27日目:リトアニア ヴィリニュス
8時起床。よく寝た。
シャワーを浴びて、10時過ぎに出発するも、すぐに雨が強くなる。
今日でヴィリュニスを離れる事を決めていたので、街をぶらついて時間調整を行う事にした。
途中何度か雨宿りをしながらカルヴァリ市場へ向かった。
雨のマーケットは人もまばらで、閑散としていた。
雨よけのためのビニールのひさしが、狭い市場をよりいっそう狭く感じさせた。
近くには近代的なモールが出来ていた。
ビニールのひさしの代わりにガラスで綺麗に仕切られていた店は、清潔感に溢れていたが、こちらは客が全くいなかった。
メトロを乗り継いで、郊外へ行くと高いテレビ塔が見えてきた。
ソ連時代の代物らしく、味気のない無機質的な建物だが、近くで見ると結構でかい。
高さは326mもある。
このテレビ塔はソ連からの独立運動時に、激しい抵抗運動のあった場である。
1990年の出来事で、今でも「血の日曜日」と呼ばれているらしい。
その犠牲者を弔うためだろうか、タワーの下にはこの国らしい十字架が建てられていた。
リトアニアに来て気付いたのは、旧ソ連時代の迫害や圧制を扱う博物館が非常に多いことだ。
第二次世界大戦から常に迫害の真っ只中にいたユダヤ人に関しての博物館や、
KGBの拷問や虐待を扱った博物館、独立運動時のミュージアムなど、色々な種類がある。
国立博物館や美術館と異なり、これらの博物館の展示は直接感情に迫ってくる。
三流のゴシップ雑誌を買うような、品のない好奇心でのぞき入っても、十分にその目的は満たされる。
しかし、それとは別に、民族や国籍とはそこまで重要なカテゴリーなのか、とい強い戸惑いが生じる。
そして人は同じ人に対して、ここまで残酷になれるのかと引いてしまい、
過去に起きた事は現代でも十分起き得るという事に、恐怖心を抱かされる。
そもそもたったの20年前に起こった事柄には思えない。
私は‘残酷な事件=過去の歴史’とどうしても捉えてしまい、現代では起こりえないと考えていた。
平和ボケの典型なのかもしれない。
過去の歴史と捉えられていた事が、バルト三国ではつい先日の事なのだ。
日本でも過去の戦争責任が問われる声が諸外国から度々上がるように、
ロシア等、他の大国は今も、そしてこれからその責任を問われ続けるのだろう。
『使用金額』:119.02リタス
パン(0.9) トロリーバス(1.1) ユダヤ人ミュージアム入場料(2) チキン(1.48) チョコ×4(4)
パンケーキ(1.06) グタニクス行きチケット(89) 水+マーガリン(2.58) 夕食(16.9)



