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刑事弁護人の憂鬱

日々負われる弁護士業務の備忘録、独自の見解、裁判外の弁護活動の実情、つぶやきエトセトラ

「司法取引なんて法律には書いていない…改正刑訴法における合意制度と刑事免責制度」

 

 各ニュース報道によると、本年(2018年)6月から、平成28年改正刑訴法による「司法取引」が施行されるという。朝日新聞 毎日新聞 産経新聞 

ニュースは、わかりやすく伝えるため「司法取引」と報道するが、正確には、改正刑訴法上、文言としては「司法取引」というのはなく、「証拠収集等への協力及び訴追に関する合意」制度(改正法350条の2乃至350条の15)というのが正確な法律用語である。

 

 この合意制度は、特定の組織的な経済犯罪、薬物犯罪などについて、検察官、被疑者・被告人が、弁護人の同意を前提に、被疑者・被告人の共犯者等他人の刑事事件に関する供述・証拠提出など協力行為をする代わりに、検察官が被疑者・被告人の刑事事件を不起訴にしたり、軽い罪名で起訴したり、軽い刑で求刑するなどの取り扱いを内容とする合意である。

その理論的根拠は、検察官の訴追裁量権(刑訴法248条)に求められ、被疑者・被告人の協力行為が「犯罪後の情状」として考慮されるものと解されている(松本=土本=池田=坂巻編・条解刑事訴訟法第4版増補版1329頁参照)。

 

 また、組織犯罪の共犯者に関する供述、同時にそれが証人自身の不利益供述になる場合、

証人が証言拒絶権(自己負罪拒否特権)を行使し、証言(供述)を拒否する場合、不利益供述を証人の刑事事件の証拠として用いないことを条件に証言拒否権(自己負罪拒否特権)を喪失させ、証言を強制する刑事免責制度も平成28年改正刑訴法の目玉である(改正刑訴法157条の2乃至157条の3)。これは、一見、証人に免責付与と証言強制がセットになっているので、司法取引(合意)のようにみえるが、証人の意思に関わりなく、免責を付与して証言(供述)を強制するものであり、証人との交渉、取引は要件ではない(松本ほか前掲1341頁参照)。検察官の請求により、免責要件を満たすと判断されると裁判所による免責決定により、実施される。「合意」は不要なのである。

 

 以上、詳細は、別の機会に譲るが、20年くらい前は、実務家も研究者も司法取引や刑事免責制度は、日本の国民性に合わないと批判的見解が一般であった。ところが、今回の改正により、かかる制度が導入され、時代の変化を大きく感じることになる。

 ここ20年、刑訴法は、立法の時代であり、大きな変化が断続的に手続きの骨格を変えてきている。従来の制度との整合性や新たな問題点など議論は複雑化するが、昔の田宮先生の教科書のような、わかりやすい、かちっとした実務的にも理論的にも使える「体系書・基本書」が最近少ない感じがする。ミクロな枝葉末節ののみならずマクロな視点・考察で貫かれた本格的な本、誰か出してくれませんかね。最近はコンメンタールしか読む気がしません。判例通説のレジュメ本ばかりではつまらないですね。

訴訟代理人のつぶやき「民法改正ノートその4 定型約款その3(完)」

 

2 定型約款の開示

 

 (定型約款の内容の表示)

改正法第548条の3※

第1項「定型取引を行い、又は行おうとする定型約款準備者は、定型取引合意の前又は定型取引合意の後相当の期間内に相手方から請求があった場合には、遅滞なく、相当な方法でその定型約款の内容を示さなければならない。ただし、定型約款準備者が既に相手方に対して定型約款を記載した書面を交付し、又はこれを記録した電磁的記録を提供していたときは、この限りではない。」

第2項「定型約款準備者が定型取引合意の前において前項の請求を拒んだときは、前条の規定は、適用しない。ただし、一時的な通信障害が発生した場合その他正当な事由がある場合は、この限りではない。」

 

※定型約款の内容開示に関する方法

・定型約款準備者の定型約款内容開示義務(本条1項)

  ⅰ定型取引合意前又はその合意後相当の期間内に相手方から請求があった場合

  ⅱ遅滞なく、相当な方法で定型約款内容を開示する

  ⅲ例外:事前に定型約款を記載した書面又は電磁的記録(PDF、WEBサイトなど)を相手方に交付または提供した場合

 

 本条項は,相手方の請求を前提に事前または事後の定型約款準備者の定型約款内容の開示義務を定めたものである。相手方の請求を要件としているのは、請求がない不特定多数の相手方において全員に開示することは、事務的に煩雑であり、かつ開示を求めない相手方も約款取引では多いことなどを考慮したためである。

