❤︎朝ぴよ美容哲学講座3

「足から始める、若返り」──フレイル予防は下半身から🐣

 

健康に欠かせない要素、「栄養・運動・睡眠」。でも、これらって実は順番がすごく大事。

 

以前からお伝えしていますが、特に60歳を超えたら「運動→栄養」の順がベスト。

適度な運動での軽い飢餓状態が”本当に体が欲しいもの”を感性で知らせてくれる。そして食欲や栄養吸収を促進し、睡眠の質も上げるから。

 

🪷今日のテーマ:「足の力は、命の力」

 

ぴよこが大好きな温泉巡りでよく耳にするフレーズがあります🐤♨️

「歳をとると、まず足腰から弱るのよねぇ」

 

実際にフレイル(加齢による虚弱)というのは、

「転倒 → 骨折 → 寝たきり」という流れが非常に多いのです。

でも、ここで逆に言うと──「足腰さえしっかりしていれば、寝たきりになるリスクがぐんと減る」ということ。

 

💡ここで重要なのが「大腿筋」

 

特に大切なのが太ももの筋肉、「大腿四頭筋」です。

この筋肉、実はとてもすごいんです。

 

・人体で最も大きな筋肉

・鍛えると全身の代謝がぐんとアップ⤴️

・筋肉量が増えると体温も上がり、冷え性やむくみの改善にも抜群の効果

 

実は女性の「冷え」や「老け見え」の原因の一つは、この脚の筋力不足だったりします。

 

どれだけアンチエイジングを追求し、紫外線を避けて光老化対策をしても、その結果、ビタミンD不足から骨粗鬆症や不調を抱えてしまったら、本末転倒。

 

健康や美容の基礎って、実はシンプルで力強い脚力からスタートするんですよね。

 

🏠毎日できる簡単な下半身ケア🐣

 

日常のちょっとした動作を工夫するだけで、意外と筋力はキープできるんです。

 

  1. スクワット(浅め)

    →朝の歯磨き中に10回。

  2. かかとの上げ下げ

    →台所に立ったときに料理しながら20回。

  3. もも上げウォーク

    →洗濯物を干す際、意識して膝を高く上げて歩く。

     

この「ながら運動」、実は一番続けやすくて効果も高いのです。

 

余談ですが、昔懐かしい「和式のポットントイレ」は、下半身強化に理想的だったんです。

知らず知らずのうちに、自然と鍛えられていたんですね。

 

✨美容面へのうれしい効果も!

 

大腿筋をしっかり鍛えると、

 

・成長ホルモンの分泌量アップ

・睡眠の質が向上(睡眠美容力アップ)

・基礎代謝も向上

 

その結果、お肌のツヤやハリ、身体のメリハリ、髪の毛のコシ、さらには目の輝きまで変わってきますよ🐥🌸

 

🐣ぴよこのひとこと:

 

「ほな、ちょっとだけ負荷かけてみよか?

足、動かしたら、心もぽかぽかしてくるで」💗🦵

 

🪞【朝ぴよ美容哲学|“水に流す”という美意識】

──ぴよこから学ぶ、日本のやさしさ。

 

こんにちは。今日もほっと一息。

心をほぐすような、美容と文化のお話をお届けします。

(実は、ぴよこの美容講座に寄せられた、あの鋭いコメントに触発されて…🐣)

 

💭問い:「水に流す」って、日本だけの表現?

 

🌊【「水に流す」の文化的背景】

 

🔹意味

過去のいざこざや嫌な出来事を、「もうええやん」と許し、こだわらずに忘れる──

つまり“帳消し”にして、前に進むための言葉です。

 

🔹なぜ“水”なの?

それは、日本が世界有数の「水が豊かな国」だから。

  • 川が多く流れが早い

  • 雨が多い

  • 四季があり、自然と共に暮らしてきた

  • そして神道では、水による「清め・禊(みそぎ)」の思想が根づいている

💡たとえば:

・神社の手水舎 → 手を清めて、心も清める

・禊 → 罪や穢れを水に流す

・川のせせらぎ → 気持ちをリセットする癒し

 

こうした感性が、「水=浄化・赦し・再生」というイメージと結びついて、

“水に流す”という日本ならではの表現になったのかもしれません。

 

🌍海外にも似た表現はある?

