今週、木曜日と金曜日に雨マーク
土曜日は晴れマークだったんだけど・・・
やっぱり今日、土曜日に雨マークが付きました![]()
明日は、「昼間、撒き餌でチヌは浮いて来る」理論の実証二日目の予定だったのに![]()
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先週、水深5メートルの港の内側で、水面から2ヒロの浮子下でメイタをゲット。しかし、一度だけでは理論の証明にはならない。他の原因で浮いたのかもしれないからね。
真冬になって、チヌが海底に張り付くまで、実験を続けてみようと思う。
結論が出るのは来年かなぁ?
2011年10月10日 日出の港にて
「おっきいのが釣りてぇなぁ、先生」
「そうやなぁ、太郎君」
「なんか、こう、どかんとこんかなぁ」
「そうやなぁ、最後に笑うのはわしじゃった。っちゅう風にならんかなぁ」
「ですよねぇ」
「このままじゃ、わしが一番下手糞っちゅうことになる」
太郎君が竿を出すと言うので、ストックの餌を冷凍庫から引っ張り出して合流したら、常連の先生もいた。海に向かって右手が太郎君で左に先生。その左にスペースがあったので、そこで竿を出すことにした。
最初に来たのは先生で、太郎君はその後に来たそうな。太郎君は既に数枚、先生は1枚のメイタを釣っていた。
今日は、撒き餌に浮くチヌの行動を検証する実験だ。
ふかせ釣りは、本来、撒き餌で魚を浮かせて釣る釣りである。釣り人によって撒かれた餌は、上から落ちて来る。我先にと餌に食いつく魚は、多くの餌を食べようと、海底から水面に向かって移動する。つまり、撒き餌が効いて来ると、魚は上に上にと浮いて来るのである。まぁ、全ての魚ではないが。例えば、根魚のカサゴ等は、いくら撒き餌を撒いても浮いて来ない。それは、カサゴの生活圏が海底近くに限られるからだ。一方、チヌは、海底、中層、水面に至る全ての層を生活圏としている。冬は海底に張り付いているし、夏は水面近くまで上昇し、小魚を追いかけている。
師匠が、最近の若者の釣り(沈め探り釣り)に愚痴愚痴と愚痴を零すもんだから、「だったらふかせ釣りで釣果の違いを見せ付けてやればいい」と遣り込めたら、「自信がない」と、一貫しない姿勢を見せたものだから、僕が、実証して見せる?いや、自分の中の常識をひっくり返す理論を検証してみることにしたのだ。
チヌは底で釣る!
多くの釣り人が信じている常識
いや、僕も撒き餌に浮く話は聞いていた。しかし、夜のチヌは底にいるのだ。そして、夏は夜がメインなのだ。日中は暑いし、第一餌取りがわんさかいて釣りにならない。夕方には釣り場に行くものの、それは場所取りのためで、竿を出しているのも惰性。本番は夜なのだ。
しかし、夏の昼間の攻略法を太郎君に訊かれ「そりゃあ、遠投して浅目のタナを釣るしかねぇべさ」と、言ってしまった手前、それを実証してみせなければならないという事情もあった。
よって、今日はグレ釣りの仕掛けで表層を狙う。日中と言うには少し遅いが、1時過ぎまで寝ていたので仕方ない。
仕掛けを見て、先生の目が真ん丸くなった。
「今日は軽仕掛けかえ?」
「いんや、今日は撒き餌で浮いて来るチヌを狙う」
にやりと笑う先生。去年、津久見の海で底から一ヒロも二ヒロも浮いて来るチヌを経験したと言うのに、津久見以外では、チヌは底だと思い込んでいる。いくら理論的に説明しても理解できない人なので、実釣で証明するしかない。ってのも理由のひとつ。
撒き餌を始めて30分、海面から一ヒロに魚はいなかった。オキアミが、綺麗に残っている。一ヒロ半に下げてみるが、やっぱり魚の気配なし。徐々にタナを下げて二ヒロくらいになった時、3Bの当り浮子がす~っと沈む。続いて0号の飛ばし浮子も沈んで行く。糸ふけを巻き取り、ゆっくり大きく竿を立てる。間違っても糸鳴りがするような合わせは入れない。糸鳴りがすれば、折角撒き餌に寄ったチヌが散ってしまう。ゆっくり竿を立てて、ずるずると群れから引き離す。その後は少々暴れても群れから十分離れている。やりとりに余裕が出たら、撒き餌をする。これも群れを散らさないテクニック。
さて、群れが寄ってしまえばこっちのものだ。暗くなるのに比例してチヌのタナは深くなって行ったものの、2時間半で11枚。まずまずの釣果であった。
太郎君はタナのことはわかっていないが、沈め探りなので、たまに浮いたチヌに出会うとみえて、10枚以上釣り上げたが、僕の数時間前から釣っていて、その釣果だ。沈め探りに対して、固定、或いは半遊動の釣りがいかに効果的であるか・・・事後の釣り談義で実感していないとわかった。
僕が、11枚釣ったと言うと「真面目に数えてないからわからん。もしかしたら12枚やったかもしれん」と意地を張る。いやいや、それにしても釣った時間が違うだろうが!と、突っ込んでやりたいところだが、無駄な努力はしないことにした。
