ある大学講師がクラスで聴いたところ,新聞を取っていたのは百人に四人,テレビを持つ者もほぼ同じ率だったという。

 

「どこから情報を得るの?」と聴いたら「ネットから」と答えたそうだ。

 

講師は「ネットは有用だが,玉石混交だとよく心得て,くれぐれも盲信せずに,可能な限り多角的な意見を知るように務めてくれ」と指導したそうだ。

 

この講師が見る限りでは,若者の方がマスコミよりも国家安全保障に対する危機感がよほど強く,北朝鮮だ中共だロシアだのの独裁国家群に対しつつ,

 

与野党共にひたすらのアメリカ頼みでしかない現状に焦燥と不安を覚えている者達が多いように見受けられるという。

 

野党は官僚叩きに走っているという批判を受けて,現状を見直す方針だと時事通信は配信したが,例によって例のごとく「誰が,あるいはどういった人々がそう批判したか」は書いていない。

 

ほとぼりが醒めてからの天下りに満を持しているであろう,輝くノーパンしゃぶしゃぶ収賄の伝統を身をもって示した偉大なる寄生虫の福田元事務次官殿から聞いたのかもしれない!?

 

取材に対するセクハラ横行や,権力のための情報統制と印象操作の元凶である「ナチス由来の記者クラブ制度廃止」を主張する「記者クラブに所属するメディア」は皆無で,その本丸を突く主張は週刊誌とネットメディアの一部に散見されるのみ。

 

これは,犯罪者を量産して社会不安を引き起こしてもう長い,電波の押し売り法人にして暴力団以下の反社会的勢力のNHK撲滅論に関しても同じで,

 

記者クラブの「お友達」は,NHKを筆頭に植民地総督府と一体化することに血道をあげては,国民の批判の矛先が自らに向かい,長らく吸っている甘い汁を断たれることを防いでいる。

 

この期に及んでも,そういった肝心な点を突けない野党では,ああ やっぱり野党はバカだったで,どうせ税金への寄生虫である小役人組合からの票を無くすのが怖いんだろうと有権者から見放されるばかりだ。

 

年々100万部単位で減り続ける新聞購読者数は慶賀の至りで,これから先が長い若者世代が記者クラブ所属の大手メディアを軽蔑し,高収入と特権のためには平気で国を売る人々だと認識していくことこそが,国民の知る権利を取り戻す第一歩なのではないか。

 

「知らせるふりして真実を隠蔽する常套手段」は,国民への明白な背信であり,記事配信の配信は「背信」と書き換えた方がいいだろう。今年の流行語大賞ではなく,今年の「背信&隠蔽大賞」を設けた方がいい。

 

スタンフォード大学で日本統治の施策を練っては着々と実行しているキッシンジャーやアーミテージなどのジャパンハンドラーズ達にとっては,アメリカの忠実な犬である記者クラブ・マスコミへの日本人の信頼が崩れていく現状は好ましからざることだろうが,

 

まず心の中に「統治を拒絶する砦」を堅固に築くことが,独立自尊への道を確かに踏みしめることになると思われる。

南風に吹かれながら今も至高天を見上げるフランシスコ・ザビエル(鹿児島市)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古代ローマでは,ミリタリーとシビリアンを交互に体験させる「キャリアパス」を運用していた時期が長かったという。

 

軍団の指揮官を数年体験して兵士と苦楽を共にし,時には遠征や蛮族との戦闘指揮にも従事し,本国へ帰還すると今度は文官として内治を経験する。

 

なるほどこれなら,極東に存在するどこかの属領の防衛副大臣のように,戦争の定義もあやふやのまま,

 

「僕は総ての戦争にはもちろん反対ですが,困った人を「助けてあげる」駆け付け警護には賛成デス!」なんて,知能程度が深く疑われる宣伝チラシを選挙区の私鉄沿線で配るような極めつけの間抜け代議士なんて出てきようがない。

 

古代と現代の時空を超えて,現実に立脚した,福祉の基盤でもある国家安全保障の任に当たる政治家や官僚を養成する制度設計として一考の余地がある。

 

拉致問題に関連して,救う会に携わる方から聞いたのだが,政府は家族会会合の冒頭で様々な要望や質問を一定時間受けると,

 

おもむろに遮って「それ以上言うのなら国費からの支援はもう・・・」と,まるで脅さんばかりの様子を見せるのだという。

 

支援も何も,領土回復や拉致奪還と報復や激甚災害の復旧は,国家が最優先課題として取り組むべきことなのだから,

 

政府にミリタリーの感覚とシビリアンの感覚が適切に備わっていれば出てくるはずのない態度だ。

 

大前提としての「交戦権」や「正規軍」「自前の諜報機関と地球規模の諜報網」の問題はあるけれど,

 

国際社会を渡り歩くには不可欠な性悪説を性根に叩き込む一助としては,軍民共に体験していくエリート養成は効果的だと思われる。

 

植民地総督は今般の渡米前に,なぜか!?金魚の糞集団のマスコミを引き連れて横田さん夫妻に面会し,「みなさんの思いはシッカリとトランプ大統領に伝えます」とのたまったというが,

