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刑事弁護人の憂鬱

日々負われる弁護士業務の備忘録、独自の見解、裁判外の弁護活動の実情、つぶやきエトセトラ

訴訟代理人のつぶやき「民法改正ノートその4 定型約款その2」

 

※※※不当条項の規制(みなし合意の除外)

 改正法は、相手方保護のため、定型約款のみなし合意の例外(除外規定)を定めている。すなわち、定型約款の条項が

①相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であること

②その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして

③第一条第二項に規定する基本原則に反して

④相手方の利益を一方的に害すると認められるもの

:合意をしなかったものとみなす=契約内容とならない。

 

 ①②③④を満たす条項を不当条項という。

 ①は不当条項の対象、②は不当性の判断考慮要素+判断基準、③は不当判断の法的根拠(信義則)、④は相手方の一方的不利益性(双方にとって合理性がないこと)である(消費者契約法10条と類似するが、②の部分が本条特有の規定である。)。

 かかる不当条項は、契約内容になった上で無効となる(例えば消費者契約法10条、民法90条)のではなく、契約内容に、そもそも「含まれない」ことになる(潮見・新総論Ⅰ44頁)。つまり不当条項は、合意擬制の対象外という意味である。

 改正法が定める上記、不当条項は、従前の約款の解釈論として主張されていた相手方が予測できない条項は契約の内容としないという「不意打ち条項禁止の原則」を①②③④の判断に含めている(不当条項規制と不意打ち条項規制の一本化 潮見・新総論Ⅰ45頁参照。ただし、潮見・同書を含め、学説上はこの一本化には理論的批判が多い。)

すなわち、「信義誠実の原則に照らして不当な契約条項は相手方に合理的に予測することを求めることができないから、契約内容にならない」と解されている(潮見・新総論Ⅰ44頁)。具体的には、「ある商品を購入したところ、継続的にメンテナンス費用を支払わなければならないという思いがけない約款条項(メンテナンス費用支払条項)が定められていた」場合などが考えられる(日弁連編・前掲365頁)。

 

 ①②③④の具体的判断は、消費者契約法10条の不当性判断が参考になる☆。なお、消費者契約法のように不当条項の内容判断だけでなく、定型約款の不当条項について、合意内容の希薄性、契約締結の態様(取引行為のプロセス)、健全な取引慣行等を考慮して不当性の有無を評価すべきと解されているが(潮見・新総論Ⅰ45頁、大澤彩・「定型約款」時代の不当条項規制・消費者法研究第3号188頁以下参照)、消費者契約法も取引行為等のプロセス等を考慮すべきなので(最判平成23年7月15日民集65巻5号2269頁は、更新料特約の有効性の判断に当たり「消費者契約法10条は、消費者契約の条項を無効とする要件として、当該条項が、民法1条2項に規定する基本原則、すなわち信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであることをも定めるところ、当該条項が信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであるか否かは、消費者契約法の趣旨、目的(同法1条参照)に照らし、当該条項の性質、契約が成立するに至った経緯、消費者と事業者との間に存する情報の質及び量並びに交渉力の格差その他諸般の事情を総合考量して判断されるべきである。」という。)、両者の理論的相違を強調しすぎても実益はないだろう。特に消費者が当事者として競合する保険契約約款などにおいては、判断事情は、実質重なるであろう。もっとも、消費者契約法10条に基づく差し止めについては、別途考慮を要する(後述)。

 

 理論上は、①定型約款該当性→不当条項該当性の判断(契約の内容かどうか)、②不当条項に当たらない場合、消費者該当性→消費者契約法10条の適用の問題(契約の内容が無効かどうか)となろう。訴訟法的には、①を主位的主張、②を予備的主張と構成し、①の段階で不当条項であると判断された段階で、②を判断するまでもないことになる(予備的主張説。私見)

