人が煙になって消える場所
私はもう旅行はメンドクサイ。どこにも行きたくない。家にいるのが一番いい。月~金は相場に張りつきたいのもあって家がいいと思うようになっているのですが一か所だけ行ってみたい場所があります。京都の鳥辺山(鳥辺野)。平安のころから続いた埋葬地です。私のイメージでは荒涼とした風景。土饅頭がいくつもいくつも並んでいる。墓碑もない。供花もない。風が吹き抜けるだけの茶色い光景。寂寥感のただよう場所ですが道長もここで荼毘にふされたらしい。源氏物語の葵上や夕顔が埋葬されたのもここ。火葬は費用がかかるので庶民の場合は風葬だったり鳥葬だったりしたらしい。そこは人が煙になって消える場所。あるいは人が土にもどって消える場所。特別の独特の場所に思えるんです。六道の辻という処があってそこから先は死者の世界であの世。こちら側はこの世。だから私は六道の辻から一歩踏み出してみたい。あの世とされた場所に行ってみたい。今はフツーに家が立ち並んでいるんでしょうか。特別の場所として保存されているのか。興味津々。ところで鳥辺山って三昧と呼ばれていたらしい。三昧って、めちゃくちゃ懐かしい響き。私が子供だった頃墓地の一角に焼き場があって積み上げた薪の上に棺桶を安置して焼いていたんです。火をつけるところまで私も見ていた記憶が。。焼き場を三昧(さんまい)と呼んでいた気が。めったに聞かない言葉を思い出して葬列のことまで思いだしました。座棺を担いだ人たちを真ん中にして列を作って三昧まで行くんです。三昧という言葉は祖母と一緒に消えてしまった気がします。祖母は仏壇や仏具を大事に磨いていたのに母も私も見向きもしてない(笑)時代は変わったんだな~私もまちがいなく昭和の人。時代遅れの人だよね~と思いつつそれがどうした。時代遅れで何が悪い。時代なんか関係ないだろ!!私は私。支離滅裂な老人特有の開き直りをしております(笑)