訴訟代理人のつぶやき「民法改正ノートその4 定型約款その3(完)」
2 定型約款の開示
(定型約款の内容の表示)
改正法第548条の3※
第1項「定型取引を行い、又は行おうとする定型約款準備者は、定型取引合意の前又は定型取引合意の後相当の期間内に相手方から請求があった場合には、遅滞なく、相当な方法でその定型約款の内容を示さなければならない。ただし、定型約款準備者が既に相手方に対して定型約款を記載した書面を交付し、又はこれを記録した電磁的記録を提供していたときは、この限りではない。」
第2項「定型約款準備者が定型取引合意の前において前項の請求を拒んだときは、前条の規定は、適用しない。ただし、一時的な通信障害が発生した場合その他正当な事由がある場合は、この限りではない。」
※定型約款の内容開示に関する方法
・定型約款準備者の定型約款内容開示義務(本条1項)
ⅰ定型取引合意前又はその合意後相当の期間内に相手方から請求があった場合
ⅱ遅滞なく、相当な方法で定型約款内容を開示する
ⅲ例外:事前に定型約款を記載した書面又は電磁的記録(PDF、WEBサイトなど)を相手方に交付または提供した場合
本条項は,相手方の請求を前提に事前または事後の定型約款準備者の定型約款内容の開示義務を定めたものである。相手方の請求を要件としているのは、請求がない不特定多数の相手方において全員に開示することは、事務的に煩雑であり、かつ開示を求めない相手方も約款取引では多いことなどを考慮したためである。
開示は、みなし合意(組み入れ合意)の要件ではないが(但し、本条2項本文は例外)、「遅滞なく、相当な方法」での開示を義務づけることにより、相手方の保護を図っている。不開示、開示の遅れ等は債務不履行となり、定型約款準備者は損害賠償責任を負うことになる(415条)。
相当な方法は、書面、電磁的記録、ウェブページでの公開など取引通念上、相手方が具体的に認識可能な方法を用いることと解される。
この点、事前開示と事後開示を区別し、「契約締結前であれば契約締結前に知る機会があればよいとしても、契約締結後の約款内容を開示する「相当な方法」として求められるのは、常時確認が可能な状態を相手方に保障すること」と解して、事後開示はウェブページ公開では足りないという見解がある(沖野眞巳・「『定型約款』のいわゆる採用要件について」消費者法研究第3号149頁参照)。しかし、ウェブページも通信障害の場合は別として、公開されていれば、その物理的なプリントないし画面ハードコピーは可能であるから、常時確認が不可能なわけではない。事後開示がウェブページでなされたが、公開期間が極めて短く、プリントないし画面ハードコピーなど保存が困難なプロテクトが施されているような場合は、「相当な方法」とはいえないが(むしろ、実質上の不開示)、それは、事前開示の場合も同様であって、両者を区別する意味はない。事前または事後の実質上の不開示ないし拒否といえる場合の定型約款条項は、認識可能性が意図的に排除され、信義則上の不意打ちといえ、不当条項に該当すると解釈することにより、開示を実質上組み入れ要件として位置づける解釈運用も不可能ではあるまい(私見☆)。このことは、一歩進めて、事前の開示請求がなくても、あえて不利な定型約款条項を不開示にしていた場合に不当条項該当性の余地があることになる。例えば、鹿野菜穂子・「『定型約款』規定の諸課題に関する覚書き」消費者法研究第3号87頁は、「事前の開示をすれば常に548条の2第2項(みなし除外規定)の適用を免れるわけではないが、相手方からの請求がなかったからといって事前の開示もせずに相手方に不利な条項を定型約款の中に設けていた場合には、その条項の拘束力が同条によって排除される可能性が高くなる」という。
以上の開示義務は、定型取引合意前に相手方に対して定型約款を記載した書面を交付し、又はそれを記録した電磁的記録を提供した場合は、免除される(本条1項但書)。事前開示の機会があったので、重ねて開示をする必要がないからである。
・定型約款準備者の開示拒否とみなし合意の規定排除(本条2項)
ⅰ定型約款準備者が定型取引合意の前において開示請求を拒んだ場合
ⅱ前条の規定(みなし合意)は適用しない。
ⅲ例外:一時的な通信障害など正当な事由がある場合はⅱは適用しない。
本条項は、定型取引合意前に正当な事由なく開示を拒んだ場合に、例外的にみなし合意(組み入れ合意)とならないとするものである。つまり事前の開示拒否を消極的な形でみなし合意(組み入れ合意)の要件としたものである。注意すべきは、相手方が事前に開示を請求しなかった場合、事後、開示請求をしたが定型約款準備者が拒否した場合は、本条項に当たらないことである(但し、不当条項該当性の問題は別途残る。例えば前述☆の解釈。さらに履行強制・損害賠償請求の余地があることは当然である。)。これは事前開示を全面的にみなし合意の要件化しなかったことから生じたアンバランスさといえる。
3 定型約款の事後的変更
(定型約款の変更)
改正法第548条の4
第1項「定型約款準備者は、次に掲げる場合には、定型約款の変更をすることにより、変更後の定型約款の条項について合意があったものとみなし、個別に相手方と合意をすることなく契約の内容を変更することができる。
一 定型約款の変更が、相手方の一般の利益に適合するとき。
