昔から、「顧客名簿」というのはビジネスを行うのに一番重要な情報である。

 

営業が会社を辞めて他社に行くときにこれを持っていけば、客が個人についてくれるなら会社に頼らずに済む。

会社としては、会社の名刺を使って作ったリレーションを持ち出されては困るので阻止する。

 

違った観点では、詐欺師が引っかかりやすい人のリストを作る。引っかかる人は何度も引っかかるので価値が高い。

裏の世界では電話番号リストやメールアドレスリストに値段がついて取引されている。

 

一時「ネオヒルズ族」として売り出していた与沢翼は一足先に情報商材で稼いでいた川島和正から名簿を数千万で購入し(実際には借りる形で)、情報商材の勧誘をその名簿の先にばら撒いて引っ掛けることから始めた。名簿ビジネスである。

 

テック企業がやることで何だか洒落た名前になっているが、ビッグデータも要は個人情報を集めまくった名簿ビジネスの最新版である。それを解析することで引っかかりやすい人(=広告を打つと買いそうな人)に広告を表示する、それがGoogleやFacebookの利益のほぼ全てである。

 

時代は変わってもビジネスの本質は変わらない良い例である。

シンガポールに居ても、日本のテレビ番組は見ている。

 

ただ定期的に見るものは特に無くて、たまたまTwitterで反響が大きいものが流れてきたのを見てみるとかだ。

バラエティはまず見ない。ほぼ全てNHKの特集番組。

 

例外はスポーツ。ボクシングとUFCは見れるだけ見たいと思っている。テニスも見たいのだが試合が長いので錦織の試合で深夜でないものは見たりしていたが、最近は試合が無いのでそれも無く、今の全豪オープンもYoutubeの公式サマリー動画のみだ。

 

一応2週間ほど前まで遡れる録画のあるサービスに入っているのだが、特にNHKスペシャルで後からいい特集だったのに見逃した、というものが結構あったし、ボクシングはその筋のブログを見ていることもあって逃すことは少ないがUFCは流れについていけなくなってしまったりする。

 

で、今年は手帳にあえて月に一回NHKやWOWOW、ブログの放送予定をチェックする日を入れた。すると、カレンダーを見る度にそれが目に入ってくるのでチェックする。ここ数年目に入ってこなかった特集を見てみようかという気になる。例えば、「トンガ大噴火」「消えたカツオ」「デジタル介護」など。

 

WOWOWをじっくり見ている時間は無いのだが、Youtubeでいくつか聞いていたEveという人の特集は見てしまった。こういう偶然の出会いも必要ではないかと思った次第。

 

近年インターネットがGAFAに支配されたおかげで、興味範囲が自動的に狭められてしまって、好奇心も範囲を抑えられてしまっていた感覚があったので、自分に全く関係ないが少しでも興味を持ったら見てみる、読んでみる、という習慣を取り戻すための新習慣、NHK/WOWOWチェックである。

Facebookが社名をMetaに変えてメタバースに本格参入というニュースはG AFAの一角がビジネスモデルを変えるということで大層に話題になった。

 

 

ところで「メタバース」が何か知っているだろうか?

 

要はバーチャル空間のことだ。既に毎日iPhoneばかり覗き込んでる皆さんはメタバースに生きている。

それが今後は「あつ森」のような見た目で生活ごとどっぷり浸かれるようになる、というだけのことだ。

 

この概念は実は仮想通貨から来ている。

 

Facebookが2019年6月、Libra構想という独自仮想通貨を出すと発表して世界中の当局から叩き潰されたのを覚えているだろうか?今はDiemと改称してバスケット独自通貨もやめてステーブルコインのような形で出す方向性にしている。

 

 

ザッカーバーグのメタバースに対する構想はこの時から始まっている。

 

2003年にセカンドライフがリリースされた時(Facebookの初版が2004年リリースなのでその前だ)、既にメタバースの概念はあった。しかし、この時点から20年近く経ち、更に10年ちょっと前に突如出現したビットコインから始まったブロックチェーン技術がNFTを生み出し、改ざん不可の個体識別を電子上で行えるようになったことから、メタバースが現実世界にぐっと近づいた。

 

 

しかしビットコインから始まる仮想通貨の根本思想は「非中央集権」だが、Facebookの目指すメタバースは全く別物だ。ブロックチェーンを利用しつつ中央集権的に、現在Facebook、Whatsapp、Instagramなどで自らアップするようなデータを使うのではなく、メタバース世界で行動する、その行動の全てをデータとして把握してしまうというのが真の目的だ。

 

