父の道隆が病に苦しむ中、一条天皇の中宮は妹の定子で、その関係性から次は自分だと思っていた伊周さんについて『大鏡 全現代語訳 (講談社学術文庫)』での記述です。
父道隆が願ったから
次の関白は自分のはずだと舞い上がった伊周だが
(NHK大河ドラマ『光る君へ』で、次は自分だという意識の伊周(C)NHK)
父が願ったので自分が次の関白!と思った伊周
大河ドラマ『光る君へ』で、兼家から道隆に政権がスムーズに代替わりし、道隆の娘の定子が一条天皇の中宮となり、ここで皇子が生まれれば道隆の外戚政治が完成して、道隆の流れが本流となるところでした。
道隆も自分の子孫を本流とすべく、息子の伊周さんや隆家の官位を引き上げます。伊周さんも父の次は自分だという意識を強く持ち、大河ドラマ『光る君へ』では、その装束を政権首班を担った兼家や道隆のように白いものを着て描かれています。
それが暗転するのが、父道隆の過度の飲酒による飲水病(現代の糖尿病)で病に倒れてしまうことでした。その後の動きについての『大鏡』の記述についてです。
第18回で関白となった伊周さんですが、喜び勇んでお礼の言上に参内するも疫病に倒れてしまうその明翫が『大鏡』でも記録されています。
『大鏡』によると
父の関白道隆は、21歳の伊周さんをさっそく内大臣にしますが、病気が重くなったので一条天皇に対して
「内大臣伊周に、百官の統率及び大政を執り行う宣旨を賜りとう存じます」
という趣旨の奏請をし、勅許を頂いてから出家なされました。
(NHK大河ドラマ『光る君へ』で、一条天皇に伊周のことを願い出る父の道隆(C)NHK)
これを受けて、世間の人々が内大臣伊周さんが関白だと、伊周さんの邸に集まって来たそうで、非常に喜びあふれる状況だったそうです。
しかし、急に関白は道隆弟の道兼(粟田殿)の方へ移ってしまったので、伊周さんはまるで手に据えた鷹を逃がしてしまったように、ご悲嘆なされたそうです。伊周さんだけでなく、家中こぞって、酷いことだと思案に暮れたと記録されています。
病に倒れた関白道隆、一条天皇に伊周を関白にと・・・はこちら