 

あります。でも、微妙に違います。

 

🇫🇷 フランス

“faire table rase”=白紙に戻す(でもちょっと冷たくて事務的)

 

🇩🇪 ドイツ

“Schwamm drüber”=スポンジで拭いちゃえ(ちょっと似てるけど、水の柔らかさはない)

 

🇬🇧 英語

“Let it go.” “Bury the hatchet.”(和解する)

→ “流す”というより「埋める」「離す」って感じ。

 

水のようにそっと、優しく、受け流す感覚は──やっぱり日本独特なんです。

 

🪷ちなみに仏教では──

「流水不腐(るすいふふ)」=流れる水は腐らないという言葉もあります。

止まった水は濁る。人の心も、流してこそ澄んでいく──

 

🧴肌も心も、「流して、整える」

 

私は美容医療の現場では、“美しさとは、まず汚れを落とすことから始まる”と感じておりました。

 

でも、落とすのは“肌の汚れ”だけじゃない。

 

過去のつまずき、他人からの批判、SNSのざわつき──

そんな“見えない汚れ”も、朝の洗顔でそっと水に流す。

 

そんな習慣が、心の美しさにもつながる気がしています。

 

🐣ぴよこのピヨっとひとこと:

「洗顔ってな、顔洗うだけやないんよ。

 心も、ちょっとずつ洗ってるんやで」🐥🫧

 

もしよければ、明日の朝、顔を洗うときに──

ほんの少しだけ、「心の洗顔」もしてみてください。

 

きっと、あなたの中で、

“水に流す(浄化する)力”が、そっと育っていきます。

 

 

🐣朝ぴよ健康&美容講座(🐥朝ぴよ美容講座 ver.しずかなる心を添えて)

 

今日のテーマ:ダブル洗顔って、日本独特って知ってた?

 

最近ね、「沈黙」ってすごく意味があるなぁって感じるんよね。

沈黙してると、頭や心がどんどんクリアになってきて。 最初は落ち着かへんのやけど、やがて「ほんまに伝えたいこと」が浮かび上がってくる。 そっと水面に浮かぶ花びらみたいに──。 (ぴよこ、ちょっとだけ詩人モードです🐥)

 

さてさて、本題に入りましょか!

 

クレンジングでメイクを落とした後、さらに洗顔フォームや石鹸で顔を洗う習慣、 いわゆる「ダブル洗顔」。 これ、実は日本独自の文化やって知ってました?

 

フランスではね、メイク落としはミセラーウォーターとかの拭き取りタイプで済ませて、 その後はクリームやオイルで保湿して、もう終わり。 なんと「水で顔を洗わない日」って普通にあるんよ。

 

なんでかって言うと、フランスの水は硬水。

カルシウムやマグネシウムをたっぷり含んでいて、肌への刺激も強め。乾燥の原因にもなりやすいんよね。

だから、石鹸との相性もイマイチで、洗うたびに「カス」みたいな白い残留物が肌に残ることもあって。

それに、そもそも──水そのものが“貴重な資源”として大切にされてる。

雨が少ない地域も多いし、節水の文化が根づいてるから、お風呂や洗顔はシンプルが基本なんよね。

 

それに対して、日本はやわらかくて優しい軟水の国。 水は豊富で清潔で、日常的に惜しみなく使える。 だから「クレンジングで油分を落として、洗顔料で水溶性の汚れを落とす」という ダブル洗顔文化が育ったんやね。

 

この違いを知ると、毎朝何気なくやってる洗顔も ちょっと深い意味があるなぁって思えてきませんか?

