幸運とは | 士は己を知る者の為に死す

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主従関係は、征服支配よりも理解







2014年05月03~ G.W.





前半、後半に分かれた今年のG.W.(ゴールデンウィーク)。この時点でおG.W.ではないと言う天邪鬼な意見は置いといて、後半の四日間・・・いや有給休暇で休んだ2日も入れると5日間の連休は、釣り三昧の日々となりました。



初日の2日は、亀川で40センチを頭に、35センチ、30センチ、そっして25センチを2枚。

今年初めての亀川。状況も分からず、勘だけを頼りにやってきた。時々餌は取られるものの針掛かりせず、海の中を想像していてら浮子がひょこひょこ。不思議に思って竿を立てると、意外な重量感。40センチのチヌは刺し餌を食った後、海底に落ちている撒き餌を拾って食っていたようだ。干潮を挟んで夕方前に25センチのメイタをゲット。その後鯵パラダイスとなり、オキアミは秒殺、勝負にならず。撒き餌とメリケン粉で練り餌を作り、25/30/35と三枚連荘するも、ここで打ち止め。21時頃穴子が釣れて納竿と相成りました。




明けて3日は、北風ピーピューにて静観

強風の中、釣りをしている奇特な奴がいたので見に行ったら、知り合いだった。おつむスッカラカンの昔の顧客。チヌのいないポイントでプアな仕掛けで河豚に遊ばれておりました。





次の4日は、再び亀川にて32センチ1枚


二匹目の泥鰌を夢見て再び亀川へ。強風8mの予報は外れて、穏やかな海・・・が、雀鯛の大群にオキアミは無残。仕掛けが馴染む前に跡形も無く、勝負にならず。が、練り餌は何の反応も無く、毎回無傷で回収される。
それでも根気良く竿を振り続けていたら、神の思し召しなのか32センチのチヌが浮子を沈めました。が、その後はまたもや雀鯛パラダイス。オキアミはs秒殺、練り餌は無視。

満ちに入ってチヌを掛けるも、タモ入れ直前に針外れでバラシ。

夕方になっても、鯵の大群は訪れず、オキアミを付ければ思い出したように浮子を沈め。練り餌にしたなら河豚に食われ・・・


帰り支度をしていたら、「こんばんわ」。「はい、こんばんわ」と顔を上げるとお巡り二人。



「釣りですか?」と間抜けな質問。夜の防波堤で広げた釣り道具。釣り以外に何をすると言うのだ?が、釣りを装って悪事を働いていたら、この質問に動揺するのだろう。


「ここは立ち入り禁止区域ですので。一応」


「一応なら言うな」「立ち入り禁止の理由は?」と、切り替えそうとする言葉をごくりと飲み込んで「はい」


「お前のせいで、こんな所まで来るはめになったんだよ」と顔に書いてある若い方のお巡りを人睨みして、片付けを再開する。


「何か釣れましたか?」と年取った方のお巡り。
「チヌが一匹」
「ほう、何処に?」
「もう、リリースしました」
「もったいない」
「資源は大事にしないとね。数が減っているんですよ」
「持って帰って食べればいいのに」
「小さな固体はリリース。これ釣り人の常識。あんたみたいな人が、魚を減らしているんですよ」
「・・・」


会話の間も、二人はきょろきょろ。クーラーの蓋を開けると、すかさず覗き込む。釣り人としてのマナーは最低だ。断りも無く他人のクーラーを覗き込むのはマナー違反。疑うのが商売なんだろうが、あらぬ嫌疑をかけられたこちらは不愉快極まりない。




後日、釣り仲間にその話をしたら、
「怪しかったんじゃわ」
「何が?」
「見た目が」
「アハハハハ・・・一遍、死んでみる?」





5日の子供の日は、パス

観光港の見回りで、知り合いの集団を発見。釣りを眺めながら話をしていたら、時間が遅くなり、昨日の疲れもあったのか竿を出す気にならず。






最終日の6日。何故か、全開バリバリで釣る気満々、風の予報も何するものぞ。


一直線に観光港。釣り仲間がいると思って行ったら、知らない釣り人三人。今日は皆、日出漁港に行ったそうな。風除けのある岸壁に行こうか、それとも川の中で彼等と違う釣りで試してみるか?悩んだ末に川の中を選ぶ。


適度に浮子は沈み、適度に餌を取られる。が、魚の正体は不明。針にかからないのだ。数年前からこのような現象が顕著になった。それまでは、餌取りと言っても針に掛かり、姿を見せたものだ。恐らくは、釣り針が口に入らないくらいの小さな稚魚が、集団で餌を突っ突いているのだろう。稚魚が増えたのか?それとも稚魚を押しのけて餌を食う幼魚が減ったのか?


さてさて、おやつの時間を過ぎた頃、両脇の沈め探りをやっていた釣り人が帰ったので、ちょい投げで、10メートルくらい先を流してみる。


数投の後、浮子がスッと沈んだ。竿を立てると、ある程度の手応えと竿を叩く(魚が首を振る)感触。27センチと小振りのメイタだったが、苦労の末の一匹は、涙がちょちょぎれる程嬉しかった。




さっきまで停滞していた潮が、左に仕掛けを流し始めた。


この場所は、右から左に深くなっている。右流れの場合は根掛かりし、左流れの場合はタナが浮いてしまう。故に、チヌが海底にいる場合、半遊動では超過が出難い。沈め探り釣りの場合は、水深に関係なく、最後は海底に辿り着くので、少しの距離で深さが大きく違う場所の場合、断然有利になる。


が、浮子が見えない釣りは嫌いだ。これは、個人の趣味趣向である。



0.8号の萱浮子が、左方向の沖に流れて行く。それをぼんやりと眺めながら、ある程度流れたら回収。餌を付け替え仕掛けを投入し撒き餌を打つ。延々とこれの繰り返しかと思われたその時、ゆっくりと浮子が沈んで見えなくなった。竿を立てると、元気な魚。それに竿を叩く感触。



隣で、竿を持っているが何しに来たのかよく解らない夫婦の夫が魚を指差し、女房に何か言っていた。




釣り上げたのは丸々と太ったチヌ。産卵前の♀だろう。もちろん、資源保護のためにリリースするのだが、針を呑んでいたので、念のためにスカリに生かす。



針を呑んでいた場合、針や針外しで鰓(えら)を傷付ける場合がある。魚は鰓を傷付けられると大量に出欠し、失血死することがあるので、帰るまで生かしておいて、途中死んだらお持ち帰り、元気だったらリリース。



スカリは嵩張る(かさばる)と、ストリンガーを使う釣り人が多いが、ストリンガーは魚を傷付けるので使わない。リリースしても魚が傷だらけじゃあ意味が無い。リリース後に死んでしまうことも多いだろう。




それからは、鯵と河豚の猛攻。オキアミは、沈む途中で鯵に食われ、練り餌は着底すると同時に河豚にやられる。



ふと見上げると、対岸にいたさびき釣りの連中が消えている。時間帯なのか?潮の満ち引きなのか?小さな魚を怖がらせる大きな魚が居なくなったからなのか?他にも原因は色々と考えられるのだが、大量にジャンボをばら撒くさびき釣りの連中が帰ったことが原因だと、俺のゴーストが囁く。






兎に角、蛹(蚕の蛹)でも使わない限り、餌が残りそうに無い状況になったので、早々に撒き餌を撒き切って撤収しましたとさ。
















以前は、三連荘、四連荘も平気だったのに、最近では一日釣りをすると、その翌日は竿を出そうと言う意欲がとんとなくなってしまった。年々、体力は衰える。





嗚呼、無常!