知りたがりな日本人のブログ@インドネシア

知りたがりな日本人のブログ@インドネシア

日本語では検索できないインドネシア国内の話題を、雑談に使えるレベルで解説。

インスタグラムやフェイスブック、TiktokやXなどのあらゆるプラットフォーム一斉に並んだ同じ画像。インドネシアの国章ガルーダの絵柄に”デモクラシー非常事態”という文字のこの青い画像は、

#Kawal keputusan MK(憲法裁判所判決を護れ)#TolakPilkadaAkal2an(小細工された地方選挙はお断り)#TolakPolitikDinasti(縁故政治お断り)というハッシュタグとともに一晩で100万回も拡散された。

 

Konsep Emergency Alert System (EAS) di Indonesiaというチャンネルに投稿された1991年が設定のミステリアスなショートムービーの一部から切り取られたというアナログな警報音が心をざわつかせる。

その翌朝、ジャカルタ、スラバヤ、ジョグジャカルタ、バンドン、スマラン、などの各大都市で一斉展開された大規模なデモ。学生団体や労働者党主導の大統領辞任を求めるデモは何度もあるが、この日のデモは規模も注目度もいつもと違った。

 

デモの背景

 

11月に行われる全国統一地方知事選挙の候補者登録がはじまる一週間前という絶妙なタイミングで下された、憲法裁判所の重要な判決二つ。

 

その一つは、先に最高裁判所が出した、地方知事立候補登録条件の年齢制限の条文”登録の時点で30歳以上”という箇所を”就任の時点”に変更する命令を認めないという判決。そもそも最高裁判所には、選挙に関する法律に干渉する権限はなく、最終決定権は憲法裁判所にあるのに、何故そんな無茶な命令が出ていたのか?


長男の次は次男

それは、現在29歳で誕生日が12月の大統領の次男を地方知事選挙に出馬させるための法律の変更。大統領は昨年、長男を副大統領候補に立候補させるために、憲法裁判長にやらせた法律の変更をもう一度やろうとしている。

 

ところが大統領の妹の婿でもあるその裁判長は、その後、倫理委員会からペナルティを与えられ、選挙にかかわる裁判に関わることが禁じられているので、最高裁判所にやらせたわけだ。越権行為だろうと何だろうと、判決さえあれば選挙運営委員会が、大統領の次男の立候補届を受理する理由になるという目算は本当にあくどい。

 

ところが、この件についての国民の関心は非常に高く、個人的な野望のために平気で何度も法律を変える大統領と、その下僕と化した憲法裁判所に対する批判も高まっていた。

 

10月に副大統領就任準備のため市長を辞任した、ジョコウィ大統領の息子。
3年務めた市長室には、フィギュアやミニカーのコレクションが山ほど飾られていた
 

面目挽回

憲法裁判所が、憲法裁判所の機能にふさわしい正しい判決を下すことが出来たのは、暗闇の中の一筋の光。さらにもう一つ、議会議席の20%以上の支持を得なければならない条件の緩和という判決もまさに適切だった。


策略

10月で任期終了する大統領は、権力の座にいるうちに自分の息子や婿、お友達を戦略的な地位につけて退任後の保身と権力維持を図ろうと、ありとあらゆる権限を私物化しており、国民に嫌われている。

 

まともにやれば、息子や婿が選挙で勝てないことが分かっているので、主要政党の幹部をほぼ全て抱え込み連立を組んで(汚職調査させるぞと脅すなどして)対立候補を立てさせないという作戦をすすめてきた。
 

台無し

全国500席あまりのうち、150席が大統領の推薦する候補者が無投票で勝てるよう既に調整済みだったというが、この判決が出たことによって、反大統領派も候補者を立てることが可能になり、大統領の策略は総崩れになる。

 

思いもかけず憲法裁判所が正しい判決を下すことができたことを神に感謝し、国民が喜んだのもつかの間、その判決が下った翌日、国会内立法委員会は、この判決を無効にする内容の地方知事選挙法の改正案を超スピードで採決し、翌日の国会で可決しようとしたのだった。


