エゴを見抜く瞬間
今回は、精神世界のキーワードエゴについて
さらにじっくり考えていきたいと思います。
自我、自意識、アイデンティティ、小我、執着・煩悩(働き)
利己主義(エゴイズム)、自尊心、プライド
宗教や哲学、心理学、そして一般…
その時々使われ方によって、語意や語感がそれぞれ異なるので
なかなか理解しづらい概念といえるかも知れません。
心の働きを知るツールとしては、個人的には
自意識、またそれを守ったり満たしたりする機能・習性と
解釈するとわかりやすいように思います。
生来的な根があるのか、成長の過程で習得されるものなのか
ワタシ自身は確信を得ていませんが、エゴにはそれ自体を強化していく
という性質があり、そのために主観的な基準や尺度を築くように感じます。
そこには、たんなる我欲だけではなく
さまざまな働きや特徴があります。
※エゴは他を分けたがる(エゴは"自分")。
エゴは傷つく(エゴは傷つける)。
エゴは優越したがる(エゴは劣等感を持つ)。
エゴは競争したがる(エゴは勝ちたがる・負けたくない)。
エゴは正しさにこだわる(エゴは間違いを許せない)。
エゴは非難する・攻撃する・責める(エゴは防御する)。
エゴは対立したがる(エゴは共生したがらない)。
エゴは自分を愛する(エゴは他者を愛せない)。
エゴは満足したがる(エゴは不満である)。
エゴは独占したがる(エゴは共有できない)。
エゴは主観にこだわる(エゴは他人の感覚・観念を無視する)。
エゴは固執する(エゴは譲れない、妥協できない)。
エゴは味方や賞賛を欲しがる(エゴはひがむ、味方にならない)。
エゴは自分を否定されたように感じる(エゴは他を肯定したがらない)。
エゴは成功を当然とする(エゴは失敗を許せない)。
エゴは恐れる、不安になる(エゴは安心できない)。
エゴは支配・征服する(エゴは犠牲になる)。
エゴは他者や環境に注目する(エゴは自分に注目しない)。
エゴは自意識過剰(エゴは他に意識を向けない)。
エゴは差別意識を持つ(エゴは被差別意識を持つ)。
エゴは加害者意識を持つ(エゴは被害者意識を持つ)。
エゴは抵抗する(エゴは受け入れない)。
エゴは相手に罪悪感を持たせる(エゴは罪悪感を背負う)。
エゴは善悪・白黒をジャッジする(エゴはグレーゾーンを許容しない)。
エゴは自分の都合のいいようにごまかす(エゴは他人のそれには目ざとい)。
エゴはコントロールしたがる(エゴは任せられない)。
エゴは手に入れたがる・集めたがる(エゴは捨てない・手放さない)。
※エゴは自他を区別する(エゴは自分とひとくくりにし、他を切り離す)
…ざっと思いつくままにあげてみましたが
私たちが落ち込み、怒り、悩み、悲しみ、苦しむ時
心がこの働きにとらわれているのだと
思い当たりませんか?
またこの性質が、個人ばかりでなくヒトの社会・集団に
表れてくると、生み出される悲劇は大きくなります。
エゴがこれらの心の働きを、自分そのものだと
認識させてしまう点がエゴの巧妙さ、罠だとも
いえそうです。
自意識≠自分そのもの
そう気がつき、自分のエゴを見抜く視点を得た瞬間から
エゴを見つめる心眼を得た時から、自分の心は真に自分の心に
なるのではないでしょうか?
