士は己を知る者の為に死す -10ページ目

士は己を知る者の為に死す

男は自分を理解してくれる人の為なら命を懸けて尽くす

主従関係は、征服支配よりも理解







2014年05月03~ G.W.





前半、後半に分かれた今年のG.W.(ゴールデンウィーク)。この時点でおG.W.ではないと言う天邪鬼な意見は置いといて、後半の四日間・・・いや有給休暇で休んだ2日も入れると5日間の連休は、釣り三昧の日々となりました。



初日の2日は、亀川で40センチを頭に、35センチ、30センチ、そっして25センチを2枚。

今年初めての亀川。状況も分からず、勘だけを頼りにやってきた。時々餌は取られるものの針掛かりせず、海の中を想像していてら浮子がひょこひょこ。不思議に思って竿を立てると、意外な重量感。40センチのチヌは刺し餌を食った後、海底に落ちている撒き餌を拾って食っていたようだ。干潮を挟んで夕方前に25センチのメイタをゲット。その後鯵パラダイスとなり、オキアミは秒殺、勝負にならず。撒き餌とメリケン粉で練り餌を作り、25/30/35と三枚連荘するも、ここで打ち止め。21時頃穴子が釣れて納竿と相成りました。




明けて3日は、北風ピーピューにて静観

強風の中、釣りをしている奇特な奴がいたので見に行ったら、知り合いだった。おつむスッカラカンの昔の顧客。チヌのいないポイントでプアな仕掛けで河豚に遊ばれておりました。





次の4日は、再び亀川にて32センチ1枚


二匹目の泥鰌を夢見て再び亀川へ。強風8mの予報は外れて、穏やかな海・・・が、雀鯛の大群にオキアミは無残。仕掛けが馴染む前に跡形も無く、勝負にならず。が、練り餌は何の反応も無く、毎回無傷で回収される。
それでも根気良く竿を振り続けていたら、神の思し召しなのか32センチのチヌが浮子を沈めました。が、その後はまたもや雀鯛パラダイス。オキアミはs秒殺、練り餌は無視。

満ちに入ってチヌを掛けるも、タモ入れ直前に針外れでバラシ。

夕方になっても、鯵の大群は訪れず、オキアミを付ければ思い出したように浮子を沈め。練り餌にしたなら河豚に食われ・・・


帰り支度をしていたら、「こんばんわ」。「はい、こんばんわ」と顔を上げるとお巡り二人。



「釣りですか?」と間抜けな質問。夜の防波堤で広げた釣り道具。釣り以外に何をすると言うのだ?が、釣りを装って悪事を働いていたら、この質問に動揺するのだろう。


「ここは立ち入り禁止区域ですので。一応」


「一応なら言うな」「立ち入り禁止の理由は?」と、切り替えそうとする言葉をごくりと飲み込んで「はい」


「お前のせいで、こんな所まで来るはめになったんだよ」と顔に書いてある若い方のお巡りを人睨みして、片付けを再開する。


「何か釣れましたか?」と年取った方のお巡り。
「チヌが一匹」
「ほう、何処に?」
「もう、リリースしました」
「もったいない」
「資源は大事にしないとね。数が減っているんですよ」
「持って帰って食べればいいのに」
「小さな固体はリリース。これ釣り人の常識。あんたみたいな人が、魚を減らしているんですよ」
「・・・」


会話の間も、二人はきょろきょろ。クーラーの蓋を開けると、すかさず覗き込む。釣り人としてのマナーは最低だ。断りも無く他人のクーラーを覗き込むのはマナー違反。疑うのが商売なんだろうが、あらぬ嫌疑をかけられたこちらは不愉快極まりない。




後日、釣り仲間にその話をしたら、
「怪しかったんじゃわ」
「何が?」
「見た目が」
「アハハハハ・・・一遍、死んでみる?」





5日の子供の日は、パス

観光港の見回りで、知り合いの集団を発見。釣りを眺めながら話をしていたら、時間が遅くなり、昨日の疲れもあったのか竿を出す気にならず。






最終日の6日。何故か、全開バリバリで釣る気満々、風の予報も何するものぞ。


一直線に観光港。釣り仲間がいると思って行ったら、知らない釣り人三人。今日は皆、日出漁港に行ったそうな。風除けのある岸壁に行こうか、それとも川の中で彼等と違う釣りで試してみるか?悩んだ末に川の中を選ぶ。


適度に浮子は沈み、適度に餌を取られる。が、魚の正体は不明。針にかからないのだ。数年前からこのような現象が顕著になった。それまでは、餌取りと言っても針に掛かり、姿を見せたものだ。恐らくは、釣り針が口に入らないくらいの小さな稚魚が、集団で餌を突っ突いているのだろう。稚魚が増えたのか?それとも稚魚を押しのけて餌を食う幼魚が減ったのか?


