私は20年前、26歳で銀行を辞めて県会議員選挙に挑戦しました。その当時は、親が政治家でない、地盤・看板・カバンがない人間が選挙に出ることは考えられない時代でした。同世代の友達が集まりその輪を広げ、その活動が大人の共感を呼び、無名の私の名前を12,431人の方が投票用紙に書いてくれました。しかし結果は落選でした。

それから4年後、私は30歳で初当選し、その後4期連続当選させていただきました。この20年間多くの方々に支えられ政治家として信念を持って活動することが出来ましたが、1年半前の市長選挙で私は敗戦となりました。その選挙で「組織やしがらみ」との批判を浴び、戸惑いましたが、私が志一つ持って仲間たちと立ち上がったのが20年前であることを考えると、時の流れの中で、私自身の原点や初心を伝える努力が足らなかったと感じています。

 

もう一度政治をやると決め、県会議員選挙に出馬を決意した私は、私の生き様や考え、そして政治家としてどのようなビジョンを持っていて、県議会で今何をやりたいのかをしっかり語り、納得いただき一緒に行動してくれる仲間を作っていかなければいけないと思います。20年前に私の思いに共感し、同志たちが輪を広げていただいたように、まず私自身が20年前の初心に戻りゼロから政治をやりたいと思います。

 

このような思いからZERO会を始動しました。昨日は、いながき昭義と対話する会を開催し、私が今回、なぜ県議選に出馬するのかを語りました。20年前は20代の若者だった私たちは、今は日本の未来や会社、地域、家族を、中心として背負う世代となりました。そんな世代が強いネットワークを築き政治に関わっていくことは非常に重要なことだと思います。

 

ZERO会作りが始まりました。新しい政治のスタートにしたいと思います。一人でも多くの方が賛同いただき、一緒に行動してくれることを願っています。

 

次回、ZERO会は、10月28日(日)19:00~四日市市文化会館第四ホールにて、中部大学教授の武田邦彦氏といながき昭義の対談を企画しています。どんな内容にしていくかも募集しています。ぜひ皆さんのご希望をお寄せください。

昨日は第10回未来創造セミナーを開催させていただきました。政治資金パーティーとして多くの方にご支援いただいて毎年開催させていただき今年が10年目となります。感謝です。毎年錚々たる講師の方にお越しいただいていますが、今年は元関脇琴錦の朝日山親方に来ていただきました。

自分の中で明確な目標を持って順調に番付を上げて成果を出してきたが、三度の大関挑戦のチャンスに失敗し、このまま関脇でいいかなと思ったことでそれ以上、上には上がれなかった、引退後は年寄株を中々手に入れることが出来ず、もう部屋を持つのはあきらめようと思った時に、またあきらめるのかと先輩から言われ、強い意志を持つことができ、やっと二年前に朝日山親方となり部屋を持つことができたとのことでした。

いろんな苦労を重ねながら、強い意志を持つことで逆境を跳ね返してきた親方の生き様は私の心に響きました。相撲道から多くの学びをいただいた貴重な時間でした。

 

また、貴乃花親方が相撲協会に退職届を出したことが朝のトップニュースだったことから、生々しいお話や裏話もいただき会場は盛り上がりました。

 

朝日山部屋に9月に入門した矢田君が四日市出身のため親方が今回連れてきてくれました。実は、矢田君は息子が所属している三重クラブのOBで私の地元出身です。来場所、序の口でデビューしますので応援していきたいと思います。

親方や女将さんの温かさを感じさせていただき素晴らしいセミナーにしていただきました。4月の選挙が終われば一度矢田君の稽古をみに朝日山部屋を訪ねたいと思っています。

今日は私の地元三重地区の戦没者慰霊平和記念式が行われました。毎年地元にて、先の大戦で尊い命を失った御霊を遺族の皆さんと共に慰霊しています。

今日の式典で主催者の言葉で、日本の近隣で様々な問題が起こっていることと憲法改正の動きを憂えるとのお話がありました。私なりにお話を聞きながら憲法改正について考えてみました。

 

