22歳の女性、未経妊。無月経と挙児希望を主訴に来院した。クロミフェンでは排卵が起こらず、ゴナドトロピン療法を行った。両側卵巣が径15cmに腫大し、胸水と大量の腹水との貯留を認める。一日尿量は300ml。血液所見:赤血球500万、Hb 16.5g/dl、Ht 55%、白血球 19000。血液生化学所見:LH 35.8mIU/ml(基準1.8~7.6)、FSH 10.5mIU/ml(基準5.2~14.4)。
治療として適切なのはどれか。2つ選べ。
a.輸液 b.ドパミン投与 c.高浸透圧利尿薬投与
d.副腎皮質ステロイド投与 e.ヒト絨毛ゴナドトロピン投与
正解:a,b
<今回の要点>
①不妊治療において卵巣刺激が強すぎると、卵巣過剰刺激症候群(OHSS)を起こす
②OHSSは多様な症状を認めるが、本質は「血管透過性の亢進」である
③OHSSの状態で妊娠すると、hCGの作用で病態がさらに加速する
これは卵巣過剰刺激症候群(OHSS:ovarian hyperstimulation syndrome)ですね。
不妊治療をしていなければ起こることはない疾患です。
読んで字のごとく、卵巣を過剰に刺激することによって生じる症候群です。
症候群とは、同時に起こる一群の症状のことで、本疾患については、低蛋白血症、心不全、腎不全、呼吸不全、血栓塞栓症、卵巣茎捻転などが挙げられます。
このうち一つでも起こったら大変なのに、同時にこんなに起こったら悲惨そのものですね。
ですので、絶対に起こしたくない疾患です。
さて、ではどうやってこの疾患が起こるのか、解説します。
本問のように、不妊治療では卵巣刺激のためにゴナドトロピン製剤を用います。
ゴナドトロピンとはFSHとLHのことでしたね。
この2つのホルモンを投与する治療ですが、目的は卵胞発育です。
FSHと類似的に合成されたhMG製剤(human menopausal gonadotropin)というものを使用します。
閉経後の女性はFSHが上昇することに目を付け、閉経後の女性の尿を材料にしています。
「クロミフェンでは排卵が起こらず、ゴナドトロピン療法を行った。」と書いてある通り、クロミフェンよりゴナドトロピン療法の方が強い刺激となります。
クロミフェンの作用機序は、キスペプチンニューロンのエストロゲンレセプターに競合的に結合することで、ネガティブフィードバックが起こらないようにし、FSHの分泌低下が起こらないようにする(結果的にFSHの分泌量は増加する)、というものです。
簡単に言えば、エストロゲンの濃度が低い、つまり卵胞が発育していないと脳に錯覚させ、FSHの分泌を促す、というものです。
分泌されるFSHはあくまでも自前なので、そこまで大量のFSH分泌には結びつきません。
しかし、ゴナドトロピン療法は違います。
なにせFSHそのものを投入しようというのですから、言ってみれば青天井です。
]およそ脳からは分泌されえない量のFSHが血中に大量投入されます。
すると、卵胞がどんどん発育します。個数もお構いなしにどんどん増えます。
このエコー写真、黒い袋がたくさんありますが、これが全部卵胞です。とんでもない数ですね。
しかも、この写真はあくまで平面なので、3次元でみるとさらに多くなります。
この卵胞すべてからエストロゲンが分泌されるわけですが、エストロゲンは肝臓を通過する際、凝固因子の産生を促進させ、アンチトロンビンⅢとプロテインS(ともに凝固抑制因子)を低下させる働きがあります。
その結果、凝固能が亢進します。
最初に述べた症候群の中に血栓塞栓症があるのはこのためです。
ちなみにエストロゲンは、エストリオール(E3)という形で妊娠中もずっと胎盤から出続けます。
よって妊婦は誰でも凝固能亢進状態です。これは、「出産における大量出血を回避するため」の準備だと考えればよいでしょう。
しかし、OHSSの原因となるのはエストロゲンだけではありません。というか、もっと重要な物質が卵胞からは分泌されます。
それが