さてさて、おやつの時間を過ぎた頃、両脇の沈め探りをやっていた釣り人が帰ったので、ちょい投げで、10メートルくらい先を流してみる。


数投の後、浮子がスッと沈んだ。竿を立てると、ある程度の手応えと竿を叩く(魚が首を振る)感触。27センチと小振りのメイタだったが、苦労の末の一匹は、涙がちょちょぎれる程嬉しかった。




さっきまで停滞していた潮が、左に仕掛けを流し始めた。


この場所は、右から左に深くなっている。右流れの場合は根掛かりし、左流れの場合はタナが浮いてしまう。故に、チヌが海底にいる場合、半遊動では超過が出難い。沈め探り釣りの場合は、水深に関係なく、最後は海底に辿り着くので、少しの距離で深さが大きく違う場所の場合、断然有利になる。


が、浮子が見えない釣りは嫌いだ。これは、個人の趣味趣向である。



0.8号の萱浮子が、左方向の沖に流れて行く。それをぼんやりと眺めながら、ある程度流れたら回収。餌を付け替え仕掛けを投入し撒き餌を打つ。延々とこれの繰り返しかと思われたその時、ゆっくりと浮子が沈んで見えなくなった。竿を立てると、元気な魚。それに竿を叩く感触。



隣で、竿を持っているが何しに来たのかよく解らない夫婦の夫が魚を指差し、女房に何か言っていた。




釣り上げたのは丸々と太ったチヌ。産卵前の♀だろう。もちろん、資源保護のためにリリースするのだが、針を呑んでいたので、念のためにスカリに生かす。



針を呑んでいた場合、針や針外しで鰓(えら)を傷付ける場合がある。魚は鰓を傷付けられると大量に出欠し、失血死することがあるので、帰るまで生かしておいて、途中死んだらお持ち帰り、元気だったらリリース。



スカリは嵩張る(かさばる)と、ストリンガーを使う釣り人が多いが、ストリンガーは魚を傷付けるので使わない。リリースしても魚が傷だらけじゃあ意味が無い。リリース後に死んでしまうことも多いだろう。




それからは、鯵と河豚の猛攻。オキアミは、沈む途中で鯵に食われ、練り餌は着底すると同時に河豚にやられる。



ふと見上げると、対岸にいたさびき釣りの連中が消えている。時間帯なのか?潮の満ち引きなのか?小さな魚を怖がらせる大きな魚が居なくなったからなのか?他にも原因は色々と考えられるのだが、大量にジャンボをばら撒くさびき釣りの連中が帰ったことが原因だと、俺のゴーストが囁く。






兎に角、蛹(蚕の蛹)でも使わない限り、餌が残りそうに無い状況になったので、早々に撒き餌を撒き切って撤収しましたとさ。
















以前は、三連荘、四連荘も平気だったのに、最近では一日釣りをすると、その翌日は竿を出そうと言う意欲がとんとなくなってしまった。年々、体力は衰える。





嗚呼、無常!







2014年04月11日 別府観光港にて



先週も先々週も週末は雨と風。なんちゅう巡り合わせや。そして、今週の予報も土日は雨・・・


もう、大殺界の天中殺や!







たいして忙しくもない金曜日。ここは休むしかないやろ。っちゅうことで、目出度く午後はサボタージュ。



と、言っても、正午のサイレンと同時に釣りを開始できるはずはない。会社を出たのは午後二時。それから一旦家に戻り、着替えをして釣り道具を積み込み、釣具屋で餌を買い、岸壁に到着したのは午後四時の少し前。それから撒き餌を作り、仕掛けを作り、記念すべき第一投は五時手前。



本日は、玉ウキの全遊動仕掛け。前回の蒲江釣行で師匠が誰とかの釣りに感銘したとしきりに語るので「そのウキをくれ」と言ったら、「お前にゃまだ早い。修行してからだ」と、惚けた言い訳をしたので、「やってやろうじゃねぇか!」と、無謀にも挑戦してみることにした。


スルスル釣りとも言われる。玉ウキの全遊動仕掛け。何が難しいって、仕掛けの入って行かないこと。



玉ウキから竿先までの着水した道糸が抵抗となって、なかなか仕掛けが入らない。岸壁の横流れの潮では、道糸が潮下に膨らんで、逆に仕掛けが上がってくる始末。


当然、当たりがあるはずもなく、餌も取られない。



一時間で心が折れた。



ポキッ!




