🕊️ <コロナ&ワクチン検証⓾>
科学は「異論」を失ったのか──Nature誌に現れた静かな警鐘
近年、「科学を信じろ」という言葉を、私たちはあまりにも頻繁に耳にするようになった。
もちろん、科学は重要である。人類は科学によって感染症と闘い、寿命を延ばし、苦痛を減らし、数えきれない恩恵を受けてきた。ワクチンもまた、その歴史の中に位置づけられる大きな成果の一つであることは間違いない。しかし、私は最近、ある違和感を覚えている。
科学とは、本来、「信じる」ものだっただろうか。
むしろ科学とは、疑い続けること。検証し続けること。そして、自らが間違っている可能性を、最後まで手放さないことではなかったか。
歴史を見れば、それは明らかである。医学の常識は、時代とともに何度も書き換えられてきた。かつて当然とされた治療が、後に有害とされた例は少なくない。昭和の健康常識が、今では非常識になっていることもある。栄養学に至っては、卵は悪者になったり名誉回復したり、脂質は敵になったり味方になったり、まるで時代ごとに裁判を受けているようである。おそらく、そこにはゲノム、腸内細菌、生活環境、社会背景など、複雑な個人差が関わっているのだろう。
だからこそ、私は盲信を避けたい。医学に身を置いてきた者として、むしろ「常に疑う」姿勢こそが、科学への敬意だと思っている。
そんな中、非常に興味深い論考が、Nature Reviews Immunologyに掲載された。タイトルは、
“Freedom of scientific inquiry: reclaiming space for controversy”
──「科学的探究の自由──論争のための空間を取り戻す」
著者は、免疫学者のAkiko Iwasaki氏である。
ここで重要なのは、著者が決して“反ワクチン”の立場ではないという点だ。むしろ彼女は、ワクチンが人類にもたらしてきた恩恵を明確に認め、COVID-19ワクチンについても、多くの命を救ったという前提から論を始めている。その彼女が、あえてこう問いかけているのである。
私たちは、「異論を議論する空間」を失いつつあるのではないか、と。
パンデミック以降、世界は急速に分断した。感染対策も、ワクチンも、マスクも、社会活動の制限も、本来は冷静に効果と限界を検証すべき政策課題であったはずだ。しかし現実には、議論はしばしば二項対立に落ちていった。賛成か、反対か。科学か、陰謀論か。専門家か、素人か。味方か、敵か。
SNSはこの構造をさらに加速させた。短い言葉が拡散し、怒りが可視化され、疑問を呈するだけで陣営を決められてしまう。複雑な現象を複雑なまま考える余白が、急速に失われていった。
そして科学の世界ですら、“anti-vax”“stay in your lane”“専門家に任せろ”という言葉が、議論を閉ざす合言葉のように使われる場面があった。
もちろん、誤情報は問題である。人の命に関わる医療情報において、不正確な情報が拡散することには注意が必要である。だが、誤情報への対処と、正当な疑問の封殺とは、まったく別のものである。
本来、科学とは、仮説を立て、観察し、検証し、反証されれば修正する営みである。ところが、いつしか「現在のコンセンサス」が、“絶対に触れてはいけない教義”のように扱われ始めた。
これは、極めて危険な変化である。
なぜなら、科学は「一度決まった正しさ」によって進歩してきたのではないからだ。科学は、むしろ「修正される力」によって進歩してきた。
天動説から地動説へ。
瘴気説から細菌説へ。
胃潰瘍はストレスだけではなく、ピロリ菌が関与するという発見へ。そして、医学の多くの分野で、かつての常識は何度も書き換えられてきた。
科学の偉大さとは、間違わないことではない。
間違いを認め、修正し、前に進めることにある。
今回の論考で特に注目すべきは、著者が「PVS(post-vaccination syndrome)」、すなわちワクチン接種後症候群について言及している点である。
著者は、これを断定的には語っていない。原因は未解明であり、定義もまだ定まっていない。症状も多様であり、一つの明確な疾患概念として整理されているわけではない。むしろ、異質性の高い症候群として慎重に扱っている。
しかし同時に、著者は重要なことを述べている。それは、この問題を議論すること自体が、社会的にも学術的にも困難になっているという点である。
一部の人々は、COVID-19ワクチン接種後に、長期にわたる多臓器症状、倦怠感、神経症状、Long COVID様の症状を訴えている。中には、長期間、在宅生活や寝たきりに近い状態を余儀なくされる人もいるとされる。
もちろん、それらすべてについて、ワクチンとの因果関係が確定しているわけではない。ここは、厳密に言わなければならない。
しかし、因果関係が確定していないことと、検討対象から外してよいこととは、まったく違う。
むしろ、分からないからこそ、検討しなければならない。
分からないからこそ、記録しなければならない。
分からないからこそ、長期に追跡しなければならない。
ここに、科学の本来の姿がある。
実際、COVID-19ワクチン後の心筋炎、心膜炎、アナフィラキシー、血栓症、ギラン・バレー症候群などは、すでに医学的に認識された副反応として整理されている。つまり、「ワクチンに副反応があり得る」と言うこと自体は、もはや陰謀論でも反科学でもない。
医療である以上、利益とリスクの両方が存在する。
それは薬でも、手術でも、再生医療でも、癌免疫療法でも同じである。
むしろ医療の信頼は、リスクを隠すことによってではなく、リスクを正面から説明することによって成り立つ。
癌免疫療法を考えれば分かりやすい。免疫チェックポイント阻害薬は、がん治療に大きな革新をもたらした。しかし同時に、免疫関連有害事象という重篤な副作用も知られている。肺炎、大腸炎、内分泌障害、肝障害、神経障害。これらは決して軽い問題ではない。
だが、だからといって、癌免疫療法そのものを否定するわけではない。効果があるからこそ、副作用も正確に把握する必要があり、それで患者を守れる。患者を守れるからこそ、その医療は信頼される。
もし癌免疫療法の副作用について語っただけで、「反がん治療派だ」とラベルを貼られるなら、その分野の医学は健全に発展しないだろう。
ワクチンについても、本来は同じはずである。
ところが、COVID-19ワクチンをめぐっては、副反応や長期症状について語ること自体が、時に政治的・社会的な意味を帯びてしまった。研究者や医師の中には、このテーマに触れることを避けた人もいたのではないか。
なぜか。
研究費から外されるかもしれない。
キャリアに傷がつくかもしれない。
同僚から距離を置かれるかもしれない。
SNSで攻撃されるかもしれない。
