女性アルバイト急募ビックリマーク



年齢:20~40歳位
時給:950~

連絡先:046-231-0557




料理美味しビックリマーク

マスターも気さくで最高です音譜


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丸順
住所:海老名市中新田4-4-8
営業時間:17時~24時
定休日:水曜日
いつもながら、支えて頂いている方々に感謝しております。
今夜出発して11月9日に戻ります。

海老名カイロプラクティックセンターは9日まで不在となりますので、
皆様のご理解とご協力をお願い申し上げます。ニコニコ

では行って参ります車DASH!



廣石様
内山様
相原様
佐々木様
馬地様
彦坂様
大島紀子様
アリーカフェ様
妙泉寺様
諏訪内様
 


心より感謝いたします。
どうもありがとうございました星
彼女とは岩手支援を通じて出逢いました。
自らが被災しながらも、周りの気遣いを怠らず、そして膵臓癌という病に侵されながらも、
最後まで他人の気遣いをしていました。


田中シマ子さん(享年69歳) 


他界してから早10日・・・。

一年のお付き合いでしたが、彼女から得たものは大きく、大きすぎて、まだ整理がつかない状態であります。


いつも訪れると、必ず出されるお漬け物。
そして、帰る時にも必ず持たせてくれるお漬け物とおにぎり。

それを入れたタッパーを返しに行くのが、毎月の恒例となり、
そして、それが私の岩手に行く、楽しみの一つでもありました。






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岩手日報より
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岩手県釜石市で、一番被害の大きかった鵜住居地区。
その鵜住居地区で、以前活動していた合唱でもって、
『もう一度この地域を元気にできないか?』
と、代表の田中シマ子さん。


そして、同時期に私の所にクラシックバレーの教師、山田先生から、
物資の相談があったのです。 

『ピアノがあるのですが、被災地に持って行っていただけないか?』

ということで、震災直後からのお付き合いのある音楽の山崎先生を通し、
私と必然的に結びついたのであります。


この活動が始まり、すこしづつ、また鵜住居に人が集まるようになり、
そして、定期的に集まる場がある事により、人の心と体を癒し、互いを勇気づけ、
徐々に元気が戻っていったのであります。

皆で歌うことでつながりが守られている。

そう皆さん感じているのです。




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田中夫妻は、仮設の横の空いたスペースで、トマト・大根・冬瓜・かぼちゃ・シソなどを栽培していました。
『今年はかぼちゃが15個取れた~!』
と言って仮設の皆さんに配っていました。
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10月24日、お見舞いに行き、病室をあとにした帰り際、
娘のくみこさんが走って追いかけてきました。

お母さんがね、
『漬け物作って待ってるって!』

そう、廊下で叫んで呼び止めてくれました。

そして、それが私に言った最後の一言でありました・・・。




たくさんのありがとうと感謝




そんな言葉しか今は出てこなく、

田中シマ子さんの精神を受け次ぎ、どんな時であろうと、人に優しい人であるよう生きていきたいと思っています。

シマ子さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。


合掌


2012年10月25日

『被災地の現状と今後の支援について』

という題材で招かれ、海老名WINGSにて、講師を務めさせて頂きました。
m(_ _ )m



私が2011年の3月からの活動内容を、題材通り、私なりにまとめてみました。

レポート用紙にまとめはしたものの、当日、その用紙を見る事もなく、私の口から出てきた言葉は、震災後の彼らの悲痛な叫びでありました。

そして、この震災を教訓に、もし海老名であのような災害が起こったら?
そう仮定し、実際にトラブルがあった内容を話させて頂きました。

● ボランティア同士のいざこざ
● 情報の錯乱

特に目立ったのはこの二つだったと思います。

現状は正直大きな変化はありません。
また二年目の寒い冬を越さなければなりません。
あと半年で仮説を出なくてはならない設定になっていますから、その時にまた問題が発生するかもしれません。

すこしづつ、仮設の店は増えてはきておりますが、私が訪れている漁村では、まだ漁の再開はできていません。1年7カ月無収入です。

今後の支援は、個人で、できる範囲は小さなことでありますが、その小さなことであっても、まだ継続して支援して欲しいと思っております。



ライオンズの皆様が、今のこの時期に再度支援について話し合い、
そして、その貴重な場に私が立たせて頂き、先輩方の目の前でお話出来た事を嬉しく思い、
皆様の心に少しでも響いたものがあったのであれば幸いであります。






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その後の懇親会


こちらでは支援についてのディスカッション!