いつもの茅ウキ、棒ウキ仕掛けに変更すると、途端に餌が齧られる。やっぱり、水温が低いこの季節は、海底近くにしか魚がいない。「これはいいぞ」と遊んでいたら。30分で砂漠になった。



待てど暮らせどウキは沈まず。



最近の俺は、ここで棚を上げたり下げたりして、魚がいる棚を探すのだが、連敗続きでそれは良くないと言う結論に達した。よって、本日は、上の方の棚で魚を探したりはしない。


延々と、当たりが無い時間が流れていたが、突然ウキが沈みよった。そして、一度浮いた後にすっと沈んで動かない。ゆっくり竿を立てると、それに比例するように竿がまがり弧を描く。そして、何の抵抗も無く、海底から重量物が浮いて来ていたが、ある瞬間に気付いた魚が泳ぎだす。



「おや?、チヌやろか?」



引き具合で魚の種類が分かるなんて嘘、嘘。黒鯛と穴子の引きは、かなり似ている。増してや、体形が似ている魚では、釣り上げてみなければ、その正体はわからない。



よって、姿を見る前に「チヌじゃ!鯛じゃ!」と騒ぐのは、全て希望的観測。たまたま魚種を言い当てたなら、もうそれは伝説だと言わんばかりに自慢する。こんな釣り師は三流だ。




さてさて、本日最初のお魚は・・・30センチのチヌでした。



それからは、仕掛けが馴染むと同時にウキが沈むものの針掛かりせず。ようやく針に乗せたのは20センチばかりのゼンゴ(小型の鯵)。そして、ゼンゴ、メバル。そして砂漠。



それから群が戻って来ることはなく、午後8時半に根掛かりでハリスが切れて、心の糸も切れました。





チヌは一匹だけでしたが、別府観光港にチヌが戻ってきた良い兆し。



これから、日に日に水温は上がり、日に日に、チヌの数は増え、やがてのっこみシーズンへと突入するでしょう。





全層スルスル釣りは、餌取りが少なく、チヌが浮いてくる夏に最適な釣法。それまでにコントロールする術を習得せねば。






2014年3月15日 別府観光港にて





悪天候やら風邪引きやらで、ずっと自粛していたが、ようやく竿を出せる状態になった。風も無いので、久し振りに北向きの岸壁で竿を出す。



ちょいと沖側に釣り人一人。あんな所で竿を出すのは・・・あとで確認してみよう。


撒き餌の準備をしていると、その釣り人が近付いてくる気配。視線を感じて硬直する。終いには岸壁ギリギリの所に立ってこちらを覗き込む。知り合いに違いないと視線を移すと、そこには満面の笑みの消防士君。


「おぉ」
「久し振りです」
「久し振りやなぁ。元気やったかえ?」
「はい!お陰様で。今からやるんですか?」
「そうなんよ。そっちは、どう?」
「駄目っす。朝からホゴ一匹です」
「そうね。もう、時期的に沙漠の季節やもんねぇ」
「沙漠ですか?」
「そうよ。例年、3月の別府湾は沙漠よ」
「水温ですか?」
「そうやろうねぇ。餌取の小魚もおりゃあせん。一日、一回、餌を取られりゃ良い方よ」
「そうですかぁ・・・」







ペタしてね



作者が生きていたら、著作権法違反の可能性大!







さてさて、関東、北陸、北海道方面は、ドカ雪で大変な事になっておりますな。


閉じ込められた皆様にはお見舞い申し上げます。



ここ大分も、おそらく山間部はかなりの積雪で、色々な事が起きていると推測するのですが、沿岸部の我が町はかろうじて積雪を免れ、いつもの生活。



しかし、ご近所のさして高くない山に雪が


近所のお山


鶴見山、扇山は数日前から真っ白(雲に隠れて鶴見山は見えませんが)


鶴見


いやはや、九州と言えども大分は寒い。



そして、散歩中に目撃した海。太平洋沿岸では珍しくも無い波ですが、別府湾の奥で、サーフィンができそうな波はあまり見ることが無く、びっくらたまげた門左衛門!


波


しかし、波ってのは風が作るもんで、風が吹いていなにのに波ってのは・・・どこか遠くで発生した波なんですかね?



