ダメな自分?劣等感を癒すのは優越することじゃない。
自分がどうしようもなくダメだと感じる時。
ミジメで情けなくて落ち込んでしまう時。
自分になんの価値も生きる資格もなく思える時。
しばらく凹んで、そして多くの人が
これまで以上に頑張らなくては…と再起します。
それは、その人に努力と成長を促すという点で
まったく悪い展開ではないようですが。
ちょっと見方を変えてみると、それは今の自分に
自らそのままではダメという烙印を押すこと。
そしてその時点の自分から優越することを
目的地とした歩みが始まるのです。
努力や成長による成果が実際に形となって現れることで
イイ方向へと流れが変わることは大いにあり得ます。
もともと人はそれを期待して励んでいるのですから。
ところが、どうしてもウマクいかなかったら?
人間を根本的に動かしているのは「優越を求める心」だ
と語ったのは、勇気づけの心理学で有名な
アルフレッド・アドラーですが、彼は病的な劣等感を
神経症の原因だと考えました。
自分にダメ印を押し続けることによって
心のエネルギーを消耗し、ついには病んでしまう。
劣等感による負の連鎖を絶つには、自分を
そのままではダメと判定することで(怖れや
不安など)いたたまれない気持ちにさせる観念、
つまり心の眼の視点を屈折させるメガネを
外すことが重要ではないでしょうか?
物事を主観によって相対的にとらえて、つねに
自分や他人のダメ出しをするような
心のクセのある人は、滅多に気分が晴れません。
そんな自分が憂鬱な人も多いのではないかと思います。
経験やしつけによって強化された屈折メガネを外すため
には、まずはそのメガネと心の反応を見破ること。
そして自分の心に、さらには周囲の人々に向けて
安心のメッセージを送ってあげることです。
ダイジョウブだよ。
それで充分。
ウマクいってる(やってる)よ。
なるようになる。
ま、いいっか~。
これで上々。
風まかせ~♪
などなど…現実に対する評価が
本当にそんな気分になれるまで。
(観念というものは、相当にガンコでして
根気よく続けなければなりませんが^^;)
これまで、それとは反対の評価の言葉や態度で
自分自身や相手の心を不安にさせてきませんでしたか?
安心させることは、自他の劣等感を癒す
魔法の薬でもあるのです。
2008/1/23(水)の記事より転載
ミジメで情けなくて落ち込んでしまう時。
自分になんの価値も生きる資格もなく思える時。
しばらく凹んで、そして多くの人が
これまで以上に頑張らなくては…と再起します。
それは、その人に努力と成長を促すという点で
まったく悪い展開ではないようですが。
ちょっと見方を変えてみると、それは今の自分に
自らそのままではダメという烙印を押すこと。
そしてその時点の自分から優越することを
目的地とした歩みが始まるのです。
努力や成長による成果が実際に形となって現れることで
イイ方向へと流れが変わることは大いにあり得ます。
もともと人はそれを期待して励んでいるのですから。
ところが、どうしてもウマクいかなかったら?
人間を根本的に動かしているのは「優越を求める心」だ
と語ったのは、勇気づけの心理学で有名な
アルフレッド・アドラーですが、彼は病的な劣等感を
神経症の原因だと考えました。
自分にダメ印を押し続けることによって
心のエネルギーを消耗し、ついには病んでしまう。
劣等感による負の連鎖を絶つには、自分を
そのままではダメと判定することで(怖れや
不安など)いたたまれない気持ちにさせる観念、
つまり心の眼の視点を屈折させるメガネを
外すことが重要ではないでしょうか?
物事を主観によって相対的にとらえて、つねに
自分や他人のダメ出しをするような
心のクセのある人は、滅多に気分が晴れません。
そんな自分が憂鬱な人も多いのではないかと思います。
経験やしつけによって強化された屈折メガネを外すため
には、まずはそのメガネと心の反応を見破ること。
そして自分の心に、さらには周囲の人々に向けて
安心のメッセージを送ってあげることです。
ダイジョウブだよ。
それで充分。
ウマクいってる(やってる)よ。
なるようになる。
ま、いいっか~。
これで上々。
風まかせ~♪
などなど…現実に対する評価が
本当にそんな気分になれるまで。
(観念というものは、相当にガンコでして
根気よく続けなければなりませんが^^;)
これまで、それとは反対の評価の言葉や態度で
自分自身や相手の心を不安にさせてきませんでしたか?
安心させることは、自他の劣等感を癒す
魔法の薬でもあるのです。
2008/1/23(水)の記事より転載
生来の幸福人〜Native Happy People〜
言葉と同じように、幸せになる人のココロの"傾向性"にも
ネイティブとノン・ネイティブがあるとワタシは考えます。
思い出してみてください。
アナタの両親や親戚、アナタがこれまで囲まれてきた人々が
普段は幸せそうな笑顔で過ごし、心のこもった(←ココ大切)
感謝や親切の言葉を日々使い、アナタが気分良く育ってこれた
のだとしたら、アナタはまぎれもなく
「ネイティブ幸福人」
もしそうでなかったとしたら…
ノン・ネイティブ幸福人、さらにはネイティブ不幸人(!)
