訴訟代理人のつぶやき「民法改正ノート 時効その4(完)」 | 刑事弁護人の憂鬱

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訴訟代理人のつぶやき「民法改正ノート 時効その4(完)」

 

  ウ 消滅時効

 

   (債権等の消滅時効※)

    第166条 

       第1項「債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。

一 債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき。

二 権利を行使することができる時から十年間行使しないとき。

       第2項「債権又は所有権以外の財産権は、権利を行使することができる時から二十年間行使しないとき。」

       第3項「前二項の規定は、始期付権利又は停止条件付権利の目的物を占有する第三者のために、その占有の開始の時から取得時効が進行することを妨げない。ただし、権利者は、その時効を更新するため、いつでも占有者の承認を求めることができる。」

 

※ 債権等の消滅時効に関し、改正前166条、167条を改正し、一つにまとめた規定である(改正法166条2項3項は改正前と内容は変わらない。)。重要な点は、債権一般の消滅時効期間に関し、「権利を行使することができる時から10年間」(改正前166条1項、167条1項)から、①債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき(主観的起算点)、②権利を行使することができる時から十年間行使しないとき(客観的起算点)に変更されたことである。

 この消滅時効における二重の起算点の採用が今回の消滅時効の改正の最も大きな特色である。これに伴い、改正前民法に規定された職業別の短期消滅時効の特則(改正前170条から174条)は全て削除され(今日においては合理性を欠くため)、また、商事債権の5年の消滅時効の特則(商法522条)も廃止された。

 ①主観的起算点である「知った時」とは、権利行使が期待可能な程度に権利の発生およびその履行期の到来その他権利行使にとっての障害がなくなったことを債権者が知った時を意味する(潮見佳男・民法(債権関係)改正法の概要46頁)。

 但し、この①②の具体的な適用について若干注意が必要である。

 

  A 主観的起算点と客観的起算点が一致する債権の場合

    例えば、2031年8月31日が支払期限の貸金債権の場合、債権者は消費貸借契約を締結しているので、支払い期限を知っており、支払期日から5年経過(2036年8月31日)すると時効が完成する(主観的起算点①)。同時に支払期日から権利を行使できるので(この場合①②の起算点は一致する。)、10年の時効(客観的起算点②)との関係が問題となる。この場合は、時効が完成する5年の①が優先され、5年経過で時効が完成する。

 

  B 主観的起算点と客観的起算点が一致しない債権の場合※ ※※

    例えば、過払い請求など不当利得返還請求は、不当利得が成立したときから、権利を行使することができる。そうすると、以下の場合が生じる(①と②のづれ)。

   ⅰ 権利を行使することができる時から10年経過する前に「知った時」

      イ 権利を行使することができる時から3年目に知った場合

      :①が優先され、3年目から5年経過した時、つまり②の時から8年経過したときに時効が完成する。

ロ 権利を行使することができる時から6年目に知った場合

②が優先され、6年目から4年経過した時、つまり②の時から10年経過したときに時効が完成する。

ⅱ 権利を行使することができる時から10年経過後に「知った時」

②が優先され、10年経過で時効が完成する。つまり、10年プラス5年というような意味での時効延長は認められていない。

 

 ※保護義務・安全配慮義務違反(債務不履行)に基づく損害賠償請求

  保護義務・安全配慮義務違反(債務不履行)に基づく損害賠償請求も①②がずれる場合であり、同様に考えてよい(但し、改正法167条の特則に注意)。この場合、①は、不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効の起算点である「損害及び加害者を知った時」(改正法724条1号)と同じ時点を意味する(潮見佳男・民法(債権関係)改正法の概要46頁)。

 

