訴訟代理人のつぶやき「民法改正ノートその2 債務不履行・危険負担と解除制度その3」
※※履行に代わる損害賠償請求(塡補賠償請求)
本条項(415条2項)は、履行に代わる損害賠償請求、すなわち塡補賠償請求を認めるものである。改正前民法においても、判例通説により解釈上認められていたが、改正法は、条文上明確にした。1号の履行不能、3号の解除された場合または解除権が発生した場合は、従来も解釈上認められていたものであるが、2号の債務者による履行拒絶を理由とする塡補賠償請求を認める趣旨は、履行拒絶が明確に表示された場合は、実質的に履行不能と同じだからである。
☆不完全履行の法的構成
改正前民法は、債務不履行として、履行遅滞、履行不能を明示していたが、解釈論上、これ当たらない第三の類型としての不完全履行【履行行為の瑕疵により損害を生じさせること=瑕疵履行】または本来の給付義務とは別の保護義務違反の損害賠償責任を「債務の本旨に従わない」ものとして、債務不履行の一種として理解していた(奥田・前掲157頁以下)。
改正法も不完全履行や保護義務違反について明示を欠くが、否定する趣旨ではなく、解釈に委ねているものと解されるし、むしろ前提にしている規定すらある(消滅時効に関する改正法167条参照)。なお、権利の瑕疵についての不完全履行は、従来、売買契約における売主の瑕疵担保責任等との関係が議論されたが、改正法により、大幅な変更がなされたので、別途、売買の箇所で論じる予定である。
(損害賠償の範囲)
改正法第416条※
第1項「債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。
第2項「特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったときは、債権者は、その賠償を請求することができる。」
※通常損害と特別損害
第1項は改正前と同じであり、第2項は、「予見することができた」を「予見すべき」との表現に変えている。規範的な意味を込める趣旨だが、本条の解釈は、従来の判例学説の考えを踏襲するものとなる(潮見・新総論Ⅰ448頁参照。なお、判例通説は、不法行為にも改正前416条を類推適用していた。)。
従前の判例通説によれば、通常損害とは「その種の債務不履行があれば、社会一般の観念にしたがって通常発生するものと考えられる範囲の損害」であり、たとえば「売主の不履行のために買主が他から同種の物を買い入れたときは、その代金の差額および費用、賃借人が賃借物を滅失したとき(返還義務の履行不能)は、賃借物の市価、賃借物を返還しないとき(履行遅滞)は、賃料相当額、利息付債務の不履行(履行遅滞)のときは、利息相当額が通常生ずべき損害」であり、特別損害とは「通常損害の枠をはみ出るような損害」という(奥田・前掲178頁)。特別損害は、①履行期又は債務不履行時において②損害の原因である特別の事情について債務者の予見可能性が必要であるが、通常損害においては、債務者の予見可能性は不要である(奥田・前掲178頁~179頁。例えば、判例は戦争や物価上昇による目的物の価格騰貴を特別の事情として理解している。大判大7・8・27、最判昭和37・11・16、最判昭和47・4・20など)。但し、他方で、下級審裁判実務・旧通説は、本条は、ドイツ民法学説の「相当因果関係説」を採用したものであり、相当な損害について賠償責任を認めるものと解して、「当該損害が相当かどうか」で判断する傾向もある(理由を明示することはあまりない)。
これらの判例通説の見解に対して、批判説も有力である(詳細は、奥田・前掲179頁以下参照。奥田説自体も判例通説を修正すべきという。なお、平井宜雄説に代表される保護範囲説など近時の批判説の詳細は、潮見・新総論Ⅰ454頁以下参照)。これらの見解の対立は、別の角度からいうと、つまり損害概念からみると、損害差額説(通説)と損害事実説の対立となる。
(受領遅滞)
改正法第413条※
第1項「債権者が債務の履行を受けることを拒み、又は受けることが出来ない場合において、その債権の目的が特定物の引渡しであるときは、債務者は、履行の提供をした時からその引渡をするまで、自己の財産に対するのと同一の注意をもって、その物を保存すれば足りる。」
第2項「債権者が債務の履行を受けることを拒み、又は受けることができないことによって、その履行の費用が増加したときは、その増加額は、債権者の負担とする。」
※受領遅滞の効果
改正前民法第413条は、「債権者が債務の履行を受けることを拒み、又は受けることができないときは、その債権者は、履行の提供があった時から遅滞の責任を負う。」とあり、債権者の受領拒否ないし受領不能の遅滞責任=受領遅滞の効果について、明瞭ではなかった。解釈論としては、債務者の注意義務の軽減や債権者の費用の負担などがいわれていたが(奥田・前掲221頁、230頁など)、本条はこれを明確化したものである(危険負担の移転については、改正法第565条を参照)。