二 定型約款の変更が、契約をした目的に反せず、かつ変更の必要性、変更後の内容の相当性、この条の規定により定型約款の変更をすることがある旨の定めの有無及びその内容その他の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき。※
第2項「定型約款準備者は、前項の規定による定型約款の変更をするときは、その効力発生時期を定め、かつ、定型約款を変更する旨及び変更後の定型約款の内容並びにその効力発生時期をインターネットの利用その他の適切な方法により周知しなければならない。」※※
第3項「第一項第二号の規定による定型約款の変更は、前項の効力発生時期が到来するまでに同項の規定による周知をしなければ、その効力を生じない。」※※
第4項「第五百四十八条の二第二項の規定は、第一項の規定による定型約款の変更については、適用しない」※※※
※約款変更の要件
定型取引後、定型約款の内容を変更する必要が生じた場合、多数の相手方の個別同意をとっていたのでは、事務的に煩雑であり、定型取引の意味がなくなってしまうが、一方的な変更により相手方の利益を害することも防止する必要がある。そこで、改正法は、定型約款の内容に関し、一定の要件のもとに相手方の同意なくして(みなし合意)、約款変更ができることを認めている。定型約款に相手方の同意なく約款内容が変更できるという変更条項がなくても、本条1項の要件をみたす限り、約款変更は、可能であり、変更時点で相手方が不特定多数である必要もない(潮見・新総論Ⅰ49頁以下参照)。
このような事後の定型約款の一方的変更の許容性の理解について、学説では、就業規則の変更法理(判例☆ 労働契約法7条、9条~13条)を参照し「契約条件について集団的かつ公平な取り扱いに相当の困難がある場合に、そのような契約の性質・特徴から、合理的な一方的変更が許容され、また、そのような契約の性質から、当初の包括的同意に合理的予測範囲内の個別条項の変更に対する同意も含まれる」との解釈が主張されているが、変更に対する個人の自律的な判断という観点からは問題があるといわれる(丸山絵美子・「『定型約款』に関する規定と契約法学の課題」消費者法研究第3号169頁)。
☆ 最大判昭和43・12・25民集22・13・3459
【就業規則の変更につき、労働条件の集合的処理、とくにその統一的画一的決定を建前とする就業規則の性質から、個別同意がないことをもって、適用を拒否できないとする。】
ⅰ 定型約款の変更が、相手方の一般の利益に適合するとき(本条1項1号)。
ⅱ 定型約款の変更が、①契約をした目的に反せず、かつ②変更の必要性、変更後の内容の相当性、この条の規定により定型約款の変更をすることがある旨の定めの有無及びその内容その他の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき(本条1項2号)
例えば、定型取引時に暴力団排除条項を追加する場合などが考えられる。☆
☆改正前民法下の判例
福岡高判平成28・10・4金融法務事情2052・90(最決平成29・7・11 上告棄却・上告不受理)
【銀行が、暴力団幹部の普通預金口座に係る預金契約の取引約款に暴力団排除条項を追加し、同条項に基づいて預金契約を解約した事案について、同追加条項は有効で有り、信義則違反ないし権利濫用に当たらないとしたもの】
約款変更については、「預金契約については、定型の取引約款によりその契約関係を規律する必要性が高く、必要に応じて合理的な範囲において変更されることも契約上当然予定されているところ、本件各条項を既存の預金契約にも適用しなければ、その目的を達成することは困難であり、本件各条項が遡及適用されたとしても、そのことによる不利益は限定的で、かつ、預金者が暴力団等から脱退することによって不利益を回避できることなどを総合考慮すれば、既存顧客との個別の合意がなくとも、既存の契約に変更の効力を及ぼすことができると解するのが相当」という。
※※約款変更の手続き
改正法は、約款変更の手続きとして、約款変更の周知手続きを設けている(本条2項)。
すなわち、定型約款準備者は、前項の規定による定型約款の変更をするときは、
ⅰその効力発生時期を定め
ⅱ定型約款を変更する旨及び変更後の定型約款の内容並びにその効力発生時期をインターネットの利用その他の適切な方法により周知しなければならない。
本条1項2号の場合の定型約款の変更は、効力発生時期までに上記本条2項の周知手続きしなければ効力を生じない(本条3項)。相手方の利益を保護するためである。本条1項1号の相手方の一般的利益になる場合には、周知義務を課すことで変更を制約する必要はないので対象外とされている(潮見・新総論Ⅰ50頁)。つまり、本条1項1号の場合は、周知をしなくても効力発生時期が到来すれば、効力が発生する。
なお、定型約款変更により相手方が不利益を被る場合は、相当期間、すなわち効力発生時期にまでに相手方が解除権の行使その他の方法で自らが被る不利益を回避・軽減する措置を講じることができるだけの時間的間隔をおかなければならないであろう(日弁連編・前掲372頁、鹿野・前掲96頁参照)。
※※※※約款変更と不当条項
定型約款変更の有効性(本条1項)は、本条1項で判断され、不当条項(改正法548条の第2項)の判断によるものではない(本条4項)。定型約款の変更の有効性は、不当条項の規定よりも厳格な規定内容であり、かつ、考慮要素も異なる本条の規律によることがふさわしいということを確認する趣旨である(日弁連編・前掲373頁)。