一線を越えた

”汚職をしたら全財産没収”など本当に必要な法案は先延ばしにするくせに、こういうときだけ仕事が早い国会。憲法裁判所の決定は絶対だと国民には従うことを強要する一方で、自分たちの都合に合わない判決が出ると、法律を作ってそれを無効にしようだなんて許されていいものだろうか。

このままでは本当に、独裁国家に逆戻りしてしまうのではないか。

 

誰かが始めた非常事態警告の青い画像がその夜のうちに何万回もリポストされたのは、それだけ多くの人が同じ思いを危機的に感じ共有していたことの表れ。

 

 

8月22日国会前のドローン映像。参加人数は数千人と報道されている。
大学生は学校別にお揃いの色の上着を着ている。
 

法案見送り
その朝、厳重な警備体制の下、国会前のデモは、有名芸能人が支持表明を行ったりして大いに盛り上がっていた。一方、国会の建物の中では、地方知事選挙の改正法案が審議されることになっていたが、欠席する議員が多すぎて定足数を満たすことが出来ずその日の審議は見送られることになった。

デモ主催者側は、”延期でなくて取消しするべき” ”隙をみせれば、深夜にだってこっそり審議しかねない”として、知事立候補受付の直前まで引き続きデモを続けることを宣言。


国会内侵入


午後になって、国会の門は裏と表から引き倒され、デモは国会内になだれこんだ。ネットニュースでは見つけることができないが、Tiktokで #Mahasiswa masuk dpr で検索すると、学生が国会の中を占拠し歌を合唱している映像がいくつもある。

国会の中に入った学生たちが勇ましく合唱していたのは、こんな歌詞だった。

労働者、農民、学生、都市の貧困層、

民主主義のために団結しよう
一つになって声をあげよう

崇高で神聖な義務のため

未来は、おれたちのもの
人々が豊かに暮らせる

独裁のない新しい社会をつくりあげよう

 

仲間よ皆で自由の歌を歌おう。

圧政の下でもこの道を行く
何万回でも行動を起こすことが
おれたちには確実な一歩なんだ。

 

これは1990年代のスハルト独裁政権が倒れる前の

民主運動の時から引き継がれている歌。

 

大荒れ


夕方からは、学生たちは力ずくで追い出されだした。

それでも解散しないデモ参加者らに、催涙ガスやウォーターキャノンが使用された。
他の都市でも、警察とデモ参加者の激しい押し合いがあった。

 

学生の街バンドンでは、デモ参加者に向かって火炎瓶が投げられ、けが人が多くでた。

スマラン、ジョグジャカルタ、物凄い人と警察が押し合う


昼間からデモと警察が押し合う。物凄い臨場感。

 

スマランでは、逃げる学生たちの背後から催涙ガスが発射され、デモ参加者、そうでない人にまで被害が及び病院に運び込まれた。

 

 

週末に開催されたいくつかのライブ・コンサートで、アーティストたちはこぞって同じ青色のバックドロップを使用した。

 

 

 

Wikiペディアの情報によると、負傷者は、デモ参加者が148人、報道人13人、逮捕者は480人にも上る。

 

デモが、議会の建物を占領したところで議員はいない。

せいぜい歌を合唱してカチドキをあげるぐらい。

そのために警察と衝突し、けがや入院、障害を負う人も出てくる。

指導陣は大学側からさえも圧力を受けるという。

学生たちの歌にあるように、そんなにまでしていったい何になるのだろう、本人らも当然わかっている。しかし、そんな陣取り合戦でも世代を超え地域を超え階層を超えた世論によって支持されるなら大きな力になるということが、今回のこの一件によってよく分かった。