但し、受領遅滞の場合、受領義務の有無、債務不履行による損害賠償や解除権の発生の有無に関しては、明示していないので、従来通り、解釈論上議論となろう(従来の学説【法定責任説・債務不履行説・折衷説など。判例は法定責任説といわれる。】につき、奥田・前掲224頁以下参照)。なお、改正法第492条は「債務者は、弁済の提供の時から、債務を履行しないことによって生ずべき責任を免れる」と明示し、弁済の提供の効果として、損害賠償責任及び解除権が発生しないことを含意しているとされる(潮見・概要186頁以下)。
(履行遅滞中または受領遅滞中の履行不能と帰責事由)
改正法第413条の2
第1項「債務者がその債務について遅滞の責任を負っている間に当事者双方の責めに帰することができない事由によってその債務の履行が不能となったときは、その履行の不能は、債務者の責めに帰すべき事由によるものとみなす。」※
第2項「債権者が債務の履行を受けることを拒み、又は受けることが出来ない場合において、履行の提供があった時以後に当事者双方の責めに帰することができない事由によってその債務の履行が不能となったときは、その履行の不能は、債権者の責めに帰すべき事由によるものとみなす。」※※
※債務者の履行遅滞中の不能
不能が当事者双方に帰責事由がなくても、当該履行不能を債務者の帰責事由のあるものとして扱う規定であり、改正法による新設である。
※※債権者の受領遅滞中の不能
受領遅滞中の不能について、双方に帰責事由がなくても、当該履行不能を債権者の帰責事由のあるものとして扱う規定であり、改正法による新設である。よって、この場合、債権者は、契約を解除することができず(改正法543条)、反対債権の履行を拒絶できない(改正法536条2項)。他方、債務者は帰責事由は擬制されないので、債務不履行による損害賠償責任は負わない(改正法415条1項但し書き)。
(中間利息の控除)
改正法第417条の2※
第1項「将来において取得すべき利益についての損害賠償の額を定める場合において、その利益を取得するすべき時までの利息相当額を控除するときは、その損害賠償の請求権が生じた時点における法定利率により、これをする。」
第2項「将来において負担すべき費用についての損害賠償の額を定める場合において、その費用を負担すべき時までの利息相当額を控除するときも、前項と同様とする。」
※損害賠償と中間利息
本条は、逸失利益など将来において取得すべき利益や負担費用の損害賠償において、公平の観点から、その中間利息を控除して損害額を判断する実務の運用を明文化し、その利息相当額を法定利率(改正法第404条【3%を基礎とした変動利率】)としたものである。本条は、金銭賠償の原則(417条)とともに、不法行為に準用される(改正法第722条1項)。
(過失相殺)
改正法第418条
「債務の不履行又はこれによる損害の発生若しくは拡大に関して債権者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の責任及びその額を定める。」
※損害の発生・拡大と過失相殺
改正前民法418条に「損害の発生若しくは拡大に関して債権者に過失があった」場合を追加したものである。従来、実務及び解釈上認められていたものを明文化したものといってよい(日弁連編・前掲118頁参照)。
(金銭債務の損害賠償額の算定に関する特則)
改正法第419条
第1項「金銭の目的とする債務の不履行については、その損害賠償の額は、債務者が遅滞の責任を負った最初の時点における法定利率によって定める。ただし、約定利率が法定利率を超えるときは、約定利率による。」※
第2項「前項の損害賠償については、債務者は、損害の証明をすることを要しない。」
第3項「第1項の損害賠償については、債務者は、不可抗力をもって抗弁とすることができない。」
※利息損害【遅延損害】の基準時
利息損害を算定する際の法定利率の基準時を債務者が遅滞の責任を負った最初に時点と明記するものである(新設)。なお、2項3項は改正前と同じである。
(賠償額の予定)
改正法第420条
第1項「当事者は、債務の不履行について損害賠償の額を予定することができる。」※
第2項「賠償額の予定は、履行の請求又は解除権の行使を妨げない。」
第3項「違約金は、賠償額の予定と推定する。」
※賠償額の予定と裁判所の判断
本条項は、改正前民法420条1項後段「この場合において、裁判所は、その額を増減することができない。」と規定を削除し、暴利的過大な賠償額の予定に拘束されずに裁判所が賠償額を合理的に判断することの障害を除くものである(潮見・概要74頁参照。判例実務は信義則等を理由に過大な賠償額の予定を無効としていた【日弁連編・前掲119頁以下】)。なお、2項3項は改正前と同じである。
(代償請求権)
改正法第422条の2※
「債務者が、その債務の履行が不能となったのと同一の原因により債務の目的物の代償である権利又は利益を取得したときは、債権者は、その受けた損害の額の限度において、債務者に対し、その権利の移転又はその利益の償還を請求することができる。」
※債権者の代償請求権
従来、判例通説によって解釈上認められていた債権者の代償請求権【保険金につき最判昭和41・12・23など、学説として奥田・前掲150頁以下など】について、明文化したものである(新設)。債務者の帰責事由の要否については解釈に委ねられている(潮見・概要75頁以下参照)。