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刑事弁護人の憂鬱

日々負われる弁護士業務の備忘録、独自の見解、裁判外の弁護活動の実情、つぶやきエトセトラ

訴訟代理人のつぶやき「民法改正ノートその3 売買と契約不適合責任その3」

   (買主の代金減額請求権)※

   改正法第563条

第1項「前条第1項本文に規定する場合において、買主が相当の期間を定めて履行の追完の催告をし、その期間内に履行の追完がないときは、買主は、その不適合の程度に応じて代金の減額を請求することができる。」

第2項「前項の規定にかかわらず、次に掲げる場合には、買主は、同項の催告をすることなく、直ちに代金の減額を請求することができる。

一 履行の追完が不能であるとき。

二 売主が履行の追完を拒絶する意思を明確に表示したとき

三 契約の性質又は当事者の意思表示により、特定の日時又は一定の期間内に履行をしなければ契約をした目的を達することができない場合において、売主が履行の追完をしないでその時期を経過したとき。

 

四 前三号に掲げる場合のほか、買主が前項の催告をしても履行の追完を受ける見込みがないことが明らかであるとき。

 

第3項「第1項の不適合が買主の責めに帰すべき事由によるものであるときは、買主は、前二項の規定による代金の請求をすることはできない。

 

※買主の代金減額請求権と追完・解除との関係

 契約不適合があった場合、代金と売買目的物の等価交換の関係を維持するという観点から、不適合の割合に応じて対価である売買代金を減額することが、公平かつ妥当である(潮見・概要261頁参照)。改正前民法では、権利の一部が他人に属する場合(改正前563条)及び数量不足の場合(改正前565条)しか、代金減額請求の定めがなかった(改正前民法の解釈として、数量不足は量的な瑕疵であるが、地上権等が設定される改正前566条【改正前570条が準用】は質的瑕疵を問題とするからと解されていた【我妻=有泉・前掲1062頁】。なお、改正前570条の解釈として、瑕疵に相応する代金減額請求はできないとするのが判例であった【最判昭和29・1・22】)。

 そこで、改正法は、売買の目的物がその種類、品質、数量で契約に適合しない場合に、その契約不適合責任として、買主の売主に対する代金減額請求権を認める規定を設けたのである(改正法563条)。本条は有償契約全般に準用される(559条)。

 本条は、規定の仕方からみてわかるとおり、解除の規定と類似する(改正法541条、542条参照)。代金減額請求権は、売買契約の一部解除(契約不適合の部分の解除)と同じ機能を営むからである(潮見・概要262頁)。そして、解除及び追完請求権と同様に債務者(売主)の帰責事由は不要であり、債権者(買主)に帰責事由がある場合は、請求権は否定される(本条第3項)。

 なお、減額割合の算定基準時は、解釈に委ねられている。

 

 代金減額請求は、履行の追完の催告による場合を原則とする(改正法563条1項1号)。追完請求による救済を優先させる趣旨である(潮見・新総論Ⅰ580頁参照)。

 

A 追完の催告による代金減額請求(改正法563条1項)

 :ⅰ買主が相当の期間を定めて履行の追完の催告

ⅱその期間内に履行の追完がないとき

ⅲその不適合の程度に応じた代金減額請求

 

B 追完の催告によらない代金減額請求(改正法563条2項)

履行の追完不能(追完が無意味であるため)

売主が履行追完を拒絶する意思を明確に表示した場合(実質上ⅰと同じ)。

定期行為(特定の日時又は一定の期間内に履行をしなければ契約をした目的を達することができない場合)において、売主が履行の追完をしないでその時期を経過したとき(追完が無意味であるため)。

ⅳ ⅰ~ⅲ以外で、買主が催告をしても履行の追完を受ける見込みがないことが明らかである場合(実質上ⅰと同じ)

 

 

   (買主の損害賠償請求及び解除権の行使)

   改正法第564条※

「前二条の規定は、第四百十五条の規定による損害賠償の請求並びに第五百四十一条及び第五百四十二条の規定による解除権の行使を妨げない。」

 