VEGF(血管新生因子:vascular endothelial growth factor)
です。
VEGFはその名の通り、毛細血管の新生を促すのですが、それだけではなく、血管透過性を上昇させるという働きも持っています。
血管透過とは、血管から周囲の組織へ水分や栄養分が移動することです。
人間社会でいえば、血管とはいわば道路のようなもので、細胞とは各家庭のようなものです。
すべての細胞が水分や栄養分や酸素を必要としていますので、血管を介してそれらの物質を運搬し、それぞれの細胞に配布しなくてはなりません。
これが血管透過という現象ですね。
VEGFはこの現象を加速させる物質というわけです。
なぜ卵胞からVEGFが分泌されるのかは分かりませんが、妊娠に際して子宮がより多くの栄養を必要とするからだと考えればいいかもしれません。
胎児という、凄まじく成長する存在をこれから抱えるわけですからね。
栄養は通常モードより大量に必要になります。
栄養を運ぶための血管をどんどん作り、運んできた栄養を荷下ろしするために血管透過性を高めるわけですね。
(余談ですが、癌細胞も爆発的な増殖力を持っており、自らVEGFを分泌して自分のところに血管を引っ張ってきます。これにより栄養をたくさん自分に供給するように仕向けているわけですね。これに目をつけた治療薬がVEGF阻害薬であるベバシズマブ(商品名アバスチン)です。)
VEGFが血管透過性を高めるがゆえに、血管内からどんどん血漿成分が漏れていきます。
この現象こそが、OHSSの本態です。
本来、栄養の供給先である組織内でのみ荷下ろしできればよいのですが、あまりにもVEGFが分泌されすぎるので、そこら中の血管で透過性が亢進してしまうのです。
すると循環血漿量が減少するので、体の至るところで血液不足になります。
それをなんとかしようと、心臓は頑張って拍動しますが、いずれ疲弊して心不全になります。
また、肺の血管で透過性が亢進すれば肺水腫になり、呼吸不全になります。
腎臓を通過する血液が少なくなれば、腎不全になります。
さらに、血管内脱水の状態で上記のエストロゲンによる凝固亢進状態が上乗せされると、血栓ができます。
これが各臓器の血管分岐部に詰まったりすると、その先は血流が途絶えるので機能不全になります。
さらに副次的な現象として、卵巣茎捻転があります。
血管から漏れ出た血漿が腹腔内に溜まる(腹水)と、腫大した卵巣が回転するスペースが生じてしまい、捻転しやすくなるからです。
卵巣茎捻転が起こると激痛です。卵巣動静脈がねじられるので、卵巣への血流が途絶え、じきに壊死します。
まさにカオス。OHSSがいかに大変かお分かりいただけたでしょう。
さて、ここで問題に戻ります。状況を1個1個確認しましょう。
22歳の女性、未経妊。無月経と挙児希望を主訴に来院した。クロミフェンでは排卵が起こらず、ゴナドトロピン療法を行った。両側卵巣が径15cmに腫大し、胸水と大量の腹水との貯留を認める。一日尿量は300ml。血液所見:赤血球500万、Hb 16.5g/dl、Ht 55%、白血球 19000。血液生化学所見:LH 35.8mIU/ml(基準1.8~7.6)、FSH 10.5mIU/ml(基準5.2~14.4)。
治療として適切なのはどれか。2つ選べ。
a.輸液 b.ドパミン投与 c.高浸透圧利尿薬投与
d.副腎皮質ステロイド投与 e.ヒト絨毛ゴナドトロピン投与
両側卵巣が15cmというのは、相当な大きさです。通常の卵巣は3~4cmくらいですから。
胸水と腹水の貯留があるというのは、血管透過性が亢進した結果、漏出したからですね。
一日尿量が300mlというのは、めちゃくちゃ少ないです。これは血管内脱水で腎血流量が少ないことを意味します。尿量の正常範囲というのは、どれだけ摂取したかでもだいぶ変わりますが、概ね1時間で自分の体重/1000くらいですね。つまり、50kgの人なら1時間50g(50ml)で、1日1200mlってとこですかね。