他人によって傷つけられるものは自分のエゴイズムだけである。
(谷川徹三・哲学者)
※2013/8/12に追加
あらためて気づいたことですが、対象を自分と同化させたり、切り離したりする
性質があるように思います。同化した(させた)ものには、執着し、干渉し、防衛し
切り離したものには無視、無関心であったり、拒絶したりします。
2008/9/4(木) の記事を転載
さらにじっくり考えていきたいと思います。
自我、自意識、アイデンティティ、小我、執着・煩悩(働き)
利己主義(エゴイズム)、自尊心、プライド
宗教や哲学、心理学、そして一般…
その時々使われ方によって、語意や語感がそれぞれ異なるので
なかなか理解しづらい概念といえるかも知れません。
心の働きを知るツールとしては、個人的には
自意識、またそれを守ったり満たしたりする機能・習性と
解釈するとわかりやすいように思います。
生来的な根があるのか、成長の過程で習得されるものなのか
ワタシ自身は確信を得ていませんが、エゴにはそれ自体を強化していく
という性質があり、そのために主観的な基準や尺度を築くように感じます。
そこには、たんなる我欲だけではなく
さまざまな働きや特徴があります。
※エゴは他を分けたがる(エゴは"自分")。
エゴは傷つく(エゴは傷つける)。
エゴは優越したがる(エゴは劣等感を持つ)。
エゴは競争したがる(エゴは勝ちたがる・負けたくない)。
エゴは正しさにこだわる(エゴは間違いを許せない)。
エゴは非難する・攻撃する・責める(エゴは防御する)。
エゴは対立したがる(エゴは共生したがらない)。
エゴは自分を愛する(エゴは他者を愛せない)。
エゴは満足したがる(エゴは不満である)。
エゴは独占したがる(エゴは共有できない)。
エゴは主観にこだわる(エゴは他人の感覚・観念を無視する)。
エゴは固執する(エゴは譲れない、妥協できない)。
エゴは味方や賞賛を欲しがる(エゴはひがむ、味方にならない)。
エゴは自分を否定されたように感じる(エゴは他を肯定したがらない)。
エゴは成功を当然とする(エゴは失敗を許せない)。
エゴは恐れる、不安になる(エゴは安心できない)。
エゴは支配・征服する(エゴは犠牲になる)。
エゴは他者や環境に注目する(エゴは自分に注目しない)。
エゴは自意識過剰(エゴは他に意識を向けない)。
エゴは差別意識を持つ(エゴは被差別意識を持つ)。
エゴは加害者意識を持つ(エゴは被害者意識を持つ)。
エゴは抵抗する(エゴは受け入れない)。
エゴは相手に罪悪感を持たせる(エゴは罪悪感を背負う)。
エゴは善悪・白黒をジャッジする(エゴはグレーゾーンを許容しない)。
エゴは自分の都合のいいようにごまかす(エゴは他人のそれには目ざとい)。
エゴはコントロールしたがる(エゴは任せられない)。
エゴは手に入れたがる・集めたがる(エゴは捨てない・手放さない)。
※エゴは自他を区別する(エゴは自分とひとくくりにし、他を切り離す)
…ざっと思いつくままにあげてみましたが
私たちが落ち込み、怒り、悩み、悲しみ、苦しむ時
心がこの働きにとらわれているのだと
思い当たりませんか?
またこの性質が、個人ばかりでなくヒトの社会・集団に
表れてくると、生み出される悲劇は大きくなります。
エゴがこれらの心の働きを、自分そのものだと
認識させてしまう点がエゴの巧妙さ、罠だとも
いえそうです。
自意識≠自分そのもの
そう気がつき、自分のエゴを見抜く視点を得た瞬間から
エゴを見つめる心眼を得た時から、自分の心は真に自分の心に
なるのではないでしょうか?
