常なる今の深淵
原因も、結果も。
目標も、成果も。
すべては「今」の奥行きの中にある。
過去から未来への時系列の中にあると
錯覚してしまっているけれど。
幸せや喜びを、思い出や展望にではなく
常なる今に見出せば、別の軸を実感できるはず。
ネガティブな「ありのまま」こそ
自分や他人のありのままを受け入れるって。
けっこうな難行苦行だったりします。
「幸せ(理想)でありたい」
「幸せ(理想)であって欲しい」
という想いさえも、やはり自己満足であり
そのままへの抵抗なのかも知れないと感じます。
不幸を嘆くというそのあり方さえ、尊重し受け入れてみる。
「なんとかし(てあげ)なくちゃ」という自動反応を解除して
「そのままでもいいよ」と認めてあげられる。
その方がかえってその状態にしがみつかず
にいられるのではないでしょうか?
愛と自己満足の区別
「アナタ(誰か)のために」という自己満足はアリガチ。
なら「自分のために」という自己満足なら正解?
いえいえ、自分を大切にすることと自己満足は別モノ。
キーは当人が今、喜び、安心し、納得し、解放されるかどうか。
そうでないものは、縛りに、不安に、重荷に、プレッシャーになるはず。
他人や自分の自己満足に縛られて、踊らされたり、追い詰められることのないように。
他の誰かにそうしてしまわないように。
自己満足はホドホドに…