夢を持ち目指すことはすばらしいと多くの人は言うけれど・・・?


夢を持ち目指すということは、

きっと今よりももっと高みにいる自分のほうが幸せだということに?

だとすると、今はあまり幸せでないと感じていることになるのかも?


夢がでかいということは、かなり上の高みを目指すということになる

ということは、今はかなり下のほうにいることになるのかも


それはとどのつまり、今はかなり不幸だということになるかもしれない


幸福を目指すということは、今は幸福でないということの裏返し


いっぽう、

夢を持たないということは目指さないことかもしれない

夢を持たないということは夢を持つ必要がないということかもしれない

夢を持たないということは目指す必要がないということかもしれない


目指す必要がないということは、今は頂点の極みにいるということかもしれない

目指す必要がないということは、今は幸せの絶頂にいるということかもしれない

目指す必要がないということは、今は夢がかなっているということなのかもしれない


ということは常に大きな夢を持ち目指し続けている僕などは、

不幸の極みということになるかもしれない

であればいっそのこと夢を持たず目指すことをやめると幸せになれるのかもしれない


なるほどなるほど・・・・これが達観か、これ足るを知るということなのか??

病気の人にぜひ読んで欲しい

体調が心配な人にぜひ読んで欲しい

元気で長生きしたい人にぜひ読んで欲しい

お年寄りにもぜひ読んで欲しい

働き盛りの人にもぜひ読んで欲しい

お母さんたちにもぜひ読んで欲しい

若い人たちにもぜひ読んで欲しい

メディアの人たちにもぜひ読んで欲しい

この国の医療を決める偉い人にもぜひ読んで欲しい

この国の行き方を決める偉い人にもぜひ読んで欲しい


いささか手前味噌で恐縮だが

どれもこれも読み応えのある本だ!と


自負しているのは僕だけかもしれないが

少なくとも元は取れること請け合いである


ところが、ところが

この国の医療を決める偉い人たち

この国の行き方を決める偉い人たち

そんな偉い人たちはあまり僕の本に興味がなさそうだ・・・・


そういえばはるか昔にも・・・・

ダイエットのセミナーを仲間の医者たちと開催したことがある

もちろん多くの人たちが参加してくれた


ところが、ところが

なぜか肝心要のデブの参加者はほぼ皆無であった


・・・だからデブは今のままなのかと?!

・・・だから日本の医療も今のままなのかと?!


そんな失礼なことが頭によぎる今日この頃である

年賀状のやりとり

確かに風情はあるのだが

よりによって暮れの押し詰まったこのくそ忙しい時期に

すこぶるじゃまくさくかつわずらわしい習慣でもある

いつもそう心の中でくさりながら

あいも変わらず年賀状の準備をする自分の姿に

滑稽さと哀れみを感じるのは僕だけだろうか


年賀状を出し始めて数十年

飽き性の僕がめずらしくずっと続いている

取りたてて年賀状を書きたいわけでもなく

書くこともない

取りたてて年賀状が欲しいわけでもなく

来ないと寂しい気がするかも

と思ってかどうか

いっそみんなでやめればどれだけせいせいすることかと思いつつ

なんとなく気もそぞろに強迫観念にかられて書いてしまう


・・・もっとも最近はパソコンのおかげでだいぶ助かってはいるが

コピペで一瞬にして年賀状の量産なんて

それも何か味気なく拍子が抜けたような感じで

物足らないような・・・?

だとしたらよけいに要らない風習のような気がしてならないが・・・?


などと、

よりによって暮れの押し詰まったこのくそ忙しい時期に

いろいろ心を煩わしてくれる不思議でやっかいな風習でもあるのかもしれない