なのかも知れません。
英語やフランス語にまったくふれずに、その言葉を使えるように
なることはあり得ません。
ノン・ネイティブ幸福人やネイティブ不幸人が「幸福」を得る
ことは「そのままでは不可能」なのだといえないでしょうか?
自分は「ネイティブ幸福人」ではないと思い当たった時
そしてそのままの状態に甘んじることにあきらめられない時
「シアワセを創り感じる心」というスキルを習得する努力が
必要になります。
それは外国語を習得する以上にムズカシイかも知れません。
ただたとえ今からネィティブになることが不可能であっても
「不都合のないくらいに」自分なりに向上させることは
できるのではないでしょうか?
そして、アナタの子どもたちを「ネイティブ幸福人」に
育てることができるはずなのです。
2007/10/14(日) の記事を転載
ネイティブとノン・ネイティブがあるとワタシは考えます。
思い出してみてください。
アナタの両親や親戚、アナタがこれまで囲まれてきた人々が
普段は幸せそうな笑顔で過ごし、心のこもった(←ココ大切)
感謝や親切の言葉を日々使い、アナタが気分良く育ってこれた
のだとしたら、アナタはまぎれもなく
「ネイティブ幸福人」
もしそうでなかったとしたら…
ノン・ネイティブ幸福人、さらにはネイティブ不幸人(!)
なのかも知れません。
英語やフランス語にまったくふれずに、その言葉を使えるように
なることはあり得ません。
ノン・ネイティブ幸福人やネイティブ不幸人が「幸福」を得る
ことは「そのままでは不可能」なのだといえないでしょうか?
自分は「ネイティブ幸福人」ではないと思い当たった時
そしてそのままの状態に甘んじることにあきらめられない時
「シアワセを創り感じる心」というスキルを習得する努力が
必要になります。
それは外国語を習得する以上にムズカシイかも知れません。
ただたとえ今からネィティブになることが不可能であっても
「不都合のないくらいに」自分なりに向上させることは
できるのではないでしょうか?
そして、アナタの子どもたちを「ネイティブ幸福人」に
育てることができるはずなのです。
2007/10/14(日) の記事を転載
「生き方感覚」を知る。
言葉は、成長の過程で周囲や親から学び
たいていの場合、苦もなく使えるようになります。
そして当たり前にそれを使って暮らしています。
成長期を過ぎてから、第二言語(外国語)を
習得することの難しさは誰もが想像できますよね?
なぜなら、言葉はたんに語彙を記憶し文法を
理解すれば使いこなせるというものではなく
体験による有形無形さまざまな情報が複合的な
基盤となって成り立つものだからです。
ある言葉を使いこなす基盤を得るためには
人が成長するまでの情報が必要だといっても
いいのかも知れません。
ワタシ達の感情や行動を左右する観念
心のクセ(傾向性)もそれと似ています。
ワタシ達は、これまでに習得した生き方感覚を
駆使して今を暮らしているのです。
自分を肯定しながらチャレンジしていく感覚を
成長過程で、親や周囲から身につけることが
できた人はシアワセですよね。
でもその反対だったら?
自分の言葉が通用しない時にどうするか?
通用する新しい言葉を学ぶ努力をする。
周囲の人とできるだけ関わらずに暮らす。
自分の言葉を使うことを周囲に強要する。
生き方感覚についても
それによって暮らしにくいと感じた際に
取る方法は似ているのではないでしょうか?
2007/9/27(木)の記事を転載
たいていの場合、苦もなく使えるようになります。
そして当たり前にそれを使って暮らしています。
成長期を過ぎてから、第二言語(外国語)を
習得することの難しさは誰もが想像できますよね?
なぜなら、言葉はたんに語彙を記憶し文法を
理解すれば使いこなせるというものではなく
体験による有形無形さまざまな情報が複合的な
基盤となって成り立つものだからです。
ある言葉を使いこなす基盤を得るためには
人が成長するまでの情報が必要だといっても
いいのかも知れません。
ワタシ達の感情や行動を左右する観念
心のクセ(傾向性)もそれと似ています。
ワタシ達は、これまでに習得した生き方感覚を
駆使して今を暮らしているのです。
自分を肯定しながらチャレンジしていく感覚を
成長過程で、親や周囲から身につけることが
できた人はシアワセですよね。
でもその反対だったら?
自分の言葉が通用しない時にどうするか?
通用する新しい言葉を学ぶ努力をする。
周囲の人とできるだけ関わらずに暮らす。
自分の言葉を使うことを周囲に強要する。
生き方感覚についても
それによって暮らしにくいと感じた際に
取る方法は似ているのではないでしょうか?
2007/9/27(木)の記事を転載