ここの正面は、別府湾の対岸大分市。こんなうねりを作れるような距離はないんですがねぇ。





2014年02月01日 別府観光港にて





ここ最近、連荘でチヌが出ているものの、決まった時間に一枚だけ。


その場所は、周回コースの途中なんだろうか? それとも帰路の途中なんだろうか? それとも通りすがりのチヌ一匹?


ワンドの奥が塒(ねぐら)だとすれば、此処は、そこに戻る途中の通過点。ならば、その塒で竿を出せば、ウハウハで釣れるはず。


閃いたおいらは、ワンドの奥のどん詰まり、係留された船の横で竿を出す。


が、透明度が高い冬の干潮、浅いどん詰まりは底が見え、魚がいないのが見て取れる。しかし、昼間は寄せの時間。本番は夜と割り切って、せっせと餌撒き、暇潰し。


結局、日中三時間で浮子が沈んだのは一回こっきり。犯人はメバルちゃん。


日が暮れて、ケミに点灯、準備は万端・・・しかし、うんともすんとも沈まない浮子、30分待って、ようやく来ましたラッシュアワー、入れ食い状態でメバルの連荘、そしてカサゴの連荘、次はチヌかと期待をしたが・・・まさかの沙漠化。


その後、全く浮子が沈まないまま、雨が降り出して、泣く泣く納竿。


欲望と言う名の電車は、車庫を求めて彷徨うのであります。


メバルは小さかったので全てリリース、カサゴは、居酒屋の水槽に。







明けて、2014年02月02日


今日も懲りずに観光港へ。昨日、実験的釣りが空振りに終わり、半分は覚悟していたとは言え、フラストレーションMAXで、どうにも我慢できずに出撃しました。


いつもの場所、夜しか釣れない(我輩の腕が未熟で釣れない可能性大)場所、慌てて行く必要は無い。ちょいと山積みになった洗濯物でも畳んでみようかい・・・もうもうと舞い上がる糸埃。たまにゃあ、掃除しなけりゃいけませんなぁ・・・99.9%やらないけど。


男寡に蛆が湧くとはこのこったい!


ちょこちょこっと目に付いた埃を箒で集め、外にポイ! 掃除完了。


現着15時、撒き餌の準備を終えて、釣り開始は16時。



別大マラソンは霧の中


観光港も霧の中











例によって、浮子は沈めど魚は釣れず。 上手に餌だけ取って行きます。釣り仲間は全員「河豚じゃ!河豚じゃ!」と言いますが、僕的には、河豚はちゃんと浮子を沈めるし、何度かに一度は針掛りすると思ってます。カワハギや海タナゴが厄介で、こいつら超高感度の萱浮子をピクリとも動かさずに餌を持って行くみたい。


さてさて、何度かに一度はメバル、何度かに一度は草河豚が張りに掛かり、飽きない程度に浮子が沈みます。




招かざる客 其の一




招かざる客 其の二




じわじわと左に流れる潮では、かなりの距離流されてから、潮が止まると、投入地点で、ピクリピクリと浮子が沈みます。


つまり、磯の本流と違い、じわじわっと流れるワンドの潮でも、撒き餌はかなり流されて、海底起伏がある場所や潮目の壁に溜まっているようです。


最近、釣り仲間が「釣れん、厳しい」を連呼します。彼らは全員「沈め探り釣り」仕掛けを投入したら、その手前に撒き餌を打って、道糸を張り魚の当りを待ちます。


思うに、流れがある時、刺し餌と撒き餌は同調してないか、一瞬すれ違う程度。それじゃあチャンスは少ないで。



てんぐ浮子の考案者は、先に撒き餌を打ち、そこに仕掛けを投入してパラパラを糸を出しながら当りを待つのだそうだ。


無論、この理論は、餌取が少ないか、チヌの活性が高く、餌取を蹴散らす勢いの時にしか通用しない。


夏から秋の餌取がうじゃうじゃいる季節にこんな釣りをすれば、間違いなく刺し餌は餌取の餌食になる。



チヌが必ず釣れる方程式はない。状況に応じて、幾つか有る方程式の中から最適の方程式を選ばなければ釣果は望めない。



僕は、そのような事を屑々と説いたりしない。彼らには彼らなりの理論があり、誰かに釣れる方法を教えて欲しい訳じゃない。ただ、愚痴を聞いてほしいだけなのさ。



日もどっぷりと暮れて、いつもの外道のラッシュアワーに入るかと思いきや、とんと浮子が沈まなくなり、餌も残ったまんまだ。暫く粘って、漸くメバルを釣り上げた。で。ふと気になった。メバルが釣れたってことは刺し餌が浮いてる?


