自然災害はいつも理不尽

有無を言わさず無辜の民を一瞬にして飲み込んでしまう

その無慈悲で容赦ないさまに

怒りを感じてしまうのは僕だけではあるまい

しょせんは自然(神様)には逆らえない

そんなことは分かってはいても

その理不尽さにはとうてい納得がいかない



だったらいっそのこと

自然(神様)をコントロールしてやろうと

暴挙に出る愚かな思いつきもまんざらわからなくもない



自然災害は愚かな暴挙への天罰である

愚かな人間どもへの怒りである

と、したり顔で言う輩も出てくるのも無理からぬことか

それが正しいのかもしれないが

そんなふうに悟りたくはない

悲しすぎる



自然(神様)は絶対であり、万能である

どうあがいても抗うことはできない

そんな悟りは要らない

むなしすぎる



往生際が悪いのかもしれないが

せめてもう少し神様には賢くなってもらいたい

でないと僕は譲れない



百歩譲って天罰も怒りもありとしよう

だとしても東北はありえない

怒る相手が間違っている



せめてもう少し神様には賢くなってほしい

切にそう願う今日この頃である

さすれば自然(神様)とやらに従ってやってもいいかもしれない








この十年近くなぜかペペロンチーノにはまっている

イタ飯屋に入るとまずはペペロンチーノを注文してみる

何の変哲もない単純な味だが、それだけに下手な小細工はきかない

だからこそ奥が深いんだと屁理屈をこねながら

好き勝手にイタ飯屋の品定めをする

それが面白いほどよく当たるから実に快感!


ペペロンチーノのまずい店は他の料理もNGという都市伝説はやっぱり本当だったのだ

とかなんとかまるでイタ飯屋ソムリエよろしく

独断と偏見で言いたい放題

その独断と偏見も年季が入いると真実に近づくのか

最近ではイタ飯屋の目利きを頼まれることも少なくない


くしくも、せんだってイタリアへ行った時に興味深い話を聞いた

そのお店がうまいかどうか外国人でも簡単にわかる方法があるという

それはペペロンチーノ頼んでみればいい

しかし本場イタリアのメニューにはペペロンチーノはない

したがって快く作ってくれる店ならほぼOK

なんだかんだと快く作ってくれない店はNGだと

なるほど・・・それなら合点のいく話だ


昨今は街のいたるところにイタ飯屋が・・・

となると、ひょっとして日本でイタ飯屋ミシュランなどを出せば

ヒットするかも?

と、そんな下司な妄想にかられながらも

イタ飯屋の品定めに余念のない、はなはだ小市民的な僕である

マージャン、たまたま自分が勝てば、たまたま誰かが負けている

資本主義、たまたま自分が大儲けすれば、たまたま誰かが大損している


だからなのかもしれないが

誰もが勝ち組をめざす

子どものころから勝ち組をめざす

親たちもこぞって勝ち組をめざせと駆り立てる

勝ち組は善、負け組は悪

そう教えられて人は大人になる


時には競争も必要かもしれないが

でもそのあとがいけない


負け組がいるからこそ勝ち組になれる

たまたま競争に勝っただけのこと

とすれば勝ちすぎた人は罪人であるともいえる

だとしたら罪滅ぼしをしなくてはいけない

そんな当たり前のことを誰も教えてはくれない・・・?


マージャンは負けたくない

さりとて勝ちすぎても心が痛む

俺のせいですっからかんになっている奴がいる

そうだ今夜は俺のおごりで飲みにいこうぜ

するとほろ酔い加減でみんなすっからかん

いつの間にやら、みんな晴れ晴れとした気分で家路へと


どうせなら、資本主義も、マージャンよろしく、もっと大らかに競争したいものだ?!

勝ちも負けもとどのつまりはたまたまなんだから・・・。