訴訟代理人のつぶやき「民法改正ノートその2 債務不履行・危険負担と解除制度その4」
イ 解除制度
解除には、両当事者の合意に基づく合意解除、一定の事由の発生により解除権を留保する約定解除、一定の事由の発生により、当事者の一方が法律の規定により解除権を取得する法定解除がある(潮見・新総論Ⅰ551頁参照)。民法が規定するのは法定解除であり、一方的意思表示により契約関係を終了させる形成権である。類似の制度として、意思表示の無効・取消制度がある(無効は、当初から契約が無効であり、取消は有効な契約を事後的に取り消す【遡及的無効】という違いはあるが、事実上の契約関係を終了させるという点で共通し、その清算処理について、いわゆる給付不当利得の法理が問題となるので、契約の解除と類似する。)。
改正法の法定解除制度の趣旨は債権者の「契約の拘束力からの解放」である(後述)。
(催告による解除)
改正法第541条
「当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。ただし、その期間を経過した時における債務の不履行がその契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは、この限りではない。」※
※催告解除と軽微性の抗弁
本条は、改正前民法第541条に但し書き(軽微性の抗弁…最判昭和36・11・21、最判昭和43・2・23など参照)を加えたものである。☆
催告による解除について、履行不能は、改正法第542条の無催告解除の適用となるから、もっぱら履行遅滞が本条の適用となる(改正前民法の解釈であるが、我妻=有泉編・コンメンタール民法第2版追補版1041頁参照。但し、不完全履行のうち追完が可能な場合は、本条を類推して催告解除を認めるのは、同・1017頁)。
なお、本条を含め、改正法の解除について、債務者の帰責事由は要件ではないと解されている(日弁連編・前掲125頁参照)。改正法は、「債務者に対する責任追及の手段としての解除制度から、債務の履行を得られなかった債権者を契約の拘束力から解放するための手段としての解除制度」に変更したためである(潮見・概要241頁)。
すなわち、改正法下では、原始的不能も有効として、債権消滅構成の危険負担を削除した立法態度をとったため、改正前民法543条但し書きや通説(例えば、我妻=有泉編・前掲1016頁は、「解除は債務不履行の制裁的効果」であり、履行遅滞にも債務者の帰責事由を要求する。)のように債務者の帰責事由を解除の要件とするのは、反対債務を負う債権者に返って酷であるし、帰責事由を要件とする債務不履行の損害賠償責任とは別異に解除制度を解することにも合理性があるからである(私見)。
但し、改正法は、「契約からの解放という解除制度」を危険負担も射程においた一元処理構成を徹底するものではなく、既述したとおり、危険負担を履行拒絶権構成として理解し、解除と併存する履行拒絶権の抗弁の創設という制度設計をとっている。
改正前民法第541条
「当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めての履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。」
改正前民法第543条
「履行の全部又は一部が不能となったときは、債権者は、契約の解除をすることができる。ただし、その債務の不履行が債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。」
☆軽微性の抗弁の具体例
売買にあたり、土地の租税の納付に関する付随的な約束を合意し、その不履行があっても解除を認めない判例(最判昭和36・11・21 主たる目的達成に必須的でない付随的義務の不履行にすぎないという)などが参考になる。
(催告によらない解除)
改正法第542条※
第1項「次に掲げる場合には、債権者は、前条の催告をすることなく、直ちに契約の解除をすることができる。
一 債務の全部の履行が不能であるとき。
二 債務者がその債務の全部の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。
三 債務の一部の履行が不能である場合又は債務者がその債務の一部の履行を拒絶する意思を明確に表示した場合において、残存する部分のみでは契約をした目的を達することができないとき。
四 契約の性質又は当事者の意思表示により、特定の日時又は一定の期間内に履行をしなければ契約をした目的を達することができない場合において、債務者が履行をしないでその時期を経過したとき。
五 前各号に掲げる場合のほか、債務者がその履行をせず、債権者が前条の催告をしても契約をした目的を達するのに足りる履行がされる見込みがないことが明かであるとき。」
第2項「次に掲げる場合には、債権者は、前条の催告をすることなく、直ちに契約の一部の解除をすることができる。※※
一 債務の一部の履行が不能であるとき。
二 債務者がその債務の一部の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。」
※無催告解除の類型
従来の裁判例や学説を考慮して、催告を要しない無催告解除の類型として、本条は、以下の場合を定める。特に債務者の履行拒絶の意思が明確に表示された場合を履行不能と同視するという規定(A②と③b、B②)と催告しても契約目的達成の履行の見込みがない場合の無催告解除の規定(A⑤)を新設したことは、大きな特色である。
A 契約の全部解除の場合(本条1項)
①全部の履行不能(改正前民法第543条参照)
②全部の履行の拒絶意思が明確に表示された場合(実質①と同じ 新設)
③a一部の履行不能(改正前民法第543条参照)またはb一部の履行を拒絶意思が明確に表示された場合(実質 aと同じ 新設)、残存部分では、契約の目的達成が不可能な場合(従来の判例通説の解釈)
④定期行為(特定の日時又は一定の期間内の履行が契約の目的となっている場合)について、債務者が履行せず、その期間が経過した場合(改正前民法542条参照)
⑤上記①~④以外で債務者がその履行をせず、債権者が前条の催告をしても契約をした目的を達するのに足りる履行がされる見込みがないことが明かであるとき(新設)
B 契約の一部解除の場合(本条2項)
①一部の履行不能(改正前民法543条参照+従来の判例通説の解釈)
②一部の履行拒絶意思を明確に表示されたとき(実質①と同じ 新設)
※※契約の一部の無催告解除
本条1項3号前段と2項1号の一部不能の場合の解除規定は、改正前民法第543条が、一部不能でも常に契約全部の解除が可能なように読むことができたが、通説は、信義則による制限解釈をし、債務が不可分・契約の目的が達成できない場合に全部解除、それ以外は一部解除と解していたことから(我妻=有泉編・前掲1021頁)、この解釈を整理し明文化したものである(日弁連編・前掲130頁参照)。
改正前民法第543条
「履行の全部又は一部が不能となったときは、債権者は、契約の解除をすることができる。ただし、その債務の不履行が債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。」