先生に至っては「タナを変えるのが面倒臭くてな」と、ばればれの嘘を吐く。底から何センチとかいうタナなら合わせるのも面倒だが、上から二ヒロのタナである。目分量で浮子止めの糸をずらすだけ、面倒でもなんでもない。
先生は、ひそかに大物を狙っていたのだ。僕と太郎君が上の方で手の平サイズを釣っている。きっと底近くに大物がいるはずだと。
しかし、実際に底にいたのは、海底を好む餌取りばかり。当りも無く餌を取られても「チヌが寄れば餌取りは散る」という呪文を唱え続けていたのだろうか?がんとしてタナを変えなかった。結果、僕が来る前に釣った1枚が唯一の釣果となった。
「大物が釣りたい」という気持ちはわかる。しかし、その為の努力が見えない。毎週毎週同じ場所で、同じ釣り方。よしんばそこに大物のチヌがいると仮定して、手の平サイズしか釣れない釣りを繰り返して、釣れるわけがない。
確かにふかせ釣りは、撒き餌で魚を寄せる待ちの釣りではあるが、それでもいくつか攻める手法がないわけではない。
仕事ではないので、彼らの釣果を上げることに意味はない。僕の収入に影響するわけでもない。
しかし、毎回毎回「でかいのが釣りたい」と愚痴を聞かされ、何の努力もしていない彼等を見ていると、ストレスが溜まるのだ。
雨の窓外を眺めて浮かんだのが表題の言葉である。
「酒と薔薇の日々」は、「酒とバラの日々」と記述するのが正しいようだが、私の頭に浮かんだのは「酒と薔薇の日々」であり、漢字がある言葉は漢字で表記するべきだ!と言う、ニッチな拘りを持つ私だからだろう。
「酒と薔薇の日々」は、映画のタイトルで、徐々にアルコールに溺れてゆくカップルを描いたドラマだそうだ。
「暗い日曜日」はシャンソン、つまり歌の題名で、この歌を聴いて沢山の人が自殺したと噂になった、いわく付きの歌である。
映画を観たわけでもなく、シャンソンに傾倒しているわけでもない私が、どうしてこの二つの言葉を思い浮かべたのか?おそらくな、漫画「レモンハート」に出てきたのであろう。定かではないが、ストーリーのどこかに、エッセンスとしてか、それともテーマとしてか。出ていたような気がする。
人の脳と言うものは、このように理路整然としていないもので、真にあやふやで、不安定なものだ。
その不安定な脳の指令で動く人間が集まった社会がどれほど不安定なものか?
日曜日が休日であることに異論を唱える人はいないだろう。もちろん、日曜日以外が休みの会社で働いている人には異論があるかもしれないが、休日と言えばイコール日曜日であることに反対はしないと思う。
では、どうして一週間が七日で、日曜日が休日なのか?
一週間はヘレニズム文化を起源とし、ローマ皇帝(コンスタンティヌス1世)の命により日曜日が休日となった。現代では、土曜日が半ドンとなり。やがて週休二日制度へと進化していく。
千七百年近く前の、しかもローマの皇帝の命令を今でも守っている人類って・・・・
ようやく、風邪を克服。まだ、少し痰が絡むものの、日常生活には支障がないていどにまで回復しました。
さてさて、今日は薄ら寒い曇り空です
まぁ、仕事なので天気はどうでもいいのですが、夏が終わる感傷にどっぷり浸かっています。
マリンスポーツをするわけでもないのですが・・・
やっぱり、夏が好き!
だらだらと汗を流しながら、熱いラーメンをすするのが好き!
生まれついての変人・・・天邪鬼?
先週末、熱は出ていなかったものの、年齢を考慮して?体力の低下に負けて?家で大人しくハードボイルドなんぞ読んでいたせいで、釣りに行きたい欲求がMAXです。
今週末は高気圧に覆われて、穏やかな晴れになりそうだし、ちょっと遠出してみっかなぁ?
でも、たぶん、起きたら昼近くで、近場の海で手を打つんだろうなぁ・・・
だって人間だもの
左足の小指 柱の角にぶつけたら・・・痛かった
だって人間だもの!
お見舞い申し上げます。
帰りたくても帰れない。電車が止まり、バス停に並んで3時間・・・根性ですなぁ
そうまでして帰りたいお家・・・羨ましい
居酒屋も、カラオケも、インターネットカフェも満員だったのかしら?
出社させた会社が悪い!と、文句をたれてる人がいましたが、どうなんでしょう?
こう言う事態は予測できたのに出社させた会社は責任をとれ!みたいな事言うとりましたが・・・予測できたなら、会社に行かなきゃいいのに。
僕は、雪が降ったら会社には行きません。会社の指示があろうがなかろうが、公休になろうがなるまいが関係ない。車がスリップしたら事故になるし、こっちがまともに走っていても、他の車が突っ込んで来ることもあるし、高い所から落ちれば死ぬ可能性だってあります。
それに、渋滞しているから、どのみち定刻には間に合わない。
自分の命は自分で守る!
皆さん、自分で思っているほどキーパーソンではありませんよ![]()