立候補断念

週明け、国会は正式に憲法裁判所の判決を法律化し、地方知事選挙の登録がはじまるが、大統領の次男の立候補は実現しなかった。

無投票当選もなくなった。それどころか、大統領推薦の候補を支持する約束をしていた政党が別の候補者を立てたりして増々複雑になっている。


政権転覆とまではいかなかったが、成果があった希少なデモだといえるだろう。


癒着疑惑
このデモ騒ぎのさ中、大統領の次男は妻とアメリカに休暇旅行中。

妻のインスタグラムへの投稿、1個40ドルのパンや最新式のベビーカーなどの買い物に避難殺到。

速攻で、ジャワのマリーアントワネットというあだ名がついた。
移動にはプライベートジェット、ブランド品の買い物袋がいくつも迎えの車に運び込まれているが、関税チェックは受けたのかどうかということも話題になる。
問題はただの贅沢自慢にとどまらず、プライベートジェット機の写真からその所有者が特定され、
現政権下で急成長中の外資プラットホームとの癒着疑惑が浮上している。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一年近くも車の中に放置しておいた食パンにカビ一つ生えていなかったことが少し前に日本で話題になっていたが、インドネシアには賞味期限が3カ月という超長持ち菓子パンが売られている。
 

2017~2018年に創業した中国資本の二企業、それぞれ東側島嶼地域向けにはOkko、ジャワ島向けにはAokaというブランド名で、インフルエンサーを利用して知名度を上げ、パンデミック騒ぎの中で急成長した企業の一つ。

窒素ガスが充填されたしっかりとした個包装に高級感を覚える人も多い。

原材料表示欄には材料名がびっしり。
ジャムの色については閲覧注意レベル?


値段はたったの2000ルピア(20円くらい)と、大手のサリロティ社の同じようなパッケージのサンドイッチパンの価格6000ルピアと比べてはるかに安い。競争の激しい都心の大手スーパーマーケットやコンビニではなく、地方の伝統的な市場に安価で賞味期限の長い菓子パンを送り込む戦略は大成功した。

 

インドネシアは島嶼部が多いので船で輸送するのに時間がかかるし、家の軒先に商品を並べてコンビニのような機能を果たしている小さい食料雑貨店にとっては、賞味期限が長いのは大変都合がいい。加えて漁村では船で何日も漁に出かける漁師さん用に菓子パンがまとめ買いされるという需要が常にある。

 

 

工場生産のパン最大手、サリロティ社の賞味期限は5日。同じくらいの値段なら、地元のホームメイドのパン屋さんの方が売れていた。しかし、アオカやオッコが市場に入ってきてから、価格競争力を失い、これまで地方経済の担い手だったパン屋さんはビジネスを続けることが難しくなった。

 

”賞味期限3カ月というのはおかしいのではないか” 最初に声をあげたのは消費者ではなく、地方の商工会だった。SGS(国際的な製品認証機関、試験ラボサービス)に、両社の菓子パンのサンプルを持ち込み、検査したところ、アオカ235mg/Kg オッコ345 ml/Kgの デヒドロ酢酸ナトリウム(Sodium asetro ahidasetat )が含まれているという結果を得た。

 

インドネシアでは法律で使用が禁止されている防腐剤だが、二社ともBOPN(国家医薬品食品監督庁)の認証を受けている。

それならば、二社とも即取り消しにすればよいことだが、営業停止、商品回収となったのはオッコだけ。食品監督庁の説明によれば、アオカには危険な保存剤が含まれていることは証明されなかったという。

報道では”化粧品に使用する防腐剤が菓子パンに使用されている”と伝えられている。
デヒドロ酢酸ナトリウムは、過剰に摂取すると痒みなどの症状、心臓、肝臓に障害を与える可能性があるという。

 

日本では、デヒドロ酢酸ナトリウムは、チーズ、バター、マーガリンのみに 0.50g/kg以下(デヒドロ酢酸として)の使用が認められていると書かれている。

 

日本で許可されてる500mlより全然少ないと説明している専門家もいるが、チーズやバターに使用するのと、パンに使用するのはやはり、大量に摂取してしまうリスクが全然違うのではないか。似たような商品、同じ賞味期限なのにブランドAは営業停止だが、ブランドBは問題なし、ということで今でも店頭に並んでいる。

 

この件が話題になって、消費者の反応は、賛否両論で、

”食べたら喉がかゆくなったけどやっぱりな”

”クスリっぽい味がする”

”オーブントースターで焼いたらプラスティックが溶けるようなにおいがした”など

もう買わない派と
 

”保存剤のせいじゃない。袋にガスが入っているから長持ちするのよ”
”焼けば防腐剤の毒が抜けて安心して食べられる”

