のだま(野球)カンタービレ -131ページ目

3月19日(日)

明けて日曜日は早く目が覚めてしまった。

目覚めと共に薬とか血圧計の入ったリュックを無意識に手探りで探してしまった。

ああ、仙台にいるんだった。

息子達を誘い、キャッチボール。

ボールが ぱんっ!とグラブに納まるたび
「ああ、生きているんだな」
と実感する。

ウイークリーマンションに行き、待望のお風呂!

お風呂の水は一日一人分と制限がかかっているとの事。

体が溶けそうな程リラックスできた。

走馬灯のように、とはこの事か。

暗闇、啜り泣き、茫然…

頭に浮かんでは消える。

家内も大変だったらしい。

最初は友人宅にお世話になり、ウイークリーマンションに移り、昨日やっと家に戻った。

何時間もお店に並び、子供達にも荷物を背負わせ、米や水、その他乏しい食糧品を得ていたのだ。

車は燃料計が半分を切っていたため、イザという時まで乗らないでいた。

当然、大船渡に来るにはガソリンが足りないし、第一 危険。

Jr②@小1が飼っていた青いベタも停電で死んでしまった。

でも、まぁ、子供達は元気。

そして驚くべき事にウイークリーマンションの下の利休(牛タン屋さん)が営業していた!

一も二もなくお店に入った!

ところが…

勿論、美味しかったのだが…

今まで避難所の冷えたオニギリしか食べられなかったからか…

体が肉を受けつけない。

避難所の皆の事を想うと喉を通らないのだ。

一見、いつもの生活に戻ったように錯覚するのだか…

同じ仙台でも少し海の方に行くと瓦礫と多数の遺体があるのだ。

避難所は溢れているのだ。

なのに…

外に出ると 長い睫毛のミニスカートの女の子が歩いている。

おしゃれをして楽しそうに連れ立って歩いている…

何なのだ、

このギャップは…

勿論、おしゃれを責める気は毛頭、無い。

日常をそのまま過ごせる事は良い事だ。

しかし、十数キロ離れただけでこの違いは何なのだ。

複雑な気持ちで帰宅する。

頭が混乱したまま少し眠る。

夕方、家族に別れを告げ、マル災のステッカーを貼った車に乗り込む。


ひたすら国道4号を岩手へと向かう。


よし、

頭も身体も元気になった。

また、頑張れる。

夜半、大船渡のクリニックに到着。

嬉しい事に、

携帯のメール送受信が可能となっていた。

3月18日(金)

この日まで朝は避難所巡回、9時から日没まで外来診療、夕方は市役所災害対策本部で話し合いや外部医療チームとの調整、夜は朝に廻りきれなかった避難所巡回と休む暇が無い。

風呂なんて一回も入っていない。

市役所で薬剤の補給を受けていると、県立病院の脳外科のY先生がやって来た。

大船渡市の災害医療のリーダーであり、DMATの一員でもある。

居合わせた保健師の方と一緒に休養するよう、説得された。

佐久と日赤のチームが私の担当避難所を重点的に巡回してくれると…

そうだな、

少し、休もう。

アドレナリンが出つづけている間は疲れは感じないけど、明らかに疲労のピークは通り越している。

もう一週間が経つんだな。

自分でも疲れによる診断ミスが怖くなり始めていた。

まだ真っ暗で寒い部屋に戻り、泥のように寝た。

3月19日(土)

午前中の外来診療を終え、避難所の急患に対応し、2時間ばかり仮眠をした。

幸いな事にガソリンの補給も受けられた。

仙台へ。

私の家族に会いに行こう。

東北道は通行不可能なため、一関まで出て 国道4号線を一路南下する。

真っ暗。

ガソリン不足のためかほとんどすれ違う車もいない。

所々アスファルトが陥没、隆起しているため、車にガツンと突き上げを喰らう。

後ろに積んだAEDがガチャンと跳ね上がる。
駐車場に車を滑り込ませ、部屋に。

「よっ!おとう!ひさしぶりっ!」

生意気なJr①@小六のお出迎え。

やっと家族に会えた。
当初、マンションは退去指示が出ていたため、独身用ウイークリーマンションを借りて川の字で寝ていたと…

明日、そこに行ってお風呂に入るのを楽しみに気を失うように寝てしまった。

3/16 (水)

外来診療を再開する。

クリニックの割れたガラスをダンボールで塞ぎ、

電気、水、通信無しでの再開。

当然、レントゲン、採血、その他検査は一切できない。

一台だけ確保できた石油ストーブを待合室に置き、震えながらの診療。

薬の在庫は最初の3日間で処方し尽くしてしまった。

調剤薬局にも在庫が少なく、院外処方箋で3日分しか出せない。

患者さんは身内を失った方も多い。

「元気を出して」なんてとても言えない。

「話を聞く事」に徹する。

皆、気力を振り絞って病院に来るのだ。

身内が瓦礫の下にいるのに自分が生きるために病院に来ねばならぬのだ。

「私だけ生きて薬を貰いに来るなんて申し訳ない」

「死んだ者の分まで生きねばならない。だから薬を貰いに来ました」

それに返す言葉なんて…

ただ、ただ、頷き、診察を続ける。

午後は避難所を巡回。

避難所のリーダーの疲労が濃い。

あれ?熱がある。

聞くとお腹の調子も悪く、食事も摂っていないと。

保健室に運び、点滴。

昼間は行方不明のお母さんを探しに瓦礫の山と格闘。

夜間は避難所の不測の事態に備え、ほとんど寝ずに番をしていたと言う。

そんな、無茶ですって。

でも、

気持ちは痛いほどわかる。

「何もせず、じっとしている」事ほど辛い事は無い。

悪い事ばかり、頭に浮かぶ。

なけなしの希望が闇とともに絶望へと変わっていく。

何とかしなくちゃ…

そう思いつつも

解決策が無い。