※契約不適合責任と損害賠償請求・解除

 改正法は、瑕疵担保責任を廃止し(法定責任説の不採用)、契約責任説の考えを基礎とする契約不適合責任を設けた以上、損害賠償請求及び解除は、各々の一般原則によることを明示したものである。

 すなわち、損害賠償請求は、改正法415条により、債務者の帰責事由に基づく債務不履行責任の効果として認められ、解除は、催告解除(改正法541条)及び無催告解除(改正法542条)の定める要件(債務者の帰責事由は不要)として認められる。

 よって、従来の法定責任説の立場から損害賠償請求権の範囲が信頼利益に限定される必然性はなく履行利益まで認められる(履行に代わる損害賠償【改正法415条2項】)。

 

 

   (移転した権利が契約の内容に適合しない場合における売主の担保責任)

   改正法第565条※

「前三条の規定は、売主が買主に移転した権利が契約内容に適合しないものである場合(権利の一部が他人に属する場合においてその権利の一部を移転しないときを含む。)について準用する。」

 

※売買対象の権利と契約不適合責任

 改正前民法は、売買対象となる権利の瑕疵に関して、売主の担保責任を定めていた(改正前民法562条~564条、566条1項2項、567条1項3項)。しかし、本条は、改正法が契約責任説の考えを基礎に従来の瑕疵担保責任を廃止し、契約不適合責任として位置づけたことから、権利の移転が契約内容となっている場合も、同じく契約不適合責任として追完請求権、代金減額請求権、損害賠償請求権、解除を認めることを明らかにしたものである。

 具体例として、以下の場合が考えられる(潮見・概要265頁以下参照)。

A 売買目的物の上に地上権、地役権、留置権、質権、抵当権など制限物権が存在していた場合(改正前566条・567条参照)

B 建物の売買で、建物のために存在するとされた賃借権が存在しなかった場合

C 土地売買で、土地上に対抗要件がある賃借権が存在していた場合

など

   (目的物の種類又は品質に関する担保責任の期間の制限)

   改正法第566条※

売主が種類又は品質に関して契約の内容に適合しない目的物を買主に引き渡した場合において、買主がその不適合を知った時から1年以内にその旨を売主に通知しないときは、買主は、その不適合を理由として、履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。ただし、売主が引渡しの時にその不適合を知り、又は重大な過失によって知らなかったときは、この限りではない。」

 

※種類・品質の契約不適合責任に基づく権利行使の期間制限(失権効)

 改正前570条の瑕疵担保責任は、損害賠償請求・解除につき、瑕疵の事実を知った時から1年内に行使するよう定めていた(改正前566条3項の準用☆)。改正法は、瑕疵担保責任を廃止し、従来の「瑕疵」に対応する目的物の種類・品質に関する契約不適合責任に限って、引渡後、買主が不適合を知った時から、1年以内に売主に通知する義務を課し、通知をしない場合、買主は、契約不適合責任として追完請求、代金減額請求、損害賠償請求、解除の行使ができなくると定めた(失権効)。これは引渡後の売主の期待を保護し、法律関係の早期安定化を図るためである(潮見・概要267頁参照)。但し、不適合に関し売主に悪意又は重過失がある場合は、買主の契約不適合責任は失権しない(本条但し書き)。悪意重過失の売主を保護する必要はないからである。

 上記失権効は、目的物の種類・品質の不適合【物の瑕疵】についてのみ、適用があるので、目的物の数量の不適合、権利移転の不適合【権利瑕疵】には、適用はない。かかる場合は、消滅時効の一般規定による(改正法166条など)。なお、失権効の期間とは別に種類。品質の場合の契約不適合の各請求権等についても消滅時効の一般規定の適用がある【客観的起算点=引渡時、主観的起算点=不適合を知った時】ことに注意。

 

☆瑕疵担保責任の期間制限に関する判例

 判例は、改正前民法566条3項の1年の期間制限を除斥期間と解して、改正前民法の瑕疵を知ったときから1年内に行使するとは、「売主に対し、具体手金に瑕疵の内容とそれに基づく損害賠償請求をする旨を表明し、請求する損害額の根拠」を示す必要があるとしていた(最判平成4・10・20)。権利保全としては、買主に不利な解釈であったが、改正法では、「買主がその不適合を知った時」から1年以内の不適合の「通知」を要求しているだけなので、買主の負担は軽くなっている(日弁連編・前掲396頁、潮見・概要267参照)。なお、瑕疵担保責任に基づく損害梅諸請求権は、1年の除斥期間とは別に引渡時から10年で消滅時効にかかるとする判例がある(最判平成13・11・27)。