他人によって傷つけられるものは自分のエゴイズムだけである。
(谷川徹三・哲学者)
※2013/8/12に追加
あらためて気づいたことですが、対象を自分と同化させたり、切り離したりする
性質があるように思います。同化した(させた)ものには、執着し、干渉し、防衛し
切り離したものには無視、無関心であったり、拒絶したりします。
2008/9/4(木) の記事を転載
「エゴ」という心の武装
自分の心を知るためのキーワードとして、哲学や心理学・いろいろな宗教の中に
エゴという言葉を見つけることができます。
それが、自我そのものを指したり、その意識(機能)であったり
また多くは自己中心性という意味のみに使われていたり。
ややこしくて、きちんと解釈することがムズカシイですね。
ところが自分の心を縛ったり、時には閉じ込めてしまう檻となる心の働き
(言葉を換えると、執着・依存・煩悩・インナーチャイルド&ペアレント)は
このエゴという概念によって理解しやすくなるようにも思います。
他の存在やその関係と、自分を線引きし区別しようとする働きエゴ。
もともと自己の存在を安定・維持するための働きですが
物事に際して、過去の記憶のパターンに沿って不安・恐れ・怒り・許せなさ
といったネガティヴな気持ちとなって警告を発します。
そしてつい、相手をコントロールしようとしたり、へつらってみたり、
正当性を追求したり、攻撃したり、過剰に防御したり、ごまかしたり、
押しつけたり、競ってみたり、孤立したり、自慢したり、軽蔑(バカに)したり、
疑ってみたり、信じられなかったり、ひきこもってみたり
という方法を用いて対処をしてしまうのです。
相手が思い通りにな(ったと思)ってしまうと、エゴは満足します。
ところが、その満足は真に心の安定を約束することなく
だんだんとエゴを肥大させていくのです。
なぜなら一方で、その度にその物事を不安・恐れ・怒り・許せなさを
触発する存在として肯定し、その意識を強化していくのですから。
当然、その反応や対処のチカラもより強くなっていきます。
また恐ろしいことに、その反応のパターンが相手の心の中にもコピーされます。
こういったパターンが、自分の心を消耗させ心の病の温床となったり
他者との関係を悪い方向に導き、ついには行き詰らせていくのではないでしょうか?
・エゴと愛情の見かけ方
自分の気持ちを満たそうとする動機であったらエゴ
相手の気持ちを満たそうとする動機であったら愛情
以前このように書かせていただきましたが、
「今この瞬間」せいぜい、未来5分間以内
(これといった根拠はありませんが^^;)に
自分の気持ちを満たすためならエゴ
相手の気持を満たすためなら愛情
とすると、さらにエゴを見抜きやすくなるのではないでしょうか?
・自分の本心とエゴの見分け方
エゴがその気持ちを動かす時
不安・恐れ・怒り・許せなさ・憎しみ・モヤモヤ・ムカツキを感じます。
本心がその気持ちを動かす時
ウキウキ・ワクワク・感動・落ち着き・清清しさ・和み・喜びを感じます。
なにかにつけて
自分のエゴがバリバリ反応している。
意識がこのように気がつくことによって、自分の心や他者との関係を
好転させるための鍵を手にすることになります。
また他者のエゴから、真の意味で自分の心を守る方法を知ることができます。
自分や相手のエゴを見抜き、うまく付き合う方法を模索することで
ようやく自分(本心)を生きるための扉を開くことができるのです。
エゴの満足ではなく、自分の本心からのヨロコビを知りたい。
つくづくそう願うのです。
エゴという言葉を見つけることができます。
それが、自我そのものを指したり、その意識(機能)であったり
また多くは自己中心性という意味のみに使われていたり。
ややこしくて、きちんと解釈することがムズカシイですね。
ところが自分の心を縛ったり、時には閉じ込めてしまう檻となる心の働き
(言葉を換えると、執着・依存・煩悩・インナーチャイルド&ペアレント)は
このエゴという概念によって理解しやすくなるようにも思います。
他の存在やその関係と、自分を線引きし区別しようとする働きエゴ。
もともと自己の存在を安定・維持するための働きですが
物事に際して、過去の記憶のパターンに沿って不安・恐れ・怒り・許せなさ
といったネガティヴな気持ちとなって警告を発します。
そしてつい、相手をコントロールしようとしたり、へつらってみたり、
正当性を追求したり、攻撃したり、過剰に防御したり、ごまかしたり、
押しつけたり、競ってみたり、孤立したり、自慢したり、軽蔑(バカに)したり、
疑ってみたり、信じられなかったり、ひきこもってみたり
という方法を用いて対処をしてしまうのです。
相手が思い通りにな(ったと思)ってしまうと、エゴは満足します。
ところが、その満足は真に心の安定を約束することなく
だんだんとエゴを肥大させていくのです。
なぜなら一方で、その度にその物事を不安・恐れ・怒り・許せなさを
触発する存在として肯定し、その意識を強化していくのですから。
当然、その反応や対処のチカラもより強くなっていきます。
また恐ろしいことに、その反応のパターンが相手の心の中にもコピーされます。
こういったパターンが、自分の心を消耗させ心の病の温床となったり
他者との関係を悪い方向に導き、ついには行き詰らせていくのではないでしょうか?
