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刑事弁護人の憂鬱

日々負われる弁護士業務の備忘録、独自の見解、裁判外の弁護活動の実情、つぶやきエトセトラ

訴訟代理人のつぶやき「民法改正ノート2 債務不履行・危険負担と解除制度その2」

 

      (債務不履行による損害賠償)

改正法第415条

第1項「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りではない。」※

第2項「前項の規定により損害賠償の請求をすることができる場合において、債権者は、次に掲げるときは、債務の履行に代わる損害賠償の請求をすることができる。※※

一 債務の履行が不能であるとき。

二 債務者がその債務の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。

三 債務が契約によって生じたものである場合において、その契約が解除され、又は債務の不履行による契約の解除権が発生したとき。」

 

 

 

 ※債務不履行と免責事由

 改正前も改正後も、債務不履行の法的効果が、損害賠償請求権の発生であることは、共通している。

 もっとも、改正前民法415条は「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。」と規定し、後段の履行不能は、「債務者の責めに帰すべき事由」=帰責事由が要件となっているが、前段の「債務の本旨に従った履行をしないとき」は帰責事由が要件となっていないように読める。

 しかし、判例通説は、前段(これは履行遅滞と不完全履行を含むとしつつ)も過失責任の原則から帰責事由が必要と解していた。そして、判例通説は、債権者に債務不履行の事実・損害・因果関係の主張・立証責任を負担させ、債務者に、帰責事由がないこと(過失がないこと)の主張・立証責任を負担させると解していた(奥田・前掲124頁参照)。

 この判例通説に対しては、債務不履行の根拠、つまり損害賠償請求権発生の根拠を過失責任の原則(これは不法行為と共通である)に求めるのではなく、契約の拘束力・契約の内容に求めるべきとの見解からの理論的批判があった(例えば、潮見・新総論Ⅰ377頁以下参照)。この「契約の拘束力説」でも、契約の内容に照らし、不履行のリスクを負わすことができない場合を認め、これを帰責事由の不存在=免責事由と位置づけていた。

 

 理論的対立はあるものの、判例通説の立場でも、履行遅滞が免責されることは、実際上、ほとんどなく、債務不履行でいう「故意・過失」は不法行為でいう「故意・過失」と全く同じものとは考えられていなかったといえる。このことは、帰責事由を故意又は過失、これと信義則上同視しうる場合と解して(不法行為における過失は、信義則上同視しうる場合を含むとはいわれない。)、いわゆる「履行補助者の故意・過失」の理論により、債務不履行責任の範囲を拡張することからも明らかである。

 

 以上の理論的対立を背景としつつも、改正法は、①帰責事由要件を維持し、これを債務不履行全般の「免責事由」と位置づけ、②帰責事由の判断に当たって「契約その債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるもの」かどうかを要求している。これは、履行不能の判断基準と同じである(なお、立法過程の中間試案では、「契約の趣旨」に照らしてという表現であった。)。

 

 この点、①帰責事由が免責事由とされたこと、②契約の内容が帰責事由の判断で考慮されていることから、本条項は、債務不履行に関し、従前の判例通説の過失責任の原則を採用するものではなく(帰責事由がないこと≠無過失過失責任の原則の放棄ないし切断)、「契約の拘束力説」に立ったものであると理解する見解が有力である(潮見・新総論Ⅰ379頁、同・概要68頁、山野目・前掲18頁、90頁参照。なお、立法過程の中間試案では、契約の拘束力説の立場から、「リスクの引き受け」を帰責事由、不可抗力を免責事由と理解するものもあり、無過失責任ないし英米法の厳格責任を認めるものではないかとの批判があった【山田創一・「安全配慮義務に関する債権法改正について」法学新報・第121巻第7・8号587頁~590頁】。)。この立場からは、従来の「履行補助者の故意・過失」の問題は、改正前民法105条の削除と相まって、判例・通説の解釈は修正変更をせまられるという(潮見・概要68頁以下、同新総論Ⅰ405頁以下参照)。

 

