世の中には色んな恋愛テクニックが溢れています。

 

例えば、気になる人に毎日連絡をして、それをしばらく続けたら急に距離を置いてみて、相手の頭を混乱させて「私はあの人に好かれてるのかどうか?」と悩ませることで、意中の相手の頭の中を自分のことで占めさせる・・・とか。

 

色々テクニックがあるらしくて、面白いから動画やブログを見たりはするんですけど、そもそも「そういうテクニックで相手を引き寄せられたとして、自分がその相手のことを本気で好きになれるか?」と考えると、冷めてしまう気がする。

 

これも一種の蛙化現象なのかな?

 

恋愛テクニックを駆使する能力がゼロな自分が言うのはおこがましい話で、例えるならTOEICの点数が低い人が「テクニックで高得点を取っても意味がない」と言っているようなもんですけど、それでも自分のテクニックにハマるような女性を本気で好きになれると思えない。

 

自分をしっかり持っていて、駆け引きとか恋愛テクニックにはまらずに自分の人生を楽しんでる女性の方がずっと魅力的に思うのですが、そういう女性にどうアプローチすれば良いかはよく分からない。

 

・・・と思ってクヨクヨ悩んでる暇があったら、まずは自分が自分の人生を楽しんで精神的に自立して、そういう女性と釣り合うだけの人になるしかないと思う。

エーリッヒ・フロムの「愛するということ」という本を読みました。

 

フロムによれば、愛情とは、自分を犠牲にして相手に尽くすことでもなければ、相手を独占して束縛することでもありません。

 

愛情とは、相手が相手のまま幸せになることを願うこと、そうなるよう行動することです。

 

「束縛されないと愛情を感じられなくて不安になる」という人もいますが、自分自身の人生に対する不安感が強いからそうなってしまうのでしょう。

 

ここからは私の感想ですが、自分を犠牲にして相手に尽くすことや、相手を独占して束縛すること(自分のために相手を犠牲にすること)が愛情だという考え方は、「愛情には総量があって、その愛情をどう分配するか」という発想だなと感じます。

 

パートナーの愛情の量が100あると仮定して、その100を全て自分に注いで欲しいと思うからパートナーを束縛したがるのだと思います。

 

100ある愛情のうちの10がペットや趣味に注がれると、自分への愛情が90に減ってしまうから、ペットや趣味の時間を許せず、自分だけに愛情を注いで欲しいと思うのではないでしょうか。

 

この「愛情の総量は固定されている」という考え方が、とても貧しく感じます。

 

本当は、自分の気持ちに従って趣味やペットとの時間を楽しむことで、そのパートナーの愛情量は500にも1000にも増えるはずです。

 

愛情の総量が1000に増えるなら、仮にペットと趣味に300ずつの愛情を注いでも、自分に注がれる愛情は400に増えるはずです。

 

「人は、自分らしく幸せに生きていくと、どんどん愛情の総量が増えていく」というのが私の考えですし、それが宇宙の法則にも合っていると思います。

 

「100ある幸せをどう分配するか?」という考え方ではなく、どうやって自分自身やパートナーの愛情の総量を増やしていくのか?を考えたいです。

 

自分が満たされれば満たされるほど、コップから水があふれるように、勝手に周りの人達へも愛情を降り注ぐようになるはずです。

 

それこそが豊かさマインドです。

 

これを突き詰めていくと、恋愛対象も1人に絞る必要はないように感じます(隠れてコソコソ不倫するのはダメ絶対。オープンに打ち明けるか、それができないならパートナーと別れてから)。

 

嫉妬とか束縛とか独占欲とか、それこそが愛情という人が今の世の中は多いと思うのですけど、それが愛情というのはどうしても理解できない。

親との関係に問題があって愛着障害のあるアダルトチルドレンは、慢性的に「無条件の愛」に飢えていて、常に無条件の愛を求めているので、学校や職場で異性から少し優しくされただけで「この人こそ自分に無条件の愛をくれる運命の人なのではないか?」と勝手に誤解してスイッチが入ってしまう。

 

これは男性だけでなくて女性も同じだと思う。

 

非モテ女性も、イケメンに少し優しくされると「この人こそ運命の白馬の王子さまだ」と思って、沼ってしまう人は多いと思う。

 

なぜそうなってしまうのかと言うと、今生きているこの現実が辛すぎて、愛情を感じられないから、頭の中で「自分が無条件に愛される理想」を妄想してしまって、その妄想を相手にぶつけてしまうのだと思う。

 