メバルは中層で小魚を追うフィッシュイーターである。海底に落ちているオキアミは滅多なことでは口にしない。タナ取り錘を付けてみると、見事に浮子は沈み、底から1メートルは浮いているだろうか?浮子止めの糸をずらしてハリスを這わせる。



夜のチヌは、底が多い。


途端に、浮子は沈み、海面下でじっとしている。いつつ数えて糸ふけを巻き取り、ゆっくり竿を立てると、何かが付いている。半分くらい浮いた処で、魚が気付く「もしかして、釣られた?」泳ぎ始める魚。竿を倒して、魚の動きをかわす俺。「あれ?ちょっと大きいかも?」逃げようとする魚。逃がすまいと竿を動かす俺。



やがて力尽きた魚が海面に浮かぶ。



ここで事件は起きた。



いちもなら何の苦労もしないタモ入れ。何がどう間違ったのか網に魚が入らない。立て直そうとしていると、全長メートルのタモはずんずん伸びて、網は海面の遥か下。


右手に! 釣竿! 左に! タモ網!


なんてジュリーを気取っている場合ではない。左手一本で伸びたタモを縮めなければならないのだ。


四苦八苦の末、漸く縮めたタモ網の横をチヌがすり抜ける。



何打も何度も失敗し、タモ入れに成功した頃には、魚はくたくた、俺は汗だく。



実寸でジャスト40



40センチ





欲を言ったら切が無い。


そして、穴子のゴールデンタイムに突入後、沙漠化したのはいつもの通り。明日は仕事、早々に切り上げる。




釣りをした後、温泉で汗を流すのがいつものパターン。しかし、日曜日は餓鬼の群がいて、ちょいと不愉快だ。わいわいがやがやと五月蝿いし、お湯や水を掛け合って騒ぐ、ずぶ濡れのままロッカーまで歩いていくので脱衣所の床は水浸しだ。



中でも、本日一番の餓鬼は、洗い場に座っているのだがタオルを持ってない。シャンプー、ボディソープ完備の温泉銭湯だが、タオルは持参しなければならない。忘れた者は入り口で買うのが常識。しかし、今時の若者に古き良き時代の常識なんざぁ通用しない。


で、この餓鬼、何を思ったか、蓋を回してボディシャンプーのポンプを抜き取り、開いた口から首の後ろに中身をぶちまけた。2リットル入る容器の半分を体にかけた。



「ワイルドだろうぅ?」って、突っ込み入れてる場合じゃない。



タオルを持ってない餓鬼はよく見かけるが、掌にポンプから押し出し、掌で体を洗う。タオルで洗うより多くのボディシャンプーを使うだろうが、それでも2リットルの半分は使わない。






頭が悪いんだろうなぁ!






恵方巻の名称は1998年(平成10年)にセブン-イレブンが全国発売にあたり、商品名に採用したことによるとされている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%81%B5%E6%96%B9%E5%B7%BB




今ではすっかり定着した節分の食べ物であるが、もちろん餓鬼の頃には恵方巻きのえの字も知らなかった。それもそのはず、恵方巻きの起源は1998年。それまで、恵方巻きと言う名称は無かった。




大阪鮓商組合や大阪海苔問屋協同組合が販売促進の宣伝をした結果、今では全国区の食べ物になった。



さて、節分と言えば豆撒き。昔は、家長が執り行う厳粛な行事であったが、今や、糞餓鬼と悪妻が亭主殿に豆をぶつけて虐める悪しき習慣になってしまった。



虐め問題を考える先生方は、もの辺りから研究されるがよかろう。


本日、配達の弁当に、節分の豆が入っていた。会社の鬼でも追い払えと言うのか?


もちろん、赤いパンツで赤い顔の鬼や、青いパンツで青い顔の鬼が実在するはずもない。



節分で追い払う鬼とは災いの事であり、それを分かり易く具現化したのが頭に角が生えた鬼なのである。


さて、我が社の鬼、即ち災いの元と言えば・・・社長であろうか。その下の諸々の鬼も社長と言う大鬼が作り出したもの故、社長を追い払えば、その他の鬼も胡散霧消するであろう。


社員を信用しないので、社員から尊敬されない。面白くない大鬼は「俺の言う事をきけ!」と権力を振り回す。引き上げられた側近の殆どが数年後に降格されている。それでも社員が言う事をきかないと、荒唐無稽なルールを作る。ボールペンは一人二本まで、鋏は一本・・・


まるでどこかの市長のようだ。


景気が悪いから社員の給料をカットする。自業自得だ。給料が欲しけりゃ稼げ。俺の給料は減らさない、かみさんはアルファロメオど俺はカイエンに乗っているかど何か?