Hb 16.5g/dl、Ht 55%というのは、いずれも高い値です。これらは赤血球の濃度を反映しますが、赤血球の数自体が多いわけではなく、溶媒(血漿)が少ない、つまり血液濃縮状態であることを意味しています。
LH 35.8mIU/mlという値は、LHサージの直前という感じですね。LHはサージが起これば40~100mIU/mlくらいまで上昇します。
この問題で大事なのは、「OHSSで血管内脱水しまくっている」ということが分かることです。
各選択肢を見てみましょう。
a.輸液:これは〇ですね。血管内脱水しているので、血管内に水分を入れるのは当然のことです。腹水と胸水があるのに輸液するというのは、直感的には逆のように思えるでしょうが、大事なのは血管内の水分が足りているかどうかなので、この場合は必要です。
b.ドパミン投与:これも〇です。厳密には低用量ドパミンですね。ドパミンはいたるところに受容体がありますが、低用量(0.5~2.0γ)では腎臓の受容体に結合して腎血管を拡張し、腎血流量を増加させます。腎血流が不足していると腎不全になるので、それを回避するためですね。
c.高浸透圧利尿薬投与:これは×ですね。直感的には腹水とか胸水とか抜くのに利尿薬がよさそうに思いますが、血管内はあくまで脱水状態なので、利尿薬を使ってしまうとさらなる血管内脱水を引き起こすだけです。
d.副腎皮質ステロイド投与:これは数合わせの選択肢でしょう。こんな治療はしません。仮に投与したら病態を加速させる方向に進むと思われます。というのも、副腎皮質ステロイド製剤は主にコルチゾール、製品によってはアルドステロンを含みますが、これらはいずれも血管透過性を高める作用を持っているからです。よって×です。さらに言えば、実は卵胞からはアンジオテンシン変換酵素(ACE)も分泌されており、結果的にアルドステロンが合成されます。つまり、卵胞が多ければ多いほどアルドステロンが増えるということであり、これはOHSSの病態に寄与すると考えられています。
e.ヒト絨毛ゴナドトロピン投与:これは最悪です。ヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG:human chorionic gonadotropin)は、VEGFの発現を高めることが分かっていますので、病態を加速させます。不妊治療では、卵胞が発育したところでhCG製剤を投与するのが一般的です。なぜなら、hCGは非常にLHに構造が似ているため、hCG製剤を投与することで疑似的なLHサージを作り出し、排卵させることができるからです。つまり、不妊治療においては欠かせない製剤なのですが、気を付けないとその行為がOHSSの引き金になってしまうわけです。さらに、この状態で妊娠成立してしまうと、胎盤から延々とhCGが分泌され続けるので、ずっとOHSSの状態が続くという、悪夢のような状況が生まれます。体外受精であれば、OHSSになりそうな場合は、採卵で獲得した卵子を体外受精させたあとに子宮に戻さず、全部凍結させてしまえば、じきにOHSSは収束するので、その後で改めて移植すればいいのです。しかし、タイミング療法や人工授精の場合はそのまま妊娠に突入するので、クロミフェンの内服などで思ったより卵胞が多く発育したような場合は、hCGを投与してはいけません。
p.s. OHSSは、不妊治療をする上で最も警戒しなくてはならない合併症です。やはり、過ぎたるは猶及ばざるが如しですね。なんでもやりすぎはよくない。バランスが大事ってことです。
次回は103A22「確実な避妊法」です。
(次回の問題)
103A22
38歳の女性。5回経妊、3回経産。確実な避妊法を求めて来院した。最近2年の間に、望まない妊娠のため2回人工妊娠中絶手術を受けた。将来の挙児希望はない。3年前から、収縮期血圧が160mmHgを超える高血圧を指摘されているが放置していた。喫煙は20本/日を18年間。避妊方法として適切なのはどれか。
a.ペッサリー b.コンドーム c.周期的禁欲法
d.経口避妊薬(ピル) e.子宮内避妊器具(IUD)