それを防ぐには、自分で自分に愛情を注ぐしかないんだけど、アダルトチルドレンは愛情の注ぎ方が分からないから八方ふさがりになってしまう。

 

結局、恋愛のことで悩んでいるようで根本原因は恋愛とは全く関係のないところにあり、自分が自分を大切にできていないことが原因だと思う。

マザコン臭が全開のタイトルを書いてしまいました。

 

私は無責任な父親と不安症で過干渉な母親の元で育ち、母から父の愚痴をずっと聞かされて育ったので、「父みたいになってはいけない。男性は常に女性を守らないといけないし、女性の要求に応えるべきだ」という規範意識と、「母に甘えられなかった分、女性に甘えたい」という矛盾した本音がありました。

 

だから本音では女性に甘えたいのに、「男性が女性に甘えるなんて情けないし、そんな女々しい男性は魅力がなくて、女性から嫌われて見捨てられる」という強迫観念もあり、女性に甘えたいという欲求を持つ自分自身に対して自己嫌悪がありました。

 

離婚してから、以前と比べると男性の友人にも本音を相談できるようになってきたのですが、やはり男性の友人とは政治や経済やビジネスの話題が中心で、心の問題に関する話をする機会は少ないです(それは自分だけでなく、一般的に男性はそういうものだと聞きます)。

 

母親との愛着形成がうまくできなかったことが原因で、昔から本音では「優しくて愛情深く、理解のある女性が自分の悩みを何でも聞いてくれて、たくさん甘えさせてくれる」という状況に憧れがあったので、つい女性に依存しすぎて関係を壊してしまうことが何度もありました。

 

その反省から「たとえ女性から優しい言葉をかけられても、それを額面通りに受け取って甘えると関係が壊れるから、女性の優しさは社交辞令として受け取らないといけない」という潜在意識が形成されました。

 

女性から優しくされればされるほど、後から突き落とされるのが怖くなる。

 

そうすると、女性との心理的な距離を詰められないし、仲良くなっても丁寧語を外せないし、「どうせ女性が言うことは全て社交辞令だから」と、勝手に女性との間に心の壁を作って敵意を持ってしまうんですよね。

 

非モテの男性って(女性もかも知れませんが)多かれ少なかれ似たようなところがあると思う。

彼女いない歴=年齢=37歳の友人が婚活を始めました。

 

婚活を始めて一番しんどいのは、お断りをする時だそうです。

 

いわく「こんな自分を好きになってくれた女性にお断りをするのは申し訳ない」だそうです。

 

それを聞いて「あーモテる人とモテない人の差はここなのかも知れない」と思いました。

 

モテる男性に話を聞くと、彼女がいないときには、1人の人に執着すると重たくなるので、複数の女性と連絡をとって余裕を持ち、ご縁があった女性と付き合うことにして、他はお断りするそうです。

 

1人の人に執着してしまうと、「フラれたらどうしよう」とオドオドして、自分からチャンスを壊してしまいます。

 

だからモテる男性は「10人アプローチして、3人の女性とイイ感じになったら、その中から好きな子を選べるから主導権を握れるじゃん」と言うんですが、非モテにはこれができない。

 

確かに振られるのもしんどいんですけど、自分に好意を寄せてくれている人にお断りをするのは、まるで死刑執行をするような感覚でキツいんですよね。

 

そこが怖いから女性に積極的にアプローチもできず、女性にモテるための自分磨きをする気にもならず、結果的にフラれ続けて「自分には魅力がない」と落ち込んでしまうのかなと思いました。

 

そして、「自分には魅力がない」などと言っている男性は女性から見て本当に魅力がないので、ますます非モテになるという負のスパイラルに陥ります。

 

複数の女性にアプローチして、その中から選ぶというのは不誠実な気もしますが、周りを見ていると結局そういう男性の方が余裕があってモテる。

ブラック企業で働く経験なんて積まない方が良くて全く必要ないことだけど、良かった点を挙げるとすると


1.自分の限界を知る

2. 仕事に忙殺されないことの有難さを知る


かな…


月100時間残業などを経験する前は、仕事が暇になると

「こんなに暇で、自分の存在意義はないんじゃないか?」

と罪悪感に駆られてたけど、限界を経験した今はただただ

「暇で有り難い」

と思うようになった。


でも、そんな経験をしなくても、日頃から幸せを感じる力があれば良いこと。

昔から、どうしても好きな人には執着してしまって、恋愛がうまくいきません。

 

