引き寄せを勉強して、「既にある」の壁にぶち当たった。
離婚した後、彼女ができず「愛情のあるパートナーが欲しい」という願望が強くなった。
「既にある」と言われても、パートナーは隣にいない。
特に、夜に1人で布団へ入っている時に寂しさを強く感じる。
私は不眠症で、夜になると寂しくなり、包容力のある女性が添い寝してくれたらと思う。
男性の多くは身体の関係が目的で、コトが済むと冷たくなる人も多いらしい。
でも私は身体の関係そのものより、その後に添い寝してピロートークする時間が一番好きだ。
ピロートークでは何でも本音で話せる。
全てをオープンにできるし、何の目的も下心もない。
これほど幸せで楽しい会話はないと思う。
カフェやバー、居酒屋での女性との会話と比べると、ピロートークの方が数段深い自己開示ができるし、安心できる。
しかし、将来を見据えた真剣なお付き合い、もしくは結婚の場合、このピロートークの時間が一気に重くなる。
非常にワガママで道徳に反するが、結婚相手とはお金や時間配分、家事分担など色々な利害関係が生じる。
さらに妊活に焦ると夜の関係が義務になってしまうから、ピロートークで本音を話せなくなってしまうのだ。
夫婦仲が良好なのに不倫したり外へ遊びに行ったりする男性の心理は大抵これだと思う。
本音を話せない女性をパートナーにしてしまったのが問題とも言えるが、パートナーと本音を語るのは構造的に難易度が高く、かなり精神的に成熟していないと難しい。
自分で自分を無条件に承認し、自分1人でも幸せに生きていく力がある人でない限り、結婚しても幸せになれない。
自分を無条件に承認できない人が結婚してしまうと、パートナーからの無条件の承認を求める。
しかし所詮は他人であるパートナーからの承認には限界がある。
見捨てられ不安がある人は、パートナーから見捨てられないように本音を隠して相手に合わせるから、どこかで隠し事が生じてしまう。
その抑圧が依存症や強迫性障害などの形で現れてしまう。
本当にセックスが好きな人はセックス依存症にならないし、本当にお酒が好きな人はアルコール依存症にならないし、本当にギャンブルが好きな人はギャンブル依存症にならない。
私自身は恋愛依存症もしくは女性依存症という自覚がある。
女性依存性ということは、実は女性を本当に好きなわけではないのかも知れないと考えて、ふと気づいた。
自分が本当に欲していることは女性との身体の関係そのものではなく、「何にも包み隠さず、リラックスして本音を話せる関係」なのだ。
本音を打ち明けられる相手なら男性でも良いのかも知れない。
男性同士の会話は非常にセンシティブで、自分よりも経験人数が豊富な人に対しては引け目を感じてしまったりするから、なかなか本音を話せない。
でも、これもエゴによる錯覚だと思う。
私には他者から自分の全てを無条件に認めてもらいたいという欲求があり、それを夜の関係に求めているのだ。
私の母は不安感が強く、とても神経質で心配症だったので、無条件に愛された記憶がない。
20代後半、結婚をきっかけに親と絶縁し、5年以上実家へ帰らなかった。
30代になった今、現実の母親とは和解し、関係は良好になったが、それでも私の頭の中の母(インナーペアレント)は私を捌き続ける。
自分で自分を無条件に承認できれば他者からの承認など必要ないと言われるが、まだ潜在意識では女性からの無条件の承認を求めている。
男性との会話だと、そこまで本音を出し切るのにまだ抵抗がある(これもメンタルブロックの問題だと思う)。
女性との会話だと、魅力的な女性ほど無意識に「抱きたい」と思ってしまうから本音を話せない。
自分の本音を話せないということは、「自分の本音は人様に見せられるものではない。恥ずかしい」と感じているということだ。
自分で自分を否定しているのだから自傷行為だ。魂と思考がズレているから孤独感が生まれるのだ。
とはいえ、まだ自分で自分を無条件に承認することができないのに、波動の低い人に自己開示をして否定されると傷つくから、まだ安易に自分の本音を曝け出さない方が良い。
本当に自分で自分自身を無条件に承認されるようになれれば、誰に何を言われようと反応しなるから、もっと自分を曝け出せるようになるはずだ。
全てをオープンにする人はハイヤーセルフに近いから、とても魅力的で、多くの人が寄ってくる。