などと、あくまで庇おうとする人の二つに分かれる。

アオカの製造者側の説明はというと、


”私たちの工場では、病院の手術室のような無菌状態の国際水準の室内で生産しているので、長持ちするんです”
 

その説明って‥山崎パンの時の説明と同じじゃないか!と思って振り返ってみた。
 

 

 

日本で南海トラフ地震の注意呼び掛けがあったというニュースに便乗して、インドネシア気象局も、メガスラスト地震(プレートの境界線で発生する巨大地震)が発生する可能性があると発信し始めた。

 

海溝とセットになった火山帯が縦に並ぶ地形。プレートの境界線を震源とするマグニチュード8以上の地震と津波がいつどこで起きてもおかしくない状況は日本と似ている。2004年にマグニチュード9の地震が大津波を引き起こした北スマトラアチェ州沖海溝の延長線上にある南スマトラ・ジャワ島の南西沖は、いつ地震が起こってもおかしくない状況だと、気象庁は説明する。

 

気象庁の地図をみれば、インドネシア国内全てリスクが高い。首都移転させようとしているカリマンタン島を除いて。

スンダ海溝で大地震が発生すれば、地理的に近いところに位置する首都ジャカルタにも津波がやってくる。沿岸沿いに広がる都市の海面は陸地よりも高いことはよく知られており、何十年も前から地盤沈下問題を抱えている脆弱な地質が、強い揺れで液状化を起す可能性もある。
 

スマトラ、ジャワ島の南側の火山帯は、断層同士の間の割れ目にマグマが蓄積される構造になっていて周期が長い(我慢強い)かわりに爆発力が巨大という特徴があるそうだ。

 

これまで、ジャカルタ都心部ではごくたまに小さな地震があるくらいで、地震に慣れておらず、小さな揺れがきただけでもパニックになる。2000年以降は耐震基準を満たすということが建設許可の条件になっているというが、古い建物の方が当然多いし、緑地も少なく避難所マップのようなものもない。ジャカルタでは高層ビルが建ち並ぶようになってから、本当にまだ一度も大きな地震を経験したことがないのだ。

 

それにしても何故、気象庁がいつ起こるかわからない地震のことについて、こんなに何度も情報発信をするのだろう。どうも独立記念日の式典前後、ジョコウィ大統領の新首都移転プロジェクトが頓挫しそうだということが色々と出てきたので、気象庁にジャカルタは危険だという情報を流させ、新首都移転の正当性を固持しようとしている意図がみえなくもない。

 

国民の多くは気づいているから、いや、不況のせいで金欠体制に入っていて今の米価格を不当に高いと思っているから、パニック買いなどは起こっていない。パニック買いが起れば安い外米を輸入する権限を独占して、国内の農家を破綻させ大儲けしている大統領の取り巻き連中をさらに儲けさせるだけだ。彼らのあぶく銭はもうすぐ始まる地方知事選挙での”工作活動”のための資金源へと流れ、さらに国民の首を絞めつける指導者を増やすことにつながりかねない。


だからといって地震の脅威が単なるプロパガンダだということでは決してない。近いところでは2022年のチアンジュール地震(ジャワ島西部地震)で、地震の規模に対して、建物の破壊が激しかった。国家災害対策庁によれば321名、地元政府のデータでは635名の犠牲者がでた。20年前にも大地震を経験している地域だというが、地震対策を考慮していない建物がほとんどであった。

 


ある小学校では校舎の天井が崩壊し授業中の小学生700名が負傷、6名が犠牲者となった

犠牲者の大半が授業中の学校の生徒だったというのが痛ましい。

 

この地震のあと現地では余震が中々収まらず、その後何カ月も続いたのも不気味だった。この山間の村の付近に存在する活断層の活動と関連しているかどうかは不明だが、今年2月には、その付近の数か所の村が丸ごと移住しなければなくなるほどの地すべりも発生している。

 