 しかしながら、従来の判例通説の立場でも、本条項は、帰責事由の免責事由化は、帰責事由がすべての債務不履行の要件であるとともに、その主張・立証責任が債務者にあるという従来の解釈を明確化したものという理解も成り立つ(日本弁護士連合会編・実務解説改正債権法108頁参照)。

 確かに改正法の規定は、有力学説がいうとおり、帰責事由の判断に当たって、「契約その債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」を考慮することは、不法行為責任と違って契約の趣旨を考慮することを示唆するものである。

 もっとも、従来、「過失とは、一般的には、その人の職業、その属する社会的・経済的な地位などにあるものとして、取引生活上一般に要求される程度の注意(善良なる管理者の注意)を欠いていたために違法な結果の発生を認識しえず、したがって、違法な結果の発生を妨げるための適切な措置(結果回避措置)をとらなかった場合」であり、「債務不履行についていえば、債務者が右のような注意を欠いたために債務不履行を生ずべきことを認識しないこと、したがってまた、債務不履行を回避すべき適切な措置をとならなかったこと」といわれ(奥田・前掲125頁)、債務不履行は「債務の本旨に従った」ものではないものであるから、その判断は契約の趣旨等が考慮される。この意味で、改正法の帰責事由の解釈が改正前と大きく変わることは考えにくい(日弁連編・前掲110頁参照)。

 逆に保護義務・安全配慮義務違反は、不法行為上の過失と重なってくる(保護義務違反により侵害される利益は一般には不法行為法上の保護対象であり【奥田・前掲164頁】、改正法においては、生命身体を害する場合の債務不履行による損害賠償請求と不法行為による損害賠償請求権が同じ消滅時効期間に服することも参照)。

 そこで、改正法は、債務不履行における「過失責任の原則」=帰責事由を維持しつつ、その解釈に当たって、特に契約の趣旨等を考慮すべしということを確認した規定との理解も可能であろう(私見)。

 

 但し、「履行補助者の故意・過失」については、改正前105条の削除等との関係から、新たな解釈が必要となろう(学説が指摘するとおり、少なくとも、履行代行者の選任監督の過失でよいとして債務者の責任を軽減する代表的な我妻説は説得力を欠くことになる。この点は、別の機会に論じる予定である。)。

 

 

訴訟代理人のつぶやき「民法改正ノート2 債務不履行・危険負担と解除制度その1」

 

  【概説】改正前民法においては、債務不履行とは、履行遅滞、履行不能、不完全履行をいい、その共通の要件として、債務者に故意又は過失その他信義則上同視しうる事由つまり、債務者の責めに帰すべき事由(改正前415条後段 帰責事由)が、解釈として、要求されていた(我妻=有泉コンメンタール民法第2版追補版734頁以下、奥田昌道・債権総論増補版125頁など通説 過失責任主義)。また、契約の解除も帰責事由を要件とする債務不履行を前提とするものであった。

       しかし、債務不履行責任に過失責任主義(帰責事由)を採用することの批判や、帰責事由の判断基準が明確でないとの批判、帰責事由のない履行不能は、契約成立前は原始的不能の問題、契約成立後は、危険負担の問題(改正前534条等)として扱われ、取引当事者の合理的意思にそった妥当な解決とは言いがたい結論(前者は契約の無効、後者は反対債務の存否として自動的に消滅か【債務者主義】、存続か【債権者主義】)は学説上批判もあった(内田貴・「民法改正のいま 中間試案ガイド」 113頁~118頁、131頁~140頁参照)。

       もっとも、帰責事由の要件を完全に排除するのは、利益衡量上、問題があるとの反論も根強かった。

       そこで、改正法は、債務不履行の要件として、帰責事由を免責事由として維持して債務不履行の規定(要件・効果)を整備し(但し、帰責事由=故意・過失と理解するかどうか解釈論上の議論は残る。後述)、②危険負担の規定を削除・修正し、原始的不能による双務契約を無効とせず、③解除を債務不履行の効果ではなく、債権者の契約関係からの解放の制度として位置づける制度として再構成を図ったものである。