結婚できたのは、正直なところ元妻に対してあまり強い恋愛感情がなかったからで、「価値観も合うし、一緒にいて楽しいし、結婚したい」と思って結婚しました。

 

正直なところ、「結婚したから、これでもう死ぬまで恋愛のことで悩まなくて済む」という謎の安心感もありました。

 

しかし、結婚生活は結局のところ元妻の不倫によって崩壊し、振り出しに戻りました。

 

結婚によって問題を強引に封印して、問題から目を背けようとしたからと言って、自分の幸せと向き合うことからは逃れられないんですよね。
 

スピリチュアル的に言うと、たぶん「本当に好きな異性とパートナーシップを構築して幸せを味わう」みたいなことを魂の目標として設定して生まれてきたので、簡単には達成できないようになっている気がします。

 

平均寿命まで生きるとすれば、私はまだ人生の前半なのですが、後半の人生では恋愛を充実させられそうな予感もしています。

 

恋愛が得意な人に話を聞くと、「考えすぎると上手くいかないよ。世の中、素敵な異性なんてたくさんいるんだから、一人の人に執着せずに、フィーリングに従って恋愛を楽しめばいいじゃん!」などとアドバイスをもらいます。

 

言っていることは理解できるんですけど、実践するのは本当に難しいです。

 

なんで難しいかというと、自分自身が「それは難しい」と潜在意識で思いこんでしまっているからだと思います。

 

それは分かっているんですが、だからと言って「それは難しい」という潜在意識の思い込みを簡単に書き換えることができません。

 

なんで「潜在意識さえ書き換えれば変わる」と断言できるかと言うと、私は友達やお金の分野ではそんなに苦労していないからです。

 

高校生くらいまでは「友達を作るのは難しい」と思いこんでいたので友達ができなかったですが、ある時から「友達なんていなくていい!」と開き直ったら、親友と呼べる友達が何人か現れました。

 

友達については「友達は放っておいても自然と増えていくものだから、気が合わない友達は疎遠になった方が良い」と思えます。

 

そうすると無理なく自然に友達付き合いができて、本当に自然と友達が増えます。

 

たまに「社会人になると職場以外の人間関係がないから友達は作れない。だから、友達との関係で多少嫌なことがあっても我慢しないといけない」と言っている人がいますが、不思議に思います。

 

今はインターネットも発達していますし、新しい友達を作る機会なんていくらでもあります。

 

Twitterでしばらくやり取りして、「この人はやりとりしていて楽しい!」と感じたら、老若男女を問わずDMして、LINも交換して友達になります。

 

断られることもありますが気にしません。

 

私は「『友達は増えない』と思っているから増えないのであって、『そもそも友達なんていなくても幸せだし、友達は放っておいても勝手に増える』と思えば増える」と言うのですが、友達ができなくて悩んでいる人からは「頭では分かるけど実践できない」という反応を受けます。

 

お金についても同じで、私は「そんなに必死に頑張らなくても、必要なお金はどうせ入ってくるから、嫌いな仕事はやらない。上司からの評価なんてどうでもいい」と信じているので、仕事が面倒くさくなれば退職するし、それでも必要なお金に困ったことはないです。

 

友達やお金の分野では「引き寄せの法則」を使いこなせているので、引き寄せの法則は正しいという手ごたえは感じています。

 

しかし恋愛の分野になると急にメンヘラになって、「執着せずに恋愛を楽しめば良い恋愛が実る」を実践できません。

 

なんでだろう・・・恋愛依存症で苦しめば苦しむほど悪い波動を出して、悪い結果を出すのは目に見えています。

 

エイブラハムや奥平さんの引き寄せの本を読むと、こういう時は恋愛のことを考えずに他の時間を充実させるのが一番のようです。

 

でも「そうやって恋愛から目を背けているうちに、気がついたら80代になってるんじゃないか」と不安になりますね。

 

それが良くないんですよね。

気になっている女性がいるんですが、その気になっている女性は恋愛依存症らしく

 

・すぐに異性を好きになる

・告白して撃沈する

・常に誰か好きな異性を好きでいないとメンヘラになる

 

と言っていました。

 

これ、私も全て当てはまるんですが、「そんなに惚れっぽいなら、僕のことも惚れてくれないかな?」と期待してしまいますよね。

 

ところが、そうは上手くいかないんですよね。

 

僕もそうなんですが、恋愛依存症の人は大抵の場合は自己肯定感が低くて、「こんなダメな自分のことを好きになるようなレベルの低い異性はお断り」と思ってしまいます(蛙化現象)。