今後の支援、どうしたらいいですか?

『お金を使う!!』

支援に行けない人の方が多い。ならばここでお金を使う。
ここでお金を使っても、きっとそれが回りまわって、このお金がもしかしたら、被災地で使われるかも知れない。

なるほど~~~~ニコニコ

『だから、こいつみたいに、金を貯めこんじゃいけないんだ!』とある社長さん。にひひ

と、皆様素敵な方たちばかりでした。
出逢いに感謝です星
遥か昔、ペルーのインカ帝国

障害者は、宇宙と繋がりのある、神のような存在として崇められていた時代がありました。

その証拠に、6本指の手を5本指の手が周りを囲み、守っているかのような壁画が発見されています。

日本でも、弥生時代、障害者のお墓は、健常者の中心に守られるように建てられていたのです。




遠い昔、アフリカで発生されたマラリヤは人類の滅亡に追い込みました。

しかし、マラリヤにかからない人もいたのです。

その人の赤血球は特別なかたちをしていました。

その4/1は、病気を持った人と、障害者だったのです・・・・。

そう、彼らがいなければ、私たちは存在しなかった。


私達健常者は健常者として生まれてきたことを誇りに思い、
そして、それが、当たりまえのように生き、病気の人や障害者の方々を憐みに感じ、
見えない一線を自然にひいてしまっている。
それが大半ではないでしょうか?

そうではない。

病気を持ったひとも、障害を持ったひとも共同体なのだと。




この映画を観て感銘を受け、今、観てほんとに良かったと、あれからとても穏やかな気持ちで過ごしています。星

その感動をもう一度!
是非沢山の人にみて頂きたいと思っています。






日時: 11月4日(日)
場所: Cafe Tsukikoya


詳細


http://www.1over4.jp/

http://ameblo.jp/tsukikoya/entry-11385716141.html
私は、人がこの世に生まれ、そして、その寿命を全うするまで、
それぞれの環境や、生き方が違っていても、

幸せの量と苦しみの量は、皆、同じなんじゃないかと思っています。

何故私だけ?何故私が?

という人だって、いずれ訪れる幸せをまだ知らないだけかもしれない。

だから、幸せな人を嫉妬する必要は全くありませんし、
鬱やパニックになる必要もありません。

ただ待っていても、味わうものなのです。


人間だけ、マラソンや登山、色んなスポーツの限界に挑戦する。
人間だけ、ノーベル賞を狙い、日々、科学や医学、多種多様な分野の研究をし続ける。
人間だけ、自分の限界を身勝手に決め、命を断つ。

そうやって、我を追い込み、苦しみを自ら求めている人が沢山いる。

もしかしたら、幸せ量を調整するために、本能的にそうさせているのかもしれない。 


自分で選んだにせよ、与えられたものにせよ、

誰もが同じなんだということが本当であれば、

自分だけ?

という悲観的な思考はなくなるのではないでしょうか?








私の大切な友人シマ子さん
現在、膵臓癌のステージ4であります。

手術が不可能な為、ビワ温灸を施しています。
ビワに含まれているアミグダリンは直接癌細胞を攻撃します。
復活を信じ、明日、盛岡までお見舞いに行って参ります。

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少しでもその傷みを癒せますように。。。

H24年10月3日~5日までの活動報告です。



こちら、福島県郡山市

こども達を少しでも放射線量の少ない地域へ!

と、走らせている私達ボランティア有志が動かしているこどもバス バス



現在、週3回、8園の保育園・幼稚園のこども達を 定期的に外に遊べる場所まで連れていっています。 福島の事を思うと、とても言葉には表せない、とても深い感情が込み上げ、ブログをどう綴っていいのかも分からず、ただ時だけが経過していました。

何か変わったのか?

と聞かれても、何も変わっていません。
自分がもし福島に住んでいたらどのような行動、そしてどのような気持ちになっていたか?

可哀そう・・・。

というのは、ただ人ごとで、

私も、何をどうしていいか分かりません。

今、私達が出来る唯一の望みは、このバスを動かすことだけなのかもしれません。






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夏に海老名盆踊りがあり、そこに出店した売り上げをバスの運行資金にビックリマーク 
賢昇土建の皆様、ご協力ありがとうございました。ニコニコ

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週3回運行をしてくれている法現寺の斉藤副住職。
ご苦労様です!

