、次に、信じない人々を滅ぼされたということです。


6)また、主は、自分の領域を守らず、自分のおるべき所を捨てた御使いたちを、大いなる日のさばきのために、永遠の束縛をもって、暗やみの下に閉じ込められました。

7)また、ソドム、ゴモラおよび周囲の町々も彼らと同じように、好色にふけり、不自然な肉欲を追い求めたので、永遠の火の刑罰を受けて、みせしめにされています。


8)それなのに、この人たちもまた同じように、夢見る者であり、肉体を汚し、権威ある者を軽んじ、栄えある者をそしっています。


9)御使いのかしらミカエルは、モーセのからだについて、悪魔と論じ、言い争ったとき、あえて相手をののしり、さばくようなことはせず、「主があなたを戒めてくださるように。」と言いました。


10)しかし、この人たちは、自分には理解もできないことをそしり、わきまえのない動物のように、本能によって知るような事がらの中で滅びるのです。


11)忌まわしいことです。彼らは、カインの道を行き、利益のためにバラムの迷いに陥り、コラのようにそむいて滅びました。


12)彼らは、あなたがたの愛餐のしみです。恐れげもなくともに宴を張りますが、自分だけを養っている者であり、風に吹きとばされる、水のない雲、実を結ばない、枯れに枯れて、根こそぎにされた秋の木、


13)自分の恥のあわをわき立たせる海の荒波、さまよう星です。まっ暗なやみが、彼らのために永遠に用意されています。


14)アダムから七代目のエノクも、彼らについて預言してこう言っています。「見よ。主は千万の聖徒を引き連れて来られる。


15)すべての者にさばきを行い、不敬虔な者たちの、神を恐れずに犯した行為のいっさいと、また神を恐れない罪びとどもが主に言い逆らった無礼のいっさいとについて、彼らを罪に定めるためである。」


16)彼らはぶつぶつ言う者、不平を鳴らす者で、自分の欲望のままに歩んでいます。その口は大きなことをいい、利益のためにへつらって人をほめるのです。


17)愛する人々よ。私たちの主イエス・キリストの使徒たちが、前もって語ったことばを思い起こしてください。


18)彼らはあなたがたにこう言いました。「終わりの時には、自分の不敬虔な欲望のままにふるまう、あざける者どもが現れる。」


19)この人たちは、御霊を持たず分裂を起こし、生まれつきのままの人間です。(参考までにこちら  もどうぞ)


20)しかし、愛する人々よ。あなたがたは、自分の持っている最も聖い信仰の上に自分自身を築き上げ、聖霊によって祈り、


21)神の愛のうちに自分自身を保ち、永遠のいのちに至らせる、私たちの主イエス・キリストのあわれみを待ち望みなさい。


22)疑いを抱く人々をあわれみ(確信づけ)、


23)火の中からつかみ出して救い、またある人々を、恐れを感じながらあわれみ、肉によって汚されたその下着さへも忌みきらいなさい。



24)あなたがたを、つまずかせないように守ることができ、傷のない者として、大きな喜びをもって栄光の御前に立たせることのできる方に、


25)すなわち、私たちの救い主である唯一の神に、栄光、尊厳、支配、権威が、私たちの主イエス・キリストを通して、永遠の先にも、今も、また世々限りなくありますように。アーメン。





ヤコブ3章


1)私の兄弟たち。多くの者が教師になってはいけません。ご承知のように、私たち教師は、格別きびしいさばきを受けるのです。


2)私たちはみな、多くの点で失敗をするものです。もし、ことばで失敗をしない人がいたなら、その人は、体全体もりっぱに制御できる完全な人です。


3)馬を御するために、くつわをその口にかけると、馬の体全体を引き回すことができます。


4)また、船を見なさい。あのように大きな物が、強い風に押されているときでも、ごく小さなかじによって、舵を取る人の思いどおりの所へ行かれるのです。


5)同様に、舌も小さな器官ですが、大きなことを言って誇るのです。ご覧なさい。あのように小さい火があのような大きい森を燃やします。 (口は災いのもと)


6)舌は火であり、不義の世界です。舌は私たちの器官の一つですが、体全体を汚し、人生の車輪を焼き、そしてゲヘナの火によって焼かれます。


7)どのような種類の獣も鳥も、はうものも海の生き物も、人類によって制せられるし、すでに制せられています。


8)しかし、舌を制御することは、だれにもできません。それは少しもじっとしていない悪であり、死の毒に満ちています。


9)私たちは、舌をもって、主であり父である方をほめたたえ、同じ舌をもって、神にかたどって造られた人をのろいます。


10)賛美とのろいが同じ口から出て来るのです。わたしの兄弟たち。このようなことは、あってはなりません。


11)泉が甘い水と苦い水を同じ穴からわき上がらせるというようなことがあるでしょうか。


12)私の兄弟たち。いちじくの木がオリーブの実をならせたり、ぶどうの木がいちじくの実をならせたりするようなことは、できることでしょうか。塩水が甘い水を出すこともできないことです。