 

つまり、スキンケアの習慣っていうのは、 その国の地理的環境や歴史や文化、全部が詰まっているんやってこと。 肌を整えることは、心や感性も整えることなんやと思います。

 

水で洗い流すように、いらない感情や情報をそっと手放す。 洗顔って、実は「心の浄化」とも繋がってるのかもしれませんね🫧✨

 

💬ぴよこ、おしまいのひとこと:

「たまには“言わんことで伝わるもん”って、ほんまにあると思う。 水みたいに、言葉にせんでもそっと沁みていくんやで🐥💧」

 

🌱【なぜ私たちは“社会のしくみ”に無関心になってしまったのか──それは、“美学”を失ったから】

 

「あなたは社会の仕組みに関心がありますか?」

 

そう尋ねられて、胸を張って「はい」と答えられる人は、どれだけいるでしょうか。

 

新しい制度や、仕組みの変化、身近なルール。

どれも自分の人生に関わるはずなのに、多くの人が“どこか遠いこと”と感じている。

それは果たして、個人の“無責任”なのでしょうか?

 

私は違うと思います。

 

それはこの国の教育と、社会のしくみの“美しさの喪失”がもたらしたものだと感じています。

 

🏫 【意見を持つ力を、私たちは学んでこなかった】

 

日本の教育は長く、

「空気を読むこと」や「輪を乱さないこと」が重んじられてきました。

 

もちろんそれは、美徳でもあります。

 

けれども一方で、

「自分の考えを育てること」や「それを言葉にすること」

そして「違う意見と向き合う力」を養う機会は、ほとんどなかったように思うのです。

 

・人とぶつからないために、黙っておく

・よくわからない制度は、誰かが決めたことだと諦める

・誰を応援しても、どうせ何も変わらない

 

そんな空気のなかで、“社会は自分とは無関係”という感覚が、静かに広がっていったのではないでしょうか。

 

🎭 【“美しさのある生き方”が、見えにくくなった】

 

私は、“美学”という言葉がとても好きです。

 

それは外見のことでも、芸術のことでもなく、

「どう生きるか」に通じるものだからです。

 

かつては、

── 誰かのために尽くす人生

── 損を承知でまっすぐ貫く姿勢

── 誤解されても信じるものを手放さない誇り

 

そんな生き方が、たしかに“美しい”と感じられる時代がありました。

 

でも今はどうでしょう。

 

・うまく立ち回ること

・目立たず波風立てないこと

・自分だけが損をしないこと

 

立ち回りのうまさや、出し抜く処世術ばかりが「正解」とされる時代──そこに、私は人としての“美しさ”が失われている気がして、息苦しくなるのです。

 

🕊【“志ある大人”の背中を、もう一度】

 

私が新しい一歩を踏み出したのは、60歳を過ぎてからでした。

 

いわゆる「初めての挑戦」。

社会に向き合う覚悟と、ほんの少しの勇気。

それはとても大きな出来事であり、同時に静かな目覚めでもありました。

 

そんな中で出会った声があります。

 

「誠実に語る人が少ない」

「理想を掲げる姿に感動した」

「誰かの人生に寄り添う生き方を見たい」

 

──その声に、私は何度も背中を押されました。

 

🌱【これから、“生き方の美学”を語ろう】

 

私たち大人が、

「自分の言葉で語ること」

「違和感に立ち止まること」

「誰かの痛みに共感すること」

 

そんな姿を見せることが、

きっと次の世代の“関心”を育てていくのだと思います。

 

そしてそれこそが、

“社会に向き合うこと”の原点なのではないでしょうか。

 

“票”のためではなく、“志”のために──

“勝ち”のためではなく、“美しさ”のために──

 

私はこれからも、「生き方としての哲学」を問い続けていきたいと思います。

 

🟧 【フランスに暮らしていた頃の記憶──火を止める人、バー・ドゥ・フー】

 

パリに暮らしていたある日。

病院で知り合ったフランス人のマダムが、こんな言葉を口にしました。

「やけどしたら、バー・ドゥ・フーに電話した?」

……バー・ドゥ・フー?

最初は何かのカフェかと思いましたが、全く違いました。

 

それは「火を止める人」(火止め師、fire healer)──やけどや放射線障害の痛みを“遠隔で癒す”不思議な存在。

フランス、スイス、ベルギーなどで古くから伝わる民間療法の担い手です。

 

🔥 Barreur de feu(バー・ドゥ・フー)とは?