● 盆踊りの売り上げ
● こけ玉の売り上げ
● アメリカ軍ガールスカウト様の千羽鶴の売り上げ
● 海老名カイロプラクティックセンターの募金箱

上記から15万円の支援金をつくることが出来ましたチョキ

皆様のご協力に感謝いたします。
どうもありがとうございました星


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H24年10月3日現在の放射線濃度
0、369しょぼん
東北支援を一緒にしている
Cafe Tsukikoya
で、ドキュメンタリー映画の上映をいたします。

丁度一年前に支援をきっかけに知り合った看護師のえつこさん。
彼女から、素晴らしい映画があるけど知ってますか?


『4/1の奇跡』
っていうドキュメンタリー映画なんです。


と聞かされれました。


私はこの監督に惚れ込んで、映画上映の時、ボランティアで回っているのです。
今、被災地でも、ぜひ見て頂きたい映画なので、現地で無料上映しています。
機会があったら是非見てください。



・・・・と言われながら早一年。
仕事の都合でなかなか見に行ける機会がなかったのです


が、ビックリマーク

別口ルートからのお誘いビックリマーク

一緒に支援活動をしている、Tsukikoyaの田村店長から連絡電話

凄い映画、うちで上映するから見に来ないか?


『4/1の奇跡』っていうんだ。


ビックリしました!
これは、あなたが是非来て、見なさい!
と、言われているようでした。


・・・なので、10月14日、海老名カイロプラクティックセンターは、少し早目のクローズになりますが、どうぞご了承くださいませ。にひひ



こちらの映画は日本人の素人の方が作られたドキュメンタリー映画です。

ところが、今では口コミだけで世界中で注目されるようになった、とてもすばらしい映画らしいのですアップ

皆さんで、一緒に感動を味わいましょうアップ



こちらが紹介です
   ↓
http://www.1over4.jp/


日時:10月14日
時間:18:00~
場所:Cafe Tsukikoya





そして、私は今夜からまた岩手に入ります。
膵臓ガン末期のシマ子さんを施術をしに行って参ります。
10月5(金)まで、こちら不在となりますので、どうぞ、ご理解とご協力をお願い申し上げます。目
震災直後から一緒に活動してきたTsukikoyaの田村店長夫妻。
今回は自分の休暇を利用して、東北に観光+被災地をまわり、
岩手の皆さんを気にかけながら、顔を出しに行ってくれました。


なるべく、お金を落とすなら、東北でビックリマーク


そのスタンスが私は好きです。

生まれたばかりの逢(あい)くんと愛犬も連れて、岩手・秋田を一回り。


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今回、私の岩手支援の日程と少しかぶっていたので、どこかで会えるかな?
と思っていたのですが、すぐに秋田に行ってしまったので、会えなくて残念。。

・・・と思っていたらビックリマーク

帰りの宮城県内のサービスエリアでドンピシャビックリマークにひひ


と、大好きな二人を紹介いたしました音譜
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鍼灸師の藤原先生の治療院

開業以来、仕事は順調らしく、多忙な日々を過ごしているそうです。
いつ訪れても靴が並んでいるこの風景を見ると、嬉しい反面、もうここに来なくても大丈夫。
という寂しさもこみ上がってきます。

震災で出逢った藤原先生とは、一緒に避難所をまわり、被災した人々をケアし続けてきました。
藤原先生から学んだものはとても多く、そして思いで深い出来事が多々あるのです。

無理をせず、ご自分の体のケアもしながら、頑張っていって欲しいと思います。

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宮古のゆうちゃん、お土産ありがとう!
エビフライ巻最高ドキドキ
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宿泊させて頂きました遠藤家
感謝です!ありがとうございました!
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今回も皆さんの施術をさせて頂きました。

● てんかんの薬からくる副作用に悩まされてる方
● 筋繊維痛症
● 50肩
● 副鼻腔炎
● PTSD


被災地の中では探しにくい、カイロプラクティックの需要は高いですね。


そうやって苦しんでいる中でも、

安定した日常生活に戻り始め、
泣き顔から、笑顔に変わりつつ、

私の支援活動も終盤に近付いている事をなんとなく感じ始めています。

とにかく、私が関わった皆さんの最後の一人まで、
その笑顔を見るまでは、

もう少し、通おうと思っています。ニコニコ