 

訴訟代理人のつぶやき「民法改正ノートその3 売買と契約不適合責任その2」

 

ア 契約不適合責任

   (買主の追完請求権)※

   改正法第562条

第1項「引き渡された目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるときは、買主は、売主に対し、目的物の修補、代替物の引渡し又は不足分の引渡しによる履行の追完を請求することができる。ただし、売主は、買主に不相当な負担を課するものではないときは、買主が請求をした方法と異なる方法による履行の追完をすることができる。

第2項「前項の不適合が買主の責めに帰すべき事由によるものであるときは、買主は、同項の規定による履行の追完を請求することができない。」

 

 

※契約不適合責任と追完請求権

 改正法は、売買契約において、売主の買主に対し、引き渡した目的物の種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しない場合(契約不適合に、契約上の責任を負う。これを契約不適合責任という(債務不履行責任の一種。潮見佳男・民法(債権関係)改正法の概要278頁。日弁連編・前掲378頁以下は、改正法は、瑕疵に代えて「契約内容不適合」の概念を採用したという【改正前民法570条の規定の廃止】。改正法上、「担保責任」という用語も、この意味で理解すべきである【潮見・概要259頁参照】)。

 本条が定める、買主の売主に対する、目的物の修補、代替物の引渡し又は不足分の引渡による履行の追完請求権(本条1項本文)は、その具体例である(このほか、代金減額請求権【改正法563条】、損害賠償請求権及び解除権【改正法564条】がある。)。

 ここでいう売買の目的物は、特定物はもちろん、不特定物、種類物も含む(特定物ドグマの否定☆)。本条1項は、目的物の①種類、②品質、③数量の契約内容不適合をあげる。改正前の瑕疵担保責任における「隠れた瑕疵」は、①②に当たり、物理的瑕疵のみならず、法律上の瑕疵【例えば建築制限など】も①ないし②に当たると解される(私見。改正前の「隠れたる瑕疵」の解釈として最判昭和41・4・14に同旨。但し、建物評価の問題として、権利瑕疵に関する改正前民法566条類推とするのは、東京高裁平成15・1・29、名古屋高裁平成23・2・17などがあり、改正法下では、法律上の瑕疵は解釈に委ねられるとするのは日弁連編・前掲380頁)。③は、改正前民法の数量指示売買に当たる(改正前民法565条、最判昭和43・8・20参照)。

 なお、改正前民法の「隠れた瑕疵」の「隠れた」の意味は、買主側の瑕疵に関する善意無過失(瑕疵の認識可能性)を指していたので、改正法は、当事者の主観的事情は、契約内容の解釈に解消されるとして、契約適合性と独立して判断することは理論的でないと考え、「隠れた瑕疵」という用語を採用しなかった(潮見・概要260頁参照)。

 

☆特定物ドグマと民法483条

 改正前民法483条は、「債権の目的が特定物の引渡しであるときは、弁済をする者は、その引渡しをすべき時の現状でその物を引き渡さなければならない。」とし、特定物ドグマの根拠とされていたが、改正法は、特定物ドグマを否定したので改正法第483条は「債権の目的が特定物の引渡しである場合において、契約その他の債権の発生原因及び取引上の社会通念に照らしてその引渡しをすべき時の品質を定めることができないときは、弁済をする者は、その引渡しをすべき時の現状でその物を引き渡さなければならない。」という規定に修正されている。この規定から、品質の契約不適合性は、「契約その他の債権の発生原因及び取引上の社会通念」に照らして総合的に判断することになる(日弁連編・前掲380頁参照)。

 

