信号無視は悪いことである

そんなことは常識中の常識

子どもにもわかる道理ではないか

ごもっとも


無政府状態はよくないことである

そんなことは常識中の常識

子どもにもわかる道理ではないか

・・・子どもにはちと難しいかもしれないが

ごもっとも


もしも信号機が壊れていたら?

もしも車が信号機を無視してきたら?

ばか正直に信号に従った人はとんでもなことになるかも


もしも政府が壊れていたら?

もしも政府が国民を無視して暴走してしまえば?

ばか正直に政府にしたがった人はとんでもなことになるかも


だったらいっそのこと信号を無視してしまえば

自立した人だったら

あやふやな信号などに頼らず

自分の目で危ないかどうかを確かめて横断するだろう


だったらいっそのこと政府など無視してしまえば

自立した人だったら

あやふやな政府などに頼らず

自分で頭と良心に従って自分の道を歩むだろう


信号など無視したほうがよほど安全

政府など無視したほうがよほど快適


なまじ中途半端な政府があるおかげで、

人は危なくて、おちおち世間を渡ることもできない

信号はやはり無視するに限る

快適!快適!


“ロマンティックなおじぃとおばぁになろう!”

いまはやりの「おふたりさま」のさびのフレーズ

このフレーズを載せたその軽快なメロディーがあまりにも心地よく

このフレーズが心にはいやに奇異に響いてくる


あまりにもうそくさい?

あまりにもあざとい?


そんなふうに齢を重ねることができるならば

きっと幸せには違いないが

果たしてどれほどの人たちが

その幸せをつかめるというのだろうか


ふと現実に目をやれば

その確率たるや限りなくゼロに近そうな

実に暗澹たる気分にさせられる昨今


人生、終わりよければすべてよしと言うわけでもないが

人生、終わりが悪ければお話にもならない


でもそんなお話にもならない人生の終わりが

めずらしくもなんともないとしたら

それはけっこう悲しいものがある


人生、ずっとよければそれに越したことはないが

人生、せめて終わりくらいはハッピーエンドを望みたい


そのせめてもの願いくらいは叶えることのできる

それくらいの医療はと僕はめざしてはいるのだ

それが医療の最低必要条件ではあるまいか?!

「民主主義が行き詰まっている!」

「民主主義が危うい!」

新春テレビである識者がさかんにまくしたて

多くの人たちがその識者に賛同しているような雰囲気に・・・


民主主義は行き詰まっているのだろうか?

民主主義は危ういのだろうか?

それは何かの勘違いではなかろうかと耳を疑う

僕には民主主義はちゃんと機能しているように思えるが


確かに社会は行き詰ってきたのかもしれないが

民主主義は一向に行き詰まったりはしていないはず


そもそも民主主義とは

民が“賢く振舞う”という希望的な観測のもとで

はじめて社会がちゃんと機能することになるシステム

もしも民が“賢く振舞わなければ”どうなるのか

その結果はおのずと明らかである

今のような社会になるだけの話

なぜなら幸か不幸か民主主義はなんら行き詰っていないから


これからも民主主義はもう行き詰ることはないだろう

問題は私たち民が振舞う、その賢愚の如何?

私たち民が愚かであればこそ

社会が行き詰るだけの話である

なぜなら私たちが選んだ民主主義なのだから