 

 ア 債務不履行と危険負担

 

  (履行期と履行遅滞)

    改正法第412条※

第1条「債務の履行について確定期限があるときは、債務者は、その期限の到来した時から遅滞の責任を負う」

第2条「債務の履行について不確定期限のあるときは、債務者は、その期限が到来した後に履行の請求を受けた時又はその期限の到来したことを知った時のいずれか早い時から遅滞の責任を負う。」

第3項「債務の履行について期限を定めなかったときは、債務者は、履行の請求を受けた時から遅滞の責任を負う。」

 

 ※履行遅滞

  本条1項3項は、改正前と同じ規定である。そして本条は、後述する帰責事由を債務不履行の損害賠償責任の免責事由とする改正法415条1項からすると、履行遅滞は、「債務の本旨に従った履行をしないとき」に当たるから、債務者の帰責事由がないときは、遅滞の責任を負わないということになる(免責事由 改正法415条1項但し書き)。第2項は、改正前の規定「債務の履行について不確定期限があるときは、債務者は、その期限の到来したことを知った時から遅滞の責任を負う」を修正して、①期限到来後の請求を受けた時と②期限到来を知った時のいずれか早い時を履行遅滞の不履行時点としたものである。

 

  (履行不能)

    改正法第412条の2

第1項「債務の履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能であるときは、債権者は、その債務の履行を請求することができない。」※

第2項「契約に基づく債務の履行がその契約の成立に不能であったことは、第四百十五条の規定によりその履行の不能によって生じた損害の賠償を請求することを妨げない。」※※

 

※履行不能の判断基準

  本条項は、債権者が債権に基づいて債務者に対する履行請求権を有することを前提に、履行不能の場合は履行請求できないという当然のことを明示すると同時に履行不能の判断基準として「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」という概念を新設したものである。すなわち、契約等に関する一切の事情に基づき取引通念によって判断される。具体的には契約当事者の主観的事情のほか、契約の目的、性質、契約締結に至る経緯など客観的事情を考慮することを意味する(潮見・民法(債権関係)改正法の概要54頁参照)。これは、特定物の滅失による物理的不能はもとより、法律的不能や一部の滅失や瑕疵でも当該契約の目的を達成できない場合も含む(改正前の解釈でも、履行不能とは「単に物理的不能であるということではなくして、社会生活における経験法則または取引の通念にしたがえば、債務者が履行を実現することについて、もはやその期待可能性がない」場合と解されていた【奥田・前掲144頁参照】)。もっとも、本条項は任意規定であるから、契約上、履行不能に関する特約を設けることは可能である。

 

※※履行不能と原始的不能

  改正前の民法では、契約締結時までに契約の目的である特定物が滅失していた場合原始的不能)、契約は無効であり(奥田・前掲145頁以下参照、旧民法財産編322条1項及びドイツ民法旧306条も参照)、契約締結後に特定物が債務者の責めに帰すべき事由によらず滅失した場合(後発的不能)は、危険負担の問題とされた(双務契約上の反対債権の存否の問題とする。改正前534条等。対価危険の問題ともいう【奥田・前掲145頁】)。

 

 しかし、原始的不能の場合も後発的不能の場合も、どちらも契約の目的を達成できない履行不能の場合である。債務者に帰責事由のある履行不能の場合であれ、原始的不能及び後発的不能の場合であれ、債権者にとってみれば、あずかり知らぬことにより履行不能になる点は変わりはない(奥田・前掲148頁注(5)は、原始的不能の場合でも無効主張を制限した方がよい場合や、あるいは原始的不能の悪意の債務者に対し善意の債権者からの履行利益の賠償請求権をみとめてよいのではないかと指摘する。内田貴・民法Ⅲ第2版25頁は原始的不能の債務からも債務不履行の責任(信頼利益)を認めうるという。従前の原始的不能の議論につき、潮見佳男・新債権総論Ⅰ・76頁以下も参照)。