今、あなたがFacebookに今日の寿司ランチをアップした後にAmazonで買い物をして、Netflixでドラマを見た後にGmailをチェックしてメールを返信したとする。また、LINEでチャットしながらYoutubeを見たとする。Facebookが追えるのは、あなたが寿司を食べたこと、その店、それに反応した人の属性などに限られる。

 

今、メタバース空間の中にその全てのサービスを揃える事は可能だ。上記のあなたの行動は、何時何分に何をして何に本当の興味があって誰と何を話してどこで動画を止めて、毎日買い物をする時間はいつくらいで・・・を全てビッグデータで把握してしまおうということだ。

 

すると、AIが全てあなたの行動を先回りしておススメ、助言してくれて、便利に感じるかもしれない。

しかし、人はそうすると考えなくなる。快適なものをオススメしてくれるAIに生活を「お任せ」してしまう事だろう。

こんな人間を洗脳するのは簡単である。Metaの行く先はディストピアでしかない。

 

 

前からサーブを打つとピキッと来るのを、打っているうちにアドレナリンで感じなくなるので続けていたのだが、年末でついに継続を断念しました。一旦痛みが取れるまで休めようと。そして1ヶ月。治らない・・・。

 

肩は痛みが酷く、休めてから余計に痛みを感じるようになり、とにかく手を上にあげるだけで痛い状態が継続。特に上げてから後ろに倒す動作で激痛。医者に行くも鎮痛剤と休養を勧められるだけ。1ヶ月たっても良くなる傾向が感じられないのだが、休むしかないのだろうか・・・。

 

休みに入って気がついたのだが、右肘の痛め方も実はきつかった。筋トレをしていた時にダンベルで、右の方が力があるはずなのに肘が痛いので上がらないが、テニスもやってるしな、程度に放っておいたのが良くなかった。テニスを休んで良くわかる。何か酷く痛めてしまっていたのだと。4歳の息子を抱っこするのも痛い。無痛の左肘との差がひどい。

 

更に、である。ポキポキよく鳴るな位に思っていた右手首が、痛みは無いのだが回らない。手を後ろ手にして手首を回転して肩甲骨の辺りをポリポリと搔く動作、これが右ができない。上に指が全く届かなく強引に回すと肘が傷んでしまうのに加えて手首、親指の付け根あたりの手首が傷んでしまう。やらなきゃいいだけといえばそうだが。。。

 

そして指。中指と薬指の関節が痛いことに気づく。拳を思い切り握ると第一関節、第二関節に痛みが走る。

 

満身創痍な自分を長々と書いて何になるのか。いいのである。これは備忘録なのである。

 

先日、ブログは発信媒体としての価値は落ちたと書いたが、長く書いていると記録媒体としての役割もある気がするので、備忘録的なことも書いておけばいいかなと思った。

 

さて、印刷したものや書き留めたものを電子テキストにした場合、さっとOCRを使って持ってきたいと思ったのだが、普通にアプリを検索すると何故か翻訳アプリが出てきて、認識して、時には翻訳してくれるのだが、私のやりたいのは日本語や英語の印刷媒体や手書きをテキスト認識して電子化することだ。

 

結局シンプルにこの要請に応えてくれたのはTextScannerOCRというそのままの名前のアプリ(下はMac版だがiPhoneアプリを使用。)

 

 

これで文章を読み込んでテキスト化したら、メールやメモにエクスポートしたら一丁上がりだ。

 

読んだ本の一部転載に使えるのではないだろうか。未だにKindleで本を読むのは性に合わないから紙の本をメインに購入する。Kindleで読んでいいのは漫画だ。

 

以上。

 

 

 

 

今週数年ぶりの胃腸スコープ検査を受けました。特別にどこかが悪い訳でもないけれど定期検査として。

 

数年前に初の検査を受けたのは、大量の血便が止まらず地元の医者に相談したところ、大腸癌の恐れがあるということで、シンガポールとの日本、両方で検査を受けました。結果、大きな問題なし。殺人的な出張の連続に激辛なものを食べたり飲んだりでヘモロイド(「痔」です!)が腸の入り口にできたので、医療用ラバーバンドで壊死させる処置をうけました。

 

シンガポールでは胃腸のスコープを入れるのに全身麻酔をかけられるのが個人的に怖い。日本だと半麻酔でウトウトしながらスコープを感じながらやっていた記憶があるが、こっちは全身麻酔。医療水準の高い国とはいえ、意識がなくなるってやっぱ

り怖い。始まるといつの間にか意識を失って起きると全て終わっている・・・。

 

