訴訟代理人のつぶやき「民法改正ノートその4 定型約款その1」 | 刑事弁護人の憂鬱

刑事弁護人の憂鬱

日々負われる弁護士業務の備忘録、独自の見解、裁判外の弁護活動の実情、つぶやきエトセトラ

訴訟代理人のつぶやき「民法改正ノートその4 定型約款その1」

 

 【概説】保険、旅客運送、通信など事業者が不特定多数の顧客に対し、画一的な約定約款をさだめ、取引をすることは多い。しかし、顧客が詳細な約款を逐一理解して契約を結ぶことはほとんどなく、顧客の側からすると、選択の自由は乏しく、約款の内容をそのまま受諾して不利な契約を結ぶおそれもある。顧客ないし消費者保護の観点から約款の規制が必要となるゆえんである。他方、不特定多数の画一的な取引において、コストの面からの約款のメリットは事業者にとっては大きい。そこで、約款の必要性とともにその規制を政策的に図る必要がある。ただし、約款といってもその取引内容によって千差万別であり、その対象によっては、個別の法律による規制がベターなこともある。また、消費者保護という観点からは、既に消費者契約法があり、民法に約款の一般規定をおく必要はないのではないかという疑問もあった。しかし、現代の取引形態として約款を利用するシーンは多く、その内容、拘束力の限界等を民法で定めること自体、独自の意義があるといえる。

 そこで、改正法は、「定型約款」の規定を設け(新設)、これに該当する約款について、民法上の規制を設けることにした。その特色は、①定型約款の定義、②定型約款に関する合意の擬制(みなし合意)、③約款内容の開示、④不当条項の効力の否定(みなし合意の除外)、⑤約款の事後変更である。※

 

※定型約款の新設の意義

 消費者保護という観点からみると、①約款概念がせますぎる、②事前の約款の開示が、約款内容を契約内容とみなすことの要件(組み入れ要件)とならなかったこと、③意思の推定(判例)ではなく、意思の擬制(みなし合意)とすること、④事業者からの事後の約款変更を認めることに対しては、批判も多い(山田創一「定型約款に関する債権法改正の考察」名城法学66(3)277頁以下参照)。この点のフォローは、不当条項(改正法548条の2第2項)や約款変更要件(改正法548条の4第1項)の厳格な解釈運用にかかっていよう。事業者側の観点からみれば、実務取引上の約款が、定型約款に該当するのかどうか、約款の開示方法、不当条項と評価されない約款条項の吟味、約款変更の要件遵守等が重要となろう。なお、定型約款の規定は、要件を満たす限り、消費者契約法のように事業者対消費者(BtoC)の場合だけでなく、事業者対事業者(BtoB)の場合にも適用があることに注意すべきである。

 

1 定型約款の定義・みなし合意・不当条項

 

  (定型約款の合意)

改正法第548条の2

第1項「定型取引(ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって、その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なものをいう。以下同じ。)を行うことの合意(次条において「定型取引合意」という。)をした者は、次に掲げる場合には、定型約款(定型取引において、契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体をいう。以下同じ。※)の個別の条項についても合意したものとみなす。

一 定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき

二 定型約款を準備した者(以下「定型約款準備者」という。)があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたとき。」※※

                                    

第2項「前項の規定にもかかわらず、同項の条項のうち、相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であって、その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして第一条第二項に規定する基本原則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものについては、合意をしなかったものとみなす。」※※※

 

 

※定型約款の定義

 定型約款とは「①定型取引において、②契約の内容とすることを目的として③その特定の者により準備された④条項の総体」をいう。

 取引社会における約款のうち、上記定義にあてはまる「定型約款」が、改正法が新設した定型約款の諸規定の適用がある。上記定義のうち②③④は、定型約款の形式的な性質を物語り(これだけでは、すべての約款、それだけでなく契約書式やひな形も含まれてしまう。☆)、①がその実質的内容(他の約款と識別する要素)を物語るものである。

 ①の定型取引とは「ⅰある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって、ⅱその内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なもの」をいう。

 ①ⅰの要件から、賃貸借契約書のひな形や不動産売買契約書の書式を利用した契約、定型文を用いている労働契約は定型約款には当たらない。書式が画一的であっても、具体的個別的な相手方を前提とするからである。