 これに対し、日弁連編・前掲366頁は①又は②の選択的に行使できるとし(一種の融通説)、消費者側の②無効主張に対し、事業者側が不当条項該当性を理由に契約内容ではないという主張は許されないとする。これは、消費者契約法10条を理由として差し止め請求をした際に不当条項該当を理由に差し止め請求が否定されるのは消費者保護上問題だからであろう。

 この点、訴訟行為(法律上の主張)の解釈として、消費者による消費者契約法10条のみを理由とした差し止め請求は、当該条項を約款の組み入れ合意としては、合意擬制ではなく、有効性を留保した上で一応組み入れ内容として認め(いわば条件付き組み入れ合意)、当該条項の無効を争う趣旨と解すれば、事業者による不当条項該当性の抗弁は、抗弁とならず、むしろ重なり合う評価根拠事実について、事業者側に自白が成立すると解すべきではないだろうか【私見。】

 なお、大澤・前掲189頁は「取引の実情や取引上の社会通念をふまえると信義則に反して相手方の利益を一方的に害するとは言えないが(通常、その取引ではそのような条項が用いられるのが通常であるという場合)、相手方に生じている一方的な不利益が公序良俗規定や消費者契約法10条に照らして不当と評価される場合には、定型約款の組み入れ自体は肯定されるが、当該条項が無効となる可能性は残されている」として、不当条項該当性と消費者契約法10条の無効の実質判断がずれる余地を認めている。

 逆に消費者契約法10条は、任意規定や一般法理との比較考量等、定型約款の不当条項より厳格に判断されるとするならば、不意打ち防止も不当条項に含める観点から、不当条項該当性の方が適用範囲が広い解釈も可能かもしれない。この場合、消費者側が不当利得返還請求(703条)ないし原状回復請求(改正民法121条の2)する場合は、不当条項該当性を主張したほうが、消費者にとっては有利な解釈適用となる。

 このように消費者契約法10条と定型約款の不当条項該当性の関係、整合性については、今後、様々な問題点が議論されよう。

 

消費者契約法(平成28年改正、平成29年6月施行)

(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)

第10条 消費者の不作為をもって当該消費者が新たな消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたものとみなす条項その他の法令中公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して、消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第一条第二項 に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。

 

☆改正前民法下の約款の拘束力と消費者契約法10条

 従前、約款の拘束力については、その根拠を含め、裁判例及び学説上議論がなされていた。しかし、消費者契約法の制定により、約款について消費者契約法10条の規定による無効を主張されることが多くなった。特に保険約款、携帯電話契約の約款などの有効性が実務上争われてきた。消費者契約法10条の規定は、改正法548条の2第2項の規定に類似している。どちらも、信義則違反、一方当事者の不利益性などを要件とする規範的要件事実(構成要件)であって(不当条項の①③④が共通)、その考慮事情(評価根拠事実)は重なることも多いと思われる。

 なお、消費者契約法10条は、平成28年改正により、消費者の権利制限・加重条項の例示として「消費者の不作為をもって当該消費者が新たな消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたものとみなす条項」を加えている。

 

ア 消費者契約法制定(平成12年)前の約款に関する判例

・大判大正4・12・24民録21・2182【火災保険…意思推定説】

・札幌地判昭和54・3・30判時941・111

 【自動車損害保険の特約を契約外としたもの】

・東京地判昭和57・3・25判タ473・243

 【自動車損害保険の免責条項につき事前の告知が必要】

・山口地判昭和62・5・21判時1256・86

 【警備請負約款の解約金条項につき、予期しないもので、合理的な規定でないので、合意の対象ではないとする】

 