・エゴと愛情の見かけ方
自分の気持ちを満たそうとする動機であったらエゴ
相手の気持ちを満たそうとする動機であったら愛情
以前このように書かせていただきましたが、
「今この瞬間」せいぜい、未来5分間以内
(これといった根拠はありませんが^^;)に
自分の気持ちを満たすためならエゴ
相手の気持を満たすためなら愛情
とすると、さらにエゴを見抜きやすくなるのではないでしょうか?
・自分の本心とエゴの見分け方
エゴがその気持ちを動かす時
不安・恐れ・怒り・許せなさ・憎しみ・モヤモヤ・ムカツキを感じます。
本心がその気持ちを動かす時
ウキウキ・ワクワク・感動・落ち着き・清清しさ・和み・喜びを感じます。
なにかにつけて
自分のエゴがバリバリ反応している。
意識がこのように気がつくことによって、自分の心や他者との関係を
好転させるための鍵を手にすることになります。
また他者のエゴから、真の意味で自分の心を守る方法を知ることができます。
自分や相手のエゴを見抜き、うまく付き合う方法を模索することで
ようやく自分(本心)を生きるための扉を開くことができるのです。
エゴの満足ではなく、自分の本心からのヨロコビを知りたい。
つくづくそう願うのです。
心の中でアナタを支配する〜インナーペアレント〜
インナーチャイルドという言葉や、これを癒すセラピーが
知られるようになりました。
ところが、それだけではなかなか楽になれない想いがあります。
「インナーペアレント」という言葉はご存知でしょうか?
アナタの心の中で、今もアナタをコントロールし続ける
「親」の存在です。
これが好ましいものであれば、まだいいのですが…
自分を責め、急かし、不安にさせ、罪悪感を持たせ、追い詰める
ココロのあり方。
ワタシはこれを心のプログラムという言葉で言い表してきましたが
親から与えられたその暗示(感じ方・考え方・価値感)によって
人生そのものがコントロールされ、苦しめられることがあるのです。
その存在に気がついて、「インナーペアレント」から
自分の心をコントロールする主導権を自分自身にとり戻す。
「精神的自立」は、アナタの心の中に自分の居場所を築くことなのです。
アナタのココロは、アナタ自身の大切な宝もの。
2007/8/28(火) 記事より転載
知られるようになりました。
ところが、それだけではなかなか楽になれない想いがあります。
「インナーペアレント」という言葉はご存知でしょうか?
アナタの心の中で、今もアナタをコントロールし続ける
「親」の存在です。
これが好ましいものであれば、まだいいのですが…
自分を責め、急かし、不安にさせ、罪悪感を持たせ、追い詰める
ココロのあり方。
ワタシはこれを心のプログラムという言葉で言い表してきましたが
親から与えられたその暗示(感じ方・考え方・価値感)によって
人生そのものがコントロールされ、苦しめられることがあるのです。
その存在に気がついて、「インナーペアレント」から
自分の心をコントロールする主導権を自分自身にとり戻す。
「精神的自立」は、アナタの心の中に自分の居場所を築くことなのです。
アナタのココロは、アナタ自身の大切な宝もの。
2007/8/28(火) 記事より転載