 買主が、損害賠償請求権を行使する場合は、債務者(売主)の帰責事由が必要となるが(改正法第564条、415条参照)、買主の追完請求権の行使に当たっては、売主の帰責事由は不要である(本条に帰責事由の定めなし。代金減額請求権、解除も同じく売主の帰責事由は不要である。)。これに対し、買主に目的物の契約不適合について、帰責事由がある場合は、買主の追完請求権は否定される(本条第2項。☆ 代金減額請求権、解除も同じ。但し、損害賠償請求は債権者の過失相殺の規定がある。)。かかる場合、買主を保護する必要はないからである。

 なお、売主は、買主に不相当な負担を課するものではないときは、買主が請求をした方法と異なる方法による履行の追完をすることができるとされ(本条1項但し書き)、追完における売主の便宜を図っている。例えば、輸入品である冷蔵庫の代替物を要求されても、時間をかけて代替物を用意するより、修理や部品の一部交換で追完するほうが、短期で解決できる場合などが考えられる。

 

☆追完請求権と履行請求権の関係

 改正前民法における瑕疵担保責任の契約責任説や不特定物売買における追完請求に関連して、追完請求権は、本来の債務の履行請求権の一種とみる見解が一般的だったようである【履行請求権=追完請求権】。しかし、これでは改正法が債権者に帰責事由がある場合に追完請求権が否定されることの説明がつかない。そこで、履行請求権と追完請求権は異質のものとみて、債務不履行(契約不適合)を理由として買主に与えられる救済手段の一種と解する見解が主張されている(潮見・新総論Ⅰ334頁)。もっとも、そうなると契約適合義務は、本来の債務とは内容を異にするということであり、従来の瑕疵担保責任に関する契約責任説の考えを修正することになろう(私見)。

 

 

訴訟代理人のつぶやき「民法改正ノートその3 売買と契約不適合責任その1」

 

【概説】改正前民法において、売買契約において瑕疵担保責任に代表される売主の担保責任の規定が詳細に定められていた。

これらの規定は、従前、特定物売買に関する、いわゆる「特定物ドグマ」=特定物に瑕疵(欠陥)があっても現状のまま引き渡せば足り(改正前民法483条)、瑕疵のない完全物の引渡は債務内容ではないという理解を前提に、瑕疵担保責任は、特定物引渡と代金支払いの等価性を守り、公平の観点から善意の買主を保護するための、売主に課せられた無過失の法定責任であるという理解(瑕疵担保責任における法定責任説)が通説であった(例えば、我妻=有泉編・民法コンメンタール第2版追補版1067頁以下など参照)※。

しかしながら、改正法は、原始的不能も有効として、特定物であっても瑕疵のない完全物の引渡も債務の内容であり、その瑕疵は、履行不能ないし不完全履行の一種として、債務不履行になる以上、瑕疵担保責任を債務不履行責任として理解し(瑕疵担保責任における債務不履行責任説【契約責任説】の採用、権利の瑕疵など他の担保責任も同じ、従前の瑕疵担保責任の削除、他の担保責任を含めた修正の規定を設けた(契約不適合責任)。

すなわち、①従来の法定責任説がいう「瑕疵」担保責任等は廃止され、権利ないし目的物の瑕疵履行(不完全履行)は売買目的物の種類、性質、数量などに関する契約不適合責任という概念に解消され各種規定が整備された(従来の契約責任説の考えを採用。潮見佳男・新債権総論Ⅰ199頁以下参照、日本弁護士会編・実務解説改正債権法377頁以下参照)。

そして、改正法は、契約不適合責任の内容として、②従来、瑕疵修補請求といわれていた買主の追完請求権(改正法562条)、③追完不能の場合の買主の代金減額請求権(改正法563条)を明文で認め、その他の詳細な規定をおいている(新設)。なお、損害賠償は債務不履行の改正法415条以下、解除については改正法541条以下の一般規定の適用を前提とする。

更に売買契約の規定に関し、④従来の判例通説の解釈を明示する改正も一部行われている(解約手付け危険の移転に関する規定など)

 

※特定物と瑕疵担保責任の法的性質

 特定物に関して、改正前民法は以下の規定を置いていた。

 

(特定物の引渡しの場合の注意義務)

改正前第400条 「債権の目的が特定物の引渡しであるときは、債務者は、その引渡しをするまで、善良な管理者の注意をもって、その物を保存しなければならない。

(種類債権)

改正前第401条 (※改正法でも同じ)