これらの地域では大雨のあと突然、地割れができて住宅が傾き始めたという。ジャカルタから日帰りできる観光スポットとして馴染みのある地域で、貸別荘なども多いところ。そしてこの断層を東にたどっていくと、西ジャワ州最大の都市、バンドンがある。

 

四方を山に囲まれた盆地の中にある都市で、その北側の山の下には活断層が走っている。現在街になっている地帯は太古の昔に湖だった歴史があり、地質が弱く、ジャカルタと同じように増々加速する渋滞と洪水に悩まされている。

 

街の中はこんなに渋滞していても、脇道から山の中腹ぐらいまで上ってレストランやカフェに入れば、街を見下ろす景色と高原らしい涼しさを味わうことができる。ちょっと値段は高めだけでそれでも人気がある。バンドンは車なしでは何もできない。

 

昔は、輸出向けに生産した衣類や靴のブランドものがラベルなしで買えるアウトレットショップでの買い物目当てに、週末はジャカルタからの観光客が押し掛けていたけれど、もう何年も前から、中国産ばかりになってわざわざ行く意味もなくなってきた。それに渋滞がひどいので、アウトレットショップをはしごするのももう無理。
それでも週末遊びに行ける涼しい場所(少ない)選択肢の一つとして欠かせない。
勿論、素敵なところは他にもたくさんあります。

#バンドン観光

 

 

 

 

そういえば、ジャカルタ・バンドン高速鉄道が2023年10月から開業しているけれど、もしかしてと思ったらやっぱり、レンバン断層の上を通っていた。”マグニチュード9までの耐震仕様ですから”という説明だった。

 

 

ジャカルターバンドン鉄道の乗客達成率は47%、国有企業の赤字は600憶から7兆ルピアに跳ね上がった。このお荷物のツケという津波がやってくるのもこれからなのか。

 

 

 

 

 

9月11日の世界貿易センター爆破事件など、数々の出来事を的中させたということで知られるアメリカのテレビアニメ、シンプソンズのシーズン6エピソード16で、バートが地球儀を回すと、オーストラリアの北側に、ボルネオ島とスラウェシ島をくっつけたような大きさ、形の島が描かれており、インドネシアではなく”シンガポール”と書かれている。

 

 

 

このことが国内で話題に上ったのは、昨年6月にシンガポールで開催された環境関連投資の国際会議「エコスペリティー」での講演で、ジョコウィドド大統領が、”シンガポールは家賃が高いでしょう?空気のきれいな、インドネシアの新首都ヌサンタラに住んでください”と発言したこと。
 

大統領は、ヌサンタラに大型の投資を呼び込むために、法人税、所得税も10年間無料待遇を与えて、投資家を呼び込もうとしていた。それでもまだ一件も決まっていないので追加で最長190年間の使用権まで付与するという。土地を取り上げられた地元住民は勿論、このプロジェクトに利害関係のない国民の全てにとって、これほど無茶苦茶で寝耳に水な政策は聞いたことがない。

 

インドネシアでは、2022年から消費税が10%から11%に上がり、来年また1%上がることになっている。統領選挙期間前後から始まった生活必要物資の価格上昇とルピア安、政府官僚の汚職のせいで優良な事業家は次々と撤退、倒産が相次ぎ、学費も値上げ。学校にも行っていない仕事にもついていない20代の若者が激増していることが社会問題になっている最中、新首都ヌサンタラへの移転問題は今最も熱くセンシティブな話題。

 

現在工事中の省庁エリア6596ヘクタール(薄ピンク色)について、政府が予定していた独立記念日8月17日前までの国家機関の一部移転開始について、延期となることが先月発表された。ビジネス街エリア56181ヘクタール(薄緑色)、開発エリア256,142ヘクタール(薄オレンジ色)に、投資を募っている。
 

ジャカルタの4倍、東京23区の6倍、シンガポールの3.5倍の面積、山を切り開いた広大な土地に、ゼロから都市を建てるという壮大なプロジェクト。元々は、既存の都市を拡張する形で首都を移転するという話だったのに、パンデミック騒ぎのどさくさの中で可決され2022年に着工。当時、総予算は466兆ルピアのうち政府が負担するのはたったの20%だけで、その他は喜んで投資する民間投資家(外資)がいくらでもいるのだから、心配はいらないという話だった。

