1200人の死者と行方不明者を出した釜石市の中でも、津波被害がトップと言われている鵜住居地区です
壊滅的な被害をうけた中、私たちは海岸に面した小学校と中学校を見つけました
現場をみて唖然とし、急いでこちらの被害状況をしらべました。
子供被害者0! 涙
大槌湾の根浜海岸の近くに併設している両校は、釜石市津波浸水予測図では浸水域外となっています。しかし、津波による被害を受ける可能性が高いとの認識のもと、『手引き』に基づいた防災教育のほかにも、学校独自で様々な取り組みを実施してきました
授業内容・・・
防火練習 応急処置 救急搬送 防災マップづくり 非常食炊き出し 防災チラシ・安否札配布 津波記念碑清掃 竹ざお担架づくり 水上救助
助けられる人から助ける人へ! そのような理念に基づいた教育、とても素晴らしいと思いました!

物資の送り先
遠野NPOサポートセンター・・・行政が把握しきれない所にも支援が行き届きます。車が流された!ガソリンがない!といった要望にも応えてくれます。北海道のNPO団体が配達をしてくれます
武野節子さん宅・・・緊急のSOSメッセージを受け取りましたので、急遽向かうことになりました。
家を流され、友人宅に避難 避難所に行っても被災者とは認められず、物資を一度も受け取ることなく2週間以上経過。食料も尽きて何でもいいから欲しいとの要請を受け取りましたので、自宅まで物資を届けました。
仙寿院・・・一週間前の情報だと1000人の避難者 幸にも行き場所があったのか、私たちが訪ねた時は10分の1まで減っていました。しかし、個人宅から通っている被災者も多く、毎日の炊き出しは場所によってまちまち。お腹いっぱい食べれるとこもあれば、その300m先の離れた所ではおにぎり1個
大槌町の老人ホーム・・・道ない道をがれきの中をかき分けて見つけた老人ホームで、建物もかろうじて残っている状態。名前は不明
山田町ふれあいセンター・・・殆どはご老人が避難しています。トラック1台分を寄付しました 大槌町、山田町は支援がまだまだ行き届いていないところなので大変喜ばれました
山田小学校
http://ameblo.jp/tsukikoya/page-2.html#main←こちらをご覧ください。一緒に活動している友人のブログです!
山館力さん宅・・・一家に20~30人の被災者が避難生活 その殆どは子どもと女性。男性は1人
食料が尽きる寸前にある被害者からの要請を受け支援 マットや毛布の寄付、食事をできる範囲で支援しました 時間が無かったので同じ被災者松田さんに物資の運搬をお願いしました
ありがとうございます
このように、場所によって運んでいるものはバラバラです ただ、物資をただ渡すだけではありません。個人としてやっているメリットもあります! 気持ちも一緒に届けることですね。涙を流し、ホントに喜んで頂けると、全ての苦が一瞬にして消え去ります。
みなさんのお気もち、被災者の方々に間違いなく伝わっています!^^
20万人の避難者から16万人に激減し最善を尽くしています。しかし、状況を把握し切きれていません。
そして、残念ながら大きな行政を通せば通すほど、末端に物資が届かない事実があります。
避難所によって格差が生まれ、古着はもう一切受け付けない、食べ物も処理しきれなく破棄している所もあれば、その一方では明日食べる食事もなく、灯油も買えず凍死、または孤独死、自殺という悲しい現実があります。その末端から支援していけるのは、私たちのような小さな小さなボランティア達です。
日本赤十字社が保持している金額は1000億以上ありますが、実際使われた形跡は未だなく、しかもこの義援金が使われるのは早くて6ヶ月後だと言われています。その義援金が使われるまでの数ヶ月は私達が支えていかなければならないと思っています。
私たちボランティアは素人であり、企業ではなく、個人の判断で自分の仕事を抱えながら活動しています。愚言、提言、全てが力となります。協力して頂いてる方々に報告が怠り御迷惑をおかけしておりますが、今はまだ時間との戦いで、この貴重な時間を支援に費やしたいと思ってますのでどうぞご理解ください
生の現地の声にかなうものはありません。その生の声をキャッチ出来るのは、私たちだと思っています。その情報の鮮度が高いうちに発信し共有し、的確に連携をとって動いていく
今の私が出来ることを出来る範囲で支援していきたいと思います
今回、被災地訪問で私が感じた事、実際に聞いた被災者の声をお伝えします
僧侶23人の同志が神奈川、東京、岩手から集結し、岩手の遠野市にある智恩院(お寺)を拠点に、釜石、大槌を主に,支援活動して参りました。
3月27日深夜1時、最後の荷物をトラックに積み込み、岩手の釜石へ向けて出発!
既にトラック3台先発で出発しましたが、想定以上の物資が届いた為、急遽もう一台追加をし、一緒に出発しました。
約10時間の道のりを経て岩手に入り、雪道の峠を越え、村に入ったとき、最初に目にした光景は、言葉になりませんでした。海から内陸5キロ以上入っていると思います
鵜住居地区手前の写真です
生の声を求め、直接被災者の方と話をしています。物資は栗林小学校に持って行って欲しいとのこと。
物資を持ってきたことを伝えると既に間に合っているとのこと。新たな情報を得てから遠野のNPOが管理しているサポートセンターの倉庫に運ぶことになりました
●現地では、日々状況が変化しています。今日までは食べるものがなく、下着も古着でもいいから今すぐ欲しいと言われたところが、数時間後にはいらないと言われます。ボランティアの方々はアポなしで現場に入り、物資を置いていきます。突然、船やヘリから10トンの物資を搬入したりするので、支援者側も被災者側も全く予測つかないのが現状です。 物資を運ぶ時には随時、現場の情報を得ながら活動支援していかなくてはならないですね。
物資は沢山届いてる。義援金も沢山集まっているはず。それでも、個人宅に届くにはまだまだ先の様に思える。生の声からは悲痛の叫びが聞える。
あなたが被災者の立場だったら?
飢えや寒さをいつまで我慢すればいいの?限界まで我慢する?
どんな方法でもいい。いますぐ暖まりたい、飢えを忘れたい。。
だから私は個人的に支援する。それが今すぐ必用とされているはずだから。
iPhoneから送信






