あと、日本の医者は自分の裁量でいろいろ考えたり言ったりするが、こちらはどちらかというと理論そのまま、といった感じ。海外経験のある医者に聞いたのだが、シンガポール医療はイギリスからの直輸入で先進的ではあるが白人の体の常識なのだという。自国で試行錯誤していく余裕も時間も急速に発展した50年の歴史しかないこの国では無かったと言うことだろう。

 

白人は痔がほとんどできないらしく、血便イコール大腸の奥からの出血イコール大腸癌の確率が高め、という常識なのだという。日本人だとほとんど各種の特なので血が鮮血なら大騒ぎしないのだという。水準は高くとも海外のマニュアル通り、というのが確かにシンガポールらしい。これを聞いて、大腸癌の恐れがあると騒がれた理由が腑に落ちた。

 

ちなみに病院から来た見積もりは$3,200…。保険がカバーしてくれるはずなんですが、事前に問い合わせてもいつもハッキリとしたことを言わない AON に不安にさせられます。

 

長年書いてきてるが、ブログの価値自体は落ちたと思う。

 

今、発信媒体として最も価値があるのはご存知Youtubeだろう。みんながスマホを持つ時代。家に帰ってテレビをつける、という習慣自体も携帯を覗き込む習慣に取って食われて、フジテレビの年収2,000万円が今や700万円というニュースにもあった用にテレビ業界の凋落に繋がっている。

 

発信方法も、自分がブログを始めた時はホリエモンのブログが全盛でFacebookもTwitterも無かった時代に一番ブログが輝いていた。今はInstagramらしいがついていけてない。中高年はFacebookが主だろうか。Twitterは比較的年代は偏っていない気がする。このように発信方法が多様化した今、ブログを選択する人はもはや希少だろう。

 

ホリエモンも、今はメルマガとオンラインサロンが中心。YoutubeやNoteでの発信もあるが全く軌道に乗らない模様。Twitterはもうやっていないようだ。孫さんもTwitterが始まった当初は中心だったが今は発信もほぼ無い。前澤さんはTwitterか。自分も発信するのであればレガシーに拘らず他の媒体を試してみないといけないのだろう。

 

こうやってアメブロにただただ続けているのは思考の停止なのかもしれない。

昨日に続きみずほのシステムトラブルについて書くことにしよう。

 

 

では、みずほはどうすれば良いのか、どうすれば良かったのか?

 

この件も、いろんな「識者」がいろんな分析をしていろんなことを言っているが、「どうすれば賃金が上がるのか?」「持ち家と賃貸どっちが得か?」と同様で、もう答えは明らかなのに歯にものが詰まったような見解になる。大メディアでは堂々と言いにくいのだろうか?日本企業はみんな似たり寄ったりのところがあるからだろうか。

 

結局みずほがやらなければいけなかったのは、不要なものを切り捨てること、だ。断捨離だ。

 

これはどこでも書いていることだが、三行合併時にシステムは一つに寄せなければいけなかった。三つのシステムを相互に繋ぐというヒドラのようなシステムを作ることになりシステム界のサグラダファミリアと呼ばれた、永遠に終わりのない地獄が始まった。強引に終わりにしたり「MINORI」にしたりしたが、無理だ。根本がここから始まっているのだから無理だ。

 

なぜこうなったかというと、三行がそれぞれ違うITベンダーを使っていたため、政治的にどこも切り捨てられずヒドラ作成と相なった。せめて二行に寄せられていればここまでにはなっていなかったと思う。リテールもやっていない興銀のシステムをざっくり切り落として整理すれば良かった。しかしそこは護送船団方式の世界では大蔵省の次に偉かった興銀のおじさんがプライドで残したのだろう。システムなんて何も見てない、関係ない、寧ろ見下していた「バンカー」の興銀おじさんが頑張って今のみずほを創った。

 

銀行の店頭にあえて行きたい人など、時間を持て余している老人以外にいない。

携帯のアプリに全ての機能を移行しスマホ前提で考える。使えない人には店頭でスマホに入力させる、そのサポートをする人員を配置するようにしないといけない。何故スマホを使えない人用に多くの店舗を抱える必要があるのか?切り捨てが足りない。

 

携帯間で無料で個人間で資金をやり取りさせることなど数年前からシンガポールではできている話だ。3万円以上とか意味のない区切りも撤廃できず、いつまでも妙な送金手数料でちまちま稼ごうとする。データベースのデータ付け替えだけに何百円も徴収する詐欺的な手数料を設定するより、そこをさっくりタダにして町からATMを半分撤去した方がよほど利益率が上がる。あの古びて使いにくいATMをなかなか切り捨てられない。