 

とても仲は良いのですが、今の状況で気持ちを伝えると失敗しそうな気がします。

 

昔から、気になっている異性からは悉く振られるのに、全く気にならない異性から好意を持たれる状況は何とかならないものかと思っていたのですが、結局は自分の自己肯定感の低さが原因ですね。

 

「自己肯定感を上げて、自分で自分を受け入れられるようになると、同じように自分を受け入れられる異性を引き寄せられて幸せになる」という理論は20年くらい前の高校生の頃から知識としては知っているんですが、未だに実践できません。

 

「できない」と思い込んでるからできないんだろうし、解決策は「恋愛のことは忘れて日々の生活・1人の時間を充実させる」ということに尽きるんですけど、それは本当に難しい。

付き合う前はもちろん、付き合った後も、結婚した後も、好きな人(パートナー)に執着すると幸せになれません。

 

・・・ということは頭では分かっているのですが、実践するのはなかなか難しくて、「なんでインスタやTwitterの投稿してる暇はあるのにLINEの返信が遅いの?」など、ついイライラしてしまいます。

 

自分の場合、今は恋愛に全力投球するタイミングではなくて

 

・自炊をできるようにする

・筋トレする(細すぎるので、筋トレで体重を10kg増やす)

・フリーランスで稼げる力をつける

 

という目標を立てて、2年間は頑張りたい。

 

せっかく離婚して自分の自由な時間ができたので、この機会を最大限に活かして自分磨きをして、次はガッツリ婚活して最高のパートナーを見つけられるように頑張りたい。

 

今すぐ焦って婚活したら、絶対「独身の間にあれをチャレンジしとけば良かった」と後悔する。

 

しかし1人になるとついフラフラして回りの女性が気になってしまうし、マッチングアプリに手が伸びてしまう。

 

今まで、本当にやりたいことは必ず実現してきたし、未来は必ず良くなると頭では分かっているものの、それでも日々の寂しさを乗り越えていくのは本当に難しい。

私の母は生まれた土地で70年暮らしていて、一度も引っ越したことがありません。

 

父は、もともとずっと実家暮らしで、結婚のときに隣の県から引っ越してきた(つまり、マスオさん状態)以外は一度も引っ越したことがありません。

 

かたや私は、25歳まで実家暮らしだったものの、結婚してから頻繁に引っ越しを繰り返して、ほぼ2年毎に住まいを変えています。

 

それも、国を超えて引っ越すこともあり、その場合は海外で仕事を見つけます。

 

転職も多くて、今の会社で5社目です(海外に来ると、日本人でも2~3年で転職するのは当たり前です)。

 

こんな状態なので、親と価値観が合うわけがなく、昔から衝突を繰り返してきました。

 

とはいえ衝突をするようになったのは20歳前後からで、10代の頃は親が全て正しいと思いこまされていたので、自分の考えを封印していました。

 

親は典型的な昭和型の人で(昭和生まれ昭和育ちなのだから仕方ないですが)「一流大学、一流企業へ行くのが良い人生」という考え方でした。

 

新卒で入社した会社で定年まで勤めるのが当たり前です。

 

20代で親が間違っていると気づいて反抗するようになった後は、逆に「生まれ育った土地から引っ越さない人生なんて、視野が狭いしつまらない」と親の価値観を全面否定して反抗していました。

 

「自分の価値観に従って生きる」を飛び越えて「自分の価値観を親に押しつける」をし始めたのが20代です。

 

しかし30代になって色んな経験を積み重ねると、海外に住んでいる人が必ずしも視野が広いわけでもないし、日本から出たことない人が必ずしも視野が狭いわけでもないと気づきました。

 

「海外では~」を繰り返す、いわゆる「海外出羽守(ではのかみ)」や「日本は終わりだ~」を繰り返す「日本尾張守(おわりのかみ)」などは、典型的な視野の狭い人です。

 

そう気づいたときに、「私は手に職をつけて、新しい経験や刺激を求めて職場や住まいを転々とするのが好きだけど、同じところにずっといるのが安心する人もいるんだ」と理解しました。

 

親が自分の価値観を私に押しつけてきたことは困りましたが、親は親の価値観や生き方があるので、親が一度も海外旅行をしたことがないからと言って「視野が狭くてつまらない人生だ」と決めつけるのは視野が狭いと納得しました。

 

「私は私の好きなように生きるので、親の価値観を押しつけられるのは断固拒否するが、親は親で幸せな人生なんだろう」と思えるようになったら楽になりましたね。