 ①ⅱの要件は、ア 内容の画一性とイ その画一性が双方にとっての合理性があることである。すなわち、アは、多数の相手方に対して同一の内容で契約を締結することが通常であり、イは、相手方が交渉を行わず、一方当事者が準備した契約条項の総体をそのまま受け入れて契約の締結に至ることが取引通念に照らして合理的である取引(交渉による修正や変更の余地がないもの)を意味する(潮見佳男・民法(債権関係)改正法の概要225頁)。当事者の一方だけが有利な条項や合理的というだけでは、足らない。 ②の要件は、約款がそのまま契約の内容とすることを目的としていることであり、換言すると、約款の内容を具体的に検討し認識理解して合意する必要はなく、約款をそのまま、契約の内容とすることを目的としているという意味である(548条の2第1項1号参照)。

 ③の要件は、当事者双方が協議して準備するのではなく、特定の者が一方的に準備することである。

 ④の要件は、条項の集まりという意味である(日弁連編・前掲359頁)。よって、契約書中の一部の条項の集まりだけが、定型約款に当たるということがある。例えば、割賦販売契約書の裏面約款がこれにあたる。

 

 以上、①②③④を満たす定型約款の具体例として、生命保険約款、損害保険約款、旅行業約款、宿泊約款、運送約款、預金約款、コンピュータ・ソフトウェアの利用規約などが考えられる(潮見・概要226頁。なお、銀行取引約定書が定型約款にあたるかは、争いがある。同概要227頁)。

 

☆約款の定義と拘束力

 立法過程では、約款の定義を「多数の契約に用いるためにあらかじめ定式化された契約条項の総体」と広く解すべきとの主張もあった(日本弁護士連合会編・実務解説改正債権法357頁以下)。しかし、事業者間の取引において利用される約款や契約書のひな型が基本的に含まれないようにすべきとの意見に配慮し、議論を重ね最終的には改正法の上記定義となったものである。逆にこれでは狭すぎるという批判を招いている。むしろ定型約款に該当しない「約款」においても定型約款の規定を類推するないし信義則等により合理的な結論を探求すべきとする見解もある(山田・前掲291頁~292頁)。

 

 そもそも、約款の拘束力の理解について、当事者の意思に求めるもの(意思説 通説)慣習上の法規の一種とするもの(自治法規説ないし白地商慣習説)などの見解が主張されていたが、判例は、火災保険に関して保険約款は、反証がない限り、約款の内容による意思で契約したものと推定されるとしていた(大判大正4・12・24 意思推定説)。

 もっとも、改正法は、定型約款の拘束力の根拠を当事者の意思に求めつつ、約款の画一性・合理性がある限り、約款内容につき具体的に認識がなくても、約款内容とおりの合意を擬制するという方法により(その実体は、抽象的な合意の内容に約款の具体的内容を組み入れるないし補充する)、合意の内容として約款の拘束力を正当化したものといえる(意思擬制説 なお、潮見佳男・新債権総論Ⅰ42頁は、「個別合意条項合意擬制構成」という。)。なお、このような意思推定をこえた意思擬制は、約款=法規説にたち、あたかも事業者に法規制定権を与えているなど理論的批判が提起されている(山田・前掲279頁参照)。

 

※※みなし合意(組み入れ要件)

 定型取引の合意をした者は、以下の場合に、定型約款の個別条項についても、合意したものとみなされる(みなし合意)。

 ⅰ 定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき。☆

ⅱ 定型約款を準備した者があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたとき。☆☆

 

☆ⅰの合意は、組み入れの合意をしたという意味である(潮見・新総論Ⅰ42頁)。ただし、定型約款の個別条項の具体的認識は不要である(認識がある場合は、単なる合意であり、合意をあえて擬制する必要もないからである【私見】)。

 

☆☆ⅱの場合、相手方の黙示の組み入れ合意があったと解する見解もあるが(潮見・新総論Ⅰ43頁)、文理上は、相手方の合意の規定はなく、定型約款の表示→相手方の定型約款の認識可能性だけでも、みなし合意を認めると読むこともできよう。黙示の組み入れ合意と解するならば、ⅰの場合だけで規定は足り、あえてⅱの場合を規定する意味もないからである。

 

なお、ⅱの場合に加え、鉄道等の旅客運送取引、高速道路等の通行の取引などについては、定型約款準備者がその定型約款を契約の内容とする旨をあらかじめ公表していたときも、合意が擬制される(鉄道営業法18条の2、道路整備特別措置法55条の2など)。このことから、ⅱの「表示」は「公表」では足りない。(潮見・新総論Ⅰ43頁は、表示を黙示の同意を根拠として「相手方にとって認識可能な形」とする。)