自分らしさを大切に -450ページ目

ダーウィンの法則

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この写真の中にカエルが写っている。

すぐにはわからなかった人、意外に多いのではないか。

無理もない。
うしろの壁の色とそっくりなんだから。

私だって、初めて見たときはわからなかった。

このカエル、数日前からここを動かない。
自宅のポストの上が、そんなに居心地いいのか。

またなんでこんなところを根城に?

玄関の灯りにエサとなる虫がたくさん集まってくるからだろうか。

最初にこのカエルを見つけた娘の話によると、
もともとはこんな白色ではなく、カエルらしい緑色をしていたそうだ。

ここで暮らすうちに、うしろの壁にあわせた色に変えたらしい。

きっと、危険から身を守るために変えたのだ。
白色の壁に緑のカラダでは、あまりに目立ちすぎるからね。

やるじゃない、カエルくん。
私は、ダーウィンの法則を思い出したよ。

「強いもの、賢いものが生き延びてきたわけではない。
 変化に対応し、環境に適応できたものだけが生き延びてこられた」

コレって、会社にもいえることなんだよなあ。

変わるって勇気のいることだから、ついそのままでいたくなる。
でも、マズイと気づいた頃にはもう手遅れなのだ。


ぬるま湯につかっているうちに、ゆでガエルになってしまう例えもあったな。

これだって、自分のまわりの身近な変化に反応できないが故の悲劇だ。

今日は、カエルづくしの教訓の日になった。

いい勉強になった。

ケロッと忘れないようにしよう。

会社を創業したばかりの頃の、なんでもスポンジのように吸収した、
謙虚で柔軟性に満ちた気持ちにカエルのだ。

桑田さんのお見舞い

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Yさんは、筋金入りのアートコレクターである。

そして、旅を愛し、日本の風景を慈しむ詩人でもある。

美意識のかたまりのようなお方だ。

ときおり、旅先から、心が洗われるような美しい写真を短いメッセージに添えて、

ケータイで送ってくださる。


数日前までは、北海道の夕張から一日に一つずつ便りが届いた。

その日は、珍しくケータイに電話がかかってきた。
出張の合間に、東京ミッドタウンで一人コーヒーを飲んでいるときだった。


私が最近ゲットした、写真家ジョック・スタージスの作品について聞きたいことがあるという。


ひとしきり私が質問に答えたあと、今度は私がYさんに聞いた。


「ところでYさん、今日はどちらに?」
「鎌倉です」
「一人旅ですか?」
「お見舞いなんですよ」
「わざわざ」
「ええ、桑田さんのね。大切な方ですから」

「どちらの桑田さんでしょう、紹介いただきましたか?」

「まだでしたね。でも岡田さんもよくご存じのはずですよ」

「はあ・・・」と私。


すこし間があって、Yさんがボソッとつぶやいた。


「サザンの桑田さんです」
「えっ!」

私は、あっけにとられて次の言葉が出てこない。

「退院されたんですよ、それで自宅にお見舞いに」


ちょっとYさん、待ってくださいよ。

そんなスゴイこと、淡々と言わないでくださいよ。


私は思わず心の中でそうつぶやいた。


詳しく詮索するのは下品なので、自分から質問するのは控えたが、

大学時代のクラブの先輩と後輩の間柄であることをYさんが教えてくれた。


その話はもうそれっきり。


今度は、Yさんの大好きな写真家ラリー・クラークの話になった。


Yさんが熱く語るラリー・クラークの話に相づちを打ちながら、

私の頭の中はサザンの桑田さんのメロディがずっと流れていた。


桑田さん、一日も早くよくなってください。


そしてYさん、

今度お見舞いに行くときは私も誘ってください。









社会人スタートの街


東京出張で訪問先の最寄りの駅で降りる。


地下鉄銀座線外苑前駅。


着くまで気づかなかったが、この駅は私が新卒で入社した会社、

株式会社オズマピーアールの最寄り駅でもある。


懐かしくなってちょっと訪ねてみた。


会社はとうに移転したと聞いているが、ビルは健在だ。

エントランスの雰囲気など、むかしのままだ。


うれしくなる。


訪問先に向かう道すがら、よくランチで通ったパスタ屋も見つけた。

競争の厳しい飲食店で今も続いているなんて、スバラシイ。


またうれしくなる。


そして、すこし歩くと、見覚えのあるファッションブティックの看板が目に飛び込んできた。


当時の私の給料では靴下ぐらいしか買えなかったが、店のことはよく覚えている。


二十数年前にタイムトリップした気分だ。


こんなステキな街で働いていたのに、人生の中でいちばん心に余裕のなかった

時代なので(新人の頃はみんなそうですよね)、街の行動範囲は極めて狭かった。


いまさらながら、そのことに後悔している。


しかし、南青山で社会人の第一歩を踏み出した思い出は、

私の記憶に深く刻み込まれ、何年経とうと色褪せることがない。


当時は辛かったことも、一生懸命がんばった達成感が記憶に残っていれば、

いつか、自分の人生にとってかけがえのない財産になるのだ。




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