酵素栄養学というジャンルの栄養学(?)があります。
元々は、1985年にアメリカで出版されたEdward Howellが書いた「Enzyme Nutrition」から始まったものですが、これに端を発した酵素健康法なるものが、世の中に流布しています。
酵素栄養学は、分子生物学(生化学でもいいかも)を学んだ者であれば、「?」という内容が多く、真っ当な科学者に言わせれば、偽科学の典型だと一刀両断にされています。
文頭で“栄養学(?)”としてのは、私たちの業界では、学問として認知されていないと考えるのが一般的だからです。
因みに酵素栄養学に基づいた理論とは…
・一生のうちに合成される酵素の総量は一定であり有限である
・潜在酵素から消化酵素と代謝酵素がつくられるが、消化酵素と代謝酵素の総量は一定である(潜在酵素とは、実在が証明されている物質ではなく、概念)
・消化酵素と代謝酵素は体内酵素で限りがあるので、その浪費はアンチ・アンチエイジングである
・生の食品(野菜、果物)には食物酵素があるので、体内酵素節約のためにはそれらを積極的に取るべきである
・プチ断食も体内酵素節約に良い
・アンチエイジング的にも、ローフード、発酵食品をどんどん摂るべきである
といったようなことを中心に展開していくのがお約束のようです。聞いたことがある方も多いのでは?
分子生物学では…
1.酵素は元々体内で生化学的に合成された化学物質である
2.酵素そのものは生命体ではなく、「生きた酵素」、「加熱して死んだ酵素」という考え方そのものが誤りである
3.酵素はアミノ酸から出来ていて、アミノ酸配列やアミノ酸自体には変化が起こらないので、分解して再利用が可能である。従って、一生涯で一定量しかないので枯渇するということはあり得ない
4.酵素を作るために必要な情報は、すべてゲノムの中に遺伝子として納められていて、その遺伝子から、転写・翻訳システムによって、必要な酵素は必要なときに必要なだけ作られる
5.食物に含まれるという酵素そのものも、そのほとんどが、肉や魚、豆腐などと同じ蛋白質であり、胃や小腸でアミノ酸に分解されて吸収される
なんです。
これくらいのことは、まともに医科学系の大学を出た者であれば常識です。だから、酵素栄養学を説く人のいっていることが、正直???でならないわけです。
先日のHBRの対談の時にも話題になったんですが、ある大学の先生曰く。「酵素栄養学なる偽科学を信じている人は、古の時代に、『太陽が地球の周りを回っているんだ』と信じて疑わない人に通ずるものがある」と仰っていたそうです。。。はい。
『やさしいバイオテクノロジー』という本をお書きになっている広島大学大学院 理学研究科 数理分子生命理学専攻 生命理学講座の芦田嘉之先生が、ご自身のブログで、酵素栄養学や酵素に関して、かなり詳細に解説されています。→ http://yoshibero.at.webry.info/theme/dd610793bf.html
「酵素栄養学とは何か
」と「通説の分子生物学はどのように説明しているのか
」だけでも読むといいと思います。芦田先生のブログから、ちょっと抜粋させていただくと…
“ここまで述べた「酵素栄養学」は通説の分子生物学とは全く異なるものです。通常の分子生物学で酵素栄養学を説明することは全く不可能で、酵素栄養学と通説の分子生物学は全く独立しています。 通説の分子生物学を学んだ人にとっては、酵素栄養学は異質なものに見えるでしょうが、通説の分子生物学を知らない人にとっては、酵素栄養学は科学的に見えるかも知れません。”
“まず、体内酵素が消耗品だと言うことについて、通常の分子生物学とは相容れません。酵素は触媒ですから、反応の前後で変化しません。1回使われたからと言って消えて無くなるわけではありません。何度も使われます。足りなくなることもなく、必要なタンパク質だけ必要なときに必要な量が遺伝子から転写・翻訳により新たに合成されます。 体内で必要な酵素は消化酵素だけでなくあらゆる代謝に必要な酵素など細胞や個体が生きていく上で必要な酵素はたくさんあります。先に述べましたように、おそらく数千種類、もしかしたら一万種類近くあるかもしれません。どの酵素をとっても、非常に特異的に反応を触媒します。酵素であれば何でもいいわけではありません。”