安倍首相は自民党総裁選で残りの任期三年で憲法改正を行うと訴えて勝利しました。戦後73年間変えることがなかった、ともすると、変えることが議論にもあまりならなかった憲法改正が今後身近な問題として出てくることになります。

 

最近は、分かりやすい政治ということからか、様々な課題に賛成か反対かと問い掛けられ判断を求められることがよくあります。しかし、憲法改正賛成か反対かといった問いは非常に危険だと考えます。

 

憲法改正については、二択ではなく、例えば、憲法改正に賛成、9条を変えなければ賛成、反対といった三択もありえます。米国からの強い要望に基づく憲法改正に賛成、米国からの強い要望に基づく憲法改正には反対、憲法改正に反対といった三択もありえます。安倍首相による憲法改正に賛成、安倍首相による憲法改正には反対、憲法改正反対といった三択もありえます。憲法改正賛成、早急には反対だけど熟議の結果は賛成、反対といった三択もありえます。

 

今、具体的にどこをどう変えるといったものがない中で、憲法改正を一国の総理が言っていることは、簡単には賛成、反対が言えない状況の中、憲法改正を議論の遡上に乗せるといった極めて巧妙なポピュリズムだと思います。

 

憲法改正は最後は国民投票で決まります。この三年間、戦後73年間変わらなかったものを変えるかどうかの判断を求められる可能性が高まっています。私達国民は、英霊や先人たちの声に耳を澄ませて真剣に判断しなければいけない時がやってくることになると思います。

インターネットテレビ三重tube「坂の上の雲に向かって」にゲストとして先月一緒にインドネシアを訪問した仲間に出演いただきました。このために(?)購入したインドネシアの正装であるバテックを着て登場いただきました。余談ですがこの収録の後、このインドネシアの服を着て四日市のまちに食事に出ましたが、まわりの視線が心地よく(?)何軒もはしごすることになりました。

番組では、今回のインドネシア訪問の目的である、介護職の技能実習生の受け入れに関して、新しく受け入れ機関である事業協同組合を設立された南出さんと、今回実際に面接をして二名の採用を決めて来年7月に受け入れる介護事業者の溝口さんに現地での感触や現状などをお話してもらいました。

 

前にもブログでご報告しましたが、私は現地の送出し機関や日本語学校などを視察して、これから日本の介護現場に多くの外国人が入ってくる時代はすぐにやってくることを実感しました。四日市も年々すごい勢いで外国人の数が増えてくることになります。時代に合った仕組みの構築が急務であることを感じています。政治の責任です。

 

今回の動画は、介護事業に関わりのある皆様には、ぜひご覧いただきたいと思います。

安倍首相がロシアを訪問し、プーチン大統領から「前提条件なしの平和条約締結を年内に行ない、その後両国の係争中の事案を解決していこう」との提案をされました。このような駆け引きは、戦後70年間両国の交渉の中では常に存在していたと思われますが、国際会議の場で日本の首相の目の前でロシア大統領が提案したことが重要であると考えます。

 

これまで北方四島返還に向けた先人たちの様々な努力を考えると、この提案を面前でされた安倍首相は毅然とこれに反発し、「北方四島の帰属問題が解決しない限り平和条約締結はありえない」と強く主張すべきであったと考えます。そして「年内の平和条約締結に向けてすぐにでも北方四島を返せ」と切り返すべきであったと考えます。

 

残念ながら言うべきことを日本の首相が言わなかったことで、今後ロシアのペースで平和条約締結の議論が進められる心配が出てきました。

 

これまで、日ソ共同宣言(1956年)で平和条約締結後に歯舞、色丹の二島を日本に引き渡すとされ、東京宣言(1993年)、クラスノヤルスク合意(1997年)で、2000年までに北方四島の帰属問題を解決してから平和条約を結ぶとされました。結果として2000年までに平和条約締結はなりませんでしたが、イルクーツク声明(2001年)で、継続して両国の努力で北方四島の帰属問題を解決してから平和条約締結をすることが確認されています。

 

北方四島返還を実現するため、日本外交は丁寧に決めごとの確認作業を重ね、粘り強い交渉を行ってきました。しかし、今回のプーチン大統領の発言はその土台を崩すものであり、国際会議の場で、意図的にあの発言をし、会場から拍手を浴びることでこれまでの外交の歴史をぶち壊す狙いがあると思います。

