甲骨文字百顆印 第八十一顆 / 白文・7mm角・新疆彩凍石
01 「歸」という文字について
| 意 味 | かえる |
| 成り立ち | 会意文字。甲骨文字の段階では「女性が嫁ぐ」という意味だった。女性がほうき(帚)を持って夫の家に入る姿を表しており、嫁ぐことを「新しい居場所に帰る」と表現したことから、「元の場所に戻る」という意味に転じた。 |
| 部 首 | 彳(ぎょうにんべん) |
| 現代漢字の畫數 | 10畫 |
「復」の回で元の場所へ戻るという話を書いたが、「歸」も同じ方向の字だ。違うのは、「歸」の起源が女性の嫁入りにあるということだ。帰るという言葉が、元々は女性が新しい家に入る場面から来ていたとは、知らなかった。今では使わない表現だが、字の構造の中にその記憶が残っている。
02 嫁ぐことが帰ることだった
甲骨文字の「歸」は、女性が嫁ぐという意味から始まった。
ほうき(帚)を持って夫の家に入る、という場面をそのまま描いた字だ。「掃」の回でほうきが神聖な場所を清める道具だったという話を書いたが、ここでもほうきが登場する。嫁入りの際にほうきを持っていくというのは、新しい家を清め、そこを自分の居場所にする、という意味を持っていたのかもしれない。
嫁ぐことを「帰る」と表現していたということは、結婚が女性にとって「本当の家に戻ること」として捉えられていたということになる。今の感覚とはずいぶん違うが、そういう世界観が字の中に刻まれている。
03 今では使わない表現
嫁ぐことが帰ることだった、というのは今では使わない表現だ。
「お嫁に行く」という言い方は今でも残っているが、それが「帰る」という概念と結びついているとは、普段意識することがない。現代では、結婚が「帰る」という動作と結びつくイメージはほとんどない。
でも字の歷史の中には、そういう概念のずれがあちこちに残っている。「正」の回で征伐から正しさが生まれた話を書いたが、「歸」も同じように、現代の意味から想像しにくい起源を持っている。
04 帰る場所があることのありがたさ
帰る場所があるというのは、いいことだと思っている。
山から下りてきた時、長い旅を終えた時、何かに疲れた時。帰る場所があることで、もう一度そこから出発できる。「復」の回で家へ帰るという甲骨文字の起源の話を書いたが、帰るべき場所は単なる物理的な空間ではなく、安心できる状態そのものだと思っている。
まぁ、なくてもいいのかもしれないけれど。帰る場所がなければないで、また別の形で生きていくことになるだろう。
05 鉄砲の弾のように
帰路につくためには、戻るべき場所が必要だ。
拠り所がなければ、鉄砲の弾のようなものだ。射出されたら、元に戻ることはない。ただひたすら前に向かって飛んでいくだけだ。それはそれで一つの在り方かもしれないが、弾は止まった後に誰かを傷つけることが多い。
帰る場所があることで、人間は落ち着いて動けるのだと思う。「宿」の回で肉体は入れ物で、魂の宿る場所だという話を書いたが、帰る場所というのも、心にとっての宿のようなものかもしれない。
06 魂は大元へ帰る
帰る場所が物理的にない場合でも、もっと根本的な意味での帰還はある。
僕たちの魂は、大元へ帰るのだと思う。肉体を持って生きている間は、その肉体に宿っているが、最終的にはそこから抜け出して元の場所へ戻る。どこへ戻るのかは、体から抜け出してみないとわからない。でも、戻るべき場所が存在するという感覚は、どこかにある。
「無」の回でこのシリーズを始めた時、全ては無から生まれた意識体だという話を書いた。無から来て、また無へと帰っていく。そう考えると、「歸」という字が持つ「帰る」という意味は、生死という大きな循環とも重なってくる。
07 ほうきと歸のつながり
帚(ほうき)という部品が「歸」の起源にある。
「掃」の回でほうきが神聖な場所を清める道具だという話を書いたし、「雪」の回でほうきで掃き清めるという表現が雪の成り立ちに絡んでいるという話も書いた。ほうきというのは、場所を整えるための道具だ。
新しい家に嫁ぐ時にほうきを持っていくということは、その場所を清めて、自分の居場所として整えるという意味があったのかもしれない。掃き清めることで、そこが「帰れる場所」になっていく。ほうきを持つことが、帰る場所を作る行爲だったということだ。
08 制作について
今囘も白文。字體は甲骨文字風で仕上げた。擊邊は入れた。彫る前に研いだ。
制作メモ
- 印 式:白文
- 字 體:甲骨文字風
- 印 材:新疆彩凍石(7mm角)
- 印 刀:刀匠印刀 三號(彫前に研磨)
- 擊 邊:あり
旧字體の「歸」を甲骨文字風で彫った。女性とほうきという二つの要素をどう7mm角に収めるかが工夫どころだった。現代の「帰」より情報量が多い分、省略しながらも歸らしさが残るバランスを探った。
09 甲骨文字百顆印 これから
八十一顆目で「歸」が加わった。
嫁ぐことが帰ることだった起源、帰る場所があることのありがたさ、鉄砲の弾の比喩、魂は大元へ帰るという話。今囘も一字から遠くまで旅した。残り十九顆、一顆ずつ丁寧に帰路をたどるように向き合っていく。
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