茶番だった憲法裁判所の判決とこれから | 知りたがりな日本人のブログ@インドネシア

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”国のリーダーであっても法律を無視して自分の家族や仲間のために働くなら、それはマフィアです。また、自分のために国民のお金を使ってばら撒きを行うなら、職務上の倫理を忘れたという点でレジのお金を盗む店番と何処が違うでしょうか。

 

2月に行われた大統領選挙の結果に対する憲法裁判で、倫理専門家として証言台に立った神父に対し、被告側の弁護士団長は ”データもなく、単なる感情的な訴えは時間の無駄”と薄笑いで応答した。団長からしてこのような態度であることから当然、被告側の弁護士団は、機能や倫理規範など議論する気は毛頭ない。

 

”憲法裁判所は選挙の結果を追認する機関にすぎない””大統領が選挙期間中に配った支援物資は選挙の勝敗に関係しなかった”という専門家たちの証言の方こそ、碌なデータもなく時間の無駄のようにみえた。選挙管理委員会側の証人の一人である票集計アプリ開発者などは、”私のような薄給の研究者としては・・・”というところで声が震えてしまい、涙声になるのをこらえるために深い深い溜息をつくという場面があった。

 

被告側の弁護士団が民事専門家ばかりなのとは反対に、原告側の弁護士団は、元憲法裁判官の弁護士団長をはじめ憲法・法政界の専門家ぞろい。被告側の不手際は、原告側の視聴者にとっては楽しい話題。原告側は、このような裁判沙汰になることは、選挙の前から予測されていただけあって、データが鍵となる重要な証言ではデータが提出され説明も要領を得たものであり、裁判長だって身を乗り出して聞いていたようにみえた。

 

この裁判に先立ち、経済の専門家や学術界の著名人が署名を提出し、政権の暴走を防ぐことこそが憲法裁判所の機能であること、長い間の独裁政権下で苦しんだ経験と、民主主義者らの尊い血と汗と涙によって勝ち取った制度であること、ここで不正を裁かないことは、不正を承認するのと同じであること、憲法裁判官は、圧力に屈せず勇気をもって専門家として威厳ある判決を下すことを求めていた。

 

先生方は、大統領にも不正を止めるよう意見書を提出していたが全く何の反応も得ることができなかったが、出身大学や大先輩からの意見は憲法裁判官に対しては影響がありそうな気がする。重大な倫理違反の判決を強行した大統領の義理の弟にあたるウスマン裁判長は、倫理委員会の判決によってこの裁判には参加できなかったことも、原告側には追い風にみえた。

 

裁判官は8人。うち4人はジョコウィ大統領によって最近入れ替えられたばかりの裁判官だが、多数決で4対4に持ち込めば、裁判長の権限によって勝てる可能性がある。ウスマン裁判長の後任であるスハルトヨ裁判長は、年齢制限の例外を認める裁判において反対を主張した裁判官うちの一人だったし”失墜した憲法裁判所の権威をわたしが取り戻す”と強調していた。質問できるのは裁判官のみという制限はあったもののタブーとされていた現役大臣4人の出廷もあった。


裁判中キャリアの長い憲法裁判官や、原告弁護士団の元憲法裁判官が語るとき、やはり民事裁判とは違った厳かな雰囲気がある。物静かであいまいな語尾のない独特の語り口調。政党出身の裁判官など利害関係を重視した人選で就任した新しい裁判官らにはそういった厳かな雰囲気はまねできない。

 

裁判が終わったのはレバラン休暇前、期待される結果は休暇明けに言い渡されるということになっていた。当日、8人の裁判官が判決文を交替で読んだ。憲法裁判所はただ結果を追認するだけの機関ではないという判決を読み上げた辺りまでは勢いがあったが、4人目からは声が小さくなった。大統領が選挙に関与したことは証明されないということ、ギブラン副大統領候補の登録は有効であること、原告の訴えは全て退けられた。

 

とんだ茶番だった。裁判官は、3対5、結局裏切ったのはスハルトヨ裁判長だった。馬を鹿と言うとはまさにこのこと。裁判で言ってたことと判決が全然違う。"実はスハルトヨ裁判長は、憲法裁判官への着任の際に、賄賂を受け取った疑いがあるので任命しないようにという倫理委員会による意見があったいわくつきの人物だった”判決の後になってそういう話が出てくる。

 

副大統領候補で原告の一人で元憲法裁判官でもあるマフッド元法務調整大臣が後日、語ったところによると、判決文が読み上げられる前に”スハルトヨはのっとられた。もう期待するな”という情報が入ったという。学術界の仲間に促されて正しい判決を下す気でいたのに、やはりやらせてもらえなかったということだろうか。こういう時のために過去に問題のある人物があえて選ばれているかのようだ。

