僕はひたすら本を書いている

恥も外聞もなくひたすら本を書いている


医者として本を書いている

国民として本を書いている

人として本を書いている

弱者として本を書いている


患者のために本を書いている

国民のために本を書いている

僕のために本を書いている

すべての人のために本を書いている


本当を伝えるために本を書いている

本音で本を書いている

実名で本を書いている


拙い文章を顧みず本を書いている

美しくもない本を書いている

手を替え品を替え本を書いている

見境もなく本を書いている


「別に作家でもないのだからそれでいいのだ!」と、

自分に言い聞かせながら本を書いている


出版社を言いくるめながら本を書いている

編集者を抱きこみながら本を書いている


1人でも多くの人に読んで欲しいと願って本を書いている

それが僕の使命だと信じて本を書いている

せめて自分のできることをと本を書いている


みんなが元気で長生きできればそれでいいいと思って本を書いている

これは有名なハムラビ法典の一節

いつかどこかで聞いたことがあるはず

確か「やられたらやりかえせ・・・!」

という時代遅れの野蛮な法律では?


いやいや、もともとはそんな趣旨じゃないらしい

むしろ倍返しなど過剰な報復は控えましょうという

いたって穏当な法典ともいえる?!


それはともかく

今の日本の刑法のほうがよほど野蛮ではないのかと

いささかそんなふうに思うのは僕だけだろうか?

今の社会、結局は、やったもん勝ち、やられたもん負け


人殺しにも

更生のチャンスを

寛大なお裁きを

死刑なんか野蛮だ


???


殺された人に生き返るチャンスがあると言うのならまだ分からなくもないが

でなければ人殺しだけにチャンスを与えるのは不公平この上ない

と考えるのが自然では?


社会は殺された人の代弁者になるべき責任がある

だとしたらむしろ倍返しでもちっとも野蛮とは僕は思わない


建前論やきれいごとはともかく、ぶっちゃけ

自分が殺されたとしたらどうだろう

どんなお裁きなら納得できるだろう

もちろんどんなお裁きでも納得はできるはずもないが

せめてせめて、死刑は絶対に譲れないのでは?!

となれば死刑判決になんらためらいはないはずだが

死刑論議に疑問を持つのは僕だけだろうか??

木耳、特に黒木耳をもっと食べたほうがいいみたい!

黒木耳屋さんの回し者でもなんでもないが

なんならいっそのこと黒木耳屋さんでもやってみたいそんな心境



ところで木耳って?

さっと“きくらげ”と読めない日本人も今や多いのでは?

“きくらげ”というからにはくらげの一種??

確かに食感はくらげによく似ているけれど・・・

日本のどこにでも生息するごくごくふつうのきのこ



日本人にはあまりなじみのないこの黒木耳

中国の人は思いのほかよく食べるという

それは数年も前から親しい中医師からよく聞かされていた



彼が来日するたびにいつも言うことがある

なんで日本人は黒木耳を食べないのかなぁ?

黒木耳もきのこの仲間だから体にいいのはよくわかるが・・・

手軽で栄養が豊富でしかも安く手に入るものなのに?

そんなこと知らないよと言いたいところだが

今回は聞き流さないことにした



彼は中国で多くのがん患者さんを治療している

しかもがん患者さんにはこの黒木耳を必ず薦めるというではないか

・・・それをはやく言ってくれないと・・・!



免疫力が高まる

抗がん作用がある

がん予防効果がある

脳梗塞予防効果がある

心筋梗塞予防効果がある

デトックス効果がある

抗老化効果

美容効果

・・・


あらためて調べてみると確かにいかにもそのとおり

黒木耳には申し訳ないが今まで見損なっていた

調べれば調べるほど黒木耳を食べないと損をするような気に


自分の不勉強を棚に上げ・・・

もっと隣人の智慧に耳を傾けなければ日本人は損をするかも

と嘯く