 

ところが蓋をあけてみれば、外資は集まらず、20%だけだといっていた国家予算は、既に9割近く(85兆ルピア)が投入済みだが完成はまだまだ。建設府は来年さらに30兆ルピアの追加予算を要請しているが、ジョコウィ大統領の任期は10月までで、次の政権が引き継ぐかどうかは未だ定かでない。

ウォールストリートジャーナルもインドネシアの新首都移転に懸念を表している。

 

丘の上で背後から囲むような国鳥ガルーダを形どったという巨大な大統領オフィスがいつみても薄気味悪い。

ヒットラーが戦争中でも建設を止めなかった都市ゲルマニアに雰囲気が似てると言う人もいる。

 

そして、見た目重視の無理な工事日程。

予算もギリギリの中、新首都の建設こそが環境破壊の元凶になっている。
 

 

開庁は延期になったが、独立記念日の式典開催に向けて、

毎日、セスナ4機で24時間空中から雲に塩を散布する方法で降雨を止めて工程の遅れを防ぐという。
これでは予算がいくらあっても足らなくなる。
 

 
 
 
 
下流の町では4メートルの冠水。現場を往復するトラックの土埃で、晴れの日は空気が汚れ、雨が降れば泥だらけ。
収入源だった商品作物の成る木は伐採され、運搬船がサンゴ礁を破壊し、沿岸漁は壊滅。
日程重視のため、こういう問題は後回し
 

建設に反対した農民が、警察に髪の毛を剃られるという事件があった。
人権団体が抗議したが、警察も建設府もSOP通りだとして謝罪なし。

 

計画の段階から専門家らが警告しているのは、この土地には石炭採掘した跡が何千カ所もあること。政府は採掘跡は観光スポットとして公園にすると言っているが、無数にあるという違法採掘の跡は把握されているのだろうか。そもそも石炭層の土壌に鉄筋を打ち込むだけでも、余計なコストとリスクを背負うことになる。
 
また、石炭層の土壌は井戸を掘っても使用できる地下水は出ず、近くの川から水源を確保しなければならないが、現状、政府の計画する規模の都市の需要を満たすだけの水量は十分でなく、それどころか地域全体に深刻な水不足をもたらすことになるという。
 
 
 
 

これらの悪事が発覚するまでは、国民の80%から支持されていた大統領。

有名人を招いて一緒にオートバイで移動という、得意のイメージ戦略のつもりが裏面に。

税金の無駄遣い。地元住民も招待しろ。あいつら金持ちなんだから自費で行かせて投資させろと批難殺到。
 

5年前、スラウェシ島Petoboで、地震、津波、液状化現象による泥が住宅密集地を襲い、

押し流された住宅とともに何千人もの人が死亡・生き埋めになった。

 

政府は、地震発生後から2週間で大規模捜査を止め、

現場は今もそのまま放置されている。

I Survived Being Buried Alive in the Slawesi Earthquake

乱開発のお陰で、自然災害の脅威にさらされている地域はここだけではない。

対策をとるどころか、このような大惨事の経験の後も、地元住民の意見を無視した危険な開発を、

ゴリゴリ推進している政府に、エコやスマートシティを名乗る資格はない。
 

 

 

 

 

 

 

 

 
 
 

 

 

 

土曜日の深夜、高架端に血まみれで倒れているところを発見された高校生男女。ヘルメットをかぶって倒れていた少年は既に息絶えており、夥しい血が流れ出ていた。かすかに意識が残っていた少女の方は病院に運ばれ4時間後に息を引き取った。手足に深い傷を負い、強姦を受けた痕跡があったという。

当初、警察はこれを交通事故として扱い二人の遺体は検死なしで埋葬された。殺人事件としての捜査が始まったのはそれから数日後、少年の父親による捜査依頼が提出されてから。警察は、聞き込みによる証言により、被害者と敵対関係にある暴走族メンバー11人の犯行であると断定。

 