 

プーチン大統領との間で、20回以上も首脳会談を重ねてきて、このような仕打ちを受けることは、安倍外交の大失態であり大きく国益を損なうことになるのではと心配します。日本外交の底力が問われる重要な時だと感じます。

インターネットテレビ三重tube「坂の上の雲に向かって」の今週のゲストは、モデルでウォーキングスペシャリストの田中さつきさんでした。なかなかモデルさんと出会う機会はありませんが、ミスユニバース三重大会の講師や審査員をされていたご縁で気さくに出演いただきました。皆さんぜひご覧ください。

皆さん、ウォーキングスペシャリストってご存知ですか?彼女は、桑名や四日市で歩き方や姿勢が正しくなる教室を開かれています。私は猫背で、横に座っている自分を動画で確認すると自分の姿勢の悪さを痛感します。

 

政治家も人から見られることが多いため、歩き方って重要だなと思っています。何となく総理大臣になる人は、シャキッと歩いているように感じます。私も今回の収録を機会に少し歩き方とか姿勢を気にしていきたいと思います。どんな世界でも一流で活躍している方と話することは楽しいものです。

【県議会議員選挙出馬表明】

私は、もう一度原点に返り、初心を見つめ直し、来年4月に行われる三重県議会議員選挙に挑戦することを決意しました。平成28年9月、県議を4期目の途中で辞職し、四日市の未来のため市長選挙に挑戦致しました。市内全地区で政策トーク集会を行い、たくさんの市民と一緒に政策集を作りましたが、私の力不足でその政策を実現できないことは無念であり、非常に申し訳ない思いです。

落選後、無職となった私は、多くの方に支えられ、介護、福祉、医療の現場などで様々な仕事をさせていただいています。また平成29年9月には明治大学大学院に合格し、あらためてガバナンス研究科で政治を学んでいます。この約1年半は、自分自身をじっくりと見つめ直す機会であり、新しい出会いと多くの「学び」をいただいた貴重な期間となり、その間、思い悩み考えに考えた末に、やはり私は政治をやりたいとの結論に達しました。「ポスト真実の時代」に真実を求め愚直に、まじめに政治に取組む政治家が必要だと感じています。

 

県議会選挙に出馬を決意するにあたり、私の政策は3本の柱で取組みます。

①県としてSDGs(国連で採択された2030年までの持続可能な地域開発目標)の取組みを始める。

②2021年の三重とこわか国体の成功とその後ビジョン作り。

③議会改革・行財政改革の推進。

 

グローバルな視点で新しい形のコミュニティ作りに果敢に挑み、2回目の三重国体をスポーツを通したまちづくりのスタートとなるよう成功させ、その後のビジョンを示し、停滞した県議会改革を前に進め、厳しい県財政の中、不断の見直しを行います。

 

私は、もう一度ゼロから、もう一度原点に返り、本日から街頭に立ち、私の考えや政策をまとめた「Dream21号外」の配布をスタートしました。「強い言葉」や「激しい言葉」、「耳触りのいい言葉」ではなく「本物の言葉」を大切にし訴えます。厳しい戦いとなりますが、何卒、私の覚悟をご理解いただき変わらぬご支援賜りますようお願い申し上げます。

新学期が始まりましたが、文部科学省が子ども達のランドセルが重すぎるとの意見を踏まえて宿題で使わない教科書などは教室に置いて帰る「置き勉」を認める通達を出すとの報道がされていました。また、学校で栽培したアサガオなどを持ち帰らせる場合は保護者が取りに来ることを認めるとしています。

 

私はこの報道に非常に違和感を感じました。まず、そんなことまで文部科学省が決めて通達を出さなければいけないのかということです。家で子ども達の小学校はどうか聞いてみたところ、天気とか行事によっては先生が教科書を置いて行ってもいいと言うこともあるとのことです。またアサガオは成績表渡しの時に親が持って帰っているとのことでした。

 

