確かスキーのジャンプ競技だった気がするが,その昔!?表彰台でメエメエ泣く男の姿に唖然としたことがある。

 

それからというもの,テレビカメラを前にして,身内の苦労話で泣いてみせるオッちゃんから,強制ワイセツがバレてしかたなく開いた記者会見で泣いて見せる芸人まで,男が人前で泣く光景が珍しくなくなってしまった。

 

ひょっとしたら,男泣きなんて言葉はもう死語になってしまったのかもしれない。

 

男も女もあるかあ!泣いてどこが悪い!このアナクロめと,罵詈讒謗を浴びせようと口を尖らせる人々も多いだろうけど。

 

一口に男の涙といってもいろいろあるから,

 

一掬の涙という言葉があるように,どうしようもない境遇に陥ってしまった社会的弱者に注ぐ涙を忘れずに,

 

ついつい役得で懐に入れたくなる賄賂や,立場を利用したセクハラ攻撃で「あわよくば女をモノにしよう」という弱い心を律する自制を,

 

最近とみに話題の「エリート官僚」には特に忘れないでほしい気持ちはある。

 

そういった涙とは違って,テレビ受けや,自分の事は棚に上げて取り巻く記者共への改悛の情アピールを狙ってや,安直なコマーシャルやドラマの真似事で流す涙は非常に気恥ずかしく見苦しいからやめてほしい。

 

鍋島論語と言われる「葉隠」にもあるように,人の真心や悲しいまでの忠誠心を思えば涙が流れることはよくあるし,世の不条理によって,心ならずも道を踏み外す人々を思いやるだけでも悔し涙は滲むが,

 

それでも,あくまで人前では瞼で止め,天を仰いで歯を食いしばったのが,男が男であった,女が女であった時代の日本人だった。

 

敗戦後に多くが失われてしまった「立ち居振る舞いの美学」を取り戻すことが,残念ながら遠大な目標となっている再びの独立自尊への第一歩ではないか。

 

と,属領の平和と共寝させられている一人の泣き虫としては思っている次第。

誇りある者ならば,アメ公の指揮下で大義なき戦争なんてできるか!せめてドイツやイタリアのように,自らの主権下にアメリカ軍を置かないと。