 開示は、みなし合意(組み入れ合意)の要件ではないが(但し、本条2項本文は例外)、「遅滞なく、相当な方法」での開示を義務づけることにより、相手方の保護を図っている。不開示、開示の遅れ等は債務不履行となり、定型約款準備者は損害賠償責任を負うことになる(415条)。

 相当な方法は、書面、電磁的記録、ウェブページでの公開など取引通念上、相手方が具体的に認識可能な方法を用いることと解される。

 この点、事前開示と事後開示を区別し、「契約締結前であれば契約締結前に知る機会があればよいとしても、契約締結後の約款内容を開示する「相当な方法」として求められるのは、常時確認が可能な状態を相手方に保障すること」と解して、事後開示はウェブページ公開では足りないという見解がある(沖野眞巳・「『定型約款』のいわゆる採用要件について」消費者法研究第3号149頁参照)。しかし、ウェブページも通信障害の場合は別として、公開されていれば、その物理的なプリントないし画面ハードコピーは可能であるから、常時確認が不可能なわけではない。事後開示がウェブページでなされたが、公開期間が極めて短く、プリントないし画面ハードコピーなど保存が困難なプロテクトが施されているような場合は、「相当な方法」とはいえないが(むしろ、実質上の不開示)、それは、事前開示の場合も同様であって、両者を区別する意味はない。事前または事後の実質上の不開示ないし拒否といえる場合の定型約款条項は、認識可能性が意図的に排除され、信義則上の不意打ちといえ、不当条項に該当すると解釈することにより、開示を実質上組み入れ要件として位置づける解釈運用も不可能ではあるまい(私見☆)。このことは、一歩進めて、事前の開示請求がなくても、あえて不利な定型約款条項を不開示にしていた場合に不当条項該当性の余地があることになる。例えば、鹿野菜穂子・「『定型約款』規定の諸課題に関する覚書き」消費者法研究第3号87頁は、「事前の開示をすれば常に548条の2第2項(みなし除外規定)の適用を免れるわけではないが、相手方からの請求がなかったからといって事前の開示もせずに相手方に不利な条項を定型約款の中に設けていた場合には、その条項の拘束力が同条によって排除される可能性が高くなる」という。

 以上の開示義務は、定型取引合意前に相手方に対して定型約款を記載した書面を交付し、又はそれを記録した電磁的記録を提供した場合は、免除される(本条1項但書)。事前開示の機会があったので、重ねて開示をする必要がないからである。

 

・定型約款準備者の開示拒否とみなし合意の規定排除(本条2項)

  ⅰ定型約款準備者が定型取引合意の前において開示請求を拒んだ場合

  ⅱ前条の規定(みなし合意)は適用しない。

  ⅲ例外:一時的な通信障害など正当な事由がある場合はⅱは適用しない。

 

 本条項は、定型取引合意前に正当な事由なく開示を拒んだ場合に、例外的にみなし合意(組み入れ合意)とならないとするものである。つまり事前の開示拒否を消極的な形でみなし合意(組み入れ合意)の要件としたものである。注意すべきは、相手方が事前に開示を請求しなかった場合、事後、開示請求をしたが定型約款準備者が拒否した場合は、本条項に当たらないことである(但し、不当条項該当性の問題は別途残る。例えば前述☆の解釈。さらに履行強制・損害賠償請求の余地があることは当然である。)。これは事前開示を全面的にみなし合意の要件化しなかったことから生じたアンバランスさといえる。

 

3 定型約款の事後的変更

 

  (定型約款の変更)

改正法第548条の4

第1項「定型約款準備者は、次に掲げる場合には、定型約款の変更をすることにより、変更後の定型約款の条項について合意があったものとみなし、個別に相手方と合意をすることなく契約の内容を変更することができる。

一 定型約款の変更が、相手方の一般の利益に適合するとき。

二 定型約款の変更が、契約をした目的に反せず、かつ変更の必要性、変更後の内容の相当性、この条の規定により定型約款の変更をすることがある旨の定めの有無及びその内容その他の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき。※

第2項「定型約款準備者は、前項の規定による定型約款の変更をするときは、その効力発生時期を定め、かつ、定型約款を変更する旨及び変更後の定型約款の内容並びにその効力発生時期をインターネットの利用その他の適切な方法により周知しなければならない。」※※

 

第3項「第一項第二号の規定による定型約款の変更は、前項の効力発生時期が到来するまでに同項の規定による周知をしなければ、その効力を生じない。」※※

第4項「第五百四十八条の二第二項の規定は、第一項の規定による定型約款の変更については、適用しない」※※※

 