自分の財布の中身しか気にしない経営者。


が、この社長、ちょっとやそっとでは追い払えそうにない。




脳卒中とか心筋梗塞とかで倒れたら、何人の社員が泣くだろうか? とても楽しみだ。



さて、豆撒きの行事なんて家族あってこそである。たった一人で豆撒きをやったら、哀れみの視線があちこちの家から飛んで来る。



飲み屋のオネーチャンとキャーキャーやるのが一番だ。








さて、次の行事はチョコレート協会が仕掛けたバレンタインデー!





義理チョコでもいい、部下より大きければ





2014年01月25日 別府観光港にて



天気予報によれば、明日無風なれど夕刻より雨、明後日は快晴なれど風強し。金曜日の夜、悩みに悩むおっさん独り。


三度のおまんま < 釣り < 朝寝坊



おいらの人生でみっつの楽しみのうち、最もフラストレーションを解してくれるのが朝寝坊。目覚まし時計が鳴らない朝ほど幸せな時間はない。


が、明日早起きしなければ、今週、釣りができない可能性大。


こんな事なら、釣り日和の今日、休みを取れば良かったと後悔しても後の祭り。


夜釣りが出来るなら、早起きする必要は認めない。しかし、それが危ういとなると・・・



焼酎を一口煽って寝たのです。


明けて、土曜日の朝。時々薄日が射すものの、空の大方は雲に覆われています。只今、午前9時。


「どこが早起きやねん!」と言う、読者の突っ込みは完全に無視して、徐に起き上がる。朝の行事を済ませ、釣り道具を積み込み、餌を買い、岸壁に到着したのは11時半。おいらにしては、かなり早い。



いつもは2号の萱浮子なんだが、思うところあって今日はBの玉浮子に-Bの大きな水中浮子。


何故かって?


二枚潮の下潮が流れる先に撒き餌が溜まり魚も溜まり・・・なんて考えてみたわけですよ。萱浮子は長い。上潮と風の影響をかなり受ける。下潮と逆方向に仕掛けを持って行かれる可能性大。なんてね。



兎にも角にも実験してみるしかないわけですよ。



で、結果としては、キス一匹のベラ一匹。何とも散々な結果になり申した。まぁ、たった一回で結論は出せない。何より、予報より早く16時過ぎに雨が降り出して撤収したので、まともな実験が出来てない。



冬の雨は辛い。とっとと撤収してエネチャージ。ところが饂飩屋を出ると雨は上がり、空も少し明るくなっている。竿を出そうと思えば出せるのだが・・・


やはり、雨に怯えながら釣るのは辛い。竿を出した直後に降り始めたりしたら、もう心は折れて立ち直れない。


そう決心して銭湯に行ったのだが、銭湯から出ると地面は乾いており、雨は降らなかった模様。さらに帰宅して床に入るまで、雨は降らなかった。



明けて日曜日。昼前に布団から這い出し、朝の儀式を終えて散髪に。スッキリした処で、昨日の撒き餌を捨てに港にGO!もちろん、竿を伸ばします。


あぁ、予報通りの強風で、早くも心が折れそうになる。が、「覚悟して来たんだ!挫けるんじゃない」



昨日と同じ軽い玉浮子、大きな水中浮子で流してみますが成果無し。夕暮れになり、いつもの萱浮子に変更。すると、今まで沙漠のようだった海が嘘のように、バンバン浮子が沈みます。勿論、犯人は餌取の雑魚で、浮子は沈むものの、魚は針に掛かりません。



恐らくは、仕掛けを変更している間に、偶然、餌取の群がやって来たのでしょう。


夜になると、巨大なカサゴが釣れ、中くらいのカサゴが釣れ、チビカサゴが釣れ、終には30センチのチヌが釣れました。


今年が特別なのか?それとも、冬の夜は釣れないと竿を出さなかったからなのか?


兎に角、もう、四週連続、夜釣りでチヌを釣っています。



いつまで続くのか?



まぁ、体が悲鳴を上げるまで、挑戦し続けますわ。






それにしても、月曜日から、本日水曜日までは、風も無く穏やかに晴れて、絶好の釣り日和。




日頃の行いが悪いのだとすれば、別府中の釣り人は全員日頃の行いが悪かった事になる。





そんなこと、あるかぁ!!