13)あなたがたのうちで、知恵のある、賢い人はだれでしょうか。その人は、その知恵にふさわしい柔和な行いを、良い生き方によって示しなさい。


14)しかし、もしあなたがたの心の中に、苦いねたみと敵対心があるならば、誇ってはいけません。真理に逆らって偽ることになります。


15)そのような知恵は、上から来たものではなく、地に属し、肉に属し、悪霊に属するものです。


16)ねたみや敵対心のあるところには、秩序の乱れや、あらゆる邪悪な行いがあるからです。


17)しかし、上からの知恵は、第一に純真であり、次に平和、寛容、温順であり、また、あわれみと良い実とに満ち、えこひいきがなく、みせかけのないものです。


18)義の実を結ばせる種は、平和をつくる人によって平和のうちに蒔かれます。





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ヨハネⅠ5:16

16)だれでも兄弟が死に至らない罪を犯しているのを見たなら、神に求めなさい。そうすれば神はその人のために、死に至らない罪を犯している人々に、いのちをお与えになります。死に至る罪があります。この罪については、願うようにとは言いません。


17)不正はみな罪ですが、死に至らない罪があります。


ここでは、罪には「死に至らない(御国に入れる)罪」「死に至る(御国に入れない)罪」の二通りがあると言っていますが、今一ピンとこないのが本音ではないでしょうか。


ここで、「死に至らない罪」についてのヒントとなる聖書の箇所を挙げてみます。


ヨハネⅠ2:1~3

1)私の子どもたち。私がこれらのことを書き送るのは、あなたがたが罪を犯さないようになるためです。もしだれかが罪を犯したなら、私たちには、御父の御前で弁護してくださる方があります。それは、義なるイエス・キリストです。


2)この方こそ、私たちの罪のための、-私たち(キリスト者)の罪だけでなく全世界のためのーなだめの供え物なのです。


この「死に至らない罪」とは、イエス様を受け入れる前に犯していた罪のことで、だから、主をまだ知らない(罪)人が悔い改めてイエス様を救い主として受け入れられるように、私たち先に救われた者は、その人のために祈り求めなさい。そうすれば、神様がその人の心に働きかけて気付かせて下さるだろう、ということをここで語っているのではないでしょうか。


しかしながら、「死に至る罪」に関すれば、以下のそれぞれの聖書の箇所を挙げることが出来ます。


ヘブル6:4~6

4)一度光を受けて天からの賜物の味を知り、聖霊に預かる者となり、


5)神のすばらしいみことばと、後にやがて来る世の力とを味わったうえで、


6)しかも堕落してしまうならば、そういう人々をもう一度悔い改めに立ち返らせることはできません。彼らは、自分で神の子をもう一度十字架にかけて、恥辱を与える人たちだからです。


ヘブル10:26~31

26)もし私たちが、真理の知識を受けて後、ことさらに罪を犯し続けるならば、罪のためのいけにえは、もはや残されていません。


27)ただ、さばきと、逆らう人たちを焼き尽くす激しい火とを、恐れながら待つよりほかはないのです。


28)だれでもモーセの律法を無視する者は、二、三の承認の言葉に基づいて、あわれみを受けることなく死刑に処せられます。


29)まして、神の御子を踏みつけ、自分を聖なるものとした契約の血を汚れたものとみなし、恵みの御霊を侮る者は、どんなに重い処罰に値するか、考えてみなさい。


30)私たちは、「復讐はわたしのすることである。わたしが、報いをする。」、また、「主がその民をさばかれる。」と言われる方を知っています。


31)生ける神の手の中に陥ることは恐ろしいことです。


...とあるように、「死に至る罪」は一度主イエス・キリストを救い主と受け入れ、御霊を授かったにも関わらず、神の御心に背き、自分の肉の欲望の方へと向かってしまう罪のことです。それこそ、サタンの思う壺にはまってしまったクリスチャンのことを言っているのです。


ヨハネⅠ2:3~6

もし、私たちが神の命令を守るなら、それによって、私たちは神を知っていることがわかります。


4)神を知っていると言いながら、その命令を守らない者は、偽り者であり、真理はその人のうちにありません。


5)しかし、みことばを守っている者なら、その人のうちには、確かに神の愛が全うされているのです。それによって、私たちが神のうちにいることがわかります。


6)神のうちにとどまっていると言う者は、自分でもキリストが歩まれたように歩まなければなりません。