  • やけどや放射線治療後の皮膚炎などに対して、電話越しに祈りや念を送る人々

  • 「名前・部位・症状」を聞いたうえで、独自の方法で“火”を止めるとされます。

  • 実際に患者からは「痛みが引いた」「腫れがひいた」という声が多く寄せられます。

  • 多くは無償奉仕で行い、「治す」のではなく「助ける」という姿勢を大切にしています。

🧠 科学では測れない領域?

 

もちろん、明確な医学的エビデンスはまだありません。

でも──

  • プラセボ以上の効果があるのでは?と現場の医師が首を傾げる場面。

  • 炎症の治まりや治癒のスピードが明らかに変わったという体験談。

こうした「説明できないが、否定しきれない事例」が静かに積み重なっているのも事実です。

 

🏥 医療との“共存”という選択

 

驚くことに、フランスではいくつかのがんセンターで

医師の黙認のもと、バー・ドゥ・フーが活動しているケースもあるのです。

  • 放射線治療の患者が自主的に依頼

  • 精神腫瘍学(psycho-oncology)の文脈で「痛みと不安の緩和」を評価

  • 医療の“外側”ではなく“並列”で機能する文化的補完療法

という扱い。

 

🌿 これはオカルトではなく“文化”

 

フランスでは医療において、

以下のような「やさしい医療(Médecines douces)」が広く受け入れられています。

  • ホメオパシー

  • フィトセラピー(植物療法)

  • メディカルアロマテラピー

  • エネルギー療法(気功や手かざしに近いもの)

いずれも、「信じる・信じない」を超えて、人間の尊厳を尊ぶケアの一部として捉えられているのです。

 

🗣 つぶやき:

火を止める人──バー・ドゥ・フー。
それは、科学では説明できないけれど、フランスでは病院のそばに“祈る手”があることが普通なんです。
日本では“怪しい”と片づけられることも、他国では“癒し科学の一部”。
これこそ、医療と文化、そして人間の尊厳を考える出発点なのかもしれません。

 

📚 補足:

 

この“火止め師”に関する修士論文や人類学的研究も複数存在しています。

「制度医療と民間医療のグレーゾーンにある文化現象」として、ヨーロッパの大学でも研究対象になっています。

 

🟥【医療従事者のご家族からの問いに──】

 

「患者ファーストは分かります。でも、医師の待遇や現場の過酷さについては、どう考えていますか?」

 

そんな率直な問いを、ある医療従事者のご家族の方からいただきました。

現場の実態を肌で知っているからこその、切実で大切な問い。私は深くうなずきながら、お返事させていただきました。

 

💬「患者ファースト」だけでは、医療はもたない

 

医師になって30年以上。

日本、フランス、カンボジアと、医療の現場を国境を越えて見てきました。

その中で私が強く感じているのは──

 

日本の医師は、あまりにも“報われていない”。

 

🔻たとえば、こんな現実があります:

  • 医師の報酬水準は欧米の半分以下(開業医・勤務医ともに)

  • 24時間365日体制、オンコールや長時間労働が常態化

  • カルテ業務・書類対応・保険請求の膨大な手間

  • そして患者側のクレーム・訴訟リスクの増加…

これでは、“人を助けたい”という情熱も、やがて疲弊します。

 

🌍一方、欧米の医療制度では…

  • 「人を救うという使命」に加えて、

  • 「家族との時間を守る」「生活の安定を得る」

    その両方が当たり前の権利として制度に組み込まれています。

医師もまた、一人の人間として“健康に働く”ことを許されているのです。

 

🔧日本の医療制度、本気で転換する時が来ました。

 

だからこそ私は、国政で以下のことを実現したいと考えています。

 

🔹 医療報酬の適正化

 

→ 投薬や検査の多さではなく、診療の“中身と判断力”を評価する仕組みへ。

 診断力あるかかりつけ医が、今よりもっと尊敬される社会に。

 

🔹 医療資金の“中抜き構造”(補助金マトリョーシカ)の是正

 

→ 補助金が本当に必要な現場に届くように、透明な流れへ。

 「病院経営者だけが潤い、現場スタッフが疲弊する構図」を根本から変える。

 