 また、危険負担の債権者主義(改正前534条)が不合理な規定(特定物の引渡債務は消えるが、反対給付例えば代金債務は残るなど)であるとの学説上の批判は、多く、実務上も適用された事例は乏しい。

 

 そこで、改正法は、契約に基づく債権の履行がその成立の時に不能であったときであっても、契約はその効力を妨げられない、つまり原始的不能でも契約は有効と考え(本条2項はこのことを前提とする。改正法542条も同じ。比較法としてドイツ民法新311a条参照)、債務者に帰責事由があれば(改正法415条)、損害賠償請求(履行利益)ができることを明示し(本条第2項)、同時に危険負担の改正前534条、535条を削除した

 また、本条2項は、原始的不能を理由とする契約解除を否定するものではない(潮見・概要62頁)。つまり、債権者は、契約の目的を達成できない場合は、債務者の帰責事由の有無に関係なく、契約を解除して契約関係を解消することになる(改正法542条の無催告解除 但し、改正法543条の解除制限に注意 後述)。

 これは、双務契約において、債務の履行が不能である場合に、債権者が自己の負担する反対債務から解放されたければ、債権者は、契約解除の意思表示をしなければならず、履行不能になったからといって、反対債務が当然に消滅するわけではないことを意味する(潮見・概要248頁)。すなわち、改正法は、①危険負担の債権消滅構成から履行拒絶構成へ変更し、②反対債務からの解放制度として契約解除(改正法542条等)を位置づけたのである(後述)。

 

(債権者の危険負担)

改正前第534条

  第1項 「 特定物に関する物権の設定又は移転を双務契約の目的とした場合において、その物が債務者の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときは、その滅失又は損傷は、債権者の負担に帰する。」

  第2項「不特定物に関する契約については、第四百一条第二項の規定によりその物が確定した時から、前項の規定を適用する。」

 

(停止条件付双務契約における危険負担)

改正前第535条  

  第1項「前条の規定は、停止条件付双務契約の目的物が条件の成否が未定である間に滅失した場合には、適用しない。」

  第2項「停止条件付双務契約の目的物が債務者の責めに帰することができない事由によって損傷したときは、その損傷は、債権者の負担に帰する。」

  第3項「停止条件付双務契約の目的物が債務者の責めに帰すべき事由によって損傷した場合において、条件が成就したときは、債権者は、その選択に従い、契約の履行の請求又は解除権の行使をすることができる。この場合においては、損害賠償の請求を妨げない。」 

 

(債務者の危険負担等)※

改正法第536条

第1項「当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。」

第2項「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができになくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなけれならない。」

 

※危険負担制度と履行拒絶権

 改正前民法534条乃至536条が定めていた危険負担制度は、双務契約の一方の債務履行が後発的不能になった場合、反対債務は存続するか(債権者主義)、消滅するか(債務者主義)の問題、つまり債権消滅構成とされていたが、改正法は、双務契約の債務履行が不能の場合(原始的不能も後発的不能も含む)、債権者が債務者から反対債務の履行請求を拒絶できるものとして、つまり履行拒絶権構成を採用したものである。

 換言すると、危険負担制度は債権消滅構成から履行拒絶権構成に変更され、履行拒絶の抗弁が認められると履行請求は、引換給付判決ではなく、請求棄却判決となる(潮見・概要248頁参照。つまり、要件事実的には履行拒絶の抗弁は権利阻止事実であり、他方契約解除は権利消滅事実である【山野目章夫・「新らしい債権法を読み解く」23頁、102頁以下参照】。もっとも、債権者が解除の意思表示をしても、履行請求権は消滅するから、やはり請求棄却判決となろう。)。

 以上をふまえて、本条は、改正前536条を履行拒絶権構成として、修正整備を図るものである。債権者の履行拒絶権を制限する本条2項の「債権者の責めに帰すべき事由」とは、契約解除を制限する改正法543条の「債権者の責めに帰すべき事由」と同じ意味である(後述)。

 

 

 