“反ワク”という一言で、自分のこれまでの仕事まで否定されるかもしれない。
そうした恐怖が、静かに研究者を沈黙させてきた可能性がある。
私はここに、非常に大きな問題を見る。
科学が恐怖によって沈黙し始めたとき、そこで検証が止まる。検証が止まれば、誤りは修正されない。誤りが修正されなければ、信頼は失われる。
そして皮肉なことに、異論を封じて「科学への信頼」を守ろうとする態度こそが、結果として科学への信頼を損なうことになる。
人々は、完璧な答えを求めているわけではない。少なくとも私はそう思う。
人々が本当に求めているのは、誠実さである。
分かっていることは分かっていると言う。
分からないことは分からないと言う。
過去の判断に誤りがあれば、それを認める。
そして、次に同じ過ちを繰り返さないための仕組みをつくる。
これこそが、科学と政治の接点である。
科学とは、“完全に分かった後”に始まるものではない。
むしろ、“まだ分からない”という地点から始まる。
その意味で、今回のNature Reviews Immunologyの論考は、単にワクチンについての論考ではない。科学が、自らの自由を取り戻せるかどうか。医学が、政治的な圧力や社会的な同調から距離を取り、再び「問い」を発する力を持てるかどうか。
そのことを問う、静かな警鐘である。
本当に科学を尊重するなら、疑問を封じてはいけない。
本当に医療を信頼するなら、副作用を語れる場を失ってはいけない。
本当に国民を守るなら、「なかったこと」にするのではなく、記録し、検証し、学習する国家でなければならない。
医学とは、命を扱う営みである。だからこそ、そこに必要なのは、権威への服従ではなく、誠実な検証である。
そして政治とは、社会がその検証を可能にするための器を整える仕事である。
「間違っていたかもしれない」と言えること。
「まだ分からない」と言えること。
「だから調べよう」と言えること。
その小さな自由を失ったとき、科学は静かに硬直する。
そして硬直した科学は、人を守る力を失っていく。
本当に危険なのは、間違うことそのものではない。
「間違っているかもしれない」と言えなくなること。
「問い」を発した人を、ラベルで黙らせること。
そして、検証されるべきものが、検証されないまま時間の底に沈んでいくこと。
科学に必要なのは、信仰ではなく、常に疑い続ける勇気である。
【参考・出典】
※1
Akiko Iwasaki, “Freedom of scientific inquiry: reclaiming space for controversy,” Nature Reviews Immunology, Published online: 1 May 2026.
https://doi.org/10.1038/s41577-026-01306-1
本文で触れた「論争的テーマについても理性的議論の空間を維持すべき」という主題、およびPVS(post-vaccination syndrome)への言及は本論考に基づく。
※2
Yale News, “Immune markers of post-vaccination syndrome indicate future research directions,” 19 February 2025.
https://news.yale.edu/2025/02/19/immune-markers-post-vaccination-syndrome-indicate-future-research-directions
PVSについて、少数の人がCOVID-19ワクチン後に慢性的症状を訴えていること、今後の研究課題として免疫学的解析が進められていることを紹介している。
※3
U.S. FDA, “FDA Approves Required Updated Warning in Labeling of mRNA COVID-19 Vaccines Regarding Myocarditis and Pericarditis,” 25 June 2025.
https://www.fda.gov/vaccines-blood-biologics/safety-availability-biologics/fda-approves-required-updated-warning-labeling-mrna-covid-19-vaccines-regarding-myocarditis-and
mRNA COVID-19ワクチン後の心筋炎・心膜炎リスクについて、特に12〜24歳男性で観察リスクが高いことを踏まえ、添付文書等の警告表示更新を公表している。
※4
U.S. CDC, “Coronavirus Disease 2019 (COVID-19) Vaccine Safety,” updated 31 January 2025.
https://www.cdc.gov/vaccine-safety/vaccines/covid-19.html
COVID-19ワクチン安全性に関するCDCの整理。心筋炎・心膜炎など、ワクチン後に報告される有害事象について説明している。
※5
European Medicines Agency, “Safety of COVID-19 vaccines.”
https://www.ema.europa.eu/en/human-regulatory-overview/public-health-threats/coronavirus-disease-covid-19/covid-19-medicines/safety-covid-19-vaccines
EMAは、COVID-19ワクチンの安全性について、既知の副反応の多くは軽度・短期的であり、重篤な副反応は非常にまれとしつつ、合理的可能性がある副反応は製品情報に反映すると説明している。
※6
Kristýna Faksová et al., “COVID-19 vaccines and adverse events of special interest: A multinational Global Vaccine Data Network cohort study of 99 million vaccinated individuals,” Vaccine, 2024.
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0264410X24001270
99百万人規模の多国間解析。心筋炎、心膜炎、ギラン・バレー症候群、脳静脈洞血栓症など、事前設定された安全性シグナルを確認し、追加検証が必要なシグナルも提示している。










