訴訟代理人のつぶやき「民法改正ノート2 債務不履行・危険負担と解除制度その2」 | 刑事弁護人の憂鬱

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訴訟代理人のつぶやき「民法改正ノート2 債務不履行・危険負担と解除制度その2」

 

      (債務不履行による損害賠償)

改正法第415条

第1項「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りではない。」※

第2項「前項の規定により損害賠償の請求をすることができる場合において、債権者は、次に掲げるときは、債務の履行に代わる損害賠償の請求をすることができる。※※

一 債務の履行が不能であるとき。

二 債務者がその債務の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。

三 債務が契約によって生じたものである場合において、その契約が解除され、又は債務の不履行による契約の解除権が発生したとき。」

 

 

 

 ※債務不履行と免責事由

 改正前も改正後も、債務不履行の法的効果が、損害賠償請求権の発生であることは、共通している。

 もっとも、改正前民法415条は「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。」と規定し、後段の履行不能は、「債務者の責めに帰すべき事由」=帰責事由が要件となっているが、前段の「債務の本旨に従った履行をしないとき」は帰責事由が要件となっていないように読める。

 しかし、判例通説は、前段(これは履行遅滞と不完全履行を含むとしつつ)も過失責任の原則から帰責事由が必要と解していた。そして、判例通説は、債権者に債務不履行の事実・損害・因果関係の主張・立証責任を負担させ、債務者に、帰責事由がないこと(過失がないこと)の主張・立証責任を負担させると解していた(奥田・前掲124頁参照)。

 この判例通説に対しては、債務不履行の根拠、つまり損害賠償請求権発生の根拠を過失責任の原則(これは不法行為と共通である)に求めるのではなく、契約の拘束力・契約の内容に求めるべきとの見解からの理論的批判があった(例えば、潮見・新総論Ⅰ377頁以下参照)。この「契約の拘束力説」でも、契約の内容に照らし、不履行のリスクを負わすことができない場合を認め、これを帰責事由の不存在=免責事由と位置づけていた。

 

 理論的対立はあるものの、判例通説の立場でも、履行遅滞が免責されることは、実際上、ほとんどなく、債務不履行でいう「故意・過失」は不法行為でいう「故意・過失」と全く同じものとは考えられていなかったといえる。このことは、帰責事由を故意又は過失、これと信義則上同視しうる場合と解して(不法行為における過失は、信義則上同視しうる場合を含むとはいわれない。)、いわゆる「履行補助者の故意・過失」の理論により、債務不履行責任の範囲を拡張することからも明らかである。

 

 以上の理論的対立を背景としつつも、改正法は、①帰責事由要件を維持し、これを債務不履行全般の「免責事由」と位置づけ、②帰責事由の判断に当たって「契約その債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるもの」かどうかを要求している。これは、履行不能の判断基準と同じである(なお、立法過程の中間試案では、「契約の趣旨」に照らしてという表現であった。)。

 

 この点、①帰責事由が免責事由とされたこと、②契約の内容が帰責事由の判断で考慮されていることから、本条項は、債務不履行に関し、従前の判例通説の過失責任の原則を採用するものではなく(帰責事由がないこと≠無過失過失責任の原則の放棄ないし切断)、「契約の拘束力説」に立ったものであると理解する見解が有力である(潮見・新総論Ⅰ379頁、同・概要68頁、山野目・前掲18頁、90頁参照。なお、立法過程の中間試案では、契約の拘束力説の立場から、「リスクの引き受け」を帰責事由、不可抗力を免責事由と理解するものもあり、無過失責任ないし英米法の厳格責任を認めるものではないかとの批判があった【山田創一・「安全配慮義務に関する債権法改正について」法学新報・第121巻第7・8号587頁~590頁】。)。この立場からは、従来の「履行補助者の故意・過失」の問題は、改正前民法105条の削除と相まって、判例・通説の解釈は修正変更をせまられるという(潮見・概要68頁以下、同新総論Ⅰ405頁以下参照)。

 

 しかしながら、従来の判例通説の立場でも、本条項は、帰責事由の免責事由化は、帰責事由がすべての債務不履行の要件であるとともに、その主張・立証責任が債務者にあるという従来の解釈を明確化したものという理解も成り立つ(日本弁護士連合会編・実務解説改正債権法108頁参照)。

 確かに改正法の規定は、有力学説がいうとおり、帰責事由の判断に当たって、「契約その債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」を考慮することは、不法行為責任と違って契約の趣旨を考慮することを示唆するものである。

 もっとも、従来、「過失とは、一般的には、その人の職業、その属する社会的・経済的な地位などにあるものとして、取引生活上一般に要求される程度の注意(善良なる管理者の注意)を欠いていたために違法な結果の発生を認識しえず、したがって、違法な結果の発生を妨げるための適切な措置(結果回避措置)をとらなかった場合」であり、「債務不履行についていえば、債務者が右のような注意を欠いたために債務不履行を生ずべきことを認識しないこと、したがってまた、債務不履行を回避すべき適切な措置をとならなかったこと」といわれ(奥田・前掲125頁)、債務不履行は「債務の本旨に従った」ものではないものであるから、その判断は契約の趣旨等が考慮される。この意味で、改正法の帰責事由の解釈が改正前と大きく変わることは考えにくい(日弁連編・前掲110頁参照)。

 逆に保護義務・安全配慮義務違反は、不法行為上の過失と重なってくる(保護義務違反により侵害される利益は一般には不法行為法上の保護対象であり【奥田・前掲164頁】、改正法においては、生命身体を害する場合の債務不履行による損害賠償請求と不法行為による損害賠償請求権が同じ消滅時効期間に服することも参照)。

 そこで、改正法は、債務不履行における「過失責任の原則」=帰責事由を維持しつつ、その解釈に当たって、特に契約の趣旨等を考慮すべしということを確認した規定との理解も可能であろう(私見)。

 

 但し、「履行補助者の故意・過失」については、改正前105条の削除等との関係から、新たな解釈が必要となろう(学説が指摘するとおり、少なくとも、履行代行者の選任監督の過失でよいとして債務者の責任を軽減する代表的な我妻説は説得力を欠くことになる。この点は、別の機会に論じる予定である。)。