Emotional Rescue. -305ページ目

ショート・カット

■マッキントッシュのシェアというのは、正確な数字はわからないけど相当に低いらしい。噂では20%もいかないとか。先日、とある仕事でWinを使う機会に恵まれたが確かにWinのほうが実務的な感じはした。
■本格的にPCを使ったのがマックだったからか、ぼくはマックのほうが何となく好き。ありきたりの褒め言葉だけど、常に1歩前を歩かれてしまってニヤリとさせ続けさせるとこがある。
■Winにもあったはずだけど、ショート・カットという機能はかなり人間くさいとぼくは思っている。どんなアプリケーションに対しても同じ操作によって同じ効果が反映されるというところが…。
■どんな物事や人間に対してでも、自分の性格や喋り形が出てしまうのと似ている気がするのだ。
■…Winにあるかどうか知らないけど「コマンド+Q」でアプリケーションが終了するというのが好きだ。
■なぜなら、キーボード上で一番使わない「Q」をユーザーに使わせるところがいい。手元に英和辞典がある人は確かめてほしいけど、「Q」は項目が一番少ないし、単語数も少ない。おまけに「Q」で始まる単語は次の綴りが「U」って相場が決まってて面白みがない。
■その「Q」を表舞台に立たせる(!?)マッキントッシュが何となくぼくは好きだ。このテキストももちろん「コマンド+Q」で終了していく…。

エネルギー

■大宮アルディージャとアルビレックス新潟の2003・J2開幕戦。このゲームを振り返ったドキュメンタリーを見た。ゲームのポイントとなった黒崎が新潟のFKを距離不足で邪魔してしまい、2度目の警告を受けて退場する場面。裁定に対する大宮・菅野監督の回顧がとりわけ強烈である。
■「何て言うかな、サッカーのおもしろい部分を削ぎ取られちゃったって言うのかなぁ」。
■さて…少し前の話だが、俳優のレスリー・チャンが亡くなった。
■『ブエノスアイレス』(97年)という映画で、同性愛者の役を演じた彼が本当に同性愛者だとぼくは知らなかった。しかし「だから彼はあんなに上手かったのかぁ」と納得はできない。
■なぜなら、同性愛が彼にとっては日常だったわけで、ノーマルの性分のぼくが女性を愛する役を俳優としてやれと言われたら、それは酷な話だから。
■ウォン・カーウァイが監督をした『ブエノスアイレス』は、ぼくの好きな映画の1つ。画面がモノクロ・ワイドからカラー・4×3に途中から転換していることを気づかせない映画をぼくは他に知らない。
■「映画嫌い」を公言しているぼくでも、この作品は高校3年の時に受験勉強をサボって公開初日に観に行った。コマ落とし再生されて終わるラストシーンにノックアウトされた覚えがある。
■「この映画は240時間以上撮影したんだ。だから、私は1つの、100分超のブエノスアイレスを形にしたに過ぎないんだ」…そんなことを監督は、のちにサラッと語っている。

野球少年だった頃の記憶

■「テレビで観るよりオッサンじゃないか」。
■当時のぼくの目にはそのように写った。ビールで貯えられたふうに見えるだらしのない腹、ストッキングの上に「とりあえず」穿いたようなユニフォーム。そのオッサンはガニ股で、のそのそと右バッターボックスへ向かう。
■マウンド上には大洋ホエールズの遠藤がいた。ストレート主体のかっこいいエースピッチャーだった。プロ野球初観戦のぼくにとって、遠藤のスタイルとエースとしての風格は想像以上だった。
■そのオッサンへと遠藤は初球、気持ちの良いストレートを投げた。オッサンの手はまるでタイミングを掴みきれない感じでで空を切った。おいおい、とぼくは思う。「それじゃ、ファミスタの数字が嘘なのかい?」と。
■2球目だった。遠藤が緩い変化球を投げた瞬間、オッサンはオッサンじゃなくなった。腰を球に合わせてロックし、ミートする瞬間だけ「!!」という氣を見せた。「カキーン」といい音がすると、打球はオッサンが得意技としているライト方向へとぐんぐん伸びていった。
■ホエールズの屋敷は一瞬でその打球を追うのを止めた。ボールがスタンドに入ると球場が湧いた。ぼくは外野スタンドから内野へと視線を戻すと、そのオッサンはさっきのようにだらしのない雰囲気でふてぶてとベースを一周した。
■ぼくはそのワンプレーでオッサンの虜になった。帰り道、中日ドラゴンズのキャップを父にねだったのは言うまでもない。
■オッサンの名はもちろん、落合博満といった。