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自分という名のOS

もともと心のシステムをコンピューターのプログラムに
喩えて考えることを好んでいました。

かつては自分というプログラムに注目していたのですが
最近では自分というのはもはや各種プログラムを包括した
OSではないか?というようにイメージしています。

その不調をどうしたらよいか?

まず一口に不調といっても種類や程度があるかと
思います。

プログラムが古い、重い、邪魔、いらないとか
じつはハード(身体生理)が関わる問題だったりも。

人によっては早急に対処療法的な改善プログラムや
アップデートが功を奏する場合があるかと思います。

自分の構成要素の中でも足枷となる監視・保全・拘束
プログラムをさくさくアンインストールできるなら
もちろんきっとスッキリするけれど…

コンピューター全体を見渡し、管理できる状態なのか
開いている(時にはフリーズしている)プログラムしか
見えない、さわれない状態か

その人の状態によって(できることも)違うんですよねあせる

瞑想をすることが、リカバリだという話も耳にしましたが
OSのリフレッシュはかなり魅力的とはいえ、「自分」の
白熱稼働中に「悟り」を説かれても叫び

うっかり「自分」以下の属性としてとりこまれ
重たいタスクにしてしまいかねません。

不要なプログラムに喘いでいる時
ヒートアップしてフリーズ状態の時

まずは自分がそういう状態にあると知る

OSのバージョンを、不要なプログラムを、見抜くことの
できる視点を得ることが大切だと思うのです。つまり…

OSをオペレーションするのは誰なのよっ!むかっ

というワケです。

自分がオペレーションをするシステムではなく、システムを
オペレーションする側からであれば、あるいはリカバリ
効果的に叶うかも知れません目

今に臨む態度

普段、「今」に対してどんな態度で接していますか?

意図的に、意志を持って?

それとも感想を言ったり、言い訳したり?

虹

今起こる、今にしか起こらない

因(縁)果は時間の中にはない
因(縁)果は認知する現象の中にはすでにない

因果は今この瞬間の
各々の己の、もっといえば
己のそれと対象のそれとの
関係性にある

そのようにして現象は変化し
その変遷を人は時間と呼んでいる

そしてそのあたかも決まっているような
関係性から自由になることはできる

…らしいよ!?

なぜか自分の頭に浮かんだ内容を
自分がすぐに理解できないことがあって
言葉を探しながら解釈するのですが
自分でも「はっ?マジか?目(今風)」の
思いつきをそのまま書いてみました。

ワタシもまだ「らしいよ」としか言えませんが(爆)

ピンビックリマークとくる方だけに向けたものでスミマセンあせる