🔹 医療従事者の全般的待遇改善(若手医師・研修医・看護師含む)

 

→ “労働”ではなく“専門性”として医療職を評価する社会へ。

 技術・人間性・経験──すべてが尊重されるように。

 

💬「無駄な医療費を削減する」とは、

 

“安く済ませる”ことではありません。

“必要な人に、きちんと払う”。
これが、本当の意味での“医療費の最適化”です。

医師や看護師が安心して働けない社会に、患者ファーストなど存在しません。

医療とは、人と人との信頼の営み。

その土台に、“医療者の尊厳”がなければ、本当のケアは成り立ちません。

 

🩺私は、医師が誇りを持てる医療を、もう一度築きたい。

現場を経験してきた一人として、
医療という“国家の背骨”を、政策で立て直したい。

そのために、私は国政に挑んでいます。

現場の悲鳴が、静かに国の屋台骨を揺らしています。

 

だからこそ、医療再生は今しかない──そう信じて。

 

 

🟧【六曜は仏教じゃなかった!?──区議との会話から見えてきた“暦の真実”】

 

先日、とても興味深いお話をうかがいました。

それは、お坊さんでミュージシャン、色々な顔を持つ豊島邦博区議とのyoutubeトークの中でのこと。

 

「六曜って、仏教とは関係ないんですよ」

 

──えっ?

思わず聞き返してしまいました。

 

だって「仏滅」って書いてあるじゃないですか。

「仏も滅する日」とか、「お葬式は友引を避けて」なんて、

小さい頃から“仏教の教え”のように聞かされてきたような……。

 

でも、あらためて調べてみると、

確かに「六曜」は仏教とは一切無関係だったのです。

 

🟨 六曜のルーツは中国の占術だった

 

そもそも「六曜(ろくよう)」とは、

先勝・友引・先負・仏滅・大安・赤口

という6つの日の区分のこと。

いわば“曜日とは別の、もう一つのカレンダー”ですね。

 

この考え方のルーツは、実は中国の「小六壬(しょうろくじん)」という古代の占術にあります。

戦や商取引、祭礼の吉凶を占うための道具として使われていたものが、やがて日本に伝わりました。

 

江戸時代末期から明治にかけて、

暦の民間普及とともに、日常的に意識されるようになった──

というのが現代につながる六曜の歴史です。

 

🟥 「仏滅」は仏教じゃない、むしろ“縁起担ぎ用語”

 

最も誤解されやすいのがこの言葉──仏滅

 

「仏が滅びる日だから不吉」とか、

「お葬式にぴったりの日」などと言われがちですが、

これは後世の俗信にすぎません。

 

仏教には「大安」も「友引」も出てきませんし、

「仏が滅びる」という概念も、そもそも教義にはない。

 

仏滅=不吉という意味合いは、

後年の庶民文化としての“語呂合わせ”や迷信から生まれたものです。(それって、フランスのことを漢字では”仏”って省略するため、なんか悪く思えない、って言うのと同じ!?)

 

🟩 科学じゃない、でも“文化”として生きている

 

では、「六曜」は完全に迷信なのか?

 

実際には、そうとも言い切れません。

というのも、日本では今なお、

  • 結婚式は大安に

  • 葬儀は友引を避けて

  • 手術日は赤口を避ける

といった“スケジューリングの現実”として使われているからです。

 

つまり、科学的根拠はないが、社会的影響力は強い

ある意味では「言霊的スケジューラー」なのです。

 

🟦 西洋文化との比較──日取りは“気にしない”のが普通

 

たとえば、私が長年住んでいたフランスでは、

「結婚式の日に吉凶を見る」なんて文化は、ほぼありません。

 

13日の金曜日や満月などの迷信はあるけれど、

それはイベントの「雰囲気」の問題であって、儀式の日時を決める決定打にはなりません

 

この点、日本文化はとても繊細で、

ある意味では「見えないもの」への想像力が強く働いているとも言えます。

 

🔻 暦に宿る、日本人の“共感力”

 

「六曜は仏教とは関係ない」

 

豊島区議のひとことから始まったこの探究は、

気がつけば“日本人の死生観や、社会的な気配り文化”にまでつながっていました。

 