イ 消費者契約法制定後の約款に関する判例

・最判平成15・2・28判時1829・151

 【宿泊約款の違約金制限について、ホテル側に故意又は重大な過失があった場合は適用されない。】

・最判平成24・3・16判タ1370・115

 【生命保険契約約款の保険金不払いの場合の失効規定について、不払い後一定期間猶予期間があり、払い込むべき保険料が解約返戻金の額を超えないときは、自動的に保険契約者に保険料相当額を貸し付けて保険契約を有効に存続させる自動貸付条項が定められているなど保険契約者の権利保護を図るための一定の配慮がなされ、不払いがあった際に保険契約失効前に特則をする運用がなされていたことから、本件失効条項は、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものに当たらないとする。】

・大阪高判平成24・12・7判時2176・33(なお、上告受理申立は不受理・最決平成26・12・11)

 【2年単位の継続利用を条件として割引する携帯電話利用契約について、自動更新後の解約に関する解約金条項は、消費者契約法10条により無効とはいえないとする。「NTTドコモ事件】

・大阪高判平成25・3・29判時2219・64(なお、上告受理申立は不受理・最決平成26・12・11)

 【①消費者契約法9条1号所定の平均的な損害は、約款の条項により、設定された区分に応じて算定すべきであるが、その区分の平均的な損害と比較して、実損害が著しく定額となる例が同区分中に多数生じる場合は、そのような区分の定め自体が不当であり、消費者契約法10条に違反する、②携帯電話利用サービス契約の中途解約による解約金条項が、契約者に2年間の解約の制限を課す反面、月々の基本使用料は通常契約の半額に設定しており、契約者の考慮すべき情報がすべて提供されている場合は、消費者契約法10条に違反しないとする。「KDDI事件」】

 

 

訴訟代理人のつぶやき「民法改正ノートその4 定型約款その1」

 

 【概説】保険、旅客運送、通信など事業者が不特定多数の顧客に対し、画一的な約定約款をさだめ、取引をすることは多い。しかし、顧客が詳細な約款を逐一理解して契約を結ぶことはほとんどなく、顧客の側からすると、選択の自由は乏しく、約款の内容をそのまま受諾して不利な契約を結ぶおそれもある。顧客ないし消費者保護の観点から約款の規制が必要となるゆえんである。他方、不特定多数の画一的な取引において、コストの面からの約款のメリットは事業者にとっては大きい。そこで、約款の必要性とともにその規制を政策的に図る必要がある。ただし、約款といってもその取引内容によって千差万別であり、その対象によっては、個別の法律による規制がベターなこともある。また、消費者保護という観点からは、既に消費者契約法があり、民法に約款の一般規定をおく必要はないのではないかという疑問もあった。しかし、現代の取引形態として約款を利用するシーンは多く、その内容、拘束力の限界等を民法で定めること自体、独自の意義があるといえる。

 そこで、改正法は、「定型約款」の規定を設け(新設)、これに該当する約款について、民法上の規制を設けることにした。その特色は、①定型約款の定義、②定型約款に関する合意の擬制(みなし合意)、③約款内容の開示、④不当条項の効力の否定(みなし合意の除外)、⑤約款の事後変更である。※

 

※定型約款の新設の意義

 消費者保護という観点からみると、①約款概念がせますぎる、②事前の約款の開示が、約款内容を契約内容とみなすことの要件(組み入れ要件)とならなかったこと、③意思の推定(判例)ではなく、意思の擬制(みなし合意)とすること、④事業者からの事後の約款変更を認めることに対しては、批判も多い(山田創一「定型約款に関する債権法改正の考察」名城法学66(3)277頁以下参照)。この点のフォローは、不当条項(改正法548条の2第2項)や約款変更要件(改正法548条の4第1項)の厳格な解釈運用にかかっていよう。事業者側の観点からみれば、実務取引上の約款が、定型約款に該当するのかどうか、約款の開示方法、不当条項と評価されない約款条項の吟味、約款変更の要件遵守等が重要となろう。なお、定型約款の規定は、要件を満たす限り、消費者契約法のように事業者対消費者(BtoC)の場合だけでなく、事業者対事業者(BtoB)の場合にも適用があることに注意すべきである。

 