訴訟代理人のつぶやき「民法改正ノート 時効その4(完)」

 

  ウ 消滅時効

 

   (債権等の消滅時効※)

    第166条 

       第1項「債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。

一 債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき。

二 権利を行使することができる時から十年間行使しないとき。

       第2項「債権又は所有権以外の財産権は、権利を行使することができる時から二十年間行使しないとき。」

       第3項「前二項の規定は、始期付権利又は停止条件付権利の目的物を占有する第三者のために、その占有の開始の時から取得時効が進行することを妨げない。ただし、権利者は、その時効を更新するため、いつでも占有者の承認を求めることができる。」

 

※ 債権等の消滅時効に関し、改正前166条、167条を改正し、一つにまとめた規定である(改正法166条2項3項は改正前と内容は変わらない。)。重要な点は、債権一般の消滅時効期間に関し、「権利を行使することができる時から10年間」(改正前166条1項、167条1項)から、①債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき(主観的起算点)、②権利を行使することができる時から十年間行使しないとき(客観的起算点)に変更されたことである。

 この消滅時効における二重の起算点の採用が今回の消滅時効の改正の最も大きな特色である。これに伴い、改正前民法に規定された職業別の短期消滅時効の特則(改正前170条から174条)は全て削除され(今日においては合理性を欠くため)、また、商事債権の5年の消滅時効の特則(商法522条)も廃止された。

 ①主観的起算点である「知った時」とは、権利行使が期待可能な程度に権利の発生およびその履行期の到来その他権利行使にとっての障害がなくなったことを債権者が知った時を意味する(潮見佳男・民法(債権関係)改正法の概要46頁)。

 但し、この①②の具体的な適用について若干注意が必要である。

 

  A 主観的起算点と客観的起算点が一致する債権の場合

    例えば、2031年8月31日が支払期限の貸金債権の場合、債権者は消費貸借契約を締結しているので、支払い期限を知っており、支払期日から5年経過(2036年8月31日)すると時効が完成する(主観的起算点①)。同時に支払期日から権利を行使できるので(この場合①②の起算点は一致する。)、10年の時効(客観的起算点②)との関係が問題となる。この場合は、時効が完成する5年の①が優先され、5年経過で時効が完成する。

 

  B 主観的起算点と客観的起算点が一致しない債権の場合※ ※※

    例えば、過払い請求など不当利得返還請求は、不当利得が成立したときから、権利を行使することができる。そうすると、以下の場合が生じる(①と②のづれ)。

   ⅰ 権利を行使することができる時から10年経過する前に「知った時」

      イ 権利を行使することができる時から3年目に知った場合

      :①が優先され、3年目から5年経過した時、つまり②の時から8年経過したときに時効が完成する。

ロ 権利を行使することができる時から6年目に知った場合

②が優先され、6年目から4年経過した時、つまり②の時から10年経過したときに時効が完成する。

ⅱ 権利を行使することができる時から10年経過後に「知った時」

②が優先され、10年経過で時効が完成する。つまり、10年プラス5年というような意味での時効延長は認められていない。

 

 ※保護義務・安全配慮義務違反(債務不履行)に基づく損害賠償請求

  保護義務・安全配慮義務違反(債務不履行)に基づく損害賠償請求も①②がずれる場合であり、同様に考えてよい(但し、改正法167条の特則に注意)。この場合、①は、不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効の起算点である「損害及び加害者を知った時」(改正法724条1号)と同じ時点を意味する(潮見佳男・民法(債権関係)改正法の概要46頁)。

 

※※消滅時効に関する改正法適用に当たっての注意

 本改正により、通常の取引から生じる債権の消滅時効期間は、「知った時」から5年を原則とすることになる。但し、前述したとおり、主観的起算点と客観的起算点がずれる債権、不当利得返還請求などについては、従来の消滅時効期間である10年よりも短くなることがあり、債権者保護の点から不利な点は否めない。また、改正法施行日前に債権が生じた場合又は原因である法律行為が施行日前に成立した場合は、従前の例、つまり改正前民法166条が適用され、施行日以後に発生した債権に関して改正法166条等が適用される(改正法附則10条以下。なお、時効障害事由も同じ)。それゆえ、債権の性質によって、消滅時効の起算及び期間が異なるのであり、実務上、改正法施行日以後、混乱が生じ得るので、注意しなければならない。