※約款変更の要件

 定型取引後、定型約款の内容を変更する必要が生じた場合、多数の相手方の個別同意をとっていたのでは、事務的に煩雑であり、定型取引の意味がなくなってしまうが、一方的な変更により相手方の利益を害することも防止する必要がある。そこで、改正法は、定型約款の内容に関し、一定の要件のもとに相手方の同意なくして(みなし合意)、約款変更ができることを認めている。定型約款に相手方の同意なく約款内容が変更できるという変更条項がなくても、本条1項の要件をみたす限り、約款変更は、可能であり、変更時点で相手方が不特定多数である必要もない(潮見・新総論Ⅰ49頁以下参照)。

 このような事後の定型約款の一方的変更の許容性の理解について、学説では、就業規則の変更法理(判例☆ 労働契約法7条、9条~13条)を参照し「契約条件について集団的かつ公平な取り扱いに相当の困難がある場合に、そのような契約の性質・特徴から、合理的な一方的変更が許容され、また、そのような契約の性質から、当初の包括的同意に合理的予測範囲内の個別条項の変更に対する同意も含まれる」との解釈が主張されているが、変更に対する個人の自律的な判断という観点からは問題があるといわれる(丸山絵美子・「『定型約款』に関する規定と契約法学の課題」消費者法研究第3号169頁)。

 

☆ 最大判昭和43・12・25民集22・13・3459

 【就業規則の変更につき、労働条件の集合的処理、とくにその統一的画一的決定を建前とする就業規則の性質から、個別同意がないことをもって、適用を拒否できないとする。】

 

ⅰ 定型約款の変更が、相手方の一般の利益に適合するとき(本条1項1号)。

 

ⅱ 定型約款の変更が、①契約をした目的に反せず、かつ②変更の必要性変更後の内容の相当性、この条の規定により定型約款の変更をすることがある旨の定めの有無及びその内容その他の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき(本条1項2号)

 

  例えば、定型取引時に暴力団排除条項を追加する場合などが考えられる。☆

 

☆改正前民法下の判例

 福岡高判平成28・10・4金融法務事情2052・90(最決平成29・7・11 上告棄却・上告不受理)

 【銀行が、暴力団幹部の普通預金口座に係る預金契約の取引約款に暴力団排除条項を追加し、同条項に基づいて預金契約を解約した事案について、同追加条項は有効で有り、信義則違反ないし権利濫用に当たらないとしたもの】

 約款変更については、「預金契約については、定型の取引約款によりその契約関係を規律する必要性が高く、必要に応じて合理的な範囲において変更されることも契約上当然予定されているところ、本件各条項を既存の預金契約にも適用しなければ、その目的を達成することは困難であり、本件各条項が遡及適用されたとしても、そのことによる不利益は限定的で、かつ、預金者が暴力団等から脱退することによって不利益を回避できることなどを総合考慮すれば、既存顧客との個別の合意がなくとも、既存の契約に変更の効力を及ぼすことができると解するのが相当」という。

 

※※約款変更の手続き

 改正法は、約款変更の手続きとして、約款変更の周知手続きを設けている(本条2項)。

  すなわち、定型約款準備者は、前項の規定による定型約款の変更をするときは、

  ⅰその効力発生時期を定め

  ⅱ定型約款を変更する旨及び変更後の定型約款の内容並びにその効力発生時期インターネットの利用その他の適切な方法により周知しなければならない

 

 本条1項2号の場合の定型約款の変更は、効力発生時期までに上記本条2項の周知手続きしなければ効力を生じない(本条3項)。相手方の利益を保護するためである。本条1項1号の相手方の一般的利益になる場合には、周知義務を課すことで変更を制約する必要はないので対象外とされている(潮見・新総論Ⅰ50頁)。つまり、本条1項1号の場合は、周知をしなくても効力発生時期が到来すれば、効力が発生する。

 

 なお、定型約款変更により相手方が不利益を被る場合は、相当期間、すなわち効力発生時期にまでに相手方が解除権の行使その他の方法で自らが被る不利益を回避・軽減する措置を講じることができるだけの時間的間隔をおかなければならないであろう(日弁連編・前掲372頁、鹿野・前掲96頁参照)。

 

※※※※約款変更と不当条項

 定型約款変更の有効性(本条1項)は、本条1項で判断され、不当条項(改正法548条の第2項)の判断によるものではない(本条4項)。定型約款の変更の有効性は、不当条項の規定よりも厳格な規定内容であり、かつ、考慮要素も異なる本条の規律によることがふさわしいということを確認する趣旨である(日弁連編・前掲373頁)。