昨日、新聞屋のおばちゃんに手編みのマフラーを貰った。

「あたし、貴方のためにマフラーを編んできたの」
「ありがとう。使わせてもらうよ」


一見、新聞屋のおばちゃんが、僕に好意を寄せ、僕がそれを受け入れた会話のように聞こえるが、そうではない。


「あたし、貴方のためにマフラーを編んできたの」
「ありがとう。使わせてもらうよ」
「○○さんがさぁ、教えてくれるって言うから。ね、断れないじゃない。新聞とってもらってるし。だからさ、どうせなら貴方にって思って編んだわけ」
「かまへんかまへん」
「上手じゃないけど」
「関係ないさ~~~~~~~~~~~~~~! 大事なのは気持ち」
「そうよねぇ、気持ちよね」



そう言うと、笑顔で去って行った。



お付き合いで編んだマフラーである。呪いも怨念も籠ってない。喜んで使わせて頂く。



近年、手編みのマフラーやセーターを贈られたら「きもい」と言って捨てるのが、格好良い男だと勘違いしている輩が多いが、それは幼稚園児が「うんこ!」と言って粋がっているのと同じで、餓鬼のすることだ。



彼女の思いを受け止めて、包み込んでやるのが成熟した大人ってもんだ。



そもそも、好きな男のために編んだマフラーに、呪いだの怨念だのが込められているわけがない。



それを「重い」と言うならば、恋愛する資格などない。家に帰って母ちゃんのおっぱいでもしゃぶってろ。




もちろん、受け入れられない愛もあれば、受け入れられない事情の告白もあるさ。





さて、僕が受け取ったのは、男と女の愛ではない。が、彼女に誤解される可能性は大いにある。




それは、サラリーマンが月給取りと呼ばれていた頃の事である。



給料は現金で支給され、その給料を手付かずで女房に渡す男が「できた亭主」と言われた。


思えば、この頃から家庭の秩序は崩壊していたのだ。


我が父は、極稀に飲み屋のつけを払ってから、その残りを母に渡す事があった他は、だいたい手付かずで渡していた。


我が家では給料日の儀式があった。母と姉、そして僕の三人が並んで「お疲れ様でした」と父に言い、「有難う御座います」と母が月給をおし頂いた。



これにより、僕と姉は、父の働きにより我が家があり、父の稼ぎで毎日のおまんまが食えることを認識していたのである。


家長の父が我が家のトップであり、その下に母、姉、そして一番下に僕が居た。もちろん、家督を継ぐ立場の長男であるから、その時期が来れば、姉と母を飛び越して僕がナンバー2になるのであるが、幼い時期はやはり年功序列であった。



父の言葉は絶対で、父の決断に逆らう事は許されなかった。もちろん、神ではない父が間違った判断をすることもあった。が、いちいちそれに家族が異を唱えていたのでは、バラバラになってしまう。


故に、間違った判断であろうと、人の道を踏み外さない限り、父の命令に逆らってはならない。それが、家庭の秩序だった。








今となっては「父親の尊厳」など何処にあるだろうか?



娘までが「臭いから一緒に洗濯しないで」などと言う始末。





僕の子供の頃なら、びんたの二三発も母親から喰らって、飯抜きの刑に処せられていただろう。まぁ、今、そんな事をすれば「児童虐待だ」と逮捕されるのだろうが。





もちろん、子は国の宝である。大事に育てなければならないのは当然だが、それが過程の序列のトップに居ると言うのは如何なものか?



子は宝であっても、人として成長しなければ家畜以下であろう。


序列の末席で修行を積んでこそ、人として成長するのである。





親に殴られた事も無い人間に碌な奴はいない。







亭主から頂いた清潔費でやりくりするのが女房殿の正しい姿。その中から蓄財するから臍繰りであって、給料すべてを取り上げ、女房殿がそれぞれの取り分を配分し、残りを蓄えたからと言って、それは臍繰りと呼べないだろう。








2014年01月18日 別府観光港にて





「あいや~!強風あるね~」


予報通りの強風である。少し様子を見るとするか。テレビのスイッチをポチっとな。


わぉ! 大好物の「相棒シリーズ」再放送。


「あいや~、これ観たら、もう夕方あるね~! でもレコーダーの残り容量少ないあるね~」



結局、悩みながら、最後まで鑑賞。 ご馳走様でした。






まぁ、強風の中、長時間耐えるよりはいいか!