第1項「債権の目的物を種類のみで指定した場合において、法律行為の性質又は当事者の意思によってその品質を定めることができないときは、債務者は、中等の品質を有する物を給付しなければならない。

第2項「前項の場合において、債務者が物の給付をするのに必要な行為を完了し、又は債権者の同意を得てその給付すべき物を指定したときは、以後その物を債権の目的物とする。

(特定物の現状による引渡し)

改正前民法483条「債権の目的が特定物の引渡しであるときは、弁済をする者は、その引渡しをすべき時の現状でその物を引き渡さなければならない。」

(債権者の危険負担)

改正前第534条

第1項「 特定物に関する物権の設定又は移転を双務契約の目的とした場合において、その物が債務者の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときは、その滅失又は損傷は、債権者の負担に帰する。

第2項「不特定物に関する契約については、第四百一条第二項の規定によりその物が確定した時から、前項の規定を適用する。

(売主の瑕疵担保責任)

改正前第570条

「売買の目的物に隠れた瑕疵があったときは、第五百六十六条の規定を準用する。ただし、強制競売の場合は、この限りでない。」

(地上権等がある場合等における売主の担保責任)

改正法第566条

第1項「売買の目的物が地上権、永小作権、地役権、留置権又は質権の目的である場合において、買主がこれを知らず、かつ、そのために契約をした目的を達することができないときは、買主は、契約の解除をすることができる。この場合において、契約の解除をすることができないときは、損害賠償の請求のみをすることができる。」

第2項「前項の規定は、売買の目的である不動産のために存すると称した地役権が存しなかった場合及びその不動産について登記をした賃貸借があった場合について準用する。」

第3項「前二項の場合において、契約の解除又は損害賠償の請求は、買主が事実を知った時から一年以内にしなければならない。

 

 特定物とは、物の個性に着目した概念である。例えば、当事者が「地番 ※※区××35番地 地目 宅地 地積200㎡」の一筆の土地を売買の対象物とする場合である。これに対し、不特定物とは、物の個性に着目せず、ノートパソコン1台というように市場で流通していて代替性のあるものであり、種類物ともいう(401条)。

 一般的にいえば、特定物とは、売買の対象として具体的に特定された(当事者にとって)この世で一個しかなく、代替物を市場で調達すること(変更すること)が困難なものといってよい(具体的に特定された土地や建物、中古の自動車など)。

 もっとも、より正確にいうと、代替可能な種類物も401条2項により、特定すると特定物となるので(この意味では、すべての売買の対象物は、最終的に必ず特定により特定物として扱われることになる。)、当事者が合意すれば代替可能な特定物もあり得る(在庫品として倉庫に1個だけあったノートパソコンで売約済みとなったものなど)

 この意味で、特定物か不特定物・種類物の区別は、当事者の主観である【通説 奥田・前掲41頁、潮見・新総論Ⅰ188頁参照】。これに対し、代替性・不代替性は、取引通念によって客観的に判断される。但し、不代替性が特定物の前提とする理解もある【柚木】。

 そして特定物の引渡しについて、引渡まで債務者は保存義務があり、その程度は善管注意義務ととされ(改正前400条)、引渡しの際に現状引渡しで足りるとされた(改正前483条)。さらに特定物の引渡前に滅失等した場合、その危険は債権者が負担するという債権者主義の規定も定められていた(改正前534条)。

 既述したとおり、特定物においては、瑕疵・損失があっても、現状のまま引き渡せばよく、瑕疵のない完全物の引渡は債務の内容にならないとする考え(特定物ドグマ)が通説により支持されていた。

 

