訴訟代理人のつぶやき「民法改正ノート2 債務不履行・危険負担と解除制度その1」
【概説】改正前民法においては、債務不履行とは、履行遅滞、履行不能、不完全履行をいい、その共通の要件として、債務者に故意又は過失その他信義則上同視しうる事由つまり、債務者の責めに帰すべき事由(改正前415条後段 帰責事由)が、解釈として、要求されていた(我妻=有泉コンメンタール民法第2版追補版734頁以下、奥田昌道・債権総論増補版125頁など通説 過失責任主義)。また、契約の解除も帰責事由を要件とする債務不履行を前提とするものであった。
しかし、債務不履行責任に過失責任主義(帰責事由)を採用することの批判や、帰責事由の判断基準が明確でないとの批判、帰責事由のない履行不能は、契約成立前は原始的不能の問題、契約成立後は、危険負担の問題(改正前534条等)として扱われ、取引当事者の合理的意思にそった妥当な解決とは言いがたい結論(前者は契約の無効、後者は反対債務の存否として自動的に消滅か【債務者主義】、存続か【債権者主義】)は学説上批判もあった(内田貴・「民法改正のいま 中間試案ガイド」 113頁~118頁、131頁~140頁参照)。
もっとも、帰責事由の要件を完全に排除するのは、利益衡量上、問題があるとの反論も根強かった。
そこで、改正法は、債務不履行の要件として、①帰責事由を免責事由として維持して債務不履行の規定(要件・効果)を整備し(但し、帰責事由=故意・過失と理解するかどうか解釈論上の議論は残る。後述)、②危険負担の規定を削除・修正し、原始的不能による双務契約を無効とせず、③解除を債務不履行の効果ではなく、債権者の契約関係からの解放の制度として位置づける制度として再構成を図ったものである。
ア 債務不履行と危険負担
(履行期と履行遅滞)
改正法第412条※
第1条「債務の履行について確定期限があるときは、債務者は、その期限の到来した時から遅滞の責任を負う」
第2条「債務の履行について不確定期限のあるときは、債務者は、その期限が到来した後に履行の請求を受けた時又はその期限の到来したことを知った時のいずれか早い時から遅滞の責任を負う。」
第3項「債務の履行について期限を定めなかったときは、債務者は、履行の請求を受けた時から遅滞の責任を負う。」
※履行遅滞
本条1項3項は、改正前と同じ規定である。そして本条は、後述する帰責事由を債務不履行の損害賠償責任の免責事由とする改正法415条1項からすると、履行遅滞は、「債務の本旨に従った履行をしないとき」に当たるから、債務者の帰責事由がないときは、遅滞の責任を負わないということになる(免責事由 改正法415条1項但し書き)。第2項は、改正前の規定「債務の履行について不確定期限があるときは、債務者は、その期限の到来したことを知った時から遅滞の責任を負う」を修正して、①期限到来後の請求を受けた時と②期限到来を知った時のいずれか早い時を履行遅滞の不履行時点としたものである。
(履行不能)
改正法第412条の2
第1項「債務の履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能であるときは、債権者は、その債務の履行を請求することができない。」※
第2項「契約に基づく債務の履行がその契約の成立に不能であったことは、第四百十五条の規定によりその履行の不能によって生じた損害の賠償を請求することを妨げない。」※※
※履行不能の判断基準
本条項は、債権者が債権に基づいて債務者に対する履行請求権を有することを前提に、履行不能の場合は履行請求できないという当然のことを明示すると同時に履行不能の判断基準として「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」という概念を新設したものである。すなわち、契約等に関する一切の事情に基づき取引通念によって判断される。具体的には契約当事者の主観的事情のほか、契約の目的、性質、契約締結に至る経緯など客観的事情を考慮することを意味する(潮見・民法(債権関係)改正法の概要54頁参照)。これは、特定物の滅失による物理的不能はもとより、法律的不能や一部の滅失や瑕疵でも当該契約の目的を達成できない場合も含む(改正前の解釈でも、履行不能とは「単に物理的不能であるということではなくして、社会生活における経験法則または取引の通念にしたがえば、債務者が履行を実現することについて、もはやその期待可能性がない」場合と解されていた【奥田・前掲144頁参照】)。もっとも、本条項は任意規定であるから、契約上、履行不能に関する特約を設けることは可能である。
※※履行不能と原始的不能
改正前の民法では、契約締結時までに契約の目的である特定物が滅失していた場合(原始的不能)、契約は無効であり(奥田・前掲145頁以下参照、旧民法財産編322条1項及びドイツ民法旧306条も参照)、契約締結後に特定物が債務者の責めに帰すべき事由によらず滅失した場合(後発的不能)は、危険負担の問題とされた(双務契約上の反対債権の存否の問題とする。改正前534条等。対価危険の問題ともいう【奥田・前掲145頁】)。