私たちは日付の中にも“意味”を見出そうとする。

それは、科学ではなくても、“文化の美意識”として大切にされてきた感覚かもしれません。

 

とはいえ──

「仏滅だから今日はやめておこう」という判断も、

「それでも今日は進む」と決める心も、

最終的には自分の信念が選ぶもの。

 

私は、仏滅だろうが赤口だろうが、

まっすぐに進む覚悟で、

今日も街頭に立っています。

 

📍【東京都医師会の“7つの重点医療政策”──読んで驚いた、10年遅れの医療観】

 

尾崎会長の記者会見内容、記録のために残します。

でも、ツッコミどころ……すごいのよ💦

 

🩺① 地域包括ケアネットワークのさらなる推進

 

「高齢者の軽症救急を、医師会が“見守り”で対処します」

 

→ えっ、今それ言ってる!?

スマートリングや見守りAI、バイタルの自動連携は、海外では10年前から議論・試行されていた分野。

実際、コロナ禍で一気に実装された国も少なくありません。

 

それをいま「体制を作っていきます」と言われても──

医師会が“黙って見てた10年”が、いちばんの問題なのでは?

 

🧯② 災害パンデミックへの備え

 

「避難所に体育館は見直しましょう」「ペットの避難にも配慮」

 

→ それ、311の直後にやる話では!?

今ようやく…?フェーズが違いすぎてびっくり。

さらに“ワンヘルス”と言いつつ、獣医師会にお任せの予感がぷんぷん。

医師会はいつも「外側から見てるだけ」じゃない?

 

💊③ セルフメディケーション推進

 

「OTC類似薬を手放しで使うのは、国民にはまだ無理」

 

→ その“上から目線”こそが、ヘルスリテラシーを阻害するんですってば!

“支える”ではなく、“制限する”医療って、もう時代錯誤。

 

そして最大のツッコミはこちら👇

 

「OTC削減で浮いた財源を、初診料や入院料の引き上げに充てる」

 

→ え、それって結局、医療業界で山分けってことじゃん!?

 

🏥④ 民間病院支援・電子カルテ化

 

→ 「電子カルテ導入をぜひ進めてください」って…そのレベル⁉️

欧米ではもう20年前から、統一EHR(Electronic Health Record)が主流。

日本ではいまだに、電子カルテは病院ごとにバラバラ相互接続性(インターオペラビリティ)がほぼゼロ患者本人が自分のデータにアクセスする権利が曖昧

 

しかも、それを“見せてあげますよ”というスタンスの医療機関もいまだ多く──

「カルテは患者のものではなく病院のもの」という前時代的な発想が残っています。

補助金で中途半端に進める前に、まずは統合可能な仕組みと信頼ある第三者機関(残念なことに、政府に信頼がないため)の整備を!

 

👶⑤女性と子どもの安心、⑥ウェルビーイング、⑦広報強化

 

→ なんか急にふんわりしましたが、具体性ゼロ。

ウェルビーイングって本来、主観的幸福度の定量化や、行動変容を含んだ本気の設計のこと。

単なる「優しさの言い換え」じゃ、時代に追いつけません。

 

🔹総評:

 

ズバリ、「10年遅れの正論」です。

 

🔹 予防医学 × 分散型医療 × セルフマネジメント支援

🔹 データ活用とAIによる精密な個別ケア

🔹 医師は“支配者”ではなく“支援者”であれ

 

この視点がないまま、医療政策を語っても、現実は変わりません。

 

私ならではの、医療利権の外からの目線──

 

「患者ファースト」「健康の自立」「国民による医療の再獲得」

この旗、掲げていきましょ🩺🔥

 

 

🟥【ついにオンエア🔥】神谷宗幣代表 × 岩本まな、魂のトーク⚡️

【日本人の命を守る 医療界から政治の世界へ 考えるべき日本の未来|岩本まな】

 

https://www.youtube.com/watch?v=EGZhBtYJn8I

 

いまメディアも大注目の参政党代表・神谷さんと、

還暦レジスタンス・岩本まなが本気で語る。

 

