訴訟代理人のつぶやき「民法改正ノートその3 売買と契約不適合責任その4」
(目的物の滅失等についての危険の移転)
改正法第567条
第1項「売主が買主に目的物(売買の目的として特定したものに限る。以下この条において同じ。)を引き渡した場合において、その引渡しがあった時以後にその目的物が当事者双方の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときは、買主は、その滅失又は損傷を理由として、履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。」
第2項「売主が契約の内容に適合する目的物をもって、その引渡しの債務の履行を提供したにもかかわらず、買主がその履行を受けることを拒み、又は受けることができない場合において、その履行の提供があった時以後に当事者双方の責めに帰することができない事由によってその目的物が滅失し、又は損傷したときも、前項と同様とする。」
※売買における危険の移転
本条1項は、売買の目的物=特定したものの引渡後の当事者双方の責めに帰することができない事由の滅失・損傷の危険を買主に負担させるものである。すなわち、買主は、契約不適合責任を売主に対して追及することができず、反対債務(代金支払い)から解放されない。ここでいう「特定したもの」とは、特定物(400条)と特定した種類物(401条2項)をいう。引渡によって、目的物は買主の支配領域に入り、危険が移転することを定めたものである(潮見・概要269頁以下参照)。改正法は、特定物の引渡前に関する危険負担の債権者主義(改正前534条)を廃止し、引渡前は債務者に危険を負担し、引渡後は債権者に危険が移転するという考えを採用したものである。すなわち、改正法下では、種類物の特定は、それだけでは、危険は移転せず、「引渡」によって、初めて危険が移転するのを原則とする。
本条2項は、1項の例外として、「引渡」前でも、売主が契約に適合する特定物を買主に提供し、買主が受領拒否又は受領不能の場合(買主の受領遅滞)、「履行の提供」後に生じた双方の責めに帰することができない事由による滅失・損傷の危険を買主が負担することを定めたものである(受領遅滞の効果としての危険の移転)。すなわち、この場合、買主は、1項同様に契約不適合責任を売主に対して追求することができず、反対債務(代金支払い)から解放されない。ただし、本条項の買主の受領遅滞は、受領遅滞中の履行不能に関する改正法413条の2第2項に当たることが多く、その履行不能は、買主(債権者)の責めに帰すべき事由によって生じたものとみなされるので、その結果、契約不適合責任は、そもそも追求できなくなる(改正法562条2項、563条3項、543条)。よって、本条項は確認規定の一種ともいえる(潮見・概要271頁参照)。
なお、以上の危険の移転は、引渡後または履行提供後の滅失損傷に関するものであるから、これ以外の目的物自体の契約不適合について、追完、代金減額、解除、損害賠償請求について、各々の要件をみたす限り、否定されるものではない。
(競売における担保責任等)
改正法第568条※
第1項「民事執行法その他の規定に基づく競売(以下のこの条において単に「競売」という。)における買受人は、第五百四十一条及び第五百四十二条の規定並びに第五百六十三条(第五百六十五条において準用する場合を含む。)の規定により、債務者に対し、契約の解除をし、又は代金の減額を請求することができる。」
第2項「前項の場合において、債務者が無資力であるときは、買受人は、代金の配当を受けた債権者に対し、その代金の全部又は一部の返還を請求することができる。」
第3項「前二項の場合において、債務者が物若しくは権利の不存在を知りながら申し出なかったときは、買受人は、これらの者に対し、損害賠償の請求をすることができる。」
第4項「前三項の規定は、競売の目的物の種類又は品質に関する不適合については、適用しない。」
※競売と契約不適合責任
改正前民法570条の瑕疵担保責任は、競売には適用がなかった(同但し書き)。本条4項は、これを「競売の目的物の種類又は品質に関する不適合」の場合に同様に契約不適合責任(解除、代金減額、悪意の債務者に対する損害賠償)の適用はないとしたものである。よって、種類又は品質に関する不適合以外の競売には、本条1項乃至3項の適用がある。この点、競売の目的物が法律上の建築制限等がある場合、本条項の適用を認める見解、権利移転の不適合として適用を否定し、1項乃至3項の適用を肯定する見解が考えられ、解釈に委ねられる。
なお、本条1項が追完請求権(改正法562条)を準用していないのは、競売の場合、債務者による履行の追完を観念できないからである(潮見・概要272頁)。期間制限の改正法566条も準用していないので、買受人の契約不適合責任による権利行使は、消滅時効一般による。
本条2項及び3項は、改正前568条2項及び3項と同じである。
(売主の瑕疵担保責任)
改正前民法第570条 「 売買の目的物に隠れた瑕疵があったときは、第五百六十六条の規定を準用する。ただし、強制競売の場合は、この限りでない。」
(強制競売における担保責任)
改正前民法第568条
第1項「強制競売における買受人は、第五百六十一条から前条までの規定により、債務者に対し、契約の解除をし、又は代金の減額を請求することができる。」
第2項「前項の場合において、債務者が無資力であるときは、買受人は、代金の配当を受けた債権者に対し、その代金の全部又は一部の返還を請求することができる。」
第3項「前二項の場合において、債務者が物若しくは権利の不存在を知りながら申し出なかったとき、又は債権者がこれを知りながら競売を請求したときは、買受人は、これらの者に対し、損害賠償の請求をすることができる。」
(抵当権等がある場合の買主による費用の償還請求)
改正法第570条※
「買い受けた不動産について契約の内容に適合しない先取特権、質権又は抵当権が存していた場合において、買主が費用を支出してその不動産の所有権を保存したときは、買主は、売主に対し、その費用の償還を請求することができる。」
※所有権保存の費用償還
改正前民法567条2項に質権を追加した規定である。なお、抵当権等の実行により所有権を喪失した場合における改正前民法567条1項及び3項が削除されたのは、権利移転の全部不能の場合なので、改正法下では、債務不履行の一般原則により損害賠償請求権と解除が認められるので、特別な規定が不要となったためである。
(売り主の担保責任と同時履行)
改正前民法571条削除
※改正法533条を改正したため、本条は不要となったものである。例えば、買主の履行に代わる損害賠償請求と売主の代金請求権は、533条により、同時履行の関係に立つことになる。
改正法第533条
「双務契約の当事者の一方は、相手方がその債務の履行(債務の履行に代わる損害賠償の債務の履行を含む。)を提供するまでは、自己の債務の履行を拒むことができる。」
(担保責任を負わない旨の特約)
改正法第572条
「売り主は、第五百六十二条第一項本文又は第五百六十五条に規定する場合における担保の責任を負わない旨の特約をしたときであっても、知りながら告げなかった事実及び自ら第三者のために設定し又は第三者に譲り渡した権利については、その責任を免れることはできない。」
※物及び権利移転に関する契約不適合責任免除の特約
本条の「担保の責任」とは物及び権利移転に関する契約不適合責任のことである。
改正前574条と内容は同じである。