容疑者らは、二人の乗るオートバイを追跡して取り囲み、石やレンガを投げるなどして転倒させ、空き地に連れ込み暴行を与え、日本刀で殺害したあと、交通事故に見せかけるために二人を現場に運び捨てたという。

 

目撃者の証言に基づいて、現場近くの住宅地で酒を飲んでいた少年ら8人が逮捕されたが、全員が容疑を否定。暴走族や被害者との関係もない。殺害場所での血痕や、血痕のついた衣服や凶器なども見つかっていない。首謀者不在の現場検証も形の上で行われたにすぎず、誰が殺害に関わったとか、石を投げたかなどの役割りも不明なまま。目撃者の証言と本人の自白だけを根拠に、7人全員が終身刑、未成年であった一人については懲役8年という重罰が下された。

 

現場検証中の容疑者少年たちの訳が分からんといった表情。隠しようもない警察の横暴さ。

 

被害者のエキイは、中部ジャワを基盤とする暴走族組織の地元のリーダーだった。カメラの前では顔をゆがめてみせるのが癖らしい男気ありそうな好男子、紅一点でいつもそばにいる長い髪の少女フィナ。事件の夜、エキイは、いつものように彼女を家に送り届けてから、組織のミーティングに向かう予定だった。

 

発見されたとき、意識の残っていたフィナは、既に息絶えていたエキイの傍に這い寄って手をつないでいたという。

 

”フィナがいつもエキイと一緒にいるのをみて、エギイが嫉妬したの。まだ罰を受けてない人がいる。罰を受けさせて” これは、事件後しばらくたって、フィナの霊が乗り移ったとして、暴行を受けたときのことを語りはじめたフィナの友人を名乗る少女の口寄せ。

 

親友を名乗ったり、ただの顔見知りだと言ったり。殺人現場にいたのではという疑いもある。

 

 

エギイというのは、未だ逮捕されていない三人の容疑者の一人で、二人を襲撃して殺害するよう仲間に呼びかけた首謀者だということだが、指名手配されているのに写真も似顔絵もないので、様々な憶測や情報が錯綜し断定できないが、昔エキイと仲間だったエギイがその人物であると考えられている。

 

 

 

それにしても、この年頃で失恋ぐらいの動機で、残忍な計画的殺人を決行するなどということは普通の感覚では理解できない。超自信過剰で浮世離れしたお金持ちや、権力者の息子に違いないというイメージしか湧いてこない。今年の5月に公開され、大ヒットとなった、この事件を元にした映画”フィナ 7日前”もそのようなストーリー展開のホラー映画。

 

 

ご遺族の方々には辛い過去を思い出さなければならないことになるかもしれないけれど、こういった事件のドラマ性によって大衆の関心を惹きつけることが、真実の究明に少しでもつながるのなら協力したいと思うのが人情というもの。8人に重刑が下された一方で、主謀格の3人がおとがめなしになっているのはどういうことなのか、警察は答える義務がある。

 

8年前の事件に対する再調査の声が高まる中、被害者エキイの父親がメッセージを配信している。”遺族を苦しませるような憶測は止めてください”という内容で、声が震えて言葉が続けられなくなってしまったりする痛々しいものだった。しかし、エキイの父親が警官の制服姿であったことから、その呼びかけの内容よりも、事件の裏に隠されていたもう一つのストーリーの方に注目が集まった。

 

 

事件発生の数カ月前、中国・マレーシアからスマトラ島のいくつかの港をめぐり、首都ジャカルタから3時間ほどのこの港町に寄港していた輸送船に対し摘発が行われ、国際的な麻薬組織の船から大量の薬物が押収された事件があった。

 

エキイの父親は、当時麻薬捜査官としてこの事件に関わっていたが、何等かの恨みをかった可能性があるのではないか?標的とされたのは麻薬捜査官の家族としてのエキイであり、フィナはその巻き添えになったのではないか?という説。

 

一方で、この父親の涙をあざとい演技だと批判する声も存在する。警察官なら、息子の遺体をみて何があったかその場でわかっているはずなのに検死を断ったこと。担当地区外であるにもかかわらず、この事件の捜査の陣頭指揮をとり、監視カメラの映像も容疑者の携帯電話の内容も公開せず、物的証拠も曖昧なまま、目撃者の証言と自白だけで11人の容疑者を特定してしまったことなど。