撒き餌も半分にして、夕方から半日だけ風に耐えるとしよう。





建物の陰になって比較的風の影響が少ないポイント。 そこは、幸運にも無人だった。釣れる、釣れないは別にして、兎に角竿を出す。そうすれば気が治まるのだ。



まぁ、それだけでは味気ないから何か仕掛けで遊んでみよう。って事で、全遊動用の自立に改造した萱浮子を半誘導で使ってみることにする。元々は、0.8号の萱浮子に板鉛を巻き付けた物だから、余浮力は僅かだが、自重はそれなりにある。魚が引っ張り込む時はそれなりに抵抗を感じることだろう。が、チヌならば2号の仕掛けも気にせず引き込むのであるから、問題なかろう。


例によって、釣り始めは正体不明の餌取に襲われる。浮子に当りも無ければ、餌もない。ほんに御前は屁の様な・・・





30分もしないうちに夕暮れである。冬至を過ぎたとは言え、まだまだ日は短い。あっと言う間に暗くなる。


こうなると仕掛けは見えない。絡まず、餌が沈んでいるかどうか全くわからないのだが、そこは信じて釣るしかない。


海面にようやっと顔を出していたウミホタルがじわっと沈む・・・浮いてくる。チヌならもう一度・・・沈みましたがな!



糸ふけを巻き取り、ゆっくり竿を立てるといくらかの重量感。しかし、大したテンションも掛からず浮いてくる。


「カサゴかな?」



本日も、馴染みの居酒屋に納品する予定だ。カサゴも穴子も大歓迎。



しかし、途中まで浮いた魚が泳ぎだす。


まぁ、カサゴなら泳ぐこともある。大型であればそれなりの手応えもある・・・が、首を振っている。


さて、チヌの首がどこか?と問われれば、答えることは出来ないが、体をくねらせ逃げようとする様を、釣り人は首を振ると表現する。


などと、考えに耽っていたら、沖に向って猛烈に走る。レバーを緩めて少し糸を出す。止まる。思い出したように走る。糸を出す。止まる。巻き取る。走る。耐える。止まる。走る。耐える・・・


かなり引きを楽しんで、十分に弱ったところで寄せにかかる。海面を叩く音がチヌっぽくない。チラっと街明かりを反射した魚体は棒状に見えた。


「鯔か?」



タモに収まった魚、結構重い。ズシリと重い。



タモを畳みながら魚を引き上げる。それは43センチのチヌだった。


「わぉ!チヌじゃん」と言っても、合いの手を入れる仲間はおらず、仰々しく賞賛するギャラリーもいない岸壁。



一人、密かにガッツポーズ。



さて、二枚目をと仕掛けを投入するも反応無し。暫くしてやっと浮子が沈んだと思ったら、30センチはあろうかと言う巨大クサフグ。こんなに大きくなる奴がいるのかと関心しながら放流・・・いや、本当は、防寒ブーツで海に蹴込む。そんなことをしちゃあいけないんだろうが、少し気が晴れる。



それからの客はカサゴばかり、20時のフェリーが入港するとパラパラ雨が降りだした。



着古した防寒着の撥水効果はとうの昔に失われ、濡れたが最後濡れ鼠。


とっとと撒き餌を捨て、撤収! 撤収!



車に荷物を乗せた頃には、すっかり雨は上がり、東の空にはお月様。こんな事なら・・・いやいや、粘っても釣れる保証はないし、お気に入りの饂飩屋も閉まってしまう。





熱々の饂飩を啜りながら考えた。僕のお気に入りの棒浮子は、長いだけにどうしても海面近くの潮の動きに流される。水中浮子を付けたとしても、ある程度は下潮の流れに逆らう事になる。



浮子が沈む瞬間が大好きで、ドキドキ感がたまらなくて、ひたすら棒浮子で釣りをしてきたが、最近、どうにも釣果がはかばかしくない。もちろん、少ないとは言え、連荘で上げているのだから、そこは海に感謝しなければならないのだが。どうにも二の矢、三の矢が出ないことが納得できない。



つらつら状況を分析するに、連荘で釣れた時は、ぴたりと潮が止まっていた。潮が流れ出すと同時に時合いは終わり、その後、置き竿で遥か潮下まで流れた時に一枚釣れた。



ワンドの奥のどんよりした海。本流釣りのような潮目や潮の壁を考慮する必要はないと思ってきたし、それで実績も出ていた。が、魚影が薄くなった今日、同じ考えでいいのだろうか?





って事で、来週は、玉浮子の渋々釣りに挑戦してみます。当り浮子よりも大きな水中浮子。きっとチヌの口元に餌を運んでくれるに違いない。