 

民衆の期待を煽るだけ煽っておいて、結果で裏切ってがっかりさせるやり方が投票の時と似ている。闘争民主党が、投票終了直後に各投票所の証人から直接集めたデータによれば、ガンジャル組の得票率は33%。通常、各支持政党が同じ方法で集計したものを速報といい、選挙運営委員会から発表される数値もほぼ誤差の範囲。

 

ところが今回、選挙運営委員会の発表した速報でガンジャル氏の得票率は16%、その後最終結果まで同じ数値だった。一方で、プラボウォ組は史上最多の58%という得票率を一眉たりとも譲らず勝利している。地域別でも、ガンジャル候補の地元でプラボウォ候補が圧勝するという疑ってしかるべき矛盾が生じている。

 

興味深いのは、大統領選の不正追及を支持するかというアンケート調査で68%が支持すると答えた結果があること。不正がなかったと答えた32%、これがプラボウォ組の得票率の実態はこの程度ではないかという分析。そうすると闘争民主党いうガンジャル組の得票率が本当は33%だったという主張は、納得のいく数値だといえる。

 

大統領自ら指示する警察や権力者による組織的な脅しや誘導、前日や当日の朝までも続いた不正な物資支給、当日の選挙運営者(個人)による書き換えや票隠しなど、不正をやられ放題やられた上で、それでも33%を得ていたというのは、なかなかの成果である。一回目の投票で半数以上を獲得する候補者がなければ2回目の投票で、決勝に持ち込むことができた。

 

しかし、訴えは却下され、この憲法裁判所の判決により、疑惑の次期大統領は確定してしまった。この判決の最後に、副裁判官を含む3名の裁判官によって、”いくつかの地域における再投票を検討すべきであった”という勧告的意見が付されたことがせめてもの慰めだった。憲法裁判でこのような意見が付されるのはこれまでになかったことだ。

 

大統領選挙に関する憲法裁判が終わり、次は国会議員選挙に関する憲法裁判が継続中だ。そんななか、国会では、ジャーナリストが行った独自調査の報道を禁止する法案や、この三人の裁判官を排除するためにあるような憲法裁判官の任期に関する法律改正案が提出されている。

 

選挙が終わった辺りから電気、燃料、米など必需品の価格が上昇し、国立大学の学費が突然の大幅な値上げ。税関での理不尽な課税の数々など、選挙が終わってから色々なこと統制できなくなってきている様子。次からの選挙では、演説も実績も必要なく、まともな選挙活動など意味がなくなり、資金力がだけが勝負になるから早速スタートダッシュに走っているのか。

 

学術界や経済専門家の先生方が、”民主主義の死”と称し懸念していたのは、こういう事態である。こんなに優秀で立派な先生方が沢山いるというのに批判する側でしかないというのは本当に残念だ。しかし、これからも続く混乱の時代、このような先生方によって世論がリードされることがとても重要になってくる。

 

一部の富裕層と政治家だけの政治はまだまだ闇を抱えている。国の発展のためだといっては借金で推進したインフラは使用できるようになったものばかりではない。バンドン高速鉄道、ヌサンタラ首都移転のような不要不急、その他の未完成で経済効果をもたらさない現政権の負の遺産の実態が現れてくるのはまだまだこれから。そして次期政権がやろうとしているばら撒き政策。

 

話題はすでに11月に行われる全国一斉地方知事選挙に向かっているが、違反だらけの選挙管理委員会委員長も、違反をみつけても何もしない選挙監視委員長もそのまま変えないで突入するようだ。ジョコウィ大統領は次男や婿、大統領夫人の秘書まで出馬させようとしている。任期が終わる直前では最小限に抑えるのがモラルだと言われているが、人事も着々と手を加えている様子。

最初、大統領選挙をウォッチングしようと思ったときは、今回も民衆派の大統領が勝つだろうと思っていたので、やじるしは新しい方向に進むと期待していたが、結果は過去に逆戻りすることになった。独立の歴史、独裁から民主化への歴史。調べたりしていなかったらこんなに暗澹とした気持ちになっていなかったかもしれない。今の世の中どこにも安全安泰なところなどないということがよくわかった。
 

それでも政権に寝返らず、野党になることを宣言したガンジャル氏と闘争民主党、政界を退き各大学を周り若い世代に民主主義を説いているマフッド元調整大臣を応援し続けたい。