“この消化酵素にしても、少し考えればおかしなところが多々あります。酵素栄養学では、生きた消化酵素を含む食品を食べれば消化が促進され、自身の消化酵素を節約できるとしています。そうであれば、摂取した後、胃の中や腸の中で消化酵素だけが分解されずに酵素活性を保っていなければ機能しません。食品中の消化酵素といっても本体はすべてタンパク質ですから、他の食品中のタンパク質と同じように胃や腸の中で分解されてしまいます。そもそも、生きた食材に含まれる消化酵素がもし摂取したヒトの胃の中で働くのであれば、なぜ、食品となる生物自身が消化酵素を持っていたときに、その消化酵素が働いて食品自身が自己消化しないのでしょうか。なぜ、食べたときにだけ都合よく消化酵素が働き、食べる前はなぜ消化酵素が働かないのでしょうか。食品に含まれる酵素がそんなに大切なのであれば、食品が持つ消化酵素により、自己消化したものを作り、それを食べればいいではないかとさえ思ってしまいます。”
科学的な事実をわかりやすく説明して下さっていますね!論理に飛躍がありません。一方、Wikipediaを見ると、こんな感じです。
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「酵素栄養学」は実際にはほとんど研究がなされていない。世界最大の医学・生命科学の研究論文データベースであるPubmedでは、2009年10月現在「Enzyme Nutrition」というキーワードが含まれた論文は一報も存在しない。酵素栄養学の主張の核となる部分である、生の食品中の酵素活性の直接の測定や、それが人間の消化管内でどれほど酵素活性を維持するか、どの程度消化の助けとなるか、それにより消化管内への人体自身の酵素の分泌は変化するのか、といった部分はほとんど実験、実証されていない。
現在まで、ローフードを摂取したことによる健康状態の改善を報告した文献はあるものの、食事の低カロリー化やビタミンの摂取の変化等と要素を切り分けることが出来ておらず、食事中の酵素の健康や寿命に与える影響を直接的に証明した報告は皆無である。
ハウエルの著書にはハウエル自身の研究は含まれておらず、他の研究報告の引用と考察から理論が構成されているが、これらは
・複数のデータを混ぜ、比較対象が一定しない
・膵臓の切除など極端な条件下での実験を引用したり、必ずしも酵素の影響とは特定できない結果を酵素のためと結論付けるなど恣意的な解釈や論理破綻が見られる
・ほとんどが20世紀前半に行われており、その後追試が行われていない
といった問題点があり理論が成立していない。
“潜在酵素”に該当する事実も発見されていない。一般的な分子生物学や生化学の知見では、多種類の酵素の遺伝子はそれぞれ個別に制御されているとされており、総合的な酵素生産に上限があるという事実は発見されていない。また酵素は触媒であるため化学反応後にも消耗されることはない。
“食物酵素”が食品の“事前消化”に重要であるという考え方も一般には考えづらい。生物体にはその生物の生存のために多種類の酵素が含まれているが、それが食材となったときに消化に大きく寄与するという考え方は一般的ではない。酵素が活性を発揮するためにはpHや温度、反応溶液の塩濃度等の条件が厳密に定められており、強酸性の胃の中では食物自身の持つ酵素は大部分が速やかに変性してしまう。草食動物が“事前消化”を行う際には、消化管に共生する微生物の働きが重要であるが、餌中の酵素の影響が多大であるという報告はない。草食動物と異なり、人間の胃にそのような微生物は共生しておらず、「事前消化を行う前半部分」があるということも解剖学的に報告されてはいない。
アメリカ合衆国では、酵素栄養学に則った主張をしていた消化酵素のサプリメントの販売者に対し、科学的根拠がないとしてFDAが警告を行った。
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酵素がビジネスにまでなっているのは、やはり看過できない問題と言えるでしょう。
日本でも結構ありますね…