 

さらに、容疑を否定する少年らに対し警察が与えた拷問や非人間的な扱いを指示したのがエキイの父親だったという証言もある。この事件の前までは、功績のある優秀な麻薬捜査官として表彰を受けたことのある優秀な捜査官だったというが、息子を失った悲しみのせいなのか、その他の圧力か何かがあるのか。

 

終身刑の判決を受けた少年らのなかには、絶望のあまり病気で倒れ親を亡くした者、家族から縁を切られ誰一人面会に来てもらえない者もいる。彼らにも減刑の申請を行う機会は与えられているがしかし”容疑を認める”ことが条件の一つであることから、誰一人として減刑を申請してこなかった。

 

逮捕された当時15歳だったサカタタはその夜、別の用事でたまたま現場の近くにいたが、突然、家に押しかけてきた警察とその他の制服を着ていない男たちによって、理由もよく説明されないうちに警察所に連れて行かれて拷問を受け自白を強要された。未成年であったことで終身刑ではなく8年の刑期を課せられた。今年刑期を満了し、これから名誉回復のため訴訟をおこすのだという。彼が勝訴すれば、終身刑で服役中の他の7人の判決についても見直しされる可能性がある。

 

 

 

そんな折、事件の決着を急ぐ警察が、主犯格のエギイだとして緊急逮捕したのは、他県の建設現場で出稼ぎに出ていた27歳の男性。小学校高学年の時に両親が離婚、中学卒業以降は建設現場で働き、幼い弟妹たちを高校進学・卒業させたことが誇りという苦労人。

 

エギイだと言われている人物の8年前の写真と顔があきらかに違う、名前もエギイでなくペギーだが、警察は、事件直後から別の県に住んでいること、偽名を使っていたことを理由に、警察は、彼が事件の首謀者エギイだと押し通す。

 

”神かけてわたしはやってない”報道陣の前で訴えるペギーの口を手でふさぐ警察官

 

 

8年前の事件発生時、ペギーは他県で働いており現場にいたはずがない。日払いの支払い簿の日付と署名という確かな証拠と、職場の仲間たちの証言もある。彼の逮捕が有効であるか否かを審議する裁判は、彼の地元ではなく、職場のある地域で行われた。結果は、”逮捕するには証拠不足”であるとして、警察はペギーを即、釈放するよう裁判所からの命令が下った。

 

最近は、重要な裁判の判決が出る度に、担当する裁判官のプロフィールをチェックするのがネット民の慣習になっている。ペギーの裁判を担当したスラエマン裁判官は、単身赴任で裁判所の裏に賃貸住まい、車も所有せず徒歩で通勤しているという。8年前に少年らが最高裁まで上訴したとき、終身刑を押し付けた三人の裁判長らとは雲と泥ほどの差がある。

 

名前が似ているだけで逮捕され、終身刑が課されるかもしれなかったペギー。逮捕された当時、眉間のしわといい、訴えるような目の表情といい、まるで昭和初期の映画俳優が庶民の役を演じているみたいだなと思った。現在では、ファシリティさえあれば誰でも気軽に身に纏えるもののように錯覚させられているが、元々はそういう重荷を背負った、どこか人と違った輝きを持つ人がスターと呼ばれる存在だったはずだ。

 

おそらく8年前は気弱な少年だった前述のサカタタも、鋭い刃物のようなオーラをまとっている。理不尽なおもいを忍ぶことで磨かれた人間性が、彼らの顔にあらわれているのだと思ったのは、わたしだけではなかった。実はこの二人には、是非うちで雇用したいという申し出が殺到し、サカタタは映像プロダクション、ペギーは心理学研究家のアシスタントとして、既に就職先が決まっているという。

 

”炎上なくして裁きなし” インドネシアネット民のこういう時の一致団結ぶりはいいものだなといつも思う。まっとうに生きようとする人の方が、お金や地位を追及する人よりも尊く価値があるということが大多数の認識にならない限り、世の中よくならないよなと思った。