自分で自分を無条件に承認できる男性は余裕があるから、結果的に女性とピロートークできる可能性も高くなるだろう。
しかしその頃には自分で自分を無条件に承認できるようになっているから、女性と夜の関係を持つことを渇望しなくなっているだろう。
女性とホテルに行けるか?家で本を読むか?の違いが、ビールを飲むかワインを飲むかくらいの気楽な選択肢になっているはずだ。
自分で自分を無条件に満たすことができれば、素敵な女性とピロートークしたいという願望も消失する。
「無条件に自分を愛せる現実は既にあるから、ピロートークしてくれる女性がいてもいなくても、どっちでもいい」と思えれば、結果として「ピロートークしてくれる女性がいる」という現実が現象化する。
仕事やお金の分野では、そうやって執着を手放して願望を引き寄せた経験が何度もあるから、そういう仕組みになっていることを頭では理解している。
しかし今の自分は、女性との夜の関係に自分の承認欲求を乗せてしまっているから、とても波動が重い。
女友達との関係が深くなると、私がその女友達に無条件の承認を求めてしまって、その女友達から「友達としてしか見れない」と言われて関係を壊してしまう。
女性から優しくされ過ぎると、見捨てられ不安や依存心にスイッチが入って、愛情を試したくなってしまうのだ。
この状況での「好きです。付き合ってください」は女友達に対する攻撃でしかなく、非常に危険だ。
男性の私は背景に性欲があるから、「そこまで愛情を示してくれるなら、エッチしてよ」と深層心理で思っていたことに最近気づいた。
これは典型的な「試し行動」だ。
私の潜在意識には「自分は無条件に愛されない存在だ」とインストールされているから、女性から優しくされると、わざわざ潜在意識が愛情を壊す方向へ持って行ってしまうのだ。
毎日好きなことをして、自分を満たして自己肯定感を上げて来たつもりだったけど、全然まだまだだ。
こうして改めて書いてみると、女性に対して恐るべき攻撃性を持っていることに気づいた。
自分の本音を話せることが本当の望みなのであれば、わざわざ女性を攻撃する必要はなく、このアメブロでも一定程度は満たせている。
このアメブロは思考の整理に使っていて、リアルの知り合いには誰にも見せていないし、見せるつもりもない。
そのぶん、思いっきり本音を書いている。
自分のために書いているので他者の承認は求めていないが、それでも1件でもいいねが付くと嬉しい。
どこの誰だか分からない人でも、この日本に自分の本音を承認してくれる人が1人でもいることを確認できるのは嬉しい。
今はオンライン上でしか確認できなくても、そのうちリアルでも自分の本音を全て話せる人が現れるだろう。
いや、実は既に周りにいるのに、自分が勝手に怖がって本音を話していないだけかも知れない。話せば分かってくれる人は多いのかも知れない。
そう考えると、自分の本音を話せる環境は「既にある」のだ。
「自分には今、ピロートークしてくれる女性がいない」と思うと悲しくなるけど、これは「ない」という不足感に焦点を当てているから、ますます「ない」という現実を引き寄せる。
どうして不足感に焦点を当ててしまうのかと言うと
1.ピロートークという状況を、他人と本音で話すための条件にしている
2.スキンシップがない状況でも「愛がある」と感じることをエゴが許可しない
からだと思う。
匿名のオンラインのアメブロからでも自分の本音を出すことに慣れていけば、自分で自分を無条件に受け入れられるようになる。
自分で自分を無条件に許せるようになれれば、余裕が生まれて、人の本音も受け入れられるようになる。
女性を攻撃するのではなく、女性を心から愛せる男性になりたい!いや、既になっているのだ!
昔から自分が女性との関係を拗らせやすい原因が全く分からなかったが、今日だいぶ言語化できた。
言語化できたということは、既にエゴと一体化しておらず、別の領域に立てている。
「アメブロで本音を話せる環境があるんだから、ピロートークできる女性が現れなくても我慢しよう」ということではない。
既に自分は女性を無条件に愛せる男性になっているのだから、同じ波動の女性を引き寄せることになる。
自分を無条件に愛してくれる女性を引き寄せるという願望は既に叶っていて、現象化までのタイムラグを楽しんでいれば良いのだ。