当然と言えば当然で、文科省に決めてもらうことではなく現場で判断している現状で全く問題ないと思います。息子に文科省が「置き勉」を認めるよう通知したとの話をしたら、「忘れ物は減るかもしれないけど、どうでもいいこと決めてるんだね」との答えでした。

 

今回の通知の目的は忘れ物を減らすことではなく、ランドセルが重いから何とかしてほしいというのが目的です。報道では識者が「苦役のような通学は見直すべき」といったコメントを寄せていますが、子どもの体力づくり等様々な視点で考えた時に重いランドセルを苦役ととらえる考えに私は賛同できません。もちろん体格などの個人差もあるため個々に対応する必要はあります。

 

また、宿題で使わない教科書は置いて帰ることを認めるという考え方も問題です。宿題以外の教科書は家で見なくてもいいということはありません。最近の宿題は自主勉というものが毎日出ており、子ども達が自主的に学ぶことを促す教育であるため、家で子ども達が自由に学ぶ環境は必要だと考えます。

 

日本の子ども達をどんどんひ弱にする政策をなぜ政府が出すのか、箸の上げ下げまでなぜ政府が決めるのか、今回の報道で私はこんな違和感を感じています。

昨日は横浜で竹下譲先生の「地方自治制度の歴史」出版記念パーティーに出席させていただきました。竹下先生は四日市大学の総合政策学部の学部長を務められ、県の教育委員長も務められました。私は県議時代に政策作りなどで大変お世話になり、またよく一杯ご一緒させていただきご指導を頂いていました。市長選挙に落選した時には、「もう一度学ぶ時間が出来たと思って大学院に行ったらどうか」とアドバイスをいただきそのきっかけで明治大学大学院で学ぶことを決意しました。

今回、竹下先生が「地方自治制度の歴史」を出版されました。執筆されていることは存じ上げていましたが、地方議員にとってバイブルとなる大作が完成しました。これからじっくり読ませていただこうと思いますが、明治新国家を作る時に、官治か民治かという大激論が大久保利通や木戸孝允によってなされたこと、結果として残念ながら官治の道を歩むことになり地方分権にはならなかったことなど非常に興味深いです。

竹下先生はヨーロッパ、特に英国の地方分権について詳しいためヨーロッパの現在の地方分権議論を日本がすでに明治の初期に行なっていた点は明治の政治家の偉大さを感じます。

 

久しぶりに竹下先生にお会いしましたがお元気な様子でうれしく思います。また退官された後も、地方行政、地方分権について活躍されていることに頭が下がります。先生と政治談議がまた出来るよう私も努力していくことを誓った横浜でした。

前のブログに書きましたが、8月19日~24日までインドネシアを訪問し介護人材確保に関して多くの体験をして参りました。

 

送出し事業者のミノリ社では、明日(29日)に介護職の技能実習生第一期生13名が日本にやってきます。今後、毎月順次日本に人材が来ることになり、将来は年間約1万人の介護職の技能実習生が日本にやってくることになります。

私は、四日市の介護福祉事業者の面接に同席させていただきました。7名を面接し、どの子も甲乙つけがたい純粋な素朴な人たちでした。今回2名の採用を決めましたので、来年5月には、おそらく四日市では初めてのインドネシアからの介護職の技能実習生がやってきます。

 

少子化がますます進む中、今後、技能実習生、留学生などの人材がどんどん日本に入ってきます。また訪日観光客も急速に伸びています。日本社会は大きな変化が求められていると今回の旅で実感しました。政治の役割が大きいと感じています。

 

また今回の旅では最終日に初海外ゴルフを経験しました。インドネシアは暑いのですが乾季のためカラッとしていて気持ちよくゴルフを楽しみました。更にジャカルタでアジア大会が開催していることから最終日の夜に会場に向かいました。日本勢が大活躍している水泳の当日券を買うことが出来てラッキーでした。

当日は、女子400メドレーリレーはじめ日本代表選手が大活躍し、表彰式で君が代を3回も聞かせていただきました。異国で日本の国歌を聞くことはうれしいものです。

本当に充実したインドネシアの旅となりました。同行していただいた皆さん、現地でお世話になった方々に感謝です。