※※消滅時効に関する改正法適用に当たっての注意

 本改正により、通常の取引から生じる債権の消滅時効期間は、「知った時」から5年を原則とすることになる。但し、前述したとおり、主観的起算点と客観的起算点がずれる債権、不当利得返還請求などについては、従来の消滅時効期間である10年よりも短くなることがあり、債権者保護の点から不利な点は否めない。また、改正法施行日前に債権が生じた場合又は原因である法律行為が施行日前に成立した場合は、従前の例、つまり改正前民法166条が適用され、施行日以後に発生した債権に関して改正法166条等が適用される(改正法附則10条以下。なお、時効障害事由も同じ)。それゆえ、債権の性質によって、消滅時効の起算及び期間が異なるのであり、実務上、改正法施行日以後、混乱が生じ得るので、注意しなければならない。

 

 (人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効)※

  第167条

    「人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効についての前条第一項第二号の規定の適用については、同号中「十年間」とあるのは、「二十年間」とする。」

 

 (不法行為による損害賠償請求権の消滅時効)

  第724条

    「不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。

一 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないとき

二 不法行為の時から二十年行使しないとき」※※

 

 (人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効)

  第724条の2

    「人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効については、同号中「三年間」とあるのは、「五年間」とする。」

 

 

 保護義務・安全配慮義務違反等債務不履行に基づく人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の客観的起算点の特則

  客観的起算点を10年から20年とするものである(改正法166条の特則)。かかる債権は、不法行為請求権と競合することが多いため、不法行為の時効の特則である改正法724条と同じ客観的起算点にすることで、バランスをとったのものである(債権者・被害者保護)。逆に主観的起算点を改正前民法では、不法行為は3年であったものを改正法では、本条とバランスをとるべく「人の生命又は身体を害する不法行為」の場合に5年とする特則を設けた(改正法724条の2)。

 

※※ 不法行為の消滅時効の客観的起算点

 改正前724条は「不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。」とされ、後段の二十年の期間を除斥期間と解されていた(判例・通説)。除斥期間とは、その期間内に権利行使をしないと、その後は一切権利行使ができなくなる期間をいう(四宮=能見・前掲387頁)。時効の中断(更新)は認められず、当事者の援用も不要で有り、権利の発生した時を起算点とし、権利の消滅の効果は遡及しない、時効の停止(猶予)も認められないと解されていた。しかし、不法行為の被害者が加害者を発見し権利を行使できるようになるのに28年かかった事案につき、判例(最判平成元・12・21)は、除斥期間を根拠に損害賠償請求を認めなかったことに対し、学説上、批判が大きくなった(我妻=有泉・前掲1395頁以下)。そこで、判例は、除斥期間という理解を維持しつつも、民法158条を類推し(最判平成10・6・12)、あるいは160条を類推し(最判平成21・4・28)停止を認めるもの、時効の起算点を不法行為時から損害の発生時(死亡、発症時など)にずらす判断をするもの(最判平成16・4・27、最判平成18・6・16など)、があった。今回の改正により、20年の期間が時効期間となり、中断(更新)・停止(猶予)は可能となったが、それでも20年を超える事案について、客観的起算点をどのように解するかは、解釈に委ねられている(「不法行為の時」という表現は改正法でも同じなので)。よって、従来の起算点に関する判例の趣旨を改正法においても妥当するかどうかは、今後の判例の展開を見なければならない。なお、主観的起算点は改正前と同じであり、時効期間は3年である。

 

 

 (定期金債権の消滅時効)※

   第168条

     第1項「定期金の債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。

一 債権者が定期金の債権から生ずる金銭その他の物の給付を目的とする各債権を行使することができることを知った時から十年間行使しないとき

二 前号に規定する各債権を行使することができる時から二十年間行使しないとき。」

     第2項「定期金の債権者は、時効の更新の証拠を得るため、いつでも、その債務者に対して承認書の交付を求めることができる。」

 

※定期金債権の消滅時効に関し、主観的起算点から10年、客観的起算点から20年としたほか(本条1項)、「中断」を「更新」に形式的に変更したものである(本条2項)。

 

 

 (判決で確定した権利の消滅時効)※

   第169条

     第1項「確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって確定した権利については、十年より短い時効期間の定めがあるものであっても、その時効期間は、十年とする。」

     第2項「前項の規定は、確定の時に弁済期の到来していない債権については、適用しない。」

 

※改正前174条の2を形式を変更したが、実質は従前と同じである。