1 定型約款の定義・みなし合意・不当条項

 

  (定型約款の合意)

改正法第548条の2

第1項「定型取引(ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって、その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なものをいう。以下同じ。)を行うことの合意(次条において「定型取引合意」という。)をした者は、次に掲げる場合には、定型約款(定型取引において、契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体をいう。以下同じ。※)の個別の条項についても合意したものとみなす。

一 定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき

二 定型約款を準備した者(以下「定型約款準備者」という。)があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたとき。」※※

                                    

第2項「前項の規定にもかかわらず、同項の条項のうち、相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であって、その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして第一条第二項に規定する基本原則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものについては、合意をしなかったものとみなす。」※※※

 

 

※定型約款の定義

 定型約款とは「①定型取引において、②契約の内容とすることを目的として③その特定の者により準備された④条項の総体」をいう。

 取引社会における約款のうち、上記定義にあてはまる「定型約款」が、改正法が新設した定型約款の諸規定の適用がある。上記定義のうち②③④は、定型約款の形式的な性質を物語り(これだけでは、すべての約款、それだけでなく契約書式やひな形も含まれてしまう。☆)、①がその実質的内容(他の約款と識別する要素)を物語るものである。

 ①の定型取引とは「ⅰある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって、ⅱその内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なもの」をいう。

 ①ⅰの要件から、賃貸借契約書のひな形や不動産売買契約書の書式を利用した契約、定型文を用いている労働契約は定型約款には当たらない。書式が画一的であっても、具体的個別的な相手方を前提とするからである。

 ①ⅱの要件は、ア 内容の画一性とイ その画一性が双方にとっての合理性があることである。すなわち、アは、多数の相手方に対して同一の内容で契約を締結することが通常であり、イは、相手方が交渉を行わず、一方当事者が準備した契約条項の総体をそのまま受け入れて契約の締結に至ることが取引通念に照らして合理的である取引(交渉による修正や変更の余地がないもの)を意味する(潮見佳男・民法(債権関係)改正法の概要225頁)。当事者の一方だけが有利な条項や合理的というだけでは、足らない。 ②の要件は、約款がそのまま契約の内容とすることを目的としていることであり、換言すると、約款の内容を具体的に検討し認識理解して合意する必要はなく、約款をそのまま、契約の内容とすることを目的としているという意味である(548条の2第1項1号参照)。

 ③の要件は、当事者双方が協議して準備するのではなく、特定の者が一方的に準備することである。

 ④の要件は、条項の集まりという意味である(日弁連編・前掲359頁)。よって、契約書中の一部の条項の集まりだけが、定型約款に当たるということがある。例えば、割賦販売契約書の裏面約款がこれにあたる。

 

 以上、①②③④を満たす定型約款の具体例として、生命保険約款、損害保険約款、旅行業約款、宿泊約款、運送約款、預金約款、コンピュータ・ソフトウェアの利用規約などが考えられる(潮見・概要226頁。なお、銀行取引約定書が定型約款にあたるかは、争いがある。同概要227頁)。

 

☆約款の定義と拘束力

 立法過程では、約款の定義を「多数の契約に用いるためにあらかじめ定式化された契約条項の総体」と広く解すべきとの主張もあった(日本弁護士連合会編・実務解説改正債権法357頁以下)。しかし、事業者間の取引において利用される約款や契約書のひな型が基本的に含まれないようにすべきとの意見に配慮し、議論を重ね最終的には改正法の上記定義となったものである。逆にこれでは狭すぎるという批判を招いている。むしろ定型約款に該当しない「約款」においても定型約款の規定を類推するないし信義則等により合理的な結論を探求すべきとする見解もある(山田・前掲291頁~292頁)。

 

 そもそも、約款の拘束力の理解について、当事者の意思に求めるもの(意思説 通説)慣習上の法規の一種とするもの(自治法規説ないし白地商慣習説)などの見解が主張されていたが、判例は、火災保険に関して保険約款は、反証がない限り、約款の内容による意思で契約したものと推定されるとしていた(大判大正4・12・24 意思推定説)。