 

これが,いやしくも一国の宰相が,自国民が拉致されたままというのに,外国の(一応は)大統領に国費を使って会いに行き,辞を低くして懇願することか。

 

留守家族に,恥を忍んでアメリカ詣でや国連詣でをさせ,いつまで待っても当事者である自国が戦争に訴える気配は露ほどもなく,どうしようもないから,本当は拉致の背後にアメリカがいたかもしれないが,

 

なんとかしてくれ!助けてくれ!と,なりふり構わず国際社会に訴えなければならない現実を,

 

日本国の首相なら国民に訴えて,この解決を阻んでいる原因こそが,自らが最大目標だと一時期は宣伝していた「戦後レジーム」なのだと解き明かし,これを払しょくするために日本国憲法を将来に向かって破棄しなければ,

 

わが国の独立自尊は永遠に実現しない!と真正面から国民に迫るべきなのだが,私はこのとおり留守家族を見舞って,アメリカ親分に舎弟としてお願いだけは申し伝えてまいりますのポーズだけを流させるようでは話にならない。

 

植民地総督殿の大先輩である伊藤博文の故事を持ち出せば,日露戦争の際に,絶倫を生かした芸者のお替り遊びで超有名だったヒヒおやじですら,我 卒伍として起たむ!と,

 

万が一ロシアが国土を蹂躙することになれば,自らも一兵卒として最前線の塹壕に入る覚悟だ!と本気で心づもりをしていた。

 

以前,テレビで「もしも戦争になったら総理は先頭に立たれるんですか?」と司会者から聴かれた際に,この植民地総督殿は言を左右にして確答を避けた。

 

古今東西,そういった「最高指揮官」に配下が忠誠を尽くした例はなく,最大限の信頼を寄せた例もまたない。バカな大将は敵より怖いからだ。

 

竹島と北方領土,尖閣諸島,奪われたままの領土の背後には,もちろん拉致にすら,アメリカの影はちらついている。

 

北朝鮮の後見人たる中国共産党も含め,中国の軍事膨張を活用して周辺国に武器を売りまくっているドイツを考えても,地球上は性悪説の嵐が吹きまくっている。

 

あ~あ 「国際社会と協力して」か・・・・不断の圧力をかけるというのなら,交渉不調に終った際の核による脅しにどう対抗するわけ?

 

親分の核兵器をアテにしてるんだろうが,逆にその親分が「もうここらで手を打てよ!」と言った時,「うるせえ!俺はもう核武装ずみだ!なんならおまえと相打ちだぞ」とでもタンカが切れるのか?

 

なことあるわけないし,例によって例のごとく誰も責任を取らずに,関係者が死に絶えてから「黙とう」するだけか。

 

 

多くの特攻隊員達が,これが内地の見納めだと万感の思いを抱いて見下ろした開聞岳の美しい姿

 

確かスキーのジャンプ競技だった気がするが,その昔!?表彰台でメエメエ泣く男の姿に唖然としたことがある。

 

それからというもの,テレビカメラを前にして,身内の苦労話で泣いてみせるオッちゃんから,強制ワイセツがバレてしかたなく開いた記者会見で泣いて見せる芸人まで,男が人前で泣く光景が珍しくなくなってしまった。

 

ひょっとしたら,男泣きなんて言葉はもう死語になってしまったのかもしれない。

 

男も女もあるかあ!泣いてどこが悪い!このアナクロめと,罵詈讒謗を浴びせようと口を尖らせる人々も多いだろうけど。

 

一口に男の涙といってもいろいろあるから,

 

一掬の涙という言葉があるように,どうしようもない境遇に陥ってしまった社会的弱者に注ぐ涙を忘れずに,

 

ついつい役得で懐に入れたくなる賄賂や,立場を利用したセクハラ攻撃で「あわよくば女をモノにしよう」という弱い心を律する自制を,

 

最近とみに話題の「エリート官僚」には特に忘れないでほしい気持ちはある。

 

そういった涙とは違って,テレビ受けや,自分の事は棚に上げて取り巻く記者共への改悛の情アピールを狙ってや,安直なコマーシャルやドラマの真似事で流す涙は非常に気恥ずかしく見苦しいからやめてほしい。

 

鍋島論語と言われる「葉隠」にもあるように,人の真心や悲しいまでの忠誠心を思えば涙が流れることはよくあるし,世の不条理によって,心ならずも道を踏み外す人々を思いやるだけでも悔し涙は滲むが,

 

それでも,あくまで人前では瞼で止め,天を仰いで歯を食いしばったのが,男が男であった,女が女であった時代の日本人だった。

 

敗戦後に多くが失われてしまった「立ち居振る舞いの美学」を取り戻すことが,残念ながら遠大な目標となっている再びの独立自尊への第一歩ではないか。

 

と,属領の平和と共寝させられている一人の泣き虫としては思っている次第。

誇りある者ならば,アメ公の指揮下で大義なき戦争なんてできるか!せめてドイツやイタリアのように,自らの主権下にアメリカ軍を置かないと。