テーマは──

📌“対話の医療”と、命を守る政治の話。

 

そして……

気になる方は、ごめんなさい。

岩本のアニメ声、還暦超えても治りません。

(声と魂のギャップはぜひ動画で😂

 

👇この15分、あなたの医療観が変わるかも。

 

https://www.youtube.com/watch?v=EGZhBtYJn8I

 

🟥【「足りない」の前に、“問い直す”医療へ──病床も人も世界最多なのに、なぜ崩れる?】

 

ある現職議員のインタビューで、こんな趣旨の発言がありました。

「日本の医療がコロナで崩れたのは、病床が足りず、医療従事者も不足していたからだ」
「財政フレームが厳しすぎる、もっと予算を回すべきだ」

 

──でも、私はこの主張に対して、数字やエビデンスベースで医療を見つめてきた医師として、強く疑問を持っています。

 

❓そもそも「病床が足りない」って本当?

 

いいえ。日本の病床数は、OECD諸国中で世界最多級(韓国に次ぐ水準)です。人口1000人あたり約13床──これはフランスの2倍、アメリカの4倍を超えています。(

 

それでも「病床が足りない」と感じたのだとしたら、問題なのは“数”ではなく、使い方と制度設計ではないでしょうか?

 

コロナ禍で入院先が見つからなかったのも、高齢者施設の対応が追いつかなかったのも、医療資源を必要な場所に届ける“調整と判断の仕組み”が整っていなかったからです。

 

❓さらに「医療従事者が足りない」って本当?

 

医師数はOECD平均並*、看護師数は世界でもトップクラス。

それでも“人が足りない”と言われるのはなぜでしょうか?

それは、人が足りないのではなく、「偏在している」「活かされていない」からです。

 

都市に集中し、診療科に偏り(美容に偏在、”直美”問題など)、

本来はチームで担える医療が、いまだに医師一人の肩に過剰に乗っている現実があります。

 

さらに言えば──

問診・初期診断・生活指導・ケアマネジメントの多くは、

AIや心理士・看護師・管理栄養士など周辺職種で十分に担える時代になりつつあります。

 

それにもかかわらず「もっと医師を増やせ」という主張は、

医療AIの進展を無視した、時代錯誤の政策提案とすら言えるでしょう。

 

❓「もっと診療報酬を上げるべき」?

 

もちろん、経営が苦しい医療機関もあります。でも、その原因は「報酬が低いから」ではなく、“医療の価値”と“報酬の設計”がかみ合っていないことにあるのではないでしょうか?

 

たとえば──3分診療**を100人こなせばもうかる構造(=薬剤投与至上主義)は今も放置され、一方で、30分かけて患者の話をじっくり聴く診療には報酬がつかない。

 

これでは、私が理想とする「対話」や「予防」や「認知行動療法」などの非薬物的アプローチが育つはずがありません。

 

🧭これからの医療に必要なことは?

 

🔹“無価値医療”にメスを入れる視点

 

過剰検査、過剰投薬、過剰入院を温存したまま「もっとお金を」ではなく、医療の質と価値を根源的に問い直すことから始めるべきです。

 

🔹対話と支援を評価する制度改革

 

「治す」ことと同様に「支える」「寄り添う」にこそ報酬がつくべき時代です。“カウンセリング・傾聴・生活再構築支援”に対する評価軸を、いま真剣に作らなければいけません。

 

🔹人を増やすのではなく、“活かし合う”医療チーム体制へ

 

AI、心理士、管理栄養士、看護、介護、そして本人自身──

誰か一人が頑張るのではなく、「つながる医療」へ

役割を分担し、連携し、支え合う設計へ。

 

📝最後に

 

医療は、数や予算で語るだけでは変わりません。

 

本当に変えるには、私たち自身の“医療の見方”を、まず変えることからだと思っています。

そして、それを政治の場で反映させてこそ、根源的な改革が動き出す。

 

現場の経験と、冷静な分析と、命を守るという意志をもって──

私はこの選挙を戦います。

 

*日本 2.6人/1,000人(2021)でOECD平均3.7より低い

**3分診療:平均約6分、3分以下も少なくない。