 もっとも、改正法は、定型約款の拘束力の根拠を当事者の意思に求めつつ、約款の画一性・合理性がある限り、約款内容につき具体的に認識がなくても、約款内容とおりの合意を擬制するという方法により(その実体は、抽象的な合意の内容に約款の具体的内容を組み入れるないし補充する)、合意の内容として約款の拘束力を正当化したものといえる(意思擬制説 なお、潮見佳男・新債権総論Ⅰ42頁は、「個別合意条項合意擬制構成」という。)。なお、このような意思推定をこえた意思擬制は、約款=法規説にたち、あたかも事業者に法規制定権を与えているなど理論的批判が提起されている(山田・前掲279頁参照)。

 

※※みなし合意(組み入れ要件)

 定型取引の合意をした者は、以下の場合に、定型約款の個別条項についても、合意したものとみなされる(みなし合意)。

 ⅰ 定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき。☆

ⅱ 定型約款を準備した者があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたとき。☆☆

 

☆ⅰの合意は、組み入れの合意をしたという意味である(潮見・新総論Ⅰ42頁)。ただし、定型約款の個別条項の具体的認識は不要である(認識がある場合は、単なる合意であり、合意をあえて擬制する必要もないからである【私見】)。

 

☆☆ⅱの場合、相手方の黙示の組み入れ合意があったと解する見解もあるが(潮見・新総論Ⅰ43頁)、文理上は、相手方の合意の規定はなく、定型約款の表示→相手方の定型約款の認識可能性だけでも、みなし合意を認めると読むこともできよう。黙示の組み入れ合意と解するならば、ⅰの場合だけで規定は足り、あえてⅱの場合を規定する意味もないからである。

 

なお、ⅱの場合に加え、鉄道等の旅客運送取引、高速道路等の通行の取引などについては、定型約款準備者がその定型約款を契約の内容とする旨をあらかじめ公表していたときも、合意が擬制される(鉄道営業法18条の2、道路整備特別措置法55条の2など)。このことから、ⅱの「表示」は「公表」では足りない。(潮見・新総論Ⅰ43頁は、表示を黙示の同意を根拠として「相手方にとって認識可能な形」とする。)

 

 

訴訟代理人のつぶやき「民法改正ノートその3 売買と契約不適合責任その5(完)」

 

イ 解約手付け・売主の履行義務・買主の代金支払い拒絶

     (手付)

   改正法第557条

第1項「買主が売主に手付を交付したときは、買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を現実に提供して、契約の解除をすることができる。ただし、その相手方が契約の履行に着手した後は、この限りではない。」※

第2項「第五百四十五条第四項の規定は、前項の場合には、適用しない。」

 

※解約手付の解釈

 改正前民法において、判例は、解約手付の売主の倍額提供に関し、口頭の提供でも足りる弁済の提供とは異なり、「現実の提供」が必要とし(最判平成6・3・22)、但し書きの契約の履行の着手の「当事者」とは、解除する側ではなく、解除される「相手方」と解する(最大判昭和40・11・24)していたところ、改正法は、この点を明確化するものである。

 

   (権利移転の対抗要件に係る売主の義務)

   改正法第560条※

「売主は、買主に対し、登記、登録その他の売買の目的である権利の移転についての対抗要件を備えさせる義務を負う。

 

※対抗要件を備えさせる義務

 売買の目的物の権利の確保のため、登記(不動産など)、登録(自動車など)等の権利移転について対抗要件を備えさせる義務を売主が負うということを明らかにした規定である。本来民法555条の財産権を相手方に「移転」することに、占有の移転=引渡とともに権利移転の対抗要件を備えさせることも、民法177条等の対抗要件主義から、当然含まれていたといえる実務上、不動産売買においては、買主の代金支払いと売主の引渡・登記移転を同時決済で実施することが多く、登記移転は売主の義務である。なお、所有権の移転時期も同時決済日に合意することも多い。)。よって、本条は、その意味では、対抗要件のある権利移転の売買においては、注意・確認規定といえる。もちろん、対抗要件を具備させない場合は、売主の債務不履行となる。