 

 

訴訟代理人のつぶやき「民法改正ノートその4 定型約款その2」

 

※※※不当条項の規制(みなし合意の除外)

 改正法は、相手方保護のため、定型約款のみなし合意の例外(除外規定)を定めている。すなわち、定型約款の条項が

①相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であること

②その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして

③第一条第二項に規定する基本原則に反して

④相手方の利益を一方的に害すると認められるもの

:合意をしなかったものとみなす=契約内容とならない。

 

 ①②③④を満たす条項を不当条項という。

 ①は不当条項の対象、②は不当性の判断考慮要素+判断基準、③は不当判断の法的根拠(信義則)、④は相手方の一方的不利益性(双方にとって合理性がないこと)である(消費者契約法10条と類似するが、②の部分が本条特有の規定である。)。

 かかる不当条項は、契約内容になった上で無効となる(例えば消費者契約法10条、民法90条)のではなく、契約内容に、そもそも「含まれない」ことになる(潮見・新総論Ⅰ44頁)。つまり不当条項は、合意擬制の対象外という意味である。

 改正法が定める上記、不当条項は、従前の約款の解釈論として主張されていた相手方が予測できない条項は契約の内容としないという「不意打ち条項禁止の原則」を①②③④の判断に含めている(不当条項規制と不意打ち条項規制の一本化 潮見・新総論Ⅰ45頁参照。ただし、潮見・同書を含め、学説上はこの一本化には理論的批判が多い。)

すなわち、「信義誠実の原則に照らして不当な契約条項は相手方に合理的に予測することを求めることができないから、契約内容にならない」と解されている(潮見・新総論Ⅰ44頁)。具体的には、「ある商品を購入したところ、継続的にメンテナンス費用を支払わなければならないという思いがけない約款条項(メンテナンス費用支払条項)が定められていた」場合などが考えられる(日弁連編・前掲365頁)。

 

 ①②③④の具体的判断は、消費者契約法10条の不当性判断が参考になる☆。なお、消費者契約法のように不当条項の内容判断だけでなく、定型約款の不当条項について、合意内容の希薄性、契約締結の態様(取引行為のプロセス)、健全な取引慣行等を考慮して不当性の有無を評価すべきと解されているが(潮見・新総論Ⅰ45頁、大澤彩・「定型約款」時代の不当条項規制・消費者法研究第3号188頁以下参照)、消費者契約法も取引行為等のプロセス等を考慮すべきなので(最判平成23年7月15日民集65巻5号2269頁は、更新料特約の有効性の判断に当たり「消費者契約法10条は、消費者契約の条項を無効とする要件として、当該条項が、民法1条2項に規定する基本原則、すなわち信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであることをも定めるところ、当該条項が信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであるか否かは、消費者契約法の趣旨、目的(同法1条参照)に照らし、当該条項の性質、契約が成立するに至った経緯、消費者と事業者との間に存する情報の質及び量並びに交渉力の格差その他諸般の事情を総合考量して判断されるべきである。」という。)、両者の理論的相違を強調しすぎても実益はないだろう。特に消費者が当事者として競合する保険契約約款などにおいては、判断事情は、実質重なるであろう。もっとも、消費者契約法10条に基づく差し止めについては、別途考慮を要する(後述)。

 

 理論上は、①定型約款該当性→不当条項該当性の判断(契約の内容かどうか)、②不当条項に当たらない場合、消費者該当性→消費者契約法10条の適用の問題(契約の内容が無効かどうか)となろう。訴訟法的には、①を主位的主張、②を予備的主張と構成し、①の段階で不当条項であると判断された段階で、②を判断するまでもないことになる(予備的主張説。私見)

 これに対し、日弁連編・前掲366頁は①又は②の選択的に行使できるとし(一種の融通説)、消費者側の②無効主張に対し、事業者側が不当条項該当性を理由に契約内容ではないという主張は許されないとする。これは、消費者契約法10条を理由として差し止め請求をした際に不当条項該当を理由に差し止め請求が否定されるのは消費者保護上問題だからであろう。

 この点、訴訟行為(法律上の主張)の解釈として、消費者による消費者契約法10条のみを理由とした差し止め請求は、当該条項を約款の組み入れ合意としては、合意擬制ではなく、有効性を留保した上で一応組み入れ内容として認め(いわば条件付き組み入れ合意)、当該条項の無効を争う趣旨と解すれば、事業者による不当条項該当性の抗弁は、抗弁とならず、むしろ重なり合う評価根拠事実について、事業者側に自白が成立すると解すべきではないだろうか【私見。】