 改正前570条の瑕疵担保責任も、この特定物ドグマを前提とする原始的一部不能の特定物の引渡の不都合性を補完するため、債務不履行責任とは異なる売主の特別な法定責任との理解が通説となっていた(法定責任説。柚木、我妻など通説。我妻=有泉・前掲1067頁以下、奥田昌道・債権総論増補版161頁参照。)。これは、瑕疵担保責任の内容として、代金減額請求権や瑕疵修補ないし代替物請求(追完請求権)が定められていないことからも(改正前570条は、566条を準用するが、改正前563条は準用していない。)、債務不履行責任とは異質の責任という理解されていた(なお、権利の一部が他人に属する場合の改正前563条は、代金減額請求を認めており、また、他人の権利売買に関する改正前560条・561条の規定などからも、完全の権利の移転は、売買契約の債務の内容となっており、権利の瑕疵に関しては、改正前570条の瑕疵担保責任と異なり、法定責任と考える必要はない、つまり権利の瑕疵の担保責任つき、債務不履行責任の特則とする見解もあった【我妻=有泉・前掲1057頁。この見解は、担保責任を無過失責任、売主や買主の主観面(善意・悪意)、1年の期間制限など債務不履行責任一般とは要件効果が違うという認識をもっており、その意味で、一般の債務不履行責任とは異なると見ている。なお、権利瑕疵の場合、担保責任規定を優先させるが、売主に帰責事由がある場合は、債務不履行による契約解除・損害賠償請求が可能とし、両者の競合・選択的行使を認めているのは、奥田・前掲159頁~160頁。最判昭和41・9・8も参照。】)。

 

 これに対し、瑕疵担保責任を債務不履行責任の一種と解する契約責任説も有力に主張されていた(北川など。近時は内田貴・民法Ⅱ債権各論126頁以下など学説上支持を広げていた。)。この見解は特定物ドグマを批判し、不特定物に瑕疵担保責任を認める(☆)、追完請求権や履行利益の損害賠償請求を認めるなどが主張された。なお、法定責任説に立ちながら、不特定物の追完請求権(完全履行請求権)については、一般債権の消滅時効の10年と瑕疵担保責任の除斥期間の1年との不均衡から、信義則上期間制限する見解もあった(奥田昌道・債権総論増補版161頁参照)。

 

 特定物ドグマによれば、在庫品として倉庫に1個だけあったノートパソコンで売約済みの特定された売買目的物が引き渡し前に当事者の責めに帰すべき事由によらずに損傷・故障した場合、買主は代替物の請求※も修理の請求もできず、代金を支払わなければならない結果となるが、これは買主にとって酷であるし、取引通念にも反して妥当ではない。もちろん、改正前570条の適用により、解除や損害賠償請求で保護されるとしても、代替可能にもかかわらず、代替物請求ができないことや修理請求できないということの不合理は、法定責任説の立場では、当事者間で追完や代金減額を認める「特約」を設けない限り、解消はできない。また、従来、権利の瑕疵や不特定物の瑕疵については、瑕疵のないことが債務内容として認められているのに、特定物の瑕疵のみ、瑕疵のないことが債務内容とならないというのはバランスを欠く。履行可能ないし追完可能かどうかということと債務内容となるかということは、理論としては区別しうるものである。

 

 そこで、改正法は、従来の法定責任説を採用せず、上記契約責任説の立場を基礎として、売買の担保責任を規定を削除・修正・整備を図ったものである。

 

☆不特定物売買の判例

 判例は、不特定物の売買による引渡後、隠れた瑕疵が発見されても、いったん受領したからといって、完全な請求をすることができなくなるものではなく、「債権者が、瑕疵の存在を認識した上でこれを履行として認容し債務者に対しいわゆる瑕疵担保責任を問うなどの事情」がない限り、責めに帰すべき事由に基づく債務不履行の一場合として、損害賠償請求及び契約解除権を有するという(最判昭和36・12・15)。この判例については、不特定物売買に瑕疵担保責任が適用がほとんどなくなるとの批判があった(例えば、内田貴・前掲129頁など)。瑕疵担保責任か債務不履行責任かでは、損害賠償及び解除の行使期間で差異があるので、履行として認容して、不利となる瑕疵担保責任のみ請求する債権者は、事実上ほとんどいないからである。なお、改正法では、特定物も不特定物売買も契約不適合責任(不完全履行としての債務不履行責任)の問題となるので、本判例は意味を失うことになろう。

※不特定物売買の特定後の変更権

 改正前の学説には、不特定物売買の特定後に代替物の請求(変更権)が認められないのは不都合であるので、「特定」は種類債権を履行するための手段にすぎないとし、変更権を認める見解も有力であった(奥田・前掲45頁)。