 

 (人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効)※

  第167条

    「人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効についての前条第一項第二号の規定の適用については、同号中「十年間」とあるのは、「二十年間」とする。」

 

 (不法行為による損害賠償請求権の消滅時効)

  第724条

    「不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。

一 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないとき

二 不法行為の時から二十年行使しないとき」※※

 

 (人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効)

  第724条の2

    「人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効については、同号中「三年間」とあるのは、「五年間」とする。」

 

 

 保護義務・安全配慮義務違反等債務不履行に基づく人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の客観的起算点の特則

  客観的起算点を10年から20年とするものである(改正法166条の特則)。かかる債権は、不法行為請求権と競合することが多いため、不法行為の時効の特則である改正法724条と同じ客観的起算点にすることで、バランスをとったのものである(債権者・被害者保護)。逆に主観的起算点を改正前民法では、不法行為は3年であったものを改正法では、本条とバランスをとるべく「人の生命又は身体を害する不法行為」の場合に5年とする特則を設けた(改正法724条の2)。

 

※※ 不法行為の消滅時効の客観的起算点

 改正前724条は「不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。」とされ、後段の二十年の期間を除斥期間と解されていた(判例・通説)。除斥期間とは、その期間内に権利行使をしないと、その後は一切権利行使ができなくなる期間をいう(四宮=能見・前掲387頁)。時効の中断(更新)は認められず、当事者の援用も不要で有り、権利の発生した時を起算点とし、権利の消滅の効果は遡及しない、時効の停止(猶予)も認められないと解されていた。しかし、不法行為の被害者が加害者を発見し権利を行使できるようになるのに28年かかった事案につき、判例(最判平成元・12・21)は、除斥期間を根拠に損害賠償請求を認めなかったことに対し、学説上、批判が大きくなった(我妻=有泉・前掲1395頁以下)。そこで、判例は、除斥期間という理解を維持しつつも、民法158条を類推し(最判平成10・6・12)、あるいは160条を類推し(最判平成21・4・28)停止を認めるもの、時効の起算点を不法行為時から損害の発生時(死亡、発症時など)にずらす判断をするもの(最判平成16・4・27、最判平成18・6・16など)、があった。今回の改正により、20年の期間が時効期間となり、中断(更新)・停止(猶予)は可能となったが、それでも20年を超える事案について、客観的起算点をどのように解するかは、解釈に委ねられている(「不法行為の時」という表現は改正法でも同じなので)。よって、従来の起算点に関する判例の趣旨を改正法においても妥当するかどうかは、今後の判例の展開を見なければならない。なお、主観的起算点は改正前と同じであり、時効期間は3年である。

 

 

 (定期金債権の消滅時効)※

   第168条

     第1項「定期金の債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。

一 債権者が定期金の債権から生ずる金銭その他の物の給付を目的とする各債権を行使することができることを知った時から十年間行使しないとき

二 前号に規定する各債権を行使することができる時から二十年間行使しないとき。」

     第2項「定期金の債権者は、時効の更新の証拠を得るため、いつでも、その債務者に対して承認書の交付を求めることができる。」

 

※定期金債権の消滅時効に関し、主観的起算点から10年、客観的起算点から20年としたほか(本条1項)、「中断」を「更新」に形式的に変更したものである(本条2項)。

 

 

 (判決で確定した権利の消滅時効)※

   第169条

     第1項「確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって確定した権利については、十年より短い時効期間の定めがあるものであっても、その時効期間は、十年とする。」

     第2項「前項の規定は、確定の時に弁済期の到来していない債権については、適用しない。」

 

※改正前174条の2を形式を変更したが、実質は従前と同じである。