 なお、大澤・前掲189頁は「取引の実情や取引上の社会通念をふまえると信義則に反して相手方の利益を一方的に害するとは言えないが(通常、その取引ではそのような条項が用いられるのが通常であるという場合)、相手方に生じている一方的な不利益が公序良俗規定や消費者契約法10条に照らして不当と評価される場合には、定型約款の組み入れ自体は肯定されるが、当該条項が無効となる可能性は残されている」として、不当条項該当性と消費者契約法10条の無効の実質判断がずれる余地を認めている。

 逆に消費者契約法10条は、任意規定や一般法理との比較考量等、定型約款の不当条項より厳格に判断されるとするならば、不意打ち防止も不当条項に含める観点から、不当条項該当性の方が適用範囲が広い解釈も可能かもしれない。この場合、消費者側が不当利得返還請求(703条)ないし原状回復請求(改正民法121条の2)する場合は、不当条項該当性を主張したほうが、消費者にとっては有利な解釈適用となる。

 このように消費者契約法10条と定型約款の不当条項該当性の関係、整合性については、今後、様々な問題点が議論されよう。

 

消費者契約法(平成28年改正、平成29年6月施行)

(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)

第10条 消費者の不作為をもって当該消費者が新たな消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたものとみなす条項その他の法令中公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して、消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第一条第二項 に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。

 

☆改正前民法下の約款の拘束力と消費者契約法10条

 従前、約款の拘束力については、その根拠を含め、裁判例及び学説上議論がなされていた。しかし、消費者契約法の制定により、約款について消費者契約法10条の規定による無効を主張されることが多くなった。特に保険約款、携帯電話契約の約款などの有効性が実務上争われてきた。消費者契約法10条の規定は、改正法548条の2第2項の規定に類似している。どちらも、信義則違反、一方当事者の不利益性などを要件とする規範的要件事実(構成要件)であって(不当条項の①③④が共通)、その考慮事情(評価根拠事実)は重なることも多いと思われる。

 なお、消費者契約法10条は、平成28年改正により、消費者の権利制限・加重条項の例示として「消費者の不作為をもって当該消費者が新たな消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたものとみなす条項」を加えている。

 

ア 消費者契約法制定(平成12年)前の約款に関する判例

・大判大正4・12・24民録21・2182【火災保険…意思推定説】

・札幌地判昭和54・3・30判時941・111

 【自動車損害保険の特約を契約外としたもの】

・東京地判昭和57・3・25判タ473・243

 【自動車損害保険の免責条項につき事前の告知が必要】

・山口地判昭和62・5・21判時1256・86

 【警備請負約款の解約金条項につき、予期しないもので、合理的な規定でないので、合意の対象ではないとする】

 

イ 消費者契約法制定後の約款に関する判例

・最判平成15・2・28判時1829・151

 【宿泊約款の違約金制限について、ホテル側に故意又は重大な過失があった場合は適用されない。】

・最判平成24・3・16判タ1370・115

 【生命保険契約約款の保険金不払いの場合の失効規定について、不払い後一定期間猶予期間があり、払い込むべき保険料が解約返戻金の額を超えないときは、自動的に保険契約者に保険料相当額を貸し付けて保険契約を有効に存続させる自動貸付条項が定められているなど保険契約者の権利保護を図るための一定の配慮がなされ、不払いがあった際に保険契約失効前に特則をする運用がなされていたことから、本件失効条項は、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものに当たらないとする。】

・大阪高判平成24・12・7判時2176・33(なお、上告受理申立は不受理・最決平成26・12・11)

 【2年単位の継続利用を条件として割引する携帯電話利用契約について、自動更新後の解約に関する解約金条項は、消費者契約法10条により無効とはいえないとする。「NTTドコモ事件】

・大阪高判平成25・3・29判時2219・64(なお、上告受理申立は不受理・最決平成26・12・11)

 【①消費者契約法9条1号所定の平均的な損害は、約款の条項により、設定された区分に応じて算定すべきであるが、その区分の平均的な損害と比較して、実損害が著しく定額となる例が同区分中に多数生じる場合は、そのような区分の定め自体が不当であり、消費者契約法10条に違反する、②携帯電話利用サービス契約の中途解約による解約金条項が、契約者に2年間の解約の制限を課す反面、月々の基本使用料は通常契約の半額に設定しており、契約者の考慮すべき情報がすべて提供されている場合は、消費者契約法10条に違反しないとする。「KDDI事件」】