しかし、原始的不能の場合も後発的不能の場合も、どちらも契約の目的を達成できない履行不能の場合である。債務者に帰責事由のある履行不能の場合であれ、原始的不能及び後発的不能の場合であれ、債権者にとってみれば、あずかり知らぬことにより履行不能になる点は変わりはない(奥田・前掲148頁注(5)は、原始的不能の場合でも無効主張を制限した方がよい場合や、あるいは原始的不能の悪意の債務者に対し善意の債権者からの履行利益の賠償請求権をみとめてよいのではないかと指摘する。内田貴・民法Ⅲ第2版25頁は原始的不能の債務からも債務不履行の責任(信頼利益)を認めうるという。従前の原始的不能の議論につき、潮見佳男・新債権総論Ⅰ・76頁以下も参照)。
また、危険負担の債権者主義(改正前534条)が不合理な規定(特定物の引渡債務は消えるが、反対給付例えば代金債務は残るなど)であるとの学説上の批判は、多く、実務上も適用された事例は乏しい。
そこで、改正法は、契約に基づく債権の履行がその成立の時に不能であったときであっても、契約はその効力を妨げられない、つまり原始的不能でも契約は有効と考え(本条2項はこのことを前提とする。改正法542条も同じ。比較法としてドイツ民法新311a条参照)、債務者に帰責事由があれば(改正法415条)、損害賠償請求(履行利益)ができることを明示し(本条第2項)、同時に危険負担の改正前534条、535条を削除した。
また、本条2項は、原始的不能を理由とする契約解除を否定するものではない(潮見・概要62頁)。つまり、債権者は、契約の目的を達成できない場合は、債務者の帰責事由の有無に関係なく、契約を解除して契約関係を解消することになる(改正法542条の無催告解除 但し、改正法543条の解除制限に注意 後述)。
これは、双務契約において、債務の履行が不能である場合に、債権者が自己の負担する反対債務から解放されたければ、債権者は、契約解除の意思表示をしなければならず、履行不能になったからといって、反対債務が当然に消滅するわけではないことを意味する(潮見・概要248頁)。すなわち、改正法は、①危険負担の債権消滅構成から履行拒絶構成へ変更し、②反対債務からの解放制度として契約解除(改正法542条等)を位置づけたのである(後述)。
(債権者の危険負担)
改正前第534条
第1項 「 特定物に関する物権の設定又は移転を双務契約の目的とした場合において、その物が債務者の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときは、その滅失又は損傷は、債権者の負担に帰する。」
第2項「不特定物に関する契約については、第四百一条第二項の規定によりその物が確定した時から、前項の規定を適用する。」
(停止条件付双務契約における危険負担)
改正前第535条
第1項「前条の規定は、停止条件付双務契約の目的物が条件の成否が未定である間に滅失した場合には、適用しない。」
第2項「停止条件付双務契約の目的物が債務者の責めに帰することができない事由によって損傷したときは、その損傷は、債権者の負担に帰する。」
第3項「停止条件付双務契約の目的物が債務者の責めに帰すべき事由によって損傷した場合において、条件が成就したときは、債権者は、その選択に従い、契約の履行の請求又は解除権の行使をすることができる。この場合においては、損害賠償の請求を妨げない。」
(債務者の危険負担等)※
改正法第536条
第1項「当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。」
第2項「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができになくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなけれならない。」
※危険負担制度と履行拒絶権
改正前民法534条乃至536条が定めていた危険負担制度は、双務契約の一方の債務履行が後発的不能になった場合、反対債務は存続するか(債権者主義)、消滅するか(債務者主義)の問題、つまり債権消滅構成とされていたが、改正法は、双務契約の債務履行が不能の場合(原始的不能も後発的不能も含む)、債権者が債務者から反対債務の履行請求を拒絶できるものとして、つまり履行拒絶権構成を採用したものである。
換言すると、危険負担制度は債権消滅構成から履行拒絶権構成に変更され、履行拒絶の抗弁が認められると履行請求は、引換給付判決ではなく、請求棄却判決となる(潮見・概要248頁参照。つまり、要件事実的には履行拒絶の抗弁は権利阻止事実であり、他方契約解除は権利消滅事実である【山野目章夫・「新らしい債権法を読み解く」23頁、102頁以下参照】。もっとも、債権者が解除の意思表示をしても、履行請求権は消滅するから、やはり請求棄却判決となろう。)。
以上をふまえて、本条は、改正前536条を履行拒絶権構成として、修正整備を図るものである。債権者の履行拒絶権を制限する本条2項の「債権者の責めに帰すべき事由」とは、契約解除を制限する改正法543条の「債権者の責めに帰すべき事由」と同じ意味である(後述)。