 

   (他人の権利の売買における売主の義務)

   改正法第561条※

「他人の権利(権利の一部が他人に属する場合におけるその権利の一部を含む。)を売買の目的としたときは、売主は、その権利を取得して買主に移転する義務を負う。」

 

※他人の権利の一部の売買

 改正前民法561条の他人物売買の規定に括弧書きを加え、他人の権利の一部も対象となる旨(従来も解釈上認められていたもの。ちなみに改正前563条1項は、このことを前提に担保責任を定めていたといえる。)を明らかにしたものである。

 

 

  (権利を取得することができない等のおそれがある場合の買主による代金の支払の拒絶)

   改正法第576条※

「売買の目的について権利を主張する者があることその他の事由により、買主がその買い受けた権利の全部若しくは一部を取得することができず、又は失うおそれがあるときは、買主は、その危険の程度に応じて、代金の全部又は一部の支払を拒むことができる。ただし、売主が相当の担保を供したときは、この限りでない。」

 

※権利取得できない又は失うおそれと代金支払い拒絶権

 改正前民法576条に「その他の事由」と権利を取得できない場合を加えて、所有権の主張をする第三者のみならず、用益物権などを主張する第三者を含め、適用範囲を拡張したものである。かかる場合に、買主に代金支払いの拒絶を認めることにより、買主の損失を未然に防止する趣旨である。

 

 

  (抵当権等の登記がある場合の買主による代金の支払の拒絶)

   改正法第577条※

第1項「買い受けた不動産について契約の内容に適合しない抵当権の登記があるときは、買主は、抵当権消滅請求の手続きが終わるまで、その代金の支払を拒むことができる。この場合において、売主は、買主に対し、遅滞なく抵当権消滅請求をすべき旨を請求することができる。」

第2項「前項の規定は、買い受けた不動産について契約の内容に適合しない先取特権又は質権の登記がある場合について準用する。」

 

※改正前577条の表現を改めたもので、実質内容は同じである。

 

 ウ 買戻し

   不動産の買戻しについて改正前民法は579条から585条まで、詳細な規定を置いていた。しかし、取引実務上、担保目的としては※、不動産譲渡担保や再売買の予約が利用され、担保目的でないものを含めて買戻しについては、ほとんど利用されていない。しかし、改正法は、削除することなく、若干の修正を加えて(改正法579条、581条)、規定を維持している。

 

  (買戻しの特約)

   改正法第579条

「不動産の売主は、売買契約と同時に買戻しの特約により、買主が支払った代金(別段の合意をした場合にあっては、その合意により定めた金額。第五百八十三条第一項においては同じ。)及び契約の費用を返還して、売買の解除をすることができる。この場合において、当事者が別段の意思を表示しなかったときは、不動産の果実と代金の利息とは相殺したものとみなす。」

 

(買戻しの特約の対抗力)

  改正法第581条

第1項「売買契約と同時に買戻しの特約を登記したときは、買戻しは、第三者に対抗することができる。

第2項「前項の登記がされた後に第六百五条の二第一項に規定する対抗要件を備えた賃借人の権利は、その残存期間中一年を超えない期間に限り、売主に対抗することができる。ただし、売主を害する目的で賃貸借をしたときは、この限りでない。」

 

※担保目的の買戻し

 判例は、改正前民法の解釈として、目的不動産の占有の移転を伴わない買戻し特約は、特段の事情のない限り、債権担保目的の譲渡担保と推定され、買戻しの規定の適用はないとする(最判平成18年2月7日)。