 

銀行の役割はもうそこには無い。テクノロジーも無ければ一番優秀な人材もいない。居ても使いこなせない。動きも遅い。銀行に残るのは「信用」だ。お金預けておいたら無くなっちゃったとか、ATMで現金下ろしたら少し足りないとか、そういうことが無いのが銀行に残る強みだ。いくらIT企業が便利なものを作ってもここは奪えない。それを見つめ直したビジネスモデルを作るべきなのである。

 

みずほはいつまで経っても自省ができない組織で、普通に頭取の首を飛ばしても金融庁がしかりつけても、

システム軽視はもうみずほの「企業文化」であり、根本治療も不可能なため、終わっている。

みずほ停滞1年のツケ 安定優先でDX挽回は難路

 

日経の記事にもあるが、みずほがDX推進で進めてきた事例として「地方銀行も巻き込んだオールジャパンのJコインペイ」が挙げられている。これが正に「That's みずほ」の終わった企業文化のいい例だろう。この、オールジャパンとか言う構想が役員会などで嬉々として語られる様子が目に浮かぶ。

 

(もう若い人には分からないかもしれないが、)システムなんて誰か下々のものがやっておけばいいと思っている興銀おじさんが、ゴールドマンやモルガンと切ったはったで仕上げる(と思っている)大型M&Aや新聞の見出しを飾る大型業務提携に血眼になって、またそれがみずほ凋落の諸悪の根源の「エリート興銀バンカー」佐藤康博天皇に評価される道なのだから、それがみずほバンカーの生きる道、企業文化になるわけである。

 

 

その結果、オールジャパンのはずの「Jコインペイ」は登録者75万人で、ペイペイの4,000万人に大きく差をつけられ・・・って、差がつきすぎだろ!! でもこれを失敗と捉えて誰かが責任を取るということはこの組織では無い。むしろDX施作を成功させたとして、立ち上げ時点で担当役員や部長が出世しているはずだ。

 

他にもLINEバンク(「業界の勝ち組との提携」で盛り上がったはず。未だサービス立ち上がらず→恐らく立ち上がらない)、ベトナムの「モモ」買収(「アジアの成長市場ベトナムのトップシェアFintechの買収」で大盛り上がりだったはず。その後何をするの?「MINORI」で示した赤っ恥システム力から来るみずほの付加価値は?)など、上記の失敗から全く懲りていない企業文化が垣間見える。

 

じゃあ、みずほは何をすれば良いのか?だが、長くなったのでまた次にしよう。日本の組織のできないことが詰まった結果起きたているのがこの永遠に終わらないシステムトラブルだと言うことだ。

 

以前も一度エントリにしたのだが、シャオミ(Xiaomi)がお気に入りである。

 

最初に買ったのは相当前だが、オンラインで格安で性能のいい携帯を出しているということで、iPhone派の私は、一台Android携帯を持っておこうと思って購入したのであった。何故なら当時、暗号通貨関連でAndroidでしか使えないアプリがあってどうしても使いたかったからだった。

 

感想は、「悪くはないかな」。そもそもAndroid携帯の操作に慣れていなかったのもあるが、最低限の使用のみして終わった。

 

しかし、である。シャオミは「何でもコスパ最高に作ってしまう」会社なのである。

 

自宅勤務の続く昨年、ついに導入したワイドスクリーンモニター。今年は少し値上がってしまったが、5万円を切る価格で他社が10万円以上で売っているモニターを出してきた。ここまで半年使っているがクオリティにも満足である。

 

何でも作ってしまうこの会社、

フィリップスが2万円で売っている3枚刃のシェーバーが$60

サムスンが5万円で売っている32型テレビが$300

携帯アプリと完全リンクした体重計はなんと$20

ねじ回し電動ドリルセットが・・・これは中国出張時に買ったので忘れたが、極めて性能がいい。

あとは組み立て型の子供のおもちゃがいくつか。これも他社市場価格の半額近く。

一つイマイチだったのはボールペンのセット。こんな物も作るのかよ!ととりあえず買ってみたが、何も特別な工夫もなし。

 

あとは、電化製品は電源が全てUSB-Cで統一されていて、ブラウンシェーバーのように独自のACコードをキープしておく必要がないところも個人的にポイントが高い。

 

昔々、韓国製は質が低い、と言っている間に市場を取られてしまったのと同様、中国製がコピーで質が低いというイメージを持っているうちに、完全に追いつかれ、追い抜